ハトは鳥なのに鳥偏の漢字ではないんですね。というか、鴎・鳴・鴨・鶴……中国では鳥は“右利き”なんですか?
【ただいま読書中】『英国二重スパイ・システム ──ノルマンディー上陸を支えた欺瞞作戦』ベン・マッキンタイアー 著、 小林朋則 訳、 中央公論新社、2013年、2700円(税別)
最近になって公開された文書には、ノルマンディー上陸作戦をドイツ側に知らせないための欺瞞作戦で活動した二重スパイの活躍が記されていました。その中核は「遊び好きで両性愛者のペルー人女性」「ポーランド軍の小柄な戦闘機パイロット」「移り気なフランス女性」「プレイボーイのセルビア人」「養鶏学の学位を持つ変わり者のスペイン人男性」の5人でした。非常に奇妙な一団ですが、彼らによってドイツ軍はまんまと騙されたのでした。
アプヴェーア(ドイツ国防軍情報部)はイギリスにスパイを浸透させようとしていました。しかし暗号機「エニグマ」の解読成功で、イギリスは国内のスパイの「全員」を把握していました。スパイはただちに逮捕され、二重スパイに適さないものは収監か処刑、適している者には「イギリスのために二重スパイになるか絞首台か」の選択が迫られます。イギリス人らしくユーモアも忘れていません。スパイのコードネームには言葉遊びが散りばめられ、二重スパイを監督する組織は「20委員会」です。これは英語の「ダブル・クロス」が「裏切り者」を意味するのと「20」が「XX」であることをかけています。
「スパイ」と言えば、その人が探る「秘密」に注目したくなりますが、本書ではまず「人間性」に注目しています。たとえば「スパイは秘密を守ることが苦手」なんて文章が登場して、ほんまかいな、とこちらは思ってしまいます。それと、二重スパイの場合には「スパイ」と「監督官」の間の「人間関係」が非常に重要になります。権謀術数の世界で、たとえかりそめのものであっても「信じられるもの」はとても重要だ、ということなのでしょう。監督官に求められるのは、裏切る可能性が高い者に対する、友人・心理カウンセラー・忍耐強い子守りの資質なのです。(深刻な夫婦喧嘩のために偽装が剥げそうになったスパイもいるし、次々愛人を作ってはプレゼントするナイロンストッキングとチョコレートを英国情報部にねだるスパイもいます。愛犬への愛情が任務や国に優先する人も。こういった人たちと付き合い続けるのは、大変です)
資金の問題もあります。イギリスのMI5自身の資金の問題もありますが、もう一つ、イギリスはドイツ側の資金の心配もしてやらなくてはなりません。イギリスに潜入しているスパイにきちんと支払っていないのにスパイが活動を続けていたら、それは他の誰かから資金をもらっているからではないか、とドイツ側が疑うかもしれないからです。そこで立てられた「ミダス計画」が抱腹絶倒。ドイツに「自分たちのスパイ」に金を払わせ、それを「二重スパイ」と「MI5」とが頂いてしまう、というものですが、1940~45年の間に8万5000ポンド(現在の価値で7億円相当)の資金がドイツからイギリスに供給されたそうです。もっともそれはドイツがポンド紙幣の偽札をスイスに持ち込んで両替することでも得られていたものだったのですが。
二重スパイの活用と安全確保のために、イギリスはせっせとドイツに情報を提供します。真実だが無害なものと偽情報のカクテルです。たまに重大な作戦情報も流しますが、それは対応が間に合わないように(たとえば上陸作戦が行われた直後に)郵便が届くように配慮されます。こうしてドイツは「自分のスパイはちゃんと仕事をしている」と安心するのです。こうして裏切りと二重の裏切り、本物のスパイと偽物のスパイと二重スパイが入り乱れる、複雑な世界が構築されていきました。
面白いのは、当時イギリス情報部には「ソ連のスパイ」がまんまと潜り込んでいて「二重スパイシステム」のこともモスクワに知らせていたのですが、モスクワは「だからこそイギリスはこの二重スパイシステムをソ連に対しても仕組んでいるに違いない」と自分たちのスパイの正しい情報を偽情報であると決めつけていたことです。ドイツは英国の意図を知るためには、ロンドンではなくてモスクワにスパイを送るべきでした。
やがて「敵を騙す」だけではなくて「敵の意図に影響を与える」「意図そのものを変更させる」ことが現実的な目標として浮かび上がってきます。「Dデイ欺瞞作戦」の始まりです。ここでも面白いことが起きます。なんと「鳩の二重スパイ」まで英国情報部は駆使するのです。さらにモントゴメリー将軍の「影武者(ダブル)」も登場します。Dデイの直前に全然違う場所でドイツ側に目撃させよう、という作戦です。さらに(本物の)パットン将軍には「(ノルマンディーではなくて)パ・ド・カレーに上陸すると見せかける偽装部隊」の指揮を執らせます。さらにスコットランドにも欺瞞部隊を置き、ノルウェー上陸作戦があるかのように見せかけます。ヒトラーの注意と数十万人のドイツ兵をそちらに引きつけるためです。「カレー上陸部隊」は兵力15万という触れ込みで実働は10万人のはずでしたが、実体は350人の部隊でした。偽の宿営地・偽の飛行場・偽の上陸用舟艇・偽の飛行機……まるで舞台の大道具のように見せかけだけの「大軍勢」です。その「舞台」で、ダブル・クロスチームの上演が始まります。欺瞞情報を精密に組み合わせているため極めてもろい「嘘でできたタペストリー」であるため、もしドイツに見破られたら逆に「どの地点からドイツの注意を逸らそうとしているか」がばれてしまう、極めて危険な作戦です。
