goo blog サービス終了のお知らせ 

癌と生きる 依存症と生きる

命がある限り希望を持つということ

12ステッププログラム

2014-10-28 10:32:12 | 依存症
アルコール、ギャンブル、薬物など
様々な依存症から回復するためには、自助グループに通って
ミーティングを続けることが、回復できる一つの大きな可能性であることは
今までにも何度も書いてきました。

ただ私自身が今回ギャマノンにも参加してみて率直に感じたのは
GAにしろ、ギャマノンにしろ、事前にそれがどういうものなのかを
おおまかでもよいから知った上で参加をしたほうがよいのではないか
ということでした。

まあ、これは性格なのかもしれませんが
自分のガンの治療を決める時も、お医者さんが勧めるからとか
回りの人がいいと言うからだけではなく
病気のことにしろ治療の方法にしろ
大体のことを知っておきたいと思って自分で調べました。
なので、余計なおせっかいかもしれませんが
ミーティングや12ステップの予備知識みたいなものを書いてみます。


AAやGA、NA 更にはそれぞれの依存症者たちの家族の自助グループ
の成り立ちと、そこで「回復のためのプログラム」として用いられる
「12ステッププログラム」について、私自身が理解した範囲ではありますが
ウィキなども参照しながらまとめていこうと思います。

まず現在あらゆる依存症からの回復をめざす自助グループの発祥は
アメリカのAA(アルコールアノニマス)にあります。

1935年にアメリカのビル・ウィルソンという人が、共に飲酒の問題を
抱えるボブ・スミスという外科医と出会いました。彼らは、自分たちが
抱える飲酒の問題を話し合うことで、それまで止められなかった飲酒を
止められるという事実を発見しました。

更にビルとボブは他の飲酒者を探し、アクロンとニューヨークで飲酒者の
共同体を作り、やがてそこでは回復者が100人を超えるようになりました。
そこでビルは、アルコール使用障害からの回復の経験を本にまとめ
その中で「どうやればうまくいくか」について、回復のための「12の
ステップ」というものを文書化しました。さらにこの本のタイトルを
「アルコール・アノニマス(無名のアルコール使用障害者たち)」にしました。

これが後に、あらゆる依存症からの回復をめざす団体の名前や、回復するための
指針である「12ステップ」の原点になりました。

たとえば現在ギャンブル依存症本人たちの自助グループGAのサイトに書かれている
ギャンブル依存症から回復するための「12ステップ」は次の通りです。

1. 私たちはギャンブルに対して無力であり、思い通りに生きていけなくなって
  いたことを認めた。


2. 自分を越えた大きな力が、私たちの考え方や生活を健康的なものに戻してくれる
  と信じるようになった。


3. 私たちの意志と生き方を自分なりに理解したこの力の配慮にゆだねる決心をした。


4. 恐れずに、徹底して、モラルと財務の棚卸しを行ない、それを表に作った。


5. 自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた。


6. こうした性格上の欠点全部を、取り除いてもらう準備がすべて整った。


7. 私たちの短所を取り除いて下さいと、謙虚に(自分の理解している)神に求めた。


8. 私たちが傷つけたすべての人の表を作り、その人たち全員に進んで埋め合わせを
  しようとする気持ちになった。


9. その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに直接埋め
  合わせをした。


10. 自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認めた。


11. 祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、神の
  意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた。


12. 私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力を続け、このメッセージを
  ほかの強迫的ギャンブラーに伝えるように努めた。

正直なところ、最初にこの「12ステップ」を読んだ時は、もともとは英文で書かれた
ものを直訳してあるため、言い回しが独特であること、文中にしばしば出てくる「神」
という表現に拒絶反応を起こして、これが依存症の回復に有用であるとは感じません
でした。

その後自助グループについて説明してあるものを色々読んでそれが「どのような
宗教、宗派、政党、組織、団体にも縛られていない」集団であることを納得しました。
欧米の、キリスト教を信仰している人たちにとっては「神」という言葉は、とても
理解しやすいのだと思います。けれど日本人の場合は、なかなかそういうわけには
いきませんから、現在はどのグループの12ステップも「神」の部分を、日本人でも
受け入れやすいように「自分の理解している神」というように変更されています。

これはつまり、自分が人間を超えた大きな力だと感じることができるものなら
自分が信じている宗教の神であろうが、海や山や太陽や月などの自然であろうが
ご先祖さまであろうが、いわしの頭であろうが、それでO・Kということな
わけです。

自助グループのミーティングでは「今日は第○ステップについて話しましょう」
という感じで、それぞれが自分のことを話しますが、例えば「無力」
というテーマであっても、絶対にその趣旨にそわなければ駄目だということ
ではなくて、自由に自分の思いや近況について話すだけでもそれはそれで
よいという感じです。これはステップセミナーという発表会の場合も同じです。

自助グループには、暦が長いから、短いからということや、誰がリーダー
というような上下関係はいっさいなく、自分の発言を否定されたり、批判
されたりはしません。またこうすればうまくいくというようなアドバイス
や指導も、基本的にはミーティングの中ではありません。
けれど何にせよ分からないことがあれば、ミーティングの前や後に
たずねることはできるようになっています。多くの自助グループでは
マンツーマンで、キャリアのある人が後から参加したメンバーの相談
に乗ってあげることができるスポンサー、スポンシーという仕組みを
取り入れています。

12ステップについては、各自助グループで、ステップの内容を更に
詳しく説明した副読本が用意されています。その内容を全て正しく
理解できて、それぞれのステップをちゃんと実践できたら、確かに
回復することができると思える内容です。ただ独力で、もしそれを成し
遂げることができたらお釈迦様のレベルです。そもそもそんな人が依存
症になるのかという話です。そこで、お釈迦様レベルでない凡人として
は、仲間と支えあって回復をめざすのが一番確実な方法ということ
になるわけです。それゆえのミーティングなのです。

この12ステップの意義を、医師の箒木蓬生先生は、医師の立場から
「人間らしい行動をつかさどる前頭葉の鍛錬」と述べておられます。
さらに「前頭葉が学習したものは、そんなに長続きしません。学習を
止めるともとの白紙に戻ります。この意味で、語学の学習と似ており
いったん学習を休むとまたたく間に能力が低下します。ですから大切
なのは繰り返しの自助グループ参加なのです」とも説明されています。

またビルの妻、ロイス・ウィルソンは、アルコール依存者の友人と家族
への支援を専門に行なうアラノンの創設者で、これが現在のアラノン・
ギャマノン・ナラノンなど依存症者の家族の自助グループの原型です。
依存症者の家族もまた自分たちの回復のための12ステッププログラム
に基づくミーティングに出席することで、依存症者の問題から手を離し、
自分自身のために健康な人生を取り戻す努力を続けていくことになります。

私自身がまだまだ自助グループや12ステップ、ミーティングについて
は勉強中です。その過程で理解した範囲のことを書いています。
もしも「これは間違っている」と思われるような点があれば、ご指摘
いただけたらありがたいです。(なお私としては、ジョークとして
書いている部分への突っ込みは、ご容赦ください)



ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村



依存症の治療と回復

2014-10-26 07:57:39 | 依存症
アマゾンで500円ちょっとで売られていたので
とうとう「猿の惑星創世記(ジェネシス)」のDVDをゲットしました。
いくら病気とはいえ、毎日2時間映画を見るわけにもいかないので
家事の合間の休憩時間に、分割してリピートしています。
「一体猿の何がそんなに」とさすがに家族もだんだん
無反応になってきましたが、伊藤計劃さんの小説といい
私が一生懸命プッシュしても、なかなか一般には受け入れてもらえません。

というわけで、毎日エイプ(チンパンジー)やゴリラや
オランウータンが飛び跳ねている私の頭の中はさておいて
先日も夕方のローカルのニュースで
薬物依存症の問題が取り上げられていました。
この問題に関しては、さすがの厚生労働省も本腰を入れざるをえないようで
厚生労働省のHPでも、薬物依存症については
治療の方法や、相談機関、治療施設、家族の問題にいたるまで
かなりていねいな説明が公開されています。

放送の中でも取り上げられていましたが

九州で薬物依存症の専門的な治療ができるのは

肥前国立医療センターと福岡の雁ノ巣病院の2ヶ所のようです。

雁ノ巣病院は、ギャンブル依存症の治療の時も紹介しましたが
アルコール依存症の治療に長い歴史と実績があり
現在はギャンブルや薬物依存の治療にも取り組まれている医療機関です。

ただしどの依存症でもそうなのですが
依存症は、脳内物質のドーパミンとかセロトニンなどの
分泌の仕方に異常がおきて、その変化はもとには戻らないので
現在のところは、投薬とか注射などといった医療行為はあまり有効ではなく
完治するということはない病気です。
(アルコール依存症の治療で、補助的に抗酒剤が使われたりはします)

ですから依存症の治療というのは
「今日一日はアルコール(あるいはギャンブルや薬物)をやらない」
という、その一日を死ぬまで続けていくことが回復です。
どの依存症でも、回復し続けるために有効な方法は
自助グループと呼ばれる
同じ依存症の問題を抱える人たちとのミーティングが基本になります。

これは専門的な入院治療を行なう病院でも
ジャパンマックのような入所型、あるいは通所型のリハビリテーション施設でも
あるいはAA,GA,NAといった、それぞれの依存症の人たちの自助グループでも同じです。

