どこに住むのがベストか?

今週前半は仕事で伊豆の下田と静岡の日本平を訪れた。仕事でも遊びでも、いつも日本中部から北陸方面ばかり出没している身としては、太平洋側はとても珍しいのである。
行きの高速では富士山も見えて満足満足。
 沼津でおりて伊豆半島に向かったがやはり伊豆半島はあったかい・・。
こんなところで余生を暮らしたら、ノホホンとしすぎてボケてしまいそうである。
あるいは、こんなあったかいところに住んでいたら、わざわざ寒~い冬山なんかに出る気合がでてこないんじゃあ無いかと思いますね。

 そういうわけで人間住むところによって趣味というものもだいぶ変わってきそうに思います。

僕なりに、山に行ける環境でどこがいいか考えてみると・・。
まず関西はNGですね。山が遠すぎる。北陸は、チト冬の鉛色の空が・・。
ベストは岐阜か、名古屋あたりでしょうか・・。
近くに中アもあるし、少し足を伸ばせば北アルプスも近い。南アルプスもソコソコ近い。
冬でも快晴率が高いし、ある程度CITYである。
それに比べると僕の滋賀県はチトアルプス方面に遠いのが難点です。

ということで、中部圏人がうらやましい~。
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絶好の日曜日

今日は絶好の天気である。なのにこういう日に限ってなぜか野暮用があるのである。自治会の公民館掃除当番があたっていてたった1時間余りの仕事のせいで、一日の予定がつぶされてしまった。あー残念。
 冬山は晴れに限る。昨日の山は降雪+曇天だったが今日はドピカーンの晴れである。
今日山に行ってる人がうらやましい・・。
 
 なんだカンダで色々と野暮用をこなし、夜はお気に入りのつまみを作った。
「ヤキトリ」である。我が家の定番つまみだ。
 鳥モモとネギだけの塩焼きなのだがレモン汁をすこし付けながら、日本酒と一緒に
食べるとまたこれがうまい。

 今日はやけくそ酒である。今度は晴れた平日に山に行くぞ~。



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N.4 福井・上谷山敗退(手倉山まで)

この週末、絶好の天気となりそうな日曜日は自治会の野暮用があるので、土曜日にかけるしかない。今回は、以前一度途中敗退している「上谷山」である。

 土曜日の早朝広野の集落につくが、いったい全体この雪の量はどうだい。2m超えの雪の壁ができていて、まるで上越にでも来ているようだ。やはり今年は雪が多いのだろう。車を広野集落末端の橋のたもとに止めてそこから登り出すことにした。天気予報では明け方には雪もやむと言っていたが、相変わらずしんしんと降っていてモチベーションがあがらない。とにもかくにも準備をしてえいやと外に出た。
歩き始めると案外雪のコンディションは良さそうだ。新雪が30cmほど積もっているがその下の雪は少し固まっていてなかなか歩きやすい。ただし当然ノートレースなのでひたすら膝下ラッセルを続けていく。広野の浄水場からの尾根を合流し、さらに登っていく。

 標高600mあたりから800mの間は斜度は緩くちょっとしたアップダウンがいくつか出てくる。 標高900mをすぎると雪もだんだん深くなってきた、所々膝ラッセル程度となってくる。天気は相変わらず変わらず周りの山も見えない。標高1030m手倉山である。
 
 ここまで4時間20分掛かったが、この雪の状態では上谷山まで後1時間半はかかるだろう。おまけにここからの雪の量は半端ではない。僕らのショートスキーでは膝上ラッセルだ。 あっさりとここまでで敗退を決定。スキー板を脱ぐと半身ぐらい潜ってしまう。小雪舞う中、いつもの様に昼食をとる。 今回は久しぶりのひたすらラッセルで股関節が痛くなってしまったが、こんなことで痛くなるようでは甘チャンだ。鍛えねば・。

 午後1時20分手倉山山頂出発。周りの景色が見えないのが残念だがまた次回としよう。雪の質は良いのだが、この尾根傾斜が全般的に緩いので新雪状態では滑りは厳しい。登りのトレースの溝の中を滑っていく。ちょっと傾斜が出ると新雪に突入。ウヒャー、ウホホホ・・。やっぱり新雪の中の滑りは楽しいなあ~・・・ドテッ!(新雪の中の木に引っかかってコケル)。 この尾根もう少し経って雪が締まってきたらどこでも楽々すべれて楽しいだろう。やっぱり下りの滑りはあっという間である、丁度1時間で駐車場に戻ってきた。 また今度春に来てみたいものだ。  (詳しくはホームページで)