ドイツ情報機関でも、二重スパイに対する警戒が高まっていました。もちろん本来の「ドイツの秘密が漏れる」ことに対する警戒もですが、もう一つ、情報将校が多く関わっていたヒトラー暗殺計画の妨げになる、も重大な話だったのです。そして、ドイツ情報部はドイツ側のスパイ監督官を逮捕し、それによってイギリスに激震が生じます。この監督官がいろいろ白状したら、4年かけて準備したDデイ偽装計画はすべて消滅してしまう、それどころかノルマンディー上陸作戦そのものが壊滅的な危険にさらされるのですから。
しかし、ドイツの情報機関内に「ドイツの愛国者」だが「反ナチ」の人間が意外なほど多いのには驚きます。“外”を知っていたら“内”のことも冷静に判断できる、ということなのでしょうか。
「Dデイ」が始まります。上陸部隊は甚大な損害を出しますが、実は彼らはドイツ軍を混乱・誤誘導・弱体化させる「嘘」で守られていたのです。この「嘘による護衛」がなければ、損害は倍増、あるいは上陸計画そのものが失敗になっていたでしょう。
「Dデイ」によって二重スパイの隠蔽は剥がされるはずでした。ところがあまりに嘘が巧妙だったため、ドイツ軍はスパイの正体に気づかず“第2イニング”が始まります(本書では「スパイゲーム」と「クリケット」が何回も重ね合わされて表現されています。両者はとてもよく似ているのだそうです)。「ノルマンディー上陸」は「牽制」で、実は「本命」は「カレー上陸作戦」だ、とドイツ軍に信じ続けさせるための作戦です。
しかし「嘘」ってなんだろう、とつくづく思います。情報を引き出すためにスパイを拷問にかけた場合、スパイは拷問者が欲しがる情報をどんどん吐きます。欲しがらない情報は喜ばれない(もっと痛めつけられる)からしゃべりません。するとここで吐き出された情報は「真実」と扱って良いのでしょうか? それと似ていて、二重スパイからもたらされる情報は、それを聞く側が欲しがっているから「真実」として扱われます。では欲しがらない情報は? それは「嘘」とか「信用できない情報」と扱われるでしょう。情報の「真偽」を決定するのは一体何なのか……少なくともその「情報自体」ではなさそうです。
よく「歴史を変えた」とか「歴史を動かす」とか言いますが、“それ”が変えたり動かしたのは「現在」とそれに付随する「未来」であって「過去」ではありません。
【ただいま読書中】『サンクトゥス(下)』サイモン・トイン 著、 土屋晃 訳、 アルファポリス、2012年、1600円(税別)
ハリウッド映画だったら、この辺で恋愛沙汰が生じる頃だろうと思いますが、一応その辺の布石はされています。だけど登場人物たちは恋愛にそれほど乗り気ではない様子。「悪の手先の殺し屋」があちこちでやたらと殺し回っていることにページを取られて、中心人物たちの過去についての描写がおろそかになっているからでしょう。それと、シタデル内部に、実に都合良く“協力者”がいて、絶妙のタイミングで行動をしてくれるのも、ちょっと都合が良すぎる気がします。これが圧倒的な筆力で有無を言わせず読者を言葉の激流で押し流してくれるのならそれほど気にならないのでしょうが。
そして〈神体〉の正体とは? いやもう、ここで初めてある人の名前に重大な意味があることがわかります。ある意味、最初からネタバレだったのね。
さて、ラストは『薔薇の名前』スタイル(=大炎上)になるのかな、と思っていましたが、超自然的なミステリー的解決法となりました。あまり派手な決着ではありませんが、これまでの進行ぶりからは無理のない終わり方、と言えるでしょう。
しかし、国際的なベストセラー、となっているのですが、本当なんでしょうか? そこそこ楽しめるとは思いましたが、そこまでの傑作とは感じなかったものですから。似たような道具立てのもので人間関係を中心に持ってくるのだったら「エヴァンゲリオン」の方が私には楽しめますし、アクション中心にするのなら「007」、修道院を舞台にした宗教ミステリーだったら『薔薇の名前』で私はもう満足していますので。
「Sanctus」は「聖なるかな」という意味で、カトリックのミサ曲やレクイエムで独立した曲として様々な作曲家が作品を残しています。有名なのはモーツアルトのレクイエムのサンクトゥスかな。ただ私は、合唱の各パートがお互い競うように歌い上げる雰囲気がレクイエムとしてはあまり好みではなく、むしろ切々と音の香りを響かせるフォーレのレクイエムのサンクトゥスの方が好きです。あと、パッヘルベルのカノンが下敷きになっているリベラのサンクトゥスも。
【ただいま読書中】『サンクトゥス(上)』サイモン・トイン 著、 土屋晃 訳、 アルファポリス、2012年、1600円(税別)
トルコ南部の都市ルイン近くの城塞(シタデル)は世界最古の巡礼地ですが、〈神体(サクラメント)〉という大きな秘密がありました。それを知った者が外に出ることを妨げるためには殺人も辞さないくらいの。秘密を知って脱出した修道僧のサミュエルは、山頂で数時間両手を広げて立ちすくんで注目を集めたあと、300m落下する飛び降り自殺をします。
この事件は地球の反対側、USAとブラジルにも波紋を投げかけます。一つはサミュエルの個人的つながり、もう一つはシタデルに関わる太古からの秘密の動き。
検死解剖によって、サミュエルの体が、意味ありげな古い傷に覆われていることがわかります。そして胃の中の皮の破片には、電話番号が刻まれていました。アメリカの携帯電話の番号が。トルコのアルカディアン警部補の電話を受けたのは、サミュエルの妹。8年間生死不明だった兄を気にかけていたリヴです。リヴはすぐにトルコに向けて出発します。ルイン警察の内部では、情報提供者がシタデルに捜査情報を提供します。そしてそれと同じものを欲しがる別の一派がいました。片方はリヴを害そうとし、もう片方は守ろうと動き始めます。リヴは自分がどんな立場なのか何も知りません。空港に到着したリヴは、早速誘拐されそうになります。