依存症に対応できる病院とリハビリテーション施設と自助グループは
互いに連携もしていて
病院でカウンセリングを受けながら自助グループのミーティングに出るとか
昼はリハビリ施設でミーティングや、清掃、運動、調理など
正常な日常生活を取り戻す訓練に参加しながら
夜はやはり地域の自助グループに参加をするというように
どういう治療の道を選択しても
最終的には依存症の人たちの自助グループにつながり
ミーティングに参加し続けていくことが回復の基本になります。

私が前にも、まずは正確な知識がある専門機関に相談してほしいと
繰り返し書いたのは、何も予備知識なしに
自助グループに参加した場合
「なぜ自助グループに参加することが回復になるのか」
「12ステップとは何か」といったことを
誰かが最初にていねいに説明してくれるわけではないので
「何だかよく分からない」ということになる可能性があると思えたからです。

前に子どものネット依存のところで書きましたが
ネット依存から回復する方法について
親が指示をするよりも、やはり病院の先生やカウンセラーさんが
助言をしてくれるほうが数段受け入れやすいように思えます。

これは大人の依存症の場合でも
家族がミーティングに参加するように勧めても
依存症の人がそれを素直に受け入れることはまずありません。

そして家族もまた依存症の人を自分が何とかしようという気持ちからは離れて
やはりギャマノンのような自助グループに参加して
共依存であれば、その自分自身の心の病を回復すること
あるいは依存症の人に振り回されないで生きる
自分のための自分らしい生き方を取り戻すことが一番大事なことなのです。


そこのところをちゃんと本人や家族に納得のできる説明をして
それぞれが自助グループのミーティングに参加できるように
回復への橋渡しをしてくれる専門機関やリハビリ施設が
少しでも増えることを願っています。

以前九州北部の依存症に対応してくれる病院をいくつか紹介しましたが

その他に  北九州の八幡厚生病院 093-691-3344 が
ギャンブル依存症とアルコール依存症に

また福岡の 倉光病院   092-811-1821
      千鳥橋病院  092-641-2761

はアルコール依存症に対応していただける医療機関です。

薬物依存症のニュースの中でも、日本の依存症に対する治療体制の遅れ
について指摘されていました。

この前の「ギャンブル依存症問題を考える会」代表者の田中さんのお話の中でも
今日本で数少ない「ネット依存」の相談に対応できる
久里浜医療センターは、すでに3ヶ月の予約待ち状態だと言われていました。
しつこいようですが、依存症はどの依存症でも
その性質も、症状も、回復に至る道筋も
大きな意味では共通しています。

専門的にはクロスアディクションと呼ばれる
ある依存症の問題が止まったら、別の依存症が出てきたりする割合も多いです。
ですからアルコール、ギャンブル、薬物に、大人のネット依存420万人を足せば
依存症の人がすでに1000万人を軽く超えている現状で
行政も、医療も、私たちひとりひとりも
それぞれが別々の問題だという認識、向き合い方ではなく
依存症という大きな一つの問題
極端な言い方をすれば、人間の心が直面している危機としてとらえてもらいたいと
心から願っています。





ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村



自分のための小さな物指し

2014-09-20 08:41:46 | 依存症
ずいぶん長いこと映画館で映画を観てないので
実は昨日封切られた「猿の惑星 ライジング」を観にいこうかと
こっそり企んでいます。

そのためにはどうもまず前作の「猿の惑星ジェネシス」を観る必要がある
みたいなので、一昨日ケーブルのオンデマンドで観たら
どうやら昨夜民放でも放送があったようです。

今回もなかなか感動しました。エビ型エイリアンの次は猿かいと
言われそうですが、たかが猿となめてはいけません。奥が深いです。

実験動物として高い知能を持ち
人間に育てられたシーザーというチンパンジーが
育ててくれた家のおじいちゃんを守ろうとして暴れ
収容施設の狭い檻に入れられて、檻の壁に
自分が可愛がられて幸せに育った家の窓と同じ形の図形を描くシーン。

その後「自分は人間とは違うのだ」ということを
次第に認識し、さらに収容施設に入れられている猿たちこそが
自分の仲間なのであることを理解して「うちに帰ろう」と
迎えに来てくれたウィル(育て親)の前で
自ら檻の扉を閉ざして拒絶するところ。

映画のラストで、子どもの頃よく遊びに来たアカスギの森の中で
再び「うちに帰ろう。俺が守るから」というウィルに
「シーザー、ここが家」と訣別するシーン。
こうした子育てと、子どもの自立(子離れ)を暗示するような場面で
うるっとさせられるのは母親というものの性なのかもしれません。

まあこの映画については、たとえば癌の治療なんかとも関係して
感じたことは山ほどありますが、きりがないので今日のところは
さわりだけにします。

前のブログで<依存症になると性格が変わる>で半分書きましたが
その他に

   ・ストレスに弱くなる、ささいな負荷が重荷
   ・自信喪失、自尊心の低下、自己評価の低下
   ・猜疑心、被害妄想、自己憐憫、悲劇のヒロイン

などもあげられています。これらは、依存症の症状というだけでなく
他の心の病を抱える人たちにも共通するところが多いように思います。
そしてこうした人間の心の動きはお互いに深く関係しあっています。

自信のなさや自己評価の低さが、ちょっとした失敗にもめげてしまうという
ストレスに対する弱さになり、さらに依存しているお酒とかギャンブルなどに
のめりこんだり、あるいはそんな自分自身を守ろうとして
悪いのは自分ではない、回りなのだという被害妄想や
自分は不幸なのだ、自分なんていないほうがいいのだという自己憐憫や
自己否定に陥るという負の連鎖になっていくのです。

そうなる原因の一つとして
<心の空白を埋めたい、無条件に愛して欲しい>という思いがあります。

この<心の空白を埋めたい>という思いの根っこには
「達成感がない」「がんばっているのにうまくいかない」という
人間ならほとんどの人が抱えている焦燥感があるように思います。
多くの人がそう感じる背景には、今の社会が抱える「格差」の問題が
これはもう解決できない巨大な壁としてあると思いますが
そこに踏み込んでも何も建設的な話は出てこないのでスルーしようと思います。

けれど入れ物が変わらなくても中身は変わることができます。
大げさな言い方をすれば社会は変えられないけれど
人は変わることができる。
一つの方法は、自分にあった物指しで物事を考えられるようになるということです。
これは自己評価の物指しが外側にあると
そこに届かなかった時は「できなかった」という挫折感になるからで
今の社会は、社会自体が勝ち負け思考ですから
できない人間はだめ、負けたと決め付けられてしまいます。

「望めば必ずかなう」「心を強くもって」「目標を高く」
こういう言葉は、いわば宗教の教えと同じで
本人が心の底からそう信じることができる場合のみは有効ですが
外からの物指しとして与えられるとただのプレッシャーです。

たとえば私のガンにしても、私は基本マイナー思考でひねくれていますから
「気持ちを明るく強く持って」「なるべく楽しいことを考えて笑おうよ」
という風に元気づけられても内心は「いや、それは無理やし」と
最初から挫折しています。それでも相手の気遣いは十分過ぎるほど分かるので
自分から「未来」を話題にしたりして、一応がんばってはいますが。

前のブログで「自分で考えて決めて実行する」ことの大切さについて書きましたが
「自分に合った自分の物指しを持つ」ということも、それと共通しています。
挫折を経験して「自分はだめだ。何もできない」と投げ出してしまったら
別の意味で生きていくことがとても難しくなります。

だから小さなことでいい、何とかこれならできそうだという目標を自分で決めてやってみる。
自分の物指しだから、うまくいかなくても誰かに批判されたり非難されたりする
筋合いのものではない。要は自分でできたか、できなかったかだけ。
その代わりうまくいったからといってほめてもらえるというわけでもないので
これぞまさしくTHE自己責任。
私のガンの治療に関する選択なんかもまさにそれだったわけです。
でも私の場合は「なるようになるさ」的なほとんどやけくそみたいな性格も混在してて
それも周囲にはバレていますから、こういう風にきれいごとを並べても
あまり信用してはもらえません。

もともと私はこうした心の問題に「これなら絶対に大丈夫ですよ」といった
万能処方箋みたいなものはないのではないかと思っていて
こうして色々書いていても、また他のブログなどを見ても
そういう風に断定的な表現がされているものには少々疑問を感じます。
だからこのブログを読まれる方にも
私がここで書いていることは、自分の経験から感じた私個人の意見であり
考え方であって「ああ、こういう考え方もあるんだなあ」と言う風に
理解していただければとてもありがたいです。

生まれも育ちも様々な人間がいて、家族があって
その家族が置かれている状況があって
そのそれぞれが抱える問題については
ひとりひとりが、少しでもその状況が生きていきやすいようになるために
情報を集めたり、考えたり、誰かに相談したり
自分や自分たちの状況にあったできそうなことからやってみる。
何もせずに、ただ嘆いたり苦しんだりするだけではなく
そこにも小さな物指しを置いて、今日一日できることをやってみる
ダメならダメで、また他の方法をさがせばいい
あるいはもう一度やり直したらいいじゃないかと。

依存症の場合、まずは完全に止めるというのが前提になりますが
私は最近は本人が「このままではだめだ」ということを心から自覚して
止めるという行動に取り組むことができれば
それは自覚がない状態よりもかなり大きな前進ではないかと思えるようになりました。

回りから命令や指示をされたのではなくて
本人がまずは「今日はやらない」と決心し実行する
それもまた自分の小さな物指しを持つということなのではないでしょうか。
(ただし薬物の場合はこの考え方はちょっと安易かもしれません。これに
ついてはまた改めて書いていくつもりです)





ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村


人と人との理想的な関係

2014-09-14 10:28:35 | 依存症
これまでにも何回か書いていますが
後藤恵先生の「動機づけ面接法」という
アルコール依存症のお話を中心とするセミナーの中で
こんなお話がありました。

<依存症になると性格が変わる>というテーマで

・待てない、我慢できない、待たされると怒る
・切れやすい、怒りっぽい、暴れる、殴る
・パワーゲーム、勝ち負け思考、黒白思考、完璧主義
・自己中心的、操作的、利己的、わがまま

他にもありますが、あまり話を広げると
私自身がまとめきれなくなりそうなので、これくらいで。

こうして並べてみると、乳幼児や子ども、思春期の若者とも共通するところが
たくさんあります。

依存症には、相手をコントロールしようとする面もあって
相手が思い通りにならないと不満を感じます。
子どもを思い通りにしようとする考え方は、子どもに依存していることで
配偶者に対して、自分だけ見て、自分を分かって、自分を保護してというのは
配偶者に依存しているということになります。

さらに、親子であれ夫婦であれ、片方が正論で言い負かすと
依存症者は「子ども」のままです。
そうなると、自分が病気なのは相手のせいだと考えて
自己責任から逃れてしまい、ただ相手の言うことを聞いていればよい
困ったときは相手が何とかしてくれると期待し
自分の行動にいっさい責任を取らない「コドモ」になります。

そこから回復するために、動機づけ面接で用いられるのが
相手の言葉に耳を傾ける傾聴であったり、相手を認めてほめてあげるという
手法であったりします。

この<認めるほめる>では

ほめられると良い関係になる
ほめられると自信が増して落ち着きがでる
落ち着くと、自由に考える余裕がでる
ほめてくれる人の提案は聞き入れやすい    などの効果があるのですが

聞いていた私は、何だか子育てのコツみたいだなと感じました。
相手が可愛い盛りの子どもだったらやれそうですが
60過ぎたオッサン相手に、こういう心構えで接すると思うと
正直ゲンナリしますが。
それはともかくとして、要するに依存症からの回復というのは
幼児からの生き直しのようなものなのだなと理解したわけです。

「落ち着いて自由に考える」というのはつまり「自分の頭で冷静に考える」ことです。
そこで「○○を止める」「止めたい」という答えが出るのが理想ですが
現実には「止められそうにない」という場合も多いわけです。

それでいきなり「では○○をしましょう」というのはNGで
いきなり提案しても、相手は理解できない
理解しても実行が困難なことが多いのです。
さらに相手が「嫌だ」と抵抗する場合も、抵抗に抵抗しないことが大事です。
相手は負けたくないので言い合いになり
こちらの言うことを聞くと「負けた」と感じて、よい結果にはつながりません。

そこで「どうしたら良いと思いますか?」と質問するわけです。
つまり一にも二にも自分の頭で考えるということが基本になります。
自分で提案したことなら、実行しやすいということもあります。

それでも一度でうまくいくという訳でもありません。
うまく行かなかったら、また次を考える。
依存症の人の場合は、自分で考えた方法でうまく行かなかったら
「GA(AAやNAなど)に参加してみましょうね」という風に
援助をしている専門職の人が誘導をして、回復のための機関につなげる
というのが、動機づけ面接を使った回復への流れになります。

今子どもさんのネット依存で頭を悩まされている親御さんで
こういうプロの技法、考え方の一部でも参考になると感じ
頭の隅にとどめていただけたら、こんなにうれしいことはありません。

かつて私自身が「人間とは」「親とは」的な正論でダンナを変えようとし
変えることができるはずとも信じて、ずいぶん不毛な努力を繰り返しました。
ダンナが、表向きは分かったような振りをして
実はそれらの言葉がひとつもダンナの心に届かなかったことも痛感しました。

「自分のことは自分で考えて、自分で決めて、自分で行動して、責任を取る」
お互いにそう考えることが、依存者にとっても
依存を助け続けた共依存の家族にとっても、回復への大きな一歩ですが
それでも家族として助け合い、生活していく上での理想は
依存し合わない「お互い様」の関係をどれだけうまく作れるか
ということなのだそうです。


「依存は悪いことではない。誰にでも依存はあるし
依存しない自立は孤立」という言葉も心に深く響きました。
これは依存症だけの問題ではなく、親子でも、夫婦でも
はたまた職場の同僚でも、友人でも
人と人とが関わる上で、いつも心にとめておかなければならない
大切な基本であるようにも思います。



ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村


大切なのは前頭葉?

2014-09-13 13:06:48 | 依存症
本当は映画の話なんかをつらつらと書いているほうが
だんぜん楽しいし、体のためにもいいような気もしますが
まあ、そんなことばかりも言ってはいられません。

ギャンブル依存症の増加(7年で2倍以上)も、アルコール依存症の増加も
とても深刻で大変な問題だということは言うまでもありませんが
私が今一番危機感を持っているのはやはり青少年のネット依存の問題と
薬物の依存症の広がりです。

7年前に私はダンナがギャンブル依存症という病気であり
この病気は、ギャンブルの強烈な刺激によって
ドーパミンとかセロトニンといった脳内物質の分泌の仕方に
変化が起こり、その変化はもとには戻らないから
ギャンブル依存症は治らない病気なのだということを知りました。

それまでは、ギャンブルにはまってしまって抜け出せないのは
内向的でストレスを発散するのが下手な性格のせいなのか
やめることができないのは意思が弱いためなのかなどと
ああでもない、こうでもないとあれこれ悩んでいましたが
ギャンブル依存症の、科学的なメカニズムが分かったことで
なぜ依存症が治らないのかという理屈は取り合えず分かりました。


そしてこの脳内物質に変化が起こる依存症のメカニズムは、
ギャンブルだけではなく、アルコール依存症にも、薬物依存症にも、
ネットの中でも特にオンラインゲームや動画などのコンテンツに
長時間依存をして日常生活が困難になるタイプのネット依存症にも
共通する性質だと思われます。

脳内物質のドーパミンは、人間の脳の
大脳皮質の中では、前頭葉の部分にもっとも多く分布しています。
そして前頭葉の最も特徴的な働きは、意欲、創造、実行。

つまり  考える 
     我慢する
     人の気持ちを感じ取る
     意思決定する

といった、人が人らしくあるための、とても高度な情報処理を
行なっている器官が、前頭葉なわけです。
そしてこの前頭葉が効率よく働くためにはドーパミンが
「最適なレベル」にある必要があります。
けれど依存症になってしまうと、そのバランスが崩れて
前頭葉が働かなくなってしまうわけです。

その結果、正常な思考が働かなくなる、キレやすくなる、他人の気持ちが
分からない、人間らしい感情がなくなる、判断力がなくなるといった
様々な依存症の症状が起こります。ひと言で言えば
この前の「頭壊れちゃってる」状態です。

そんなことが、まだ子どもの時から起こって
しかもそれが一生治らないなどということになったら
想像を絶するような大変な話になります。

ただ現在治療を受けなければならないほど重症の状態になっている
ネット依存症(不登校、引きこもり、暴力、幻覚幻聴など)の場合は別ですが、
単純にネットをやっている時間が長いというような場合は
過剰に病気の心配をして、強制的にネットを止めさせたりして
親子のコミュニケーションが取れなくなるよりは
脳を活性化させる、つまりバランスよく脳を使うことができる行動や活動を
積極的に日常の生活の中に取り入れるように心がけるほうが
より建設的だし、効果的なような気がします。

特に「前頭葉が」と難しく考えなくても
たとえば友だちと遊びにいく、スポーツをする
読書をする(内容にもよりますがマンガだっていいと思います)
音楽を聴く、掃除や洗濯、買い物、料理などの家事を手伝う
これも内容にもよりますが、映画やドラマを観る
勉強、成績、友だち関係、ネットなどという、説教や指示、命令に
なりがちな話題ではなく、親子で他の話題で話すようにする
というように、ネット以外で頭や体を動かす時間を作るということです。

親としては勉強以外のことをしていたら
つい小言を言いたくなる気持ちは分かりますが
日常のいろんな行動が、前頭葉の正常な働きをうながすわけですから
長い目で見れば能力アップにもつながることになります。

また中学生くらいの子どもさんで、親子でちゃんと話ができる場合は
依存症によって起こる脳の変化、その怖さということも
説明すればある程度は理解できるのではないかと思います。

ネットの依存症については、おそらくまだ脳の変化とか脳内物質とかの
まとまった学問的なデータはないでしょうから
こういう話が出てくるのは3年とか5年くらい先のことになりそうですが
やはりそれでは遅すぎます。

それにどの依存症にしてもそうですが
それぞれの業界の利益や利権に影響しそうな話は
日本ではあまりおおっぴらにはならず、いつの間にかうやむやになるのが常で
そのことが、依存症に対する圧倒的な情報の不足につながっています。
ですから子どもたちのネット依存が、ギャンブル依存症のような現状にならないためには
問題意識を持った人間が情報を発信して、ひとりひとりができそうなことから
予防に取り組むしかないのだと思います。

脳の問題、心の問題というと何か難しいようですが
要は私たちを取り巻く社会や、家庭の環境が激変して
かつての、人間が五感をフルに使わなければ生きていけなかった状況や、
夫と妻、親と子、友だちといった、人と人が
もう少し自然に密接に関わりあっていた環境が失われて
代わりに様々な人工的な機器が生活の中に入ってきたことで
私たちの暮らしが未知の領域に入ったということなのだろうと思います。

