◇ 『誓約』 著者:薬丸 岳 2015.3 幻冬舎 刊
「あの男は刑務所から出ています」
妻と娘と穏やかな日々を送っている一人の男の下に一通の手紙が届いた。
ただ一行の、それだけの文言に男はおののく。
男には決して明かしてはならない暗い過去がある。そして今、まだ果たしていない重い約束が
胸の底から顔を出してきた。
この本のテーマは「天使のナイフ」と同様、犯罪被害者側からの復讐劇である。
向井聡43歳。「ヒース」というレストラン・バーの共同経営者である。店を開いてから15年になる。
パートナーは菊池という同年代のシェフ、公平とめぐみというアルバイトを使っている。
今は妻の香とのあいだに娘の帆花を得て幸せな生活を送っているが、前身は高藤文也。戸籍を
偽り他人に成りすましている。
聡は親に捨てられた孤児で、生まれつき顔の半分が痣に覆われていたために施設でも学校で
も苛められた。そのためひねくれて、盗みや傷害事件を重ね、ついに暴力団組員を傷つけ追わ
れる身になった。ついに逃げ切れないと覚悟し、跨線橋で自殺を覚悟したところを「坂本伸子」と
いう老女に助けられる。
癌で余命幾ばくもないという伸子は、痣の手術や逃走資金を提供する代わりに「身代わり殺人」
を持ちかける。
早くに夫を亡くした伸子は、ある日門倉と飯山という二人の男に高2の娘由紀子を誘拐された。
2人は10日間にわたって凌辱の限りを尽くし、なぶり殺しの挙句遺体を切り刻んで山中に捨てた。
ところが2人は裁判の結果判決は無期懲役。裁判所の前で焼身自殺で判決の非を訴えようとした
が、「司法があの男たちに相応の罰を与えないのなら、自分の手でそれを果たそう」と考えた。
「私は間もなく死ぬ。あなたに代わって娘の無念を晴らして貰いたい」というのである。
粗暴な少年時代を送ってきたものの殺人には怖気づく。しかし伸子の心が収まり安らかに死ねる
のなら、約束してやってもいい、もし果たせなくてもその時には伸子はもういないのだから…。安易
な気持ちで代理殺人を請け負ったのであるが…。
それから成形手術を受け、新しい戸籍を手に入れて、向井聡として順風満帆の人生と思っていた
のであるが、悪夢がよみがえった。伸子は死んでいないのか。
どこで調べたのか、聡の携帯に「二人は出所した約束を果たせ」と迫る。尻込みする聡は警察に
駆けこもうとも思うが、旧悪の露見を考えればそれもできず、何とか伸子を捜し出そうと駆けまわる。
必死の追跡行、 門倉と飯山の所在を突き止め殺せるのか。そのうち意外なことに門倉が殺される。
一体誰が殺したのか。凶器には聡の指紋が残されていて聡は殺人容疑者として警察に追われる身
に。
最後の30ページで盛り上がる。意外な犯人とその過去。巧みなプロットと構成の妙に感心する。
ちょっとありそうもないけれども、もしかしてありかもというすれすれ微妙なところがいい。
(以上この項終わり)