シタデルはキリスト教の聖地として扱われていますが、実はそれ以前からの古代宗教を保ち続けていました。そして、こういった宗教ミステリーにつきものの「予言」が人々の行動に影響を与えます。謎は謎として面白そうなのですが、もうちょっと宗教的な蘊蓄がばらまいてあると宗教の謎が立体的になったのではないかしら。登場人物も誰が主要人物なのかよくわからないまま次々新しい人が登場して、キャラが立つ暇がありません。メインの舞台はトルコなのにみなさん英語でしゃべっているしトルコ臭さが全然ありません。なんだか、あまり出来の良くないハリウッド映画のシナリオの覚え書きを読んでいるような気がしてきました。
徒歩旅行や自転車旅行は「交通費」はゼロとなります。ただし、それで旅のコストが安くなるかと言えばそうではありません。たとえば新幹線で1万円を使えば、300km以上の移動ができます。同じ距離を徒歩で移動したら、その間の飲食代と宿泊代でおそらく1万円では足りなくなるはず。つまり「交通費ゼロの旅」は実は「金銭コストの点で贅沢な旅」である可能性が大なのです。
【ただいま読書中】『自転車で1日500km走る技術』田村浩 著、 実業之日本社、2014年、1600円(税別)
タイトルが上手いなあ、とまず私はうなります。私がサイクリングをしていた頃には、「500km」は1週間かけて走っていました。それを「1日」で。しかも、「体力」や「根性」ではなくて「技術」で走る、と言われたら、「技術ぅ?」と言いたくなりますもの。
まずは自転車選びから。著者は「走る自転車と走らない自転車」に自転車を分類してから、ロングライドに向いているのは「ロードバイク」と「ツーリング車」だと述べます。
ロードバイクは以前はロードレーサーと呼ばれていましたが、名前の通り公道での競技用自転車です。これは速く走るのに向いていますが、それで長く走ろうとすると、トレーニングや自転車の改造が必要になります。ツーリング車は「自転車の上で過ごす時間をいかに快適にするか」が考えられているので、ロングライドには向いています。ツーリング車にもサブタイプはたくさんあります。どんな道をどんなペースでどのくらい走るのか、それによって自分に向いた自転車が決まります(決まらないこともあります)。
さて、車種を決めたら次はサイズです。人が自転車に接する、サドル・ペダル・ハンドルの位置を決めていきます。そこで重要なのはフレームのサイズ。これも「大きければ良い」とか「小さければ良い」というものではありません。著者は、フィッティングの専門家がいる店での購入を勧めています。
携行するべき必須アイテムは、まずパンク修理キット。これは絶対に出番があります。修理が面倒なら予備チューブに交換という手もあります。もちろん工具と携帯ポンプも必要です。ウェア、ヘルメット、グローブ、靴、雨具……やはり快適に走るためにはそれなりの装備が必要です。もちろん自転車の整備もきちんとしておくこと。
さて、まずは「100km」です。片道50kmの地点を思い浮かべろ、と著者は言います。興味が引かれる地名が見つかったら「旅」は始まったようなものです。次に著者はルート選択の工夫を言います。自転車の速度を落とす最大の敵は、赤信号と上り坂です。それを避けるようにルート選択をするだけで、相当距離が稼げます。
もちろん限度を超えて頑張ると、体が悲鳴を上げます。それを予防するために著者が勧めるのが、心拍計。それによって客観的に運動強度を知り、自分に無理をさせないように、常に一定ペースで走り抜くのです。競走ではないのですから。
休憩も必要ですが、あまり休憩が多いと平均時速ががくんと下がります。失った時間をあとから速度で取り返すことには無理があります。しかし、カロリーや水分補給はまめに行う必要があります。ロングライドには「計画性」が必要なようです。
一番に痛くなるのは「お尻」です。ポジションに無理があったりサドルが合っていなかったり。パンツのパッドで解決することもあります。
ただ「100km」はほとんどの人には可能な距離だそうです。実はその先に「壁」がある。200kmになると、夜間走行や天候の変化にも対応する必要が出てきます。さらに(沖縄県以外では)まず間違いなく「峠」が出てきます。著者は、勾配がきつい方を登り、緩い方を降りることを勧めます。下りが急だと危ないからです。登りではギアを活用します。時々自転車のギアを「速く走るためのもの」と勘違いしている人がいますが、あれは「速度がゆっくりになってもペダルを一定回転数で回すための装置」なのです。さらに登りは体が発熱しますが、下りでは冷えるので防寒対策も必要です。
私の時代にはなかった“武器”もあります。「ルートラボ」は、ネットの地図上でクリックするだけでルートを作成でき、高低差や勾配も見ることができます。「ハンディGPS」と連携させると、自分が設定したルートを実際に走ることが容易になります。初めての道でも自信を持って走ることができるのです。このおかげでサイクル・コンピューターが不要になった……って、サイクル・コンピューターも私は知りませんが。