余談ですが、今度引っ越した家は「お風呂がわきました」と
家がしゃべります。私は人間がアナログですから
こういうのにはなかなか慣れません。何か違和感があります。
こんなに至れりつくせりにする必要があるのかとも思います。
ただでもお粗末な脳が退化していくはずです。
こんな具合で、これから十年先、二十年先がどうなるのかは予測もできません。

しかし前にも書きましたが、これからは大学で勉強するのにも
自分のPCを持つことが必要とされる時代です。
依存症が怖いから、IT機器とは縁を切るという訳にはいきません。
そういう意味では、事故のリスクを抱えながらも
なくすことはできない自動車なんかと同じです。

多くの危険をしっかりと理解しながら
なおかつ上手に付き合わなければいけない
私たちは、そういう難しい課題と時代に向き合っているのだと思います。




ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村


依存症から回復するとは

2014-08-29 16:01:10 | 依存症
昨日は先日薬物で逮捕されたミュージシャンの
裁判のニュースが報道されていました。
それを見ながら、また先日聞いた後藤先生の
「動機づけ面接」のお話を思い出していました。

後藤先生のお話はアルコール依存症が中心でしたが
しばしば「患者さんは頭壊れちゃってますから」という言葉が
出てきました。
こういう言い方に反発を感じる方もおられるかもしれませんが
これは決して依存症の人を軽蔑した言葉ではなくて
むしろ依存症の本質をとても明快に表していると思います。

前に依存症の人というのはAならAという人格ではなく
まったく別の何者かになると書いたことがありますが
この「壊れちゃった」というのはそれと同じ感じです。
もはや、もともとのAさんではないから
もうお酒でも、ギャンブルでも、女性問題でも
何でもありの状態なわけです。

そして後藤先生はこうも言われました。
「でも実は真面目なんです。そして働き者なんです」
つまり依存症になる前の人格は真面目で働き者だったという場合が多い。
特にこれは日本人の本来の性質からしても納得できます。

その真面目で働き者であったAさんが、お酒なりギャンブルなり薬物なり
依存症の原因となる毒によって「頭壊れちゃった」依存症のK(仮)さんという
全くの別人格に変貌する、このことを家族や依存症でない多くの人は
簡単には理解することができません。

家族のほうは真面目で働き者だったAさんであった頃の
幸せで楽しかった記憶が残っているのでとても苦しみ
何とかもとのAさんに戻そうと
哀願したり、叱責したり、ありとあらゆる手段を試みますが
ことごとく失敗に終わって、徒労と失望を繰り返し疲れ果てます。

昨日のニュースでも「なぜ家族の気持ちがわからないのか」といった
コメントが多く聞かれましたが
ある程度の期間薬物に依存してKさんという別人格になっている人が
わずか3ヶ月ばかり薬物から離れて治療したからといって
もとのAさんに戻るということはあり得ないし
そもそもそんなに簡単に回復できるようなものならば
ギャンブル依存者530万人とかアルコール依存者100万人といった
とんでもない数字が出てくるわけはないのです。

それにたとえKさんが回復したとしても、もとのAさんに戻るわけではない。
依存症からの回復というのはそういうことではないと私は理解しています。
「やりたい」という衝動を意思や理性の働きでコントロールすることが
できない、脳はコントロールする働きを失っている
依存症はそういう病気です。
「治癒することはない」というのはもとには戻らないということです。

ですからKさんが本当の意味で回復するというのは
単純に依存の対象を止めればいい、離れればいいということではなく
依存しない人生を生きることができる新しい人格X(仮)さんとして
一から生き直す、そういうことなのだろうと思っています。

今まで依存していたお酒とかギャンブルとか薬物などではなく
自分の時間とエネルギーを使う意味のある
そして自分を支えることができる核になるものを見出して
人間として生きる意味のある新しい人生を生きることが
本当の意味での回復なのだろうと思います。

そして家族がそうした依存者をそれでも支えることができるとしたら
この人は自分が知っているAではなくて「頭壊れちゃってるKなのだ」
という割り切りというか、ある種の気楽さが前提でなければ
依存者がそれまでに起こした様々な悲惨な出来事を水に流して
新しい人生を生き直すのを見守り、
それをずっと支え続けていくことは難しいように思います。

そしてこの考え方は
今家族が依存症で、次々に問題を起こして大変という場合でも
「この人は頭壊れちゃってるんだ」と
一歩距離を置いて見る事ができるようになれば
(直接本人に言ったら大変なことになりますけど)
依存者の嘘やおどしといった言動を真に受けなくてよくなり
案外有効なのではないかとも思います。

後藤先生がお話の中で「頭壊れちゃってる」を繰り返されたのは
セミナーに参加されていたカウンセラーなどの専門職の人たちに
患者の言葉や心情に過度に巻き込まれない、一線を画す
そのための気持ちの持ち方のコツだと理解しましたが
上手に使うことができれば家族や周囲の人の役にも立つと思います。

残念ながら私の場合は、問題の渦中にあった頃は
こうした知識が何もなくて、振り回され続けていました。
今その頃を振り返ってみれば、確かにギャンブルや借金や女性問題で
むちゃくちゃで、しかも「自分でも何をやってるかわからない」と
のたもうたダンナは確かに「頭壊れちゃってたんだ」と思えますが
すべてあとのまつりです。

とまあなかなか偉そうなことを書き並べていますが
理想的な回復を、我が家で体現できているかといえば
「ギャンブルを止めた」というとこまでは
なんとかできているのかもしれませんが
その分がアルコールやネットにすり替わっているような気もしますし
道は果てしなく遠いということでもあります。



ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村


回復できるという希望を持って

2014-08-15 12:41:56 | 依存症
少し前のブログ「自分なりの前向きをさがして」にも書いたように
私はもともと、一般的な意味でのポジティブな性格ではありません。

ダンナの借金問題がMAXだった時期(しかも女性問題もあった)には
かなり重度の鬱状態で、当然のことながら自殺念慮もあり
今でも尾を引いている摂食障害もありで
しかも自分のことで病院を受診できるようなお金の余裕もなくと
あらゆることが八方ふさがりだった時期が数年ありました。

そこからどうやって抜け出したかというと
まずは友人のアドバイスでした。
どんなに親しい友達でも「もしかしたら借金があるんじゃないの?」と
たずねるのはかなり勇気のいることだと思います。
でも私にはそう言ってくれて、しかも解決できる方法があることを
教えてくれた友達がいました。

それをきっかけに、ダンナと一緒に
新聞に載っていた県の多重債務の相談窓口を訪れ
そこの担当の人から弁護士さんを紹介されて
最終的には司法書士さんにお願いして任意整理で借金を解決しました。

多重債務相談の担当者さんには、ダンナのギャンブルのことを話したので
ダンナに対してギャンブル依存症の説明をしてくれ
箒木蓬生先生がギャンブル依存症について書かれた新聞の切抜きや
QAについての資料や、GAの電話番号なども教えていただきました。

それまでは自分の家の中、家族の中だけで何とか解決しようと
借金を借り換え、借り換えしてどんどん深みにはまっていったわけです。
ダンナのギャンブルの問題も、真剣に話せば分かってくれるはずだと
何度も同じことを繰り返して、こちらもどんどん悪くなっていきました。

ですから、抜け出すことができる大きな転機になったのは
何でも打ち明けることができる友達が何人かいてくれたこと
もう一つは信頼できて、専門的な知識がある
第三者に相談をしたことだったと思います。

ダンナは依存症について、自分で何かしたわけではありませんが
借金の問題が解決できたことと、私が依存症について勉強して
「私にできることはもうない。あとは自分自身の問題。
何かあっても、もう私は知らん」と割り切ったことで
それなりに覚悟というか、生き方を変えようと思ったところは
あったのかもしれません。本人がくわしく話さないからわかりませんが。

日本人はよく「我慢強い」「辛抱強い」ことが美徳とされますが
依存症の問題に関してはそれが完全に逆効果になりかねないのです。
あとは「自分で何とかできる」という過度の自負心や自信
身内の恥を人に知られたくないという見栄や虚栄心も
こういう人の心の問題をこじらせて、回復を難しくする原因になります。
先日の佐世保の事件でも、家族のそういう意識が
問題をあそこまで深刻にさせたように思えてなりません。


このブログでも何回も書いていてリンクもしていますが
GAに行けば、あるいは動機づけのカウンセリングを受ければ
すぐに依存症がよくなって、アルコールやギャンブルや薬物を止められると
いうようなものではありません。
同様に依存者の家族の方も、たとえばギヤマノンにつながったからといって
すぐに問題が解決するわけではないし「行ってみたけど、ぴんとこなかった」
と感じられる方もおられるかもしれません。

けれどもこうした相談機関のほとんどは、匿名で参加することができて
プライバシーはちゃんと守られるという約束の上で運営されています。
ですから誰にも話せなかったような悩みも聞いてもらおうと思えば
聞いてもらうことができるわけです。さらに、こういう場所に
参加されている方や、お世話をされる方は、自らも同じ体験を経て
回復を続けておられる方です。話すことによって、あるいは聞くことによって
同じ思いを「分かち合う」ことができ、それが回復への原動力になります。

依存者とだけ向き合っていると、家族は様々な心配や恐怖で
次第に自分も心の病を抱えるようになっていきます。
私もそうでしたが、自分の頭で考えるだけでは同じことを繰り返すだけだし
考えることも堂々めぐりで、悲観的な考えにとらわれると抜け出すことができません。

