【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

書類の形式主義

2019-08-06 06:59:03 | Weblog

 かんぽ保険の無茶な契約やセブンイレブンのなんちゃって事業主の契約書、冤罪事件の自白調書などで、「書類の形式は整っている」と主張してその主張が通ることが多い世の中です。でも「文章」だけで世界のすべてがわかる、というのは、実は世界のことを何も知らないと白状しているに過ぎない、と私は思います。たとえば「一身上の都合により」と書かれた退職願って、本当に「その人だけの都合」(企業の側の都合は一切関係なし)が100%と考えて良いです?

【ただいま読書中】『奇襲Uボート基地』(海の異端児エバラード・シリーズ2)アレグザンダー・フラートン 著、 高津幸枝 訳、 光人社、1986年、1300円

 1917年クリスマス、ニックはドーヴァー海峡で任務に就いていました。駆逐艦マカレル号の「ナンバーワン」つまり副長です。前巻より出世したように見えますが、実際にはワイアット艦長のしもべとして容赦なくこき使われているのですが。仕事は、機雷原のパトロール。対してドイツ海軍は、機雷原のパトロール部隊を潰し、Uボートが外洋に進出しやすいように(あるいは帰投しやすいように)作戦を立てています。夜の闇の中、お互いの腹を探り合いながら命を賭けた“ゲーム"が進行します。
 本書では船の操縦についても極めて具体的な描写が特徴的です。船の現在の進路と速度、それに対して船長が下す命令(進路の変更と速度の変更)、ところが船は行き足がついているし舵はすぐには効きません。またすぐに船長は「舵を元に戻せ」と命令します。こういった命令から「新たな進路と速度」を予想し、それによって本艦の次の行動(攻撃をするなら右舷か左舷か、など)を予想するのが、ニックの仕事です。艦長はいちいち詳しく説明なんかしてくれませんから。ただしニックは「先読み」が大の得意です。自分の艦の状態や戦闘場面で「次(の次、の次)」がどうなるか、ほとんど一瞬で読んでいます。ただしあくまで副長ですから、艦長に対して差し出がましい口をきくことは許されないのですが。
 ところでイギリスは「モニター艦」をドーバー海峡のあちこちで使っています。えっと、この艦種(速度や操作性は悪いが火砲は強力)はたしかアメリカで南北戦争の時に開発されたもののはず。イギリスは第二次世界大戦でも複葉機(ソードフィッシュ)を活用していましたし、兵器に関しては“ものもち"が良い国なんですねえ。
 機雷敷設の任務で敵駆逐艦隊と遭遇、戦闘となり、マカレル号は大戦果を上げました(その中でニックの分は艦長に持って行かれました)が、マカレル号も甚大な被害を生じ、艦を救うためにニックは獅子奮迅の活躍をさせられることになります(その功績もほとんどは艦長が持って行ってしまいましたが)。
 本当は軍法会議ものだったはずのニックだったのですが、功績も勘案されたのか(というか、見る人が見たら「あれだけ優れた軍人が、なぜ本務とは無関係なところでチョンボをするんだ」と腹立たしい思いをニックに対して抱いていたであろうことは容易に想像できます)、魚雷艇の艇長を拝命。乗員3名の小さな艦(木造で武器は魚雷一本(と士官が持つ拳銃)だけ)ですが、「長」です。それを命じた人の言葉によると、戦闘能力だけではなくて、戦闘から生きて帰ることも「才能」として英海軍ではプラスに評価しているようです。ということは、この魚雷艇(2隻とモーターランチ1隻)が投入される作戦は、相当危ないもののようです……って、タイトルでネタバレしていました。といっても、まず行うのは、ドイツのトロール漁船の捕獲なのですが。
 ニックは、ちょっと不思議な性格をしています。未熟で世間知らずなのに、妙に老成したところもあります。他人を見る場合、きらいな人間には非常に厳しい見かたをするのに、多くの人には欠点ではなくて長所を見つけそれを活かす道がないかと考えています。ニックは自分にも厳しい見方をしているのですが、これはつまり、ニックが自分のことを好きではない、ということに? ともかく、他人に対するこういった態度は、他の士官にはウケが悪いのですが、普段士官たちにひどい目に遭わされている一般乗組員には海軍では極めて珍しい「美点」として受け取られています。これがシリーズ名の「異端児」の由来かな? ニックに好意的な上官は「きみはあまり人を信じないようだな」と言います。いいえ違います。ニックは、自分の幸運を信じていないだけです。子供時代から父や優秀な兄にひどい目に遭わされ続けていたため何か悪いことが起きるのが当然と想定する癖がついているだけなのです(だからこそ「先読み」の癖もついたわけですが)。
 そして、ついに本番の奇襲作戦が開始されます。第二次世界大戦でイギリスのコマンド部隊が行った「サン=ナゼール強襲作戦」を思わせるような、Uボート基地に対する海陸協働の奇襲作戦です。突っ込む船に爆薬をたっぷり詰め込んでおいて、突っ込んでから導火線に火をつけて船から逃げ出す、という点もよく似ています(サン=ナゼールは時限爆弾でしたが)。そしてニックは、艦に甚大な被害が出るだけではなくて、自身も重傷を負いながら、また生還をします。ニックは必ず帰ってくる才能があるのです。