「輪行」は、自転車をバラして輪行袋に詰め込んで列車などに持ち込む行為のことです。競輪選手がそれをやっているのを目撃したことがある人はけっこうおられるのではないでしょうか。メリットは、行動範囲が格段に広がること。デメリットは、輪行袋がかさばること。どうやっても車輪とフレームの大きさ以下にはなりませんから。
ロングライドのイベントもあります。「ブルベ」と呼ばれますが、有名なのは「パリ~ブレスト~パリ」の1200kmのブルベ。1890年からの伝統を誇る4年に1回の大会です。ヨーロッパ、特にフランスでは自転車競技の人気が非常に高いから、こういったものも愛されているのでしょう(フランスをぐるりと回る「ツール・ド・フランス」なんて“レース”まであります)。日本でも2002年から各地でブルベが開催されるようになったそうですが、最低距離が200km!(制限時間13時間30分以内) あと、300km・400km・600kmとありますが、平均時速15km(以上)が求められています。1000とか1200kmでは平均時速12km以上。数字だけ見たら大した速度には見えませんが、600kmだと制限時間が40時間ですよ。40時間自転車のペダルを漕げますか? 1000kmだと75時間! 400km以上は眠気との戦いだそうですが、眠気以前に、寝ないとやっていけないと私には思えます。
そして最後に著者は、東京=大阪500kmを24時間以内に走りきること(自転車乗りにはキャノン・ボールと呼ばれているそうです)にチャレンジします。その顛末は本書をどうぞ。私は理詰めの展開に驚きました。
本書のタイトルでは「技術」と書いてありますが、重要なのは計画性と自分を見つめる冷静な視線であるように私には感じられました。根性ではない、というところには賛成ですが、私にはできそうもありません。
ルート16
「4は?」と尋ねたらすべての人間が「2+2」と言う集団は、つまらない集団です。「2×2」「1+3」「6ー2」「ルート16」などといろんな意見が出る集団の方が、はるかに面白い。
これがもっと“大きな”単語、たとえば「愛」とか「平和」とかでも、似たことを私は感じます。その集団の構成員全員が“教祖様”とまったく同じ意見を口にする集団は、つまらない集団だ、と。
【ただいま読書中】『攻殻機動隊1.5』士郎正宗 作、講談社、2008年(11年10刷)、1714円(税別)
「1」と「2」は読んでいますが、これは見逃しているのに今頃気がついて、アマゾンにアクセスしました。注文をしてしばらく経ってからチェックすると「配達済み」と表示が出たのでポストを覗くと、確かに入っています。いやあ、たしかに時代は21世紀になっています。
「1.5」とあるように、『攻殻機動隊』の「1」のあとの公安9課の面々の“活躍”を描いていますが、当然草薙素子は公安にはいません。ちらりと出番はありますが、義体をころころ変えることができる時代ですから、人物特定が大変です。リモコンで操っているのなら、都合が悪くなったらそのサイボーグは使い捨てにしてしまえばいいのですから、犯罪も荒っぽくなります。それでも公安9課は犯罪捜査を続けています。
電脳を乗っ取る「人形つかい事件」は一応解決してことになっていますが、その余波は残っています。電脳を駆使しての殺人事件を追う公安9課の前に、軍の情報部や公安6課が絡んできて、話はややこしくなっていきます。
作者の言葉によると、「攻殻機動隊1」を書いているときに、「公安9課の日常」のシナリオを二十数話用意していたのだそうです。ところが「2」も草薙素子中心となったためにこれらのシナリオはお蔵入り、のところを、諸般の事情でレスキューされてめでたく出版された、ということだそうです。
出てくるのはポリスではありませんが、分類するなら「ポリス・ストーリー」ということになるのかな。いろんな能力を機械によって拡張しても、結局人と人が対面しないと通じないこともあるし、人の勘が事件を解決に導くこともあるようです。
さてさて、楽しく読めたのですが、こうなるとまた「1」と「2」の再読をしたくなってしまいました。これは困った。未読(と再読希望)の山がまた大きくなってしまいます。
「抱え上げる」……抱えを上げる
「抱き上げる」……抱きを上げる
「抱え寄せる」……寄せてから抱えるのではなくて抱えてから寄せる
「抱き上げる」……抱いてから上げる
「負うた子より抱いた子」……やはり対面は強い
「お抱えの運転手」……お姫様抱っこをしてくれる運転手
「抱き抱える」……抱くのか抱えるのかどちらなんだろう?
「腹を抱える」……背中が淋しい
「頭を抱える」……顔が淋しい
「石抱き」……実際には乗せるだけ
「抱き癖」……実は親の方についている
【ただいま読書中】『ベルリン危機1961 ──ケネディとフルシチョフの冷戦(下)』フレデリック・ケンプ 著、 宮下嶺夫 訳、 白水社、2014年、3200円(税別)
フルシチョフにとって「行動すること」は国際的非難を招き、「行動しないこと」は労働力流出による東ドイツの崩壊を招く、という大きなジレンマとなっていました。しかしフルシチョフはウルブリヒトに「青信号」を出しました。西ベルリン閉鎖計画です。ウルブリヒトは、大量の鉄条網や人員の行動計画などをすでに準備していました。実行責任者はエーリッヒ・ホーネッカー。苦笑してしまうのは、鉄条網がイギリスと西ドイツのメーカーから購入されたことです。
アメリカでキッシンジャーが登場します。ケネディ政権がベルリンに関してソ連にどのような態度を取るべきかの助言と、このままだと熱核戦争に一直線である、という警告を、明確な言葉の文書で提出しました。ただし自分の意見が重んじられないことを見てさっさと退場してしまいます。
