名峰登山と草花

春から秋にかけて、登山と草花探索等を掲載。植物観察、世界歴史遺産巡り、庭園観賞、素人農業にもチャレンジ中。

草花を撮る。北から南へ8 -会津駒ヶ岳、等-

2017-01-30 10:19:44 | 百名山の花_東北地方

会津駒ヶ岳へ  草花を撮る。北から南へ8  -東北地方・中南部ー

 平成23年7月の東北への登山計画では、3回目の自家用車・旅で、中央道、長野道、北陸道、
関越道を経由し、小出ICで高速道路を出線し、国道352号線で只見川を北上し、奥只見湖、御池
を通り、会津駒ヶ岳の登山口(檜枝岐村)へ向かった。
 御池で前泊して、7月17日早朝に登山口から日帰り登山をした。登山道はよく整備されており
ゆったりした気分で登山することができた。標高は2132mあり東北地方では高い方の仲間に入る。
駒の小屋付近やなだらかな稜線には湿原が広がり、湿原植物が辺りを覆っていた。この時期には
まだ残雪も多く、雪解けの進んだところから高山植物が目を出し緑の絨毯を広げている感じだ。
 草花の種類は飯豊山と似通っているが、その他にここではワタスゲなどの湿原植物が見られた。
 後日談になるが、私たちが登山した翌週に台風が到来し(新潟・会津豪雨)、国道352号線
は土砂崩れなどで通行不能となり、復旧に相当の期間を要した。間一髪のところで滑り込み通過で
あった。                    <追記>最終ページに東北シリーズ終了の記事を記載した。

安達太良山

 随分時間がたってしまったが、安達太良山登山の記録を示す。東京に赴任していた
平成15年ゴールデンウィーク直前から連休にかけて、東京から海ホタルを経由し、
常磐道を北上、いわき市から磐越道に入り三春を通り二本松に抜けて、城下町見物と
岳温泉から安達太良山への登山をした。安達太良山登山の後は磐梯山の脇を通り
猪苗代湖に下り、会津に出て城下町を見学し、磐越道を西に進んで、新潟見物をした。
帰りは関越道を通って東京の住居に戻った。1週間のドライブと登山と観光の旅と
なった。
 安達太良山(1700m)は4月末の時期で残雪の中にあり、植物や草花はほとんど見られ
ず、雪解けの湿地にショウジョウバカマが少し生えている程度であった。

 

さて、「東北に見る高山植物」の自然観察は、今回の「北から南へ8」で終了です。

 

 東北地方の百名山等を登り、そこに咲く草花、樹木の花等を写真に撮り掲載した。
 ここに、14座(+α)の登録を終了します。以下に、登山の記録を一覧に示し
ますので、参考にして下さい。

 

 

 

以上。

以下、会津駒ヶ岳、安達太良山の植物の個別写真を掲載します。

      

       

      

   

個別写真は以上です。

以上で、東北シリーズ「自然観察・東北地方」を終了します。

 


台湾(台北)の史跡

2017-01-24 08:18:33 | 海外・旅行記

 台北、香港、上海と旅行をして、中国の中、南部の雰囲気を味わった。また、植物の
写真も結構撮れた。バックナンバーを調べてみると、台北の記事を載せていないことが
判明した。昨年、載せようと準備したが、掲載を忘れていたようだ。上海を載せたので、
遅ればせながら、台北の史跡を巡る記事も載せることとします。2年前の記録です。

台北市を散策

 昨年(H28年)は2月6日に台湾の台南市方面で大きな地震が起き、倒壊した高層ビル
の人命救助で大変な騒ぎがあった記憶がある。(私の記憶はもう風化しかけている。)
 H27年に台北を旅行した後、植物などの自然観察をテーマにしたブログを掲載したが、
街の風景や歴史遺産や史跡、などは未掲載であった。
 旅行はH27年1月6日から8日までの2泊3日であった。初日は(独自に、地下鉄で)
植物園に出かけ、2日目は観光バスに乗って史跡や九分などの観光コースを巡った。3日目
は地下鉄(MRT)に乗って市内を散策し、孔子廟や総統府、また花博公園等を見て回った。
地下鉄はきれいで乗りやすかった。また、街の人々は親切で日本語のわかる老人も多く、
親近感の湧く感じの良い国だった。

 以上です。


上海市街の散策と雑感

2017-01-22 21:24:18 | 海外・旅行記

上海市街の散策と雑感

 且つて上海に在住した友人から聞いていた上海からはすごいところだと想像された
が、現在の上海は人民も明るく小ざっぱりとして、身なりは日本とあまり変わらない。
「何となくユニクロっぽいなー」という感じだ。日本の都市の方がもう少し良い物を
着た人が多いと感じる。
 地下鉄に乗ると老人席があるのだが、7,8割の人は老人無視でさっと席取りする。
それでも、1、2割の若者は席を譲ってくれる。日本とは割合が逆だ。国民性の違い
のようだ。要するに大昔から自分中心、大家族主義の国ということで基本は変わって
いない?と思われた。
 街は綺麗に整備され、心配したトイレも最新ビルには快適なものが多い。地下鉄は
最新式で綺麗だし、ビルや道路も最新式に整備されてきている。大衆的なレストラン
などではトイレの整備が行き届いていない。でも、この調子でいけば都市のインフラは
後10年もすれば、日本並みになるのではないかと期待される。それにしても大発展の
経過に感銘を受ける。勿論、都市規模は人口2500万人世界一で、名古屋市の10倍規模だ。
 今後も順調に、世界を騒がさずに発展していただけるとよいが・・?と希望する。

