この男がどうしてこうなってしまったのか、この男の本質にあるものを考えてみると、「母ザルから引き離された子ザル」という観念が浮かんでくる
母ザルから引き離された子ザルのように頼りない存在で、母ザルのふところに戻りたくって仕方がないが、もうそれもできない
自分の力で自立したくっても、ひ弱な子ザルだから力が足りない。いくらキャーキャーわめいても誰にも勝てない
だからこそ強くなりたいと思う。人に「勝ちたい」と思う
本当に強い人間は人に「勝ちたい」とも思わなくなるものだが、本当に弱いのだからどうしても「勝ちたい、勝ちたい」と強迫的に圧迫されるようになる
ひ弱で力がないのにどうやって人に勝てるか。それが「ずるく」なること、人の足をすくうこと、人を卑劣に追い落とそうとすること、つまりこの男が自らに体現したことなのである
「掲示板あらし」とはまさにそのようにして人に勝つ手段であり、架空の勝利に酔いしれる方法なのである
考えてみればネット空間とは、この男にとって“母親のふところ”みたいなものだったのだろう
そこでは個人の密室空間に包まれて、安全だし危険もないし恐ろしい他者は誰もやって来ない
そこではまったく自由に自分の空想世界に浸ることができるし、子供時代に持っていた万能感に回帰することもできる
この男は、創価学会に入会したり、僕にしつこくストーカーをかけたり、何か母親のように絶対の庇護を与えてくれるものを求め続けているのである(前にこの男は僕のことを「ボス・キャラ」と呼んでいた。そういうものを僕に求めていたのだろう。実際の僕は人を支配して喜ぶような趣味は持っていないのだが)
この男にとってはネット空間も、「母親に包まれた空間」みたいなものだったのだろう
その一方でこの男は、母親から自立したいと思っている。もっと強く男らしい人間になりたいと思っている。他人に打ち勝てるような強者のなりたいと思っている
ネット空間は、それをもこの男に提供してくれた。それが「掲示板あらし」である。これで面白いぐらいに人を撃破してゆくことができる。「おれは強いんだ!」という錯覚を得ることができる(実際にはやればやるほど弱くなるのだが)
「母親のふところ」と「強くなりたい」という二つの願望
それを二つながら叶えてくれるのが、この男にとってのネットだったのである
そしてそれは結局、この男には本当には何ももたらさず、今や精神的に病んでしまったのである
もう何年も前になるが、この男に「アラビア砂漠に行け!」と忠告したことがある
いつまでも「あらし」のような甘え切った行為をしてるんじゃなく、アラビア砂漠のような危険な場所へ行って、死ぬか生きるかのような体験をしてこい、という意味で言ったのである
そのときこの男はせせら笑っただけだったが、あのときこの忠告を聞いていれば、もっとましな生き方ができたのに、と思う
この男がこの先どうなるか、知らないし、知ったことじゃないが、とりあえず最後の同情として以上のことを書いた
最後にワタナベに対して
もっと本当の意味で強くなれ
母ザルから引き離された子ザルのように頼りない存在で、母ザルのふところに戻りたくって仕方がないが、もうそれもできない
自分の力で自立したくっても、ひ弱な子ザルだから力が足りない。いくらキャーキャーわめいても誰にも勝てない
だからこそ強くなりたいと思う。人に「勝ちたい」と思う
本当に強い人間は人に「勝ちたい」とも思わなくなるものだが、本当に弱いのだからどうしても「勝ちたい、勝ちたい」と強迫的に圧迫されるようになる
ひ弱で力がないのにどうやって人に勝てるか。それが「ずるく」なること、人の足をすくうこと、人を卑劣に追い落とそうとすること、つまりこの男が自らに体現したことなのである
「掲示板あらし」とはまさにそのようにして人に勝つ手段であり、架空の勝利に酔いしれる方法なのである
考えてみればネット空間とは、この男にとって“母親のふところ”みたいなものだったのだろう
そこでは個人の密室空間に包まれて、安全だし危険もないし恐ろしい他者は誰もやって来ない
そこではまったく自由に自分の空想世界に浸ることができるし、子供時代に持っていた万能感に回帰することもできる
この男は、創価学会に入会したり、僕にしつこくストーカーをかけたり、何か母親のように絶対の庇護を与えてくれるものを求め続けているのである(前にこの男は僕のことを「ボス・キャラ」と呼んでいた。そういうものを僕に求めていたのだろう。実際の僕は人を支配して喜ぶような趣味は持っていないのだが)
この男にとってはネット空間も、「母親に包まれた空間」みたいなものだったのだろう
その一方でこの男は、母親から自立したいと思っている。もっと強く男らしい人間になりたいと思っている。他人に打ち勝てるような強者のなりたいと思っている
ネット空間は、それをもこの男に提供してくれた。それが「掲示板あらし」である。これで面白いぐらいに人を撃破してゆくことができる。「おれは強いんだ!」という錯覚を得ることができる(実際にはやればやるほど弱くなるのだが)
「母親のふところ」と「強くなりたい」という二つの願望
それを二つながら叶えてくれるのが、この男にとってのネットだったのである
そしてそれは結局、この男には本当には何ももたらさず、今や精神的に病んでしまったのである
もう何年も前になるが、この男に「アラビア砂漠に行け!」と忠告したことがある
いつまでも「あらし」のような甘え切った行為をしてるんじゃなく、アラビア砂漠のような危険な場所へ行って、死ぬか生きるかのような体験をしてこい、という意味で言ったのである
そのときこの男はせせら笑っただけだったが、あのときこの忠告を聞いていれば、もっとましな生き方ができたのに、と思う
この男がこの先どうなるか、知らないし、知ったことじゃないが、とりあえず最後の同情として以上のことを書いた
最後にワタナベに対して
もっと本当の意味で強くなれ