当時「ベルリンでの国境」は“オープン”でした。極端なところでは、一つの街路の片方の歩道は「東」もう片方は「西」のところもあったのです。だから“難民”はほぼ自由に西に脱出できました。「境界線」は、ベルリン市内の東西境界線が27マイル、西ベルリンと東ドイツ農村部の境界が69マイル。計画では、まず警官と正規軍で「人間の鎖」で西ベルリンを取り囲んで人の出入りをストップさせ、それから建設部隊が有刺鉄線で障壁を迅速に建設することになっていました。8月13日(日)午前1時~6時の5時間で完成させる予定です。予定は時間前にほぼ完璧に達成されました。
激怒して「壁」の片方に集まった西ベルリン市民は、東ドイツ警備隊の高圧放水で蹴散らされました。「壁」の反対側に集まった東ベルリン市民は催涙ガスで蹴散らされました。「西」の軍隊は一切動きません。動いたとしても圧倒的な兵力差があるから意味はなかったのですが。
「壁」ができても、難民の流出(脱出)は続きましたが、困難度がはるかに増していました。さらに鉄条網はコンクリートブロックの高い壁に取り替えられていきます。8月24日には、脱出を試みる人間に対する射殺許可指令が出されます。国に対する反逆者、ということです。西ベルリン市民の怒りはアメリカにも向かいます。どうして何もしないのか、と。東ベルリン市民は自己憐憫です。脱出できるときにしなかったことに対して。ブラントは自分の選挙戦に有利な材料としてベルリンの壁を利用します。フルシチョフに虚仮にされ、ブラントに利用されそうになって、ケネディは激怒します。ただ、フルシチョフが西ベルリンの“外”だけ触って“内”に手を出さなかったことでフルシチョフの野心の限界も読み取ります。良い解決策とは思えないが、「戦争war」よりも「壁wall」の方がマシだ、と。フルシチョフとケネディの間で初めて意思の疎通が行われた瞬間、と言っても良さそうです。ケネディはまず副大統領ジョンソンをベルリンに派遣します。その力強い演説を聴き、市民は感涙にむせびます。自分たちが見捨てられていない、と感じたのです。ついでアメリカ陸軍が西ベルリン駐留部隊の増強として1500名、東ドイツ領内のアウトバーンを西ベルリンに向かいます。ソ連は「ベルリンへのアクセスは保証する」という約束を守ります。これまた、フルシチョフからのケネディへの“メッセージ”と言って良いでしょう。
軍は“報復”のための核戦争のシナリオを描きますが、ケネディは「人類の生存」と「道徳的立場(核戦争を始めた側が“悪”」とを考えています。しかしフルシチョフは“次の手”を打ちます。政治的に非常に重要な場である共産党大会で、ベルリンの事態は進行させない、と“飴”を与えた直後に、水爆実験の予告をしたのです。これによって国内の地固めは完了し、対外的にも強気のメッセージを発することができます。しかしそれによって核戦争のリスクは上昇しました。ケネディも、国内のことを考えると「弱腰」と見られてはいけないのですから。そこで「数字」を公表することにします。アメリカが保有する核戦力の「数字」です。ソ連はそれを「脅し」ととります。核戦争のリスクがまた高まります。
そして、物語の舞台は、本書上巻の冒頭、チェックポイント・チャーリーに戻ります。
ドゴールはケネディに協力することを拒否します。アデナウアーはすでに政治的には死に体です。さらにケネディの個人的なアドバイザーとしてベルリンに派遣した退役将軍クレイは好き放題やろうとしていました。
チェックポイント・チャーリーをはさんで、東西の軍は実弾を詰めたライフルをお互いに向け合っていました。そしてこんどは戦車が戦車砲をお互いに向けて対峙することになります。緊張あるいは恐怖のあまり、もしも誰かがうっかり引き金を引いてしまったら、そこで戦闘が始まり、それは容易に戦争になったことでしょう。
ベルリンの場合には幸いに核戦争も通常戦争も起きませんでした。しかし、実は非常にきわどいところだったわけです。「誰も望んでいないのに、戦争が起きる」のは不思議だとは思っていましたが、本書を読めば、様々な人の思惑と行動が“うまく”かみ合うと、誰も望んでいなくても事態は戦争にまっしぐらになることが具体的に理解できます。
フルシチョフは、「ベルリン」でケネディの無定見と不決断の傾向を見抜き、「キューバ危機」に踏み出す決断をしました。この時にはケネディも成長していて、見事な対応をしたのですが、もしもベルリンできちんとしていたらそもそもキューバはなかったわけです。そして、東ドイツが難民流出で崩壊するためには、あと28年を必要としました。ケネディがそれを許した、と表現することも可能でしょう。歴史に「イフ」はありませんが、本書の巻末の100ページに及ぶ索引・出典・参考文献のリストを眺めると、歴史から学ぶことはできる、と思いますし、記録を残すことの重大さもわかります。
身近にある「分断国家」を見る目も、本書以後、少し変わりそうです。
きれいなパンフレットが届きますが、いつからお節料理ってこんな「大ご馳走」になったんでしょう。いや、お節料理は特別な料理ではありましたが、それぞれのいわれとか語呂合わせとかは重要だけど、今のように伊勢エビだイクラだ高級牛肉だ、と食材の豪華さを競うものではなかったはずです。ご馳走がふつうに食べられるようになったからお節は大ご馳走に、という流れなのでしょうが、このまま流れに乗っていって良いのかなあ、とちょっと不思議な気分になっています。お正月って、大ご馳走を自宅で食べる日、ではないですよね?
