四国八十八ヶ所のお遍路回りの際にはお寺で納経札というものに名前を書いて納めるのだが、八十八ヶ所を何回回ったかでお札の色が異なっています。
初めての人は白紙でしてその後、何回かで色が変わって、100回!以上回った人は錦織製の納経札となるわけです。(自分で作るのですが・・)
たまたま自分がお札を納めるときにそれが有った場合、ありがたく頂いてもよろしいということになっているらしい。 と、今回なんとそのお札がたまたま有りまして、ありがたく頂いて来たわけです。裏に書いてあるのをみると、この方はなんと180回もお遍路を回っている様です。スゴーイ!。
当然四国の方で、車で周回しているからここまで回れるのでしょうが、それにしてもこれまでにさせる力があるところがお遍路の凄さですね。
数多く回る人、歩いて回る人、人それぞれスタイルが有りますが遍路旅は「自分を見つめる時間を作る」ってところが根底に有るような気がします。
そんな意味では、歩いて登る山登りと意識感覚では共通する所も有るような気がしています。
初めての人は白紙でしてその後、何回かで色が変わって、100回!以上回った人は錦織製の納経札となるわけです。(自分で作るのですが・・)
たまたま自分がお札を納めるときにそれが有った場合、ありがたく頂いてもよろしいということになっているらしい。 と、今回なんとそのお札がたまたま有りまして、ありがたく頂いて来たわけです。裏に書いてあるのをみると、この方はなんと180回もお遍路を回っている様です。スゴーイ!。
当然四国の方で、車で周回しているからここまで回れるのでしょうが、それにしてもこれまでにさせる力があるところがお遍路の凄さですね。
数多く回る人、歩いて回る人、人それぞれスタイルが有りますが遍路旅は「自分を見つめる時間を作る」ってところが根底に有るような気がします。
そんな意味では、歩いて登る山登りと意識感覚では共通する所も有るような気がしています。