だからこそその閉鎖的な状況から外に出て
自分の気持ちを人に話す、聞いてもらうことが
現状を変えるためにはとても大切なことだし、必要なことだと思います。
一回行ってだめでも、2回、3回と続けるうちに
気の合う仲間が見つかる可能性もありますし
最初は話せなかったことが慣れれば話せるようになったり
アドバイスが欲しいと思うことには答えてくれる方もいます。
出かけるのが無理ならメールで相談できる機関もあります。
簡単にあきらめずに納得がいくものに出会うまで
チャレンジしていただけたらと思います。

今春ガンを告知されたあとに、私はブログのタイトルを変え
サブタイトルに「希望」という言葉を入れました。
100人の人がGAに行けば100人全員が回復するわけではありません。
それはAAにしてもNAにしても、ギヤマノンのような家族の施設でも同じです。
けれど100人の中で、たとえ3人でも4人でも、否たとえ一人でも
回復につながっていただけたとしたら
それは私が生きていること、こうしてブログを書き続けていることの先にある希望なのです。

何十年も、夢や希望なんて言葉は私の辞書にはない、くらいな勢いで生きてきました。
それが、治ることのないガンになって
ガンであるということは、希望がないということと同じではないのだということに
今さらながら気づいたというのは、皮肉というか、遅きに失するというか。
けれども生まれて初めて、ある種の気恥ずかしさや気負いを感じずに
希望という言葉を素直に使うことができるようになったように思います。

今回引っ越しで、ずいぶん本を処分しました。
それでも新居に持ってきた、高校時代から愛読している中の一冊に
すっかり変色している田宮虎彦氏の「足摺岬」があります。
今読んでも、どうにもこうにも救いがないように暗いお話です。

貧乏のどん底で肺を病み、生きる希望を失った大学生の「私」は
死に場所を求めて足摺岬の小さな宿屋にたどり着き
その宿のおかみさんや娘、客の老いた遍路や薬売りの優しさに触れる。

老遍路は、幕末の頃に、官軍に逆らってすべての住民が皆殺しにされた
黒菅という奥羽の小さな藩の生き残りで、現代人には想像するのも難しいような
辛酸と悲哀をなめた過去を語り、私に言う。
「のう、おぬし、生きることは辛いものじゃが、生きておる方が
なんぼよいことか」
この言葉は、最初に読んだ時から四十数年を過ぎた今でも
私にとっては数少ない「希望」を象徴する言葉なのです。



ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村


依存症になる前に生き方を変える 動機づけ面接法の考え方2

2014-08-06 13:33:31 | 依存症
今回動機づけ面接法のセミナーに参加させていただいたこと
に関係して、ちょっと「おっ」と思える出来事がありました。

ダンナは、私がブログを書いていることや、ジャパンマックを支える会に
入会したこと、1回目のステップセミナーに参加したことは知っていますが
いつも無反応だし、このブログを読んだこともありません。

それが今回「動機づけ面接法」のセミナーに参加した日の夜
晩ご飯の時に、初めてダンナのほうから「今日、どうやった?」と
聞いてきたのです。

今回のセミナーは、どちらかというとカウンセラーさんなど
専門職の人を対象にしたお話だったので
どうと聞かれて一言で説明するのは難しくて
「うん、カウンセラーさんとか向けだったから難しかった」
というくらいしか答えられませんでした。
けれど「傾聴」の話をすると、ダンナは介護職なので
「ああ、それは高齢者の話を聞く時も言われるよ」とのこと。
認知症のお年寄りの話を頭ごなしに否定せず
傾聴しながらうまく誘導することが
お年寄りにパニックを起こさせないコツなのだそうです。


依存症が治せる病気ではないと分かってから
私は、自分がダンナをなんとかしようとは思わなくなりました。
ただかつての自分と同じように
今依存症の問題で、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるような人
それは本人でも家族でもそうなのですが
そういう人たちに、相談できる場所があるということ
回復に向かえる方法や可能性があることを知ってもらいたい
ただその思いだけで、色々とやっています。
その私の思いを、ダンナも少しづつ理解してくれているのかなと
感じることができたやり取りでした。

そこで動機づけ面接法。
近年依存症だけでなく、様々な心の問題に対応する医療や教育の現場でも
注目されているカウンセリングの方法です。
原井宏明先生という先生が「情報公開」というご自身のサイトの
「薬物依存治療動機づけ」という項目で
より専門的で詳細な解説を公開してくださっています。
でも、これまたかなり難解です。

動機づけ面接の技術として重要なのは

1.開かれた質問 はい、いいえだけで答えるのではなく
         クライアントに考えてもらい、自発的に話してもらう

2.認める・ほめる ほめられることでいい関係になる
          自信ができて、気持ちが落ち着き
          じっくり自由に考えられる余裕ができる
          ほめてくれる人の提案は聞き入れやすい

3.反映的傾聴   クライアントの言葉を追いかけながら繰り返す
          要点をまとめてくりかえす
 
4.要約する    要約することで面接を記憶にとどめる

5.チェンジトーク  自分が変わる話をする人は変わる
           ただし言い聞かせるのではなく質問をし
           自発的なチェンジトークを引き出す

当日は、出席者がふたり一組になっての実技の演習もありました。
私はど素人なので、もう何がなにやらで
特に3番目の「要点をまとめてくりかえす」などは
ほとんど相手の言葉をオウム返しするだけといった
とても情けない状態でしたが
幸い隣の、若いすてきな女性が専門職の方で
箸にも棒にもかからない私を上手にリードしてくださいました。
あとで聞いたところではなんと北海道から参加されたとのこと。
ぜっかく遠路はるばる来られたので
「ぜひ博多山笠を見ていってください」とお勧めしておきました。

依存の問題を抱える人から、自発的に自分の生き方を変えるような
チェンジトークを引き出し、さらにそれを実行にまで誘導することができる
ようなやり取りをするには、やはり十分な知識と経験が必要で
素人、まして家族がつけ刃でチャレンジしてうまくいくとは思えませんが
それでも学ぶところは多かったと思います。

対決や対立ではなく傾聴を
共感をもって 忠告や助言は短く
責任は本人に返す
自発的な思考や行動をうながす

こうした態度や考え方は、治療がどうこうという以前に、人間と人間が
向き合う上で、とても大切なことなのだなと改めて感じました。

昨今の衝撃的な事件の報道を見ると
人間の心というのは、本当に難しく計り知れないと思います。
ただ私は専門家ではないので軽率にはいえませんが、
今回の佐世保の事件は親の社会的な地位や経済状況
家庭環境や生育暦など
どれをとっても今の日本の同年代のこどもがいる
標準的な家庭の状況とはあまりにもかけ離れた
非常に特殊なケースのように感じます。

しかし感受性は強いけれども、心の面では成長の途中である青少年が
こういうインパクトの強い事件に影響される可能性は否定できません。
こういう事件を、親子の間で話題にするのは難しいと思いますが
それでも「寝た子を起こさない」的な、無視するような対応も
かといって、芸能ニュース的な、安直な憶測や結論に逃げる対応も
あまり良いことだとは思えません。

こういう機会に「人はなぜ人を殺してはいけないか」について
子どもさんがどう思っているのかを聞いてみることも必要だと感じます。
ただその場合には、親も親なりの答えを持っていることが大事だと思いますが
その自分の価値観を一方的に押し付ける、教え込もうとするのではなく
「自発的な思考や行動」の大切さという観点から言えば
親も子どもも自分の頭でいろいろ考えるということが大切なのだと思います。

私は「人は自分の力でもとに戻せない、取り返しがつかないことは
絶対にやってはいけない。だから殺人はだめだ」と思っていますが
「それでは戦争はどうなのか」とか、先日から話題になっている
集団的自衛権のように「自分が殺されそうになったら殺してもいいのか」とか
「人が殺されるようなTVや映画、あるいは小説やゲームなどを作ったり
見たりすることの是非、あるいはその意味」と
考え始めたらきりがありません。
私自身、そういう問いに明確に答えられるかといえば否です。
今の社会全体が、善悪の基準がとてもあいまいになってきていますから
「命の大切さ」というような抽象的なスローガンだけでは説得力がありません。

そんな中で、親もこうした社会のありように戸惑いながら
悩み考える一人の人間だということを子どもに知ってもらうには
ある意味貴重な機会ではあるのかもしれません。
また果てしなく話がそれてしまったように見えますが
良い方向に行くか、悪い方向にいくか(両価性)の選択に迷い、悩みながらも
自分の頭で考えて、自分の人生が望ましい方向にいくように
動機づけをして、それを実現できるような行動をすることが
動機づけ面接の大きな目標なので
この方法は、心の問題を解決するためだけではなく
人が生きていく上のあらゆる場面において、有効なのではないかと思います。


ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村


依存症になる前に生き方を変える 動機づけ面接法の考え方1

2014-07-31 11:58:29 | 依存症
殺人的な暑さの中、怒涛の引っ越しが終わって
なんとか新居に落ち着きました。
前回愚痴をつらつらと書いて、親しい人たちに心配をかけてしまった
ことをお詫びします。ほんとに、なんてことはないささいなことで
たまに堤防が決壊するように、がらがらと崩れます。人間は弱いです。

やっと荷ほどきも終わって、本やファイルが日の目を見ました。
それで今回から「動機づけ面接法」のことに戻ります。

動機づけ面接法は、英の臨床心理士のミラー氏とロルニック氏等
が中心となって開発した、カウンセリングアプローチです。

本来カウンセリングとは、相談に来た人(クライアント)が抱える
悩みや心の問題を、カウンセラーが援助的に関わりながら、クラ
イアントの人間的な成長をうながすという主旨は、どの方法でも
共通しているようです。