【ただいま読書中】『ベルリン危機1961 ──ケネディとフルシチョフの冷戦(上)』フレデリック・ケンプ 著、 宮下嶺夫 訳、 白水社、2014年、3200円(税別)
1961年10月、ケネディ大統領の新しいベルリン特別代表ルシアス・クレイ退役将軍は、東ドイツ国境警備隊がそれまでの慣例を破って身分証明書の提示を求めたのを拒絶して戦車を従えたジープで強引に東側に入ります。フルシチョフは「戦車には戦車」と対抗措置を命じます。かくしてベルリンのチェックポイント・チャーリーで、米ソの戦車が至近距離でにらみ合う事態になってしまいました。ベルリン市民とマスコミは、第三次世界大戦が始まるのかもしれない、と集まります。トップにとっては「神経戦」でしたが、現場では「偶発事故」を恐れていました。
本来はそこまでの“事件”ではなかったはずです。しかしその年には「ベルリンの壁」が建設され、それでなくても緊張が高まっていたのです。「もしかしたら核戦争が起きるかもしれない」という恐れは、多くの人が現実認識として持っていました。
フルシチョフは西側との平和共存を志向していました。しかしそれはソ連内部では人気がない政策でした。足を引っ張ろうとする政敵を押さえつけ敵対しようとするアメリカと手を結ぶために“アキレス腱”となるのが「ベルリン」でした。さらに「U2撃墜事件(ソ連に不法侵入したアメリカの高高度偵察機が撃墜され乗務員が生きたまま捕まった事件)」も、フルシチョフにとっては「アメリカに対する切り札」になるはずが、国内の政敵にとっては「フルシチョフがアメリカに弱腰だから好き放題されている証拠」となってしまいます。おっと、国内だけではありません。フルシチョフは中国の毛沢東とも深刻な対立をするようになっていました。
折しもアメリカは大統領選挙の真っ最中。ケネディとニクソンの対決ですが、フルシチョフはケネディのほうが相手にしやすい、と思い、選挙に何らかの影響を与えようとも思っていました。国際政治はややこしい。
フルシチョフにとって東ドイツは「要求ばかり多くて、難民流出で共産主義のメンツに傷をつけ、経済的な生産能力は低い」という“お荷物”でした。それでも「ベルリン問題」は解決しなければならないのです。「協調」だと政敵につけ込まれますから「対決」姿勢を取らなければならないのが、フルシチョフにとってはストレスでした。
ケネディは選挙で辛勝でした。選挙結果と史上最年少の大統領であること、そして国会での支持基盤が弱いこと……「権威」が足りません。そのためケネディも「協調」ではなくて「対決」を選択せざるを得ないようになっていました。
「ベルリン」での通常戦力は、西側は1万2000、ソ連軍は35万人でした。この不均衡を“是正”するのは核戦力であるように思えます。当時ソ連はアメリカを直接攻撃する手段を持っていませんでしたが、アメリカはポラリスなどの核ミサイルでソ連を圧倒していたのです。フルシチョフはケネディに、面と向かっての会談を呼びかけ捕えていたスパイ機のパイロットを釈放することで“メッセージ”を送ります。しかしアメリカの回答は「大陸間弾道ミサイルの実験成功」でした。
東ドイツの指導者ウルブリヒトは、スターリンを“師匠”とし、スターリン以上にスターリン的な国を作ろうとしていました。そのため、ウルブリヒトは集団農場政策などを強引に進めますが、それに嫌気が差した人々(特に熟練工や優秀な農民)が大量に難民として西側に流出します。そこでウルブリヒトは、フルシチョフに経済援助や政治的な支援を要求します。強く要求します。「尻尾が熊を振り回す」のです。
西ドイツ首相のアデナウアーは、老齢(ケネディのほぼ倍の85という年令)ゆえに過去の遺物扱いされていました。逆にアデナウアーの方では、ケネディの若さを危ぶみます。かろうじて保たれているドイツの“バランス”を、過剰に大きな力を持つ若造が適当にちょっかいを出して、崩してしまうのではないか、と恐れるのです。さらに国内のライバルである社会主義のブラント市長も政治的なリスクとして機能します。
ケネディはフルシチョフのメッセージを誤解し「ベルリン」を軽視して先送りし、フルシチョフを苛立たせます。そして「歴史的事件」が二つ起きます。ソ連の宇宙船打ち上げとアメリカの(キューバのカストロ政権の武力による打倒を目指す)ピッグズ湾侵攻作戦の失敗です。ケネディは遅ればせながらフルシチョフに会談をしようとメッセージを送ります。ウルビリヒトは西ベルリンへの圧力を高めます。「壁」の建設をさりげなく予告し、それで難民の流出数を増やし、それでフルシチョフに「行動」させようとしたのです。
ケネディは、腰の激痛・慢性腎炎・高コレステロール血症・不眠などなど様々な病気に悩んで「秘密の注射」に頼っていました。その注射の中には、常習性のある覚醒剤アンフェタミンも含まれていました。そのためか、ウィーンでのフルシチョフとの会談は不調に終わりました。しかしその失敗でケネディは大統領としての成長を始めたのでした。
7月15日マイアミでミス・ユニバースに選出されたのは、東ドイツ難民のマルレーネ・シュミットでした。この報道はウルブリヒトにとっては“究極の屈辱”でした。
本書では、対照的な指導者ケネディとフルシチョフだけではなくて、東西ドイツのウルブリヒトとアデナウアーの関係にも注目し、まずは彼らの人間像を浮き彫りにした後で、豊富な資料とインタビューで「ベルリン危機」を描きます。特に「国内問題」がいかに「国際政治」に大きな影響を与えるか、が具体的に描かれていて、本書が解き明かす問題のあり方が現在にもそのまま通用することを感じさせます。
噴火で大規模な噴煙柱が形成され、その密度が空気より重いと上昇できず、そこで一気に崩壊すると全方位への火砕流となります。代表が79年のヴェスヴィオ火山。古代ローマのポンペイを全滅させたことで有名です。
溶岩ドームが形成されると、その崩壊で火砕流が発生します。1991年雲仙岳の火砕流が記憶に新しいところです。