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般若心経

昨年山スキーで鎖骨をポッキリしたせいもあって自戒意識が芽生えたのと、マッチャンの両親が西国三十三箇所巡りをした際にお経を唱えた事も影響して、ボクも般若心経でも覚えてみるかと、テープを借りて覚えてみた。 般若心経は一番短いといわれるお経だが、凝縮されたお経には強いパワーがあるといわれている。かの「ちびまる子」も困ったときには般若心経を唱えたそうだ。

 覚えてみて初めて分かったのはやたら「無」という言葉が多いということで、諸行無常という事がこのお経のエッセンスである。

 なかなかに意味のあるお経なのだが、ボクの思いは別にもう一つありまして、先日の心霊現象ではありませんが、よく山に行く僕らとしましては、山でのコワイ話なんかを本で良く見かけますが、やっぱり全く人気の無い山でテント泊することも多々あるのでふと考えると気味悪いときもある。

 そんな山中で、もし遭難者なんかの霊が出てきたら・・なんて考えるとぞっとするのだが、そういう時に「神様仏様お助け下さい~」というよりは、やっぱり「観時在菩薩・・」とお経を唱えた方が効果的では無いかと思うのであります。
 まあそんなビビリな為に覚えたのも一つの理由なのですが、葬儀の時にかの霊感の強い叔母さんからも、あちらの世界の人からせがまれて唱えるお経は「般若心経」だったりするという事を聞いたので、やっぱり効果的なんだあということを改めて知った訳です。

 でも、できれば実際にそんな場面で使うことは無いこと願っています・・。
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DNA

先日は葬儀だったので当然ながら大勢の親戚縁者が集まっていた。親戚といっても知らない人も多いが、それでも血縁関係なので顔が似ていたり、しゃべり方が似ていたりして、この顔はじいちゃんの筋の人だなとか、あの雰囲気はばあちゃんの筋の人だなとか、そんな風な推測が結構できるので面白いものである。

 まあ顔の作りが似ているのは当たり前なんですけど、ばあちゃんの妹なんかだと仕草(しゃべり方)なんかまでが死んだばあちゃんにそっくりでして、そんな所まで似てくるというのを見ると、ホントに不思議に思いますね。
DNAって奴はそこまで自分の核を残したいというわけなんですね。
だから、自分の行動なんてものは、自分自身がすべて作り上げたもんでなくて
あらかじめ血筋からインプットされているものがだいぶあるということなんでしょう。
 私のこのだらしない性格も、私が作り上げたものでなく、血筋から来ているものだからしゃあないのです。(と思っておこう・・。でも誰の血をひいたんだ??)

話は変わるが、その席ではあんまり知らないおばあさんやおじいさんにボクの小さい頃の出来事を聞いたりもした。80歳にもなろうかという人が良く40年近くも前のボクの事を覚えているのだなあとも感心したのだが、それ以上に、誰しも自分の家族や近い親戚だけの中で生きている様に感じているけど、実はもっと周りの人も自分に関心を寄せていたんだなあということを感じましたね。
そんなことを改めて感じたんでそういう意味では良い葬式でした。
 
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あの世から母さんがやってきた

今日のじいちゃん(母方の祖父)の通夜の席のこと。遠くからやってきたボクの姉ちゃんと相対して座って話していたら、「だれかが服引っ張った。おじいさんかな?」とお姉が言う。服の後を誰かが引っ張ったらしい。とは言っても後には”壁”しか無いのである。「ふーん・・ほんまかいな」とその時はあんまり気にしなかったのだが・・。
 しばらくして、ボクの叔母さん(死んだ母さんの妹)の様子がちょっと変。「来てるわ~姉ちゃん。」と言ってしきりに顔の横を手で払っている。どうやら、ボクの母さんが途中からやってきたみたいで、ハッキリと肩の所に感じて、見えてるらしい。とは言っても僕らには全然見えないのだが・・。そうして、何故だか、手を顔の横に上げたきり、下げようとしてもまた上がってしまうといって難儀している。「そうか、来たか~」。この叔母さん、以前から霊感が強い人で、今回はボクの母さんがやってきたらしい。叔母さんはだんだん肩がしんどくなってきたので息子に数珠で肩をたたいてもらってやっと楽になった。
 お~ぃ、ちょっと母さんボクの方に来てくれへん?とそのとき思ったのだが、悲しいかな霊感の無い人の所には来れないみたいだ。