この動機づけ面接法の場合は、前にも書いたように、病気になるまで
待たずに治療につなげようとしていること(早期発見、早期治療)
これまでのカウンセリングよりも、よりクライアント中心に
考えられていること、さらにクライアントが、行動を変えようと
する段階で、見守るだけでなく、変化の方向に、カウンセラーから
積極的に働きかけることなどが大きな特徴です。

具体的に言えば、依存症になってしまうと、回復にすごく時間
がかかることや、学校中退、就職や結婚の失敗、犯罪といった
その人の人生そのものが根底から崩れてしまうので、今はお酒や
ギャンブルをやめるための、具体的な動機がない人や、全てを
失って底つきの状態になっていない人でも、行動を変えるための
動機を引き出して、依存対象から離れられるように誘導するカウン
セリングです。

次に、よりクライアント中心であるとはどういうことかと言うと
お酒にせよ、ギャンブルにせよ、止めるかどうか迷っている
クライアントの気持ちを「否認」や「抵抗」とは見ずに
「両価性」つまり正反対の行動に心をひかれて、迷っている
人とみなして、その抵抗に逆らわない、まずは対決しないで
傾聴するという方法を取ります。

この部分を実際の会話にするとこんな感じです。
「先生、俺、酒我慢できん」
「うん、わかった。お酒飲みたいのね」

けれど「それじゃあ、飲んでいいよ」ということでは
ありません。
さらに「でも、このままお酒飲み続けたら、病気になるから
やっぱりお酒は止めようね」でもないのです。
当然のことながら、容認はだめ、反論もだめということで
ここから先の話法が、とても難しくなります。

この前のブログで、この面接法の基本的な態度を
子育てと関連して書きましたが、相手の気持ちに共感することは
ただ同調することや、迎合するのとは根本的に違います。
子育てで言えば、誤った共感は単なる甘やかしになるのと
同じです。

さらに、「でも~」といった反論はだめ。つまり対決技法は逆効果
ということです。これは依存者は、おおむね勝ち負け思考にと
らわれていて相手の言うことを聞くのが嫌いなので、命令とか説得
は受け入れないからです。万が一言い負かされて表向きは分かった
ような顔をしても、内心は負けたことが悔しくて悔しくて「あいつの
言うことなんか絶対聞くもんか」と完全に逆効果になることがあります。

そこで動機づけ面接法では、まずは相手の考えに逆らわないことで、
クライアントに、落ち着いて求める目標や実現したい人生を考える
状況を作り出すことからスタートするわけです。
長くなりますので、次回に続きます。

余談ですが、引っ越しの荷造りも、今まで住んだ家の掃除も
1週間かけて、ほぼ一人でやりました。ダンナがやってくれたのは
古い小物の家具の解体と、唯一PCの荷造り(前夜遅くまで
PCをやってたから)
「背中に、私は末期ガンってロゴの入ったTシャツ着とこうかな」
とみんなに言って回ってるのは、明らかにダンナに対する嫌がらせ。

でも、それも子どもに言わせると「お母さんは言い方が遠まわしやから
お父さんピンとこんとよ。はっきり言えばいいのに」
そもそも、それができていたら、人生そのものがこんな風にはならな
かったかもしれません。今さら気づいても遅いか。



ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村


ラストライフに向けて

2014-06-05 10:25:52 | 依存症
実は私は、まだ癌を告知される前、今年の
始めくらいから、自分のセカンドライフの夢を持っていました。
それは初歩的なものでよいからカウンセラーの資格を取って
依存症を含む、何らかの精神的な障害に悩む患者さんや
家族の方の助けになりたいということ。

ダンナの依存症のおかげで大変な目に会い続けた二十年でしたが
その体験や、そこから分かったことを
今辛い悲しい思いをされている方と分かち合いながら
最悪を回避できる手助けができるなら
自分が生きてきたことにも少しは意味があるのではないかと
思い上がりかもしれませんがそんな風に考えていました。

それが予想外の展開となり
もうあんまり悠長なことは行っていられないかもしれません。
何しろもういい年なので、記憶力なども衰えていますから
資格を取るといっても若い人のようなわけにはいきません。
それではどうしたらいいかということを現在思案中です。

当面私が仕事を辞めたことで
今のアパートの家賃は大きな負担なので
新しい住まいを捜しているところでもあります。
そうしてこれからの生活設計を考えつつも
依存症の問題とこれからどんなふうに関わっていくか
何をしたらいいかを模索しているところです。
ブログにしても何をどんな風に書いたらよいかを
毎回試行錯誤を続けながら書いているのが現実です。

前々回薬物とギャンブルの依存について
かなり悲観的なことを書きましたが
あれはあくまで「依存症になるものには近づかない」
という予防を目的として書いたものです。

依存症は治癒することはないけれども
回復することはできる病気です。
これは依存症者との生活によって疲れ果て
文字通りボロボロになってしまった家族も同じです。
まず依存症というものを正確に理解し
正しい回復の方法を見つけることで
依存者も家族も回復することはできるのです。
そして回復することができるということが
依存症に関わるすべての人たちの希望だと私は思います。

そのあたりをもう少し具体的にていねいに
書いていくことができるようにがんばりたいと考えています。
期せずしてセカンドライフならぬラストライフの目標に
なりそうな予感もしますが。

最近人間が丸くなって(まだ言うか)
こうして一見淡々と書いているように見えますが
実は私はいつもすごく怒っています。

今の社会では金がすべてという価値観や仕組みが
本当は地道に平穏に生きていきたいと願っている
たくさんの人たちの頭や心を狂わせ
その結果さらに多くの人たちの不幸を生んでいると感じます。

大切な自分たちの家族や暮らしや命を守るためには
もはや誰かにゆだねたり頼ったりするのではなく
自分たちが学んで考えて行動する段階にきているのでしょう。
怒りはストレスになるから癌には良くないかもしれませんが
一方大きなエネルギーになって
私に生きる気力を補給してくれているようにも感じますので
まあプラスマイナスゼロというところでしょうか。



ランキングに参加してみました。よろしければクリックをお願いします!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 依存症へにほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 乳がん ステージ3・4へにほんブログ村




第1回ステップセミナーに参加して

2014-04-13 08:21:56 | 依存症
前のブログでご紹介をしたジャパンマック福岡の、第1回ステップセミナーに
参加しました。以前GA(ギャンブラーズ・アノニマス)に参加した時には年配の男性が十人ほど
で、回復者の女性がひとりという少人数で、福岡のような規模の都市でこれだけかという思いが
あったのですが、今回は100人くらい収容できる講堂が満席で、補助椅子を入れるほどの
盛況でした。参加者も、男性女性、20代の若者から上は70代、80代と幅広く、医療関係者
と思われる方の参加や、かなり遠方から来られてる方もおられるようでした。

ステップセミナーというのは、現在AA(アルコール・アノニマス)やGA、あるいはNA(ナルコテ
ィクス・アノニマス:薬物依存者の自助グループ)で回復するための原理として用いられている
12ステッププログラムを実践し、回復を続けている当事者の方たちの体験を発表するものです。
なので、アルコール依存、ギャンブル依存、薬物依存といった様々な依存に苦しみ、最終的に
ジャパンマックのような回復施設や、GA、AA,、NAといった回復者同士の自助グループにたどり
ついた色んな方のお話を聴くことができました。

ほとんどの方が、自分が依存症になった経緯や、依存した動機、依存症になったことで何が起き
たかについて話をされました。ひとりひとりの話がとても内容が濃く、聞いていて胸が痛くなる
ようなものでした。それでも、それぞれが自分の辛い過去を自分なりに振り返り、自分自身の
言葉であれほど大勢の人の前で話す、その行動そのものが、回復のひとつの形なのだという
ことは理解できたような気がします。

多くの方が、依存症に陥った精神的な理由として<生き辛さ>をあげておられました。自分を
取り巻くさまざまな人間関係(親子とか友人とか同僚など)がうまく構築できない。周囲と
コミュニケーションを取ることが苦手。ストレスをうまく解消できないなどで、こうした
ことの背景には、本人の家族関係や生育暦などのたくさんの原因があると思います。

しかしこのセミナーを通して私が感じた一番大きなことは「自分は回復することができるのだ
という希望を持つことの大切さ」でした。私は結構ひねくれた人間なので、今まで「希望」
という言葉の持つどこかあいまいな感じが好きではありませんでした。けれど「依存」という
抗いがたい欲求に逆らい、依存しないで生きるというかなり難しい生き方を実現するには
目標とか目的とかいう現実的な感覚ではなくて、もっと大きなものを心の中心にドカン
とすえることが大事で、それが「希望」かなと思ったわけです。

そしてその希望を実現するために、セミナーでは発表者の方たちから、とてもよい言葉が
たくさん提示されました。
たとえば「自分に正直になること」「自分が心から信頼できる人に自分の本当の思いを
聞いてもらうこと」「自分を好きになること」そして「仲間や友人の大切さ」などです。
しかし彼等がそうした思いを持つようになるまでの道のりは決して平坦なものではありま
せんでした。もともと自分をさらけだすことも、他人を受け入れることも苦手だからこそ
依存症になってしまったということがあるので、人に自分の考えていることを正直に
話して、同じ依存症に悩む仲間の話をどんな偏見も持たずに受け入れて、お互いの思いを
自分の思いとして分かち合う、そのひとつひとつのプロセスが、ものすごく大変だった
だろうことは想像にかたくありません。さらには回復に取り組むようになってからも、
度重なる挫折があり葛藤があって、それでもお互いに支えあうことで回復するための道
を一歩ずつ歩く。
依存するものが何であれ、依存者同士のコミュニティーとしての自助グループが
どうして回復のための大きな力になることができるのかがやっと少しだけ理解できました。