雲仙と言えば、「島原大変肥後迷惑」も有名です。1792年に雲仙岳眉山が噴火と地震で山体崩壊を起こし、大量の土砂が有明海に一気に流れ込んだ衝撃で10メートル以上の高さの津波が発生して島原対岸の肥後天草に襲いかかり、両側で多くの死者が出ています。
噴火だと、溶岩・噴煙・噴石などによる被害をまず思いますが、何かが崩壊することでの大被害のことも忘れてはいけません。
【ただいま読書中】『ドキュメント豪雨災害 ──そのとき人は何を見るか』稲泉連 著、 岩波書店(岩波新書新赤版1487)、2014年、780円(税別)
2011年9月台風12号は紀伊半島に大きな爪痕を残しました(1時間に100ミリ以上の豪雨、和歌山だけで50人以上の死者と行方不明、熊野古道も大きな被害、土砂ダムによるせき止め湖……)。本書はそのルポルタージュで始まります。
北に張り出した高気圧に進路を阻まれ、台風12号は自転車並みの速度となっていました。そのため雨はいつまでもやまず、奈良県十津川村では9月1日から5日までのトータルで1358ミリメートルの降雨を記録しました。雨のピークは4日未明のことでした。山はたっぷりと雨を含み、いつどこが崩れてもおかしくない状態となってしまいます。村役場では避難を検討しますが、「どこへ避難を指示するか」が大問題となってしまいます。村全体が危険な状態なのですから(ちなみに十津川村は奈良県の1/5の面積を占めています)。停電となり、ひっきりなしに光る稲光によって人々は闇の底を見ることになります。
十津川村はあまりに急峻な地形のため、太閤検地で年貢が見込めない免租の地とされ、それは江戸幕府にも継承されました。権力が及ばない土地のせいでしょう、自治の精神が十津川には根付くことになりました(これがのちの復興で大きな役割を果たします)。明治22年(1889)、高知県に上陸した台風は2日かけて日本海側に抜け紀伊半島に記録的な大雨を降らせました。2011年の台風12号とそっくりです。生じた災害もそっくりで、1000箇所以上の大規模な土砂災害と53ものせき止め湖が発生しています。この時も山が岩盤まで根こそぎ崩れる深層崩壊が起きていました。大きな被害とせき止め湖崩壊の恐怖から、住民のうち2600名は北海道に移住しました。それが今の新十津川町です。しかし、移住した人も残った人も、大変な苦労をすることになりました。それ以来も大雨による土砂崩れはありましたが、最近20年間は土砂崩れによる死者は村では生じていませんでした。そこに台風がまたもゆっくりと通過したのです。
深層崩壊では普段では考えられない現象が生じます。その一つが「段波」です。大量の土砂が一気に増水した川やせき止め湖に流れ込むことで津波そっくりの波が対岸を襲うのです。そのため、一瞬で村営住宅や水力発電所は吹き飛ばされました。これの大規模なもので私がすぐ思い出すのが「島原大変肥後迷惑」です。こちらは津波と表現されますが。
国道は各所で寸断されていたため、30時間の山越えで自衛隊は役場に到達。国交省の救援チームはヘリが悪天候で飛べず9月5日にやっと中学校のグラウンドに降りることができました。そこでチームのメンバーが見たのは、すさまじい被害とマスコミによる妨害でした。村役場の職員は普段は120人。しかし道が使えず出勤できたのは40人。そこに山道を踏破してたどり着いたマスコミ人たちが群がり、少しでも情報を引き出そうと食い下がっていたのです(多くの者は苛立ち、役場の職員に個別の対応を強いていた、とあります)。これでは組織だっての災害対応など役場ではできません。それに職員だって“被災者”なのです。国交省はまず30人の職員を派遣、「リエゾン班」「テックフォース班」「マスコミ班」などを作って窓口を一本化します。それにしても猫の手も借りたい状況でマスコミ対策にも人員を割かなければならないのですね。情報発信が重要であることはわかりますが、マスコミもこういった場合、とりあえずは派遣する人を最小限に絞っての代表取材とかはできないのでしょうか。現場に余計な負担をがんがんかけて、楽しいですか?(ついでにこの人たちが、自分たちが消費する水や食料、簡易トイレなどをちゃんと持参したのかどうかも気になります)
対照的なのは村人の態度です。役場が各地に入るのに3日はかかりましたが、役場を責めず、淡々と自力でできることは自力で行っています。村長は、村人を気遣い支援に感謝し、村長が訪れた集落では逆に村長を励ましたりもしています。そういった動きの中で村長は決心します。大災害に遭ったこの村が日本にある意味は何か?と。十津川村の資源と宝庫はやはり「山」です。ならば山をこれからも守っていこう、と。
著者はついで那智谷に回ります。こちらも大きな被害を受けたところです。川の水位が10メートル以上もあっという間に上昇して、水位監視のカメラが次々故障していく、というリアルで背筋が凍るような話が登場します。那智谷では100年間土石流が発生していませんでした。しかし4日の2時~4時の間に9箇所で土石流が発生、家や人を飲み込んでいきました。妻と娘をなくした町長さんが「個人的なことは今は答えない」と前置きをしてから記者会見を始めたことを、私は覚えています。
復旧にまず動き出したのは、地元の建設業者でした。誰に言われたわけでもないのに、まずは道路の瓦礫撤去や人の輸送などを手分けしながら行い始めました。そしてそこに陸上自衛隊が加わります。そこで彼らが見たのは、被害の甚大さと、現場と役場のコミュニケーション不全でした。現場の情報がないと役場は決断ができず、役場が決断しないと現場はそのまま放置されているのです。