 とすると・・?きっと最初にお姉の服を引っ張ったのもお母さんでは無いかという気がする。そして、叔母さんの手が下げられないという現象も、そんな変な事をさせる事で皆に自分が来ているということを知らしめたかったんじゃあないかなあ・・。 とそんな、ちょっと嬉しいハプニングがありました。

まあこんなこともあったりして、世間では色んな考えがあるけれども、ボクはやっぱり「あの世」の世界があることを信じているんですよねえ~。
じいちゃんも、死んだ母さんとばあちゃんの仲間入りが無事にできた様で安心しました。
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じいちゃん

今日は仕事日。夕方家で食事を済ませて飲んでいたらオヤジから電話が。「じいちゃんが亡くなった・・」母方のおじいちゃんだった。年は90歳を超え、長らく病院に入っていたのだがついにお迎えが来たようだ。 

 ボクの母が亡くなってそのあと母方のおばあちゃんが亡くなり、そして今日じいちゃんが亡くなった。これでボクの母親の方のルーツは全部なくなってしまってちょっと寂しくなった。じいちゃんやばあちゃんには、小さい頃遊びに行くとホントに良くかわいがってもらった。そんな子供の頃の記憶が懐かしく思い出される。
 
 今頃たぶんあの世で、ボクの母さんとおばあちゃんが、おじいちゃんと又再会して「ようきたなあ~」ってな具合で、きっと和やかにあの世の案内をせっせとしてやっていることだろう。
じいちゃん、あの世で楽しくやってください。
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ライブドア

この数日やたらライブドアが話題である。ある見方ではマネーゲームに対するやっかみ半分というのもあるが、確かに一般感情はそうかもしれない。かつてバブルの頃マネーゲームで金をもうけることに批判があったが、今回も不透明な株価操作で長者となったとしたら批判を受けるのは仕方ないだろう。
 多くの国民は汗して働いて、その働きに対して幾ばくかの見返りがあるのであって、マネーゲームで儲けることにはやはり違和感とか罪悪感を抱くのである。
それが多分日本人の一般的な感情であり、戦後の日本を作ってきたのはもの作りであるという自負が根底にあるのだと思う。

実は僕もその一般的な感情を抱く一人である。1次産業・2次産業なくして、3次産業だけで世の中が回るはずはないのだ。みんなが自分の労働をきちんと他人に提供してその対価を受け取るのが正しい世の中なのである。
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おニューのスキー板

仕事中、ボクの携帯にマッチャンからメールが・・・。普段あまりメールなどしてこないので「うん?緊急事態か??」と思いきや、フリートレック(フリーベンチャー)がヤフオクに出ていて、2005で生産中止になったとの連絡だった。
今マッチャンが使っているフリートレックも長らく使用しているし、これが無くなると辛い。なんと言っても過去に靱帯ブチ切れした彼女にとってはショートスキーでもチト膝に負担なのである。

 というわけで、最後のフリトレ(フリベン2005)を買っちゃいました~。
以前のは90cmでしたが、今度のは99cmとチト長くなっていますので、ひょっとしたらラッセル能力もだいぶ上がっているかもしれません。・・ということは?・・ボクもちょこっとラッセル交代が楽になると言うことかな?・・フフフ・・。
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僕の好きなシチュエーション

冬の山はとってもきれいで、その無垢な全体の雰囲気も好きなのだが、僕が結構好きなシチュエーションはお昼時だ。
特に、晴れた雪の稜線で風除けに雪を掘り返して、そこに銀マットとともに座り込んで
ホッと一息つきながらお昼を過ごすその時間は格別である。
深い雪のなかそのホッとした空間で、あったかなお昼とおいしいお酒を楽しみなながら
きらきらとした周りの白い空間や、遠くのきれいな山波を見渡す、そのひと時が楽しみでまた今日も山に向かってしまうのである。
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