「言いっ放し」で「聞きっ放し」。特に誰かのアドバイスがあるわけでもなく、ただ何となく
皆で自分の話をするだけ。これに何の意味があるのか、これでどうすれば依存症がよくなる
というのかという違和感を感じた方は、体験者の中にも多かったようです。けれども仲間
とのそうしたミーティングを重ねる中で、自分のことを他人に相談することができなかった人が
悩みを人に話すことができるようになる。たとえスリップしてアルコールやギャンブルを
やってしまっても、それを責められるのではなく、また一から回復をやり直そうと
仲間に温かく声をかけてもらえる。自分の居場所があるというその安心感が
生き直そう、依存しない人生を生きようという思いにつながるのだろうなとも感じました。

うちのダンナは今でもGAに行ったこともないし、依存の問題に関しては目をそむけている
ように感じます。現実問題として、ギャンブルに費やすようなお金はないので6年くらい
前からギャンブルは止まっているという言葉は嘘ではないのかもしれません。しかし
依存の対象がお酒とかネットとかに移行しているのではないかという漠然とした危惧
はあります。それでも私がブログを書いたり、今回セミナーに参加したりして感じたこと
を話すと「前は自分にあてつけられているように感じていたが、今はそういう風には
思っていない」とコメントしていました。そして私や子供たちのことを気づかうといった
人間性の部分では、ギャンブルと借金を重ねていた頃からすると、全然良くなっている
普通になってきているとは思えます。けれどこれが本当の意味での回復なのかどうかは
未だ未知数ではあるのです。そして最近、私自身のことで大きな変化がありました。
このことについてはまた次回、稿を改めて書こうと思います。

明日ジャパンマック福岡第1回ステップセミナーが開催されます

2014-04-05 14:56:49 | 依存症
先日このブログでも紹介したジャパンマック福岡の、第一回ステップセミナーが
明日開催されます。

このセミナーの概要をパンフレットから転載します。

日時   平成26年4月6日(日曜日)/10時~16時(開場9時半)

場所   あいれふ 10階講堂 福岡市中央区舞鶴2-5-1 ※会場は飲食禁止です

       ●高速道路:福岡高速1号線天神北出口近く
       ●福岡市営地下鉄空港線「赤坂駅」より徒歩4分


ゲストスピーカー 荒木 弘幸氏
        (千鳥橋病院・医療ソーシャルワーカー)

         山本 晋一氏
        (アルコール依存症回復者・みのわマック元所長)
       
        上記2名の講演および、依存症の回復体験談


対象  依存症に関心・興味のある方ならどなたでも(予約はいりません。参加費無料)

問い合わせ:ジャパンマック福岡 TEL:092-292-0182 FAX:092-292-0183

主催:ジャパンマック福岡 

後援:福岡市精神保健福祉センター、福岡市社会福祉協議会、医療法人社団飯盛会倉光病院


昨年10月に開設したジャパンマック福岡も半年を迎えることができました。こ
れもひとえに皆様のご支援・ご協力のたまものと思っております。アルコール依存
症者に限らず、さまざまな依存症者が12ステップを活用したマックプログラムに
より回復を目指し、本人、家族、職員が一体となり取り組んでいます。
 依存症の問題は、アルコール、ギャンブルから買い物、ゲーム、インターネットとい
うように、さまざまな分野で顕在化しています。
 今般、ジャパンマック福岡では依存症からの回復体験講演会として、本人そして
医療からの回復のメッセージをお届けするためにステップセミナーを開催致します。
依存症ご本人はもちろんのこと、ご家族、関係機関などからもご参加いただきます
ようご案内致します。皆様のご参加を心よりお待ちしています。(転載ここまで)

おりしも昨日福岡市が「飲酒運転撲滅条例」を制定してから二年ということで
長年福岡市でアルコール依存症の治療に携わっておられる雁の巣病院の先生が
インタビューに応じておられました。
市では飲酒運転で逮捕された人に対して、こうした医療機関を受診して治療を
受けるように勧告しているとのことですが、受診する人はほとんどおらず、再犯の
場合でも半分も治療にとりかかっていないのが現状です。前に書いた知人のご主人の
場合も、飲酒運転で事故を起こしたにもかかわらず、現在はまた事故を起こした時と
まったく同じ状態(昼間から飲酒)に戻っています。家族が怒ると一時的に禁酒します
が、一週間もするともとに戻るのの繰り返しです。

「やめることはできるがやめ続けることができない」それが依存症です。そして
アルコール、ギャンブル、薬物(問題になっている脱法ハーブなども)ネット
と、今や依存症は決して特別なものではなく、私たちのすぐ身近にいくらでもある
病気になっているのです。本人や家族が病気であることを認識し、それがどういう
病気なのかを理解して、正しい方法で回復に向かう努力をすることが何よりも
大切です。どうかこのような機会を通じて、依存症というものを少しでも理解して
いただけたらと、心から思います。

依存症についての相談機関 NPO法人ジャパンマック

2014-02-02 10:14:17 | 依存症
先日からギャンブルとかアルコールとかネットとか、それぞれ個別に依存症問題に対応するのではなく、依存症問題について総合的に相談できるような機関はないものかと思っていて、TVのニュースで福岡のNPOという話を見かけ、それはアルコール依存症関連のニュースだったと思うのだが、調べてみた。

正式な名称はNPO法人ジャパンマック(J-MAC)全国マック協議会
1978年に依存症者の回復と成長をサポートするアルコール等依存症者リハビリテーションデイケア施設「三ノ輪MAC」として発足し、以降依存症者のための障害福祉サービス自立訓練(生活訓練)事業所として活動されている。このジャパンマックが、現在は東京以外にも、北九州、さいたま、秋田、そして福岡に事業所があり、アルコール、ギャンブル、薬物以外でも依存症全般についての本人や家族からの相談を受け付けてもらえるということだ。(ジャパンマック及びジャパンマック福岡のトップページをリンクしました)

依存する対象がなんであれ「自分は依存症ではないか」と本人が自覚することはかなり難しい。そして本人が自覚し、納得した上でないと、本当の意味で回復への一歩を踏み出すことは困難だし、たとえ周囲の人間が説得したり指示したりして回復のプログラムに取り組んでも、多くの場合うまくはいかないようである。だから、特に子供が依存症ではないかと悩んでおられる場合は、いきなり子供をなんとかしようとしないで、まずは親御さんが、依存症についてのノウハウがあるこうした専門機関に相談することを強くお勧めしたい。

ただ今の時点で私が依存症かもしれないと考えているのは、前に書いた長時間ネットでゲームをやって朝起きれず、学校にいけなくなったり、オンラインゲームで多額の課金といった経済的な問題を起こしたのにどうしてもゲームから離れられないといった場合だ。リアルな人間関係から派生してくる、友人とのLINEとかメール、チャットなどの場合は、また少し性質が違ってくるように思われる。ただゲーム依存の場合やtwitter,facebookなどに依存するSNS依存の場合にしても、ネット上でのバーチャルな友だち関係や人間関係に依存している部分もあって、どこからどこまでがネット依存で、どこからがコミュニケーション依存なのかといった線引きが難しい。当然それぞれ対処法も違ってくるのではないかと思われるが、まずは自分の子供が本当に依存症なのかというところから、専門家の助言を受けながら考えていくのがよいのではないだろうか。

ともあれ子供に何か問題が起きたら、冷静に客観的に対応することが大切だ。本当は両親がよく話し合って対応を考え、子供とも冷静に相談するというのが理想なんだろうけど、多くの場合なかなかそういう理想的な展開にはならない。だからもし「子供がネット依存なのでは」と悩んでいる場合には、ちゃんとした知識や情報のある人なり、機関なりに相談をして話を聞いてもらうことをお勧めする。相談できる場所があるということだけでも気持ちが落ち着くし、過剰に反応して事態を悪化させることを防ぐこともできるのではないかと思う。その一例として今回ジャパンマックの活動を紹介した。

本来なら九州地区でネット依存の問題に対応してもらえる医療機関はこことここ、ジャパンマックのように民間で対応してもらえる機関はこことここ、というように具体的な情報を網羅してお伝えできるのが理想なのだが、今のところその情報源を見つけられずにいる。なにしろギャンブル依存の場合でさえ(問題が顕在化してからすでに二十年以上経っているのに)ここなら確実と思える病院なり組織なりはほんの数箇所しかなかったというのが現状なのだ。

クローズアップ現代でのネット依存の特集を見て

2013-11-26 07:31:35 | 依存症
10月22日の「クローズアップ現代」でネット依存症の
ことが報道された。最初から全部は見られなかったが、番組を3分の2ほど
見て感じたことを書いていきたい。

私は少し前から、世の中が猫もしゃくしもスマホと言い始めたくらいから
この問題について、特に若年層の依存という点について強い危惧を持っていた。
それはギャンブル依存症を勉強し始めてから、この病気が認知されて
すでに20年以上が経っているのに、対策らしい対策がほとんど進まず
患者の数ばかりが爆発的に増えていっていることを、それこそ身に沁みて
感じているからで、もしまた新しい依存症問題が出たとしても、同じ
ような経過をたどるのではないかということ、そして今や幼稚園児までが
手にするような携帯が原因になれば、依存症問題の年齢の低下は、ギャンブル
依存症の比ではなく、その将来に及ぼす影響もより深刻なものになると
想定していたからだ。だからこのブログで、ネット依存について書く時は
問題の対象を、小中高生あたりにしぼっていることをあらかじめお断り
したい。