ここで誰かを責める、という立場を著者は取りません。著者は「大災害には誰もが不慣れ」だからこそ教訓をすべての地方自治体が学んでおくべき、と考えています。「明日は我が身」なのです。実際にこの8月には広島で局所的な大雨による土砂崩れが集中的におきました。この時も「避難指示が出ていれば」という指摘がありますが、2009年兵庫県佐用町ではまさに避難中にたくさんの人命が失われています。「防災」は一筋縄ではいかないのです。おっと、地方自治体だけではありません。国も防災意識は希薄です。(防災意識の濃淡は、防災訓練をしているかどうか、防災訓練が「儀式(マニュアル通り粛々と進行するもの)」になっているか、リアルに担当者が臨機応変の対応を求められるか、で判定できるそうです)
本書の最終章は「首都」です。水害は都市住民にとっても「他人ごと」ではありません。特に東京は水害に対しては脆弱な街なのです。たとえば江東デルタ地帯。ここは川の水面より低く、水が浸入したらポンプで排水しない限り水は引きません。さらに多くの地下空間。荒川の右岸堤防が北区で決壊したら24時間で東京の「地下」は水没します。足立区千住で決壊したら3時間で大手町あたりの地下空間が水没。もちろん堤防は強化されています。ところが地盤沈下で土盛りをしているのですが、鉄道の鉄橋はそう簡単に持ち上げるわけにはいきません。そのため線路が堤防に食い込んでいる(堤防が一部凹んでいる)場所が何箇所もあります。洪水が銀座を襲うとしたら、おそらくその「ウイークポイント」が決壊したときでしょう。なお京成本線は改善のための事業化が始まっていますが、JR東北本線についてはまだ話し合いの段階だそうです。
「減災を」と声を上げると、「土地の価格が下がる」「風評被害が生じる」と抵抗が起きます。数十万人の避難を区の力だけで行うのは無理です。ではどうしたら? 人口減少社会はあまり日本には良いことではないようですが、「社会の変容を強いる」点を逆手にとって、災害に強い社会を作っていく、ということは可能になります。そのためには、理想とビジョンと政策が必要ですが。となると「政治の問題」ということになるのでしょう。原発神話と同様、「日本に大水害は起きない」「起きてから対策を考えよう」と政治家の皆さんが考えていなければ良いのですが……
人工知能に知性があるかどうか、の鑑別テストですが、ネットでの書き込みを見ていると、人間のうち何%かはこのテストに落ちるのではないか、と思うことがあります。それともあの書き込みは実は機械によるものなのかな。
【ただいま読書中】『ヤンキー化する日本』斎藤環 著、 角川書店、2014年、800円(税別)
「ヤンキー」の正式な「定義」はまだ明確ではありませんが、有力な手がかりが本書ではまず提示されます。「バッドセンス(特攻服・改造車などキッチュで傾(かぶ)いている)」「キャラとコミュニケーション(キャラが立っていて、お笑い芸人をモデルとした優れたコミュ力を持っている。お互いのキャラを確認する作業だけで会話が永遠に継続できる)」「アゲアゲのノリと気合い」「リアリズムとロマンティシズム」「ポエムな美意識と女性性」「フェイクな伝統主義」。
政治家にも「ヤンキー」は数多くいて、たとえば、田中角栄、安倍晋三、橋下徹などが本書では「わかりやすい例」として挙げられています。
それにしても「小泉改革はネオリベラリズムでさえない」という指摘は腑に落ちました。レーガノミクスやサッチャーリズムは政治的にも経済的にもわかりやすかったのに、小泉改革の中途半端さはとても気持ち悪いものだったものですから。しかし「アメリカを父親」と思うのが日本のインテリで「アメリカは母親」と思うのが日本のヤンキーだ、と言われると、どちらにしても結局アメリカは「親」なんですね。おやおや。
ヤンキーは言語化を嫌う、特に知的で「切断」機能を持つ言語を嫌う、という指摘も重要なものに思えました。だからヤンキーは反知性主義に走りますが、それに対抗して知性の欠如を言葉で指摘しても、その「言葉」自体が拒絶されてしまうわけです。おやおや、「話」になりませんね。
6人との対談は読み応えがあります。登場するのは、村上隆、溝口敦、デーブ・スペクター、與那覇潤、海猫沢めろん、隈研吾。ただ、この対談を理解するためには著者の『世界が土曜の夜の夢なら』を読んでおいた方がよさそうだという感触がありました。
ともあれなかなか刺激的な「日本人論」です。私自身の内部にも「ヤンキー成分」がいくらかあることが自覚できて、ちょっと考え込んでしまいました。
私はたぶんリアルの紙芝居屋を覚えている最後の世代ではないかと思います。ただその時にはお小遣いをもらっていなかったので、水飴はなめていませんが。
紙芝居は「静止アニメ」ではありません。メインはむしろ舌耕の方でしょう。静止画はただのきっかけで、とうとうと流れる言葉によって見る人は自分の内側に想像の世界を作り上げていたはずです。たぶん落語・浪曲・講談などの「語り芸の伝統」がベースにあったのでしょう。
そういった「伝統」があったから、無声映画でも日本では活動弁士が必要とされたのではないか、と思います。
【ただいま読書中】『お喋りセッション』草上仁 著、 早川書房(ハヤカワ文庫JA340)、1991年、447円(税別)
私にとって草上さんは、この人の短編集だったら中を見なくても安心して手に取れる、という作家の一人です。
目次:「死刑!」「ローテーション」「コンドーム」「フード・プロセッサー」「中古者」「お喋りセッション」「狼男」「ヒッチハイク」「外科ニック」
冒頭からオナニー、スワッピング、コンドーム、とセックスネタの三連発ですが、ちっともいやらしくありません。いやあ、草上節がうなり続けます。基本的にワンアイデアストーリーなんですけどね、とにかく安心して楽しめる作品が続くのです。
ちなみに「お喋りセッション」は、人のコミュニケーション能力が低下したため「普通の会話」が「芸」として成立している世界のお話です。
そうそう、目次に「あとがき」もつけておきたいな。これも立派な「創作物」です。
このあとがきによると、著者は「謹厳なる会社員」で休日だけ創作活動をしているのだそうです。そういえば私も「真面目な俸給生活者」で空いた時間にだけ読書日記を書いている、という点がちょっと似ているような気もします。書いているものの質と内容と量は全然違いますが。