◇ 『わたしを知らないで』 著者: 白河三兎 2012.10 集英社 刊
作者白河三兎は2009年『プールの底で眠る』で「メフィスト賞」を受賞した作家。「メフィスト賞」は
1994年雑誌『メフィスト』が創設した。
持ち込みの作品で可。短編・長編、ジャンルを問わず「究極のエンターテインメント」、「面白ければ何
でもあり」、賞金はないが、受賞作品は単行本で出版してくれる。いまや大作家の京極夏彦も第1回
の受賞で作家デビューした。
カバーの作者紹介では「いまもっとも注目すべき作家の一人」とある。ミステリー作家と思われるが、
本書は一見して青春物語と勘違いしそうになるが、読み進むに従って登場人物の一人が数奇の運
命の中で殺人を犯すという流れで、ミステリーでもある。
当初『わたしを知らないで』という題名に違和感を持った。日本語ではこんな語法はないだろうと思
ったのであるが、どうやら「わたしを知ろうとはしないで」という意味らしい(主人公が「君のことをもっ
と知りたい」と言ったら相手の女子が「わたしを知らないで」と言う)(101p)。
評者金原瑞人は「このタイトルがいい」と言っているので違和感といっても人それぞれである。
主人公は黒田慎平:横浜市郊外の中学に2年生で転入してきた。親が銀行員で転勤が多く、学校
もしょっちゅう変わる。だからクラスでは目立たないための努力を怠らない。そこに新たに高野三四
郎という転入生が相次いで入ってくる。早速厳しくさや当てが始まるがすぐに無二の親友に。
同級生に新藤キヨコという学校一の美形がいる。ただ彼女には深刻な家庭の事情がある。その境
遇に反発する同級生はシカトといういじめで仲間外れに。しかし彼女うはいじめにあっても自分の殻
に閉じこもりひたすら読書にふけり、クラスでは超然としている。そんなキヨコに黒田も高野も惹かれ、
なんとか殻を打ち破ろうとするが…。
実は黒田慎平は早くに両親を亡くし、父の妹夫婦の養子として育った。キヨコも両親が家出し祖母
と暮らしている。
秋の文化祭がやってきた。高野と新藤が実行委員になった。クラスの出しものをどうするか。
中学生の青春の1ページではあるが結構人生の縮図が随所に現れ、単純な青春ものではない。先
生もちょっと顔を出すが脇役で個性にも乏しい。むしろ生徒が生き生きと描かれているし、中学生ら
しくない価値観・人生観を吐露したりして「ませてるなーおれの子のころは子供だったな―」などと思っ
たりするが、大人の作者が主人公たちに語らせていると思えば、ませて見えるのも当然かもしれない。
後半、ストーリーはサスペンスに。興味を殺ぐのでこれ以上多くは語らないが、実はこの本家族のあ
り方が隠れたテーマなのではないかと思う。
印象的なのは、黒田慎平の独白「引っ越しがなかった人生を想像するとゾッとした。生まれ育った町
が僕の記録を管理し、町の人がだれでも閲覧できる、そんな人生なんてまっぴらだ。」 (59p)
それから慎平の養父の言葉「家族とは親が子に与えるものでじゃない。親子で築き合ってできるも
のだ」(325p)
実はこの本は日経の読書紹介で北上次郎が★★★★★で激賞していたのでリクエストし、やっと
2カ月後に順番が回ってきて2日で読了した次第。満足した。
(以上この項終わり)