そこで「クローズアップ現代」だが、これはギャンブル依存症の場合でも
同じなのだが、TVの特集番組というのは問題を総論として捉え、まとめ
ていることが前提だ。しかし、ネットに依存する、特に青少年の場合は
原因にしろ、経過にしろ多様な性質があって、その様々なパターンを
一くくりにして論じているように思えて、違和感があった。


1.ネットでゲームなどに依存するタイプ

これはギャンブル依存症にも共通する「勝利の快感」を求めるパターンが多く
前回書いた、自尊心は高いが現実での自己評価が低く、その不満やストレス
をバーチャルな世界での勝利感を得ることで埋め合わせるタイプ。
このタイプで終日ネットに向かい合っている、あるいはネットゲーム
で夜更かしして学校に行けない、会社での仕事に影響が出る、あるいは課
金があって多額の請求が来るのにやめられないというような人は、依存症
の可能性があると考えていいと思う。
このタイプでは、番組でも触れていたが、他人の、というか人間の感情
が理解できないという人間性の喪失という重大な症状も現れてくる。これも
ギャンブル依存症とも共通する依存症の特質の一つである。

2.ラインやチャットに依存するタイプ

ラインやチャットで何時間もネットから離れられないという場合は
放送でも言われたように、ネットに依存しているというよりもネットを
介した人間関係に依存していると考えたほうがいいのではないかと思う。
この場合は、その人間関係が、学校の友人であるような場合には、より
慎重に対応する必要があると思う。小学校の高学年や中高生になると
自分の友人関係がなによりも大切と考える時期がある。そこから離脱
すると、場合によっては「ハブられる」「いじめ」といった事態を生む
ことだってあり、本人もなによりもそれを恐れる。こういう場合は
「何時間もメールやラインをやって、勉強もしない」という状態だから
といって即ネット依存だと結論するのには疑問がある。

3.ネットを介して未知の人間関係に依存するタイプ

これは1と2との複合系とでも言うべきか。自分では他人に認められ
評価されたいのに、現実の世界ではそれを得ることができずに
バーチャルな世界に自分の居場所を求めるタイプ。

単純にネットのブログやチャット、ラインを介して、友達ができて
うれしいというものから、未知の世界への好奇心、それに番組でも
説明されていたようにtwitterやface book でたくさんのリツイー
トや「いいね」をもらうことで、快感物質であるドーパミンが出て
止められなくなるというメカニズムが働く場合には、1の要素が
加わってくるからである。

このように分析してみると、1と3の場合は、現実の世界に不満を感じ
バーチャルな世界に逃避しているが2の場合はそうではない。ネットは
あくまでも現実世界の延長であり、これを切断するのは本人にとっては
大問題である。

番組では更に10年前からネット依存の治療に取り組んでいる韓国の例を
放送していて、そこでは依存になる原因の一つとして親子関係の問題
を上げていたが、これもあくまでも総論であることを頭に置く必要が
ある。

なぜなら中高生などのいわゆる思春期と呼ばれる時期は、こどもが
親から精神的に自立しようとしてもがく時期でもあるからだ。
「親の言う通りにしたくない」「親に干渉されたくない」
たとえ大人の目からしたらどれほどめちゃくちゃな理屈でも、彼らは
ただ闇雲に、自分が育ってきた家庭とか家族という母体からの脱皮
を試みる。たとえそこまでの生育過程が、どれほど親にとって
望ましいものであったとしても「いい子」が永久に「いい子」で
い続けることのほうが少ないと受け止めたほうがいいと思う。

しかもこの時期は、親にはうかがいしることのできない、彼らなり
に複雑な人間関係の中での葛藤があり、不安があり、苦しさがある。
更には性的にも大きな変化の時期ということもあろう。
そういう時に、四六時中手元にあり、外部とコミュニケーションを
取ることができ、しかも親にあまり干渉されない
携帯というツールを得たことで、今の状況は生まれた。

だからといって親の側からしたら、何もせず放置する、傍観する
ことは現実には難しい。しかし、上に書いたような要素が複合的
に関連しあっていることを考えると、闇雲に叱責したり、携帯を
取り上げることは、問題の解決にはならないと思う。

これは依存症全般に言えることだと思うが、何よりも大事なのは
本人が自分の状況を自覚することであり、自覚がありつつ、自分でも
不安を感じて苦しんでいるのかもしれないということを理解することであり
そこでまずはどういう形でもいいから心の接点を持てるのかを
周辺の人間が冷静に模索することが大切だろうと思う。
もし子どもが親に対して心を開かない場合は、カウンセラー
などの助けを借りることも考えられる。ただし、依存の状態から
離れるのには相応の時間がかかることも想定しておかなければいけない。

とまたもや身も蓋もない結論になってしまったが、人の心の問題は
ケースバイケースである割合が大きく
大ざっぱな総論的な結論で解決できるほど簡単ではない。
そこを「クローズアップ現代」は細かく分析できていないと感じたわけである。
もちろんそこには30分という時間的な制約もあるし
それでも現代社会の問題として取り上げた以上
なんとか結論をつけなければならないというメディアの特性もある。

だからネット上では当然「自分は依存症ではない」的な反論も起こる。
長時間ネットに向き合っているからと言って
依存症ではない人もいる。ネットを楽しみながら
ネットとうまく付き合えている人ももちろんたくさんいる。
一時期ネットにハマりながらも「依存症になってはいけない」と
自分でブレーキをかけることのできた人、できる人も多い。
その違いは何なのか、どうすればハマらず、上手くつきあうことができるのか。
現状はまだ、ネット依存ではないかと思われる症例が
少しづつ把握され始めているくらいの段階で
具体的に即効性のある解決方法などはほとんど提示されてはいない。

それでもこれからの社会は、多くの人間にとって携帯やPCといった
ツール無しで暮らしていくことがむしろ困難になってきているのだから
この問題は、当事者だけでなくみんなでもっと真剣に考えていく必要が
あるように思われるのだが。





新しい年を迎えて

2013-01-08 11:21:48 | 依存症
新年明けましておめでとうございます。
ずっと更新しないままだったにも関わらず
今でも週に100人程度訪問してくださる方がおられて
大変ありがたく感じると同時に、そのことが
ギャンブル依存症の問題がどれほど多くの人たちを苦しめているかの
証でもあると身を持って感じています。

昨年の2月に任意整理が終わり、4月には長い年月
私の心の支えになってくれた愛猫との別れがあって
去年は自分自身にとって色々な意味で一つの区切りになった
そんな一年でもあったと思えました。

ダンナの依存症がどの程度回復しているのかいないのか
本当のところは、本人が自分の口から自分の思いを
正直に話さない限りはおそらく永久に分かりません。
ただダンナが何か変わったとすれば
それは多分私がもう何が起きても本当に何もできないのだということを
何となくにしても理解したということなのではないかと思います。

そこまでの二十年ほどはとにかく子どもたちを守るために
自分はどんなことでもできるという強い思いがありました。
「ギャンブルで借金まみれの馬鹿な親のために
子どもの夢や将来を奪うようなことはさせない」
「家に借金取りが押しかけるようなことにならない」
「子どもの笑顔をなくすような生活をさせない」
それは一つには自分自身が決して安定した家庭環境で育たなかったことへの
強烈な反動でもあったと思います。
思春期に親に対して「別にあなたの子どもに生んでくれと頼んだわけではない」
とストレートにぶつけた思い、子どもは生まれてくる環境を自ら選べない
理不尽さへの言いようのない憤りは
社会や人間に対する変えようのないネガティブな価値観を形成して
それは自分の子どもを自分のような人間にしたくないという
裏返しのシャカリキなエネルギーになって私を動かし続けてきました。

それでも迷惑をかけなかったわけではないけれど
長年苦しみ続けた借金の問題にメドがつき
子どもたちが何とか真っ当に社会でやっていけるようになった時に
私は私を動かし続けたそのパワーがすべてついえたように感じました。
ここから先はたとえダンナがスリップして
ヤミ金のようなところから借金をしてこようが
さらには返済に困って最悪の場合犯罪を犯したとしても
もう私にできることは何もない。
署名をしてある離婚届けにダンナの名前を書いてもらって離婚をし
本当にダンナとの縁を切って生活保護を受けて残りの人生を生きていく。

ダンナがその後ホームレスになって行き倒れて死のうが
刑務所で余生を終わろうが、たとえ死んだあとで無縁仏になろうが
それはまさにダンナが自分自身で選択した未来なのだから
誰を恨むこともなく自分自身で自分の人生の責任を取ってほしい。
今はもう憎しみでも恨みでもなくただそう思っています。
ギャンブル依存症とはそういう「回復に向かえるのは本人だけ」という
まさにそういう病気であるということなのです。

任意整理を始めた頃に何度か言った
「もう私はこれ以上何もできるような気がしない」という言葉の本当の意味を
ダンナ自身が理解したと同時に
私自身もかれこれ30年近くに渡って苦しみ続けた
ギャンブルの絡んだ問題から自分を解放することができた時期だったと思います。

けれどこのブログで先日リンクをした「ギャンブル依存症~家族のための
情報サイト」の掲示板には、クリスマスの日も年末年始も
ご主人の、あるいは肉親の依存症に悩む人たちの書き込みが
刻々と寄せられています。

今新しい年を迎えたのを機に、私はこのブログを近々
そうしたギャンブル依存症に悩む家族の人たちのために
何とかより具体的な情報を少しづつでも提供できるサイトにしたいと考えます。
次の更新までまたしばらくお時間をいただくことになると思いますが
どうか今年もよろしくお願いいたします。