 さて、市内散策だが、初日は小雨のなか外灘を散策し、夕暮れの南京東路を散策
(銀ブラのようなもの)した。

 翌日(2日目)は地下鉄で黄浦江・外灘の対岸のビジネス街に出かけた。地下鉄を乗り
継ぎ、陸家嘴・駅で下車し、整備された歩道(車道の上)を通り、高層ビルの間を歩いた。
最初の目的地、森ビル(100階,450m展望階)2008築へ向かったが、周辺の高層ビルも
全て上の方は雲の中で、森ビルを探すのに手間取った。ガイドブック「地球の歩き方」
を見て、切符を買おうとしたのだが、ルールが変わっていて、かつ片言英語がなかなか
通じないため往生した。最上階は雲の中で何も見えなかったが、空いていてゆったりと
過ごすことができ、良かった。展示された風景写真を見て周囲を想像した。
 下に降りると昼になったのでレストラン街で中華料理を食べ、途中のファッションビル
をのぞいた後、次の植物園に向かった。

 3日目は豫園・庭園を見学の後、人民広場で地下鉄を降り、周辺を散策して雰囲気を
味わった。昨年開催された上海花博のモニュメントが残り、また戦争勝利のモニュメント
や広場等を見て、中華人民共和国の歴史を感じとることができた。
 この後、急ぎホテルに戻り身の回りを片付け、チェックアウトし、昼食をとって、
空港へ向かった。空港では、地下鉄から間違って第1空港に向かったため、気が付いて
第2空港に着くまでに30分以上ロスしてしまい、また、出国審査が長蛇の列で時間が
足りなくなり、土産物を買う時間が無くなってしまった。

 

上海旅行、雑感

 上海は北の北京に対して、南に上海、南京があるという感じだが、中原(北京、西安、洛陽)
と比べると歴史小説に出てくる割合が少ない。それでも、陳舜臣の「鄭成功、チンギスハーンの
一族」、佐伯泰英「伊那衆異聞」、宮城谷昌光「湖底の城」、北方謙三「岳飛伝」、辻政信
「潜航三千里」等にお話として、また生々しく上海周辺が登場する。これらの背景を思い描き
ながら、外灘を眺め、過去に思いを馳せる旅はなかなか面白かった。

以上。


中国・上海植物園を見学

2017-01-20 18:58:03 | 海外・植物観察

中国・上海植物園

 上海、2日目の午後、上海植物園に出かけた。生憎の小雨模様は変わらず、
傘をさしての見学となった。
 陸家嘴・駅で地下鉄2号線に乗り、中山公園で7号線に乗換え、南下して
石龍路・駅で下車し、植物園の写真を見せて道を聞いた。英語も日本語も全く
通じないが、趣旨は分かるようで「あっち、あっち」と指さしてくれる。徒歩
10分位と聞いていたが、不慣れなため、15分くらい歩いて、植物園入口
(第4門)に到着した。
 中国3大植物園と言われるだけあって、広大な植物園だ。入口をはいると
昨年、花博があったようで、2016国際花博のモニュメントが残っていた。
桂花園、牡丹園など中国らしい庭をみる予定で、目的地を地図で探しながら
歩いた。日本でいう金木犀(キンモクセイ)、銀木犀(ギンモクセイ)は中国では桂花という
ようだ。金木犀は日本で作られたようで、中国ではほとんどが銀木犀らしい。
でも、少し違うような気がする。まあ、見てください。
 バラ園や牡丹園には中国らしい休憩所やモニュメントがあり、情緒を感じた。
 冬の植物園ということで花はほとんどなく殺風景だったが、広い植物園の
風景を楽しみ、自分でやることはないと思うが築庭の参考にはなった。
 広大な植物園を歩き回り、足には豆ができ、疲れて足が痛くなった。今日は
8時間くらい歩いた気がする。

個別の写真を掲載します。

     

     

     

 

           

     

 以上です。 


草花を撮る。北から南へ7 -大朝日岳-

2017-01-20 14:11:41 | 百名山の花_東北地方

北から南へ7(3) 大朝日岳  -東北地方・中南部ー

 東北地方の朝日岳は地元では「大朝日岳」と言われているようだ。確かに
山頂の石碑にも大朝日岳とある。大の字をつけるに相応しい奥深くて大きな山容
の山だ。
 生憎、登山した平成21年8月8日、9日は雨の後でまだ霧がかかっていて
山の全景を見渡すことができず残念であった。風向きの加減か「小朝日岳」は
綺麗に写真に納まった。
 この山の植生は飯豊山(こちらは地元では飯豊本山と言われる)と同様に
大変豊かであった。名前のわからないものも多くありますがご容赦ください。
 この山では朝日小屋に泊まったが、寝具、食料持参のためリュックサックが
重くなり非力な身には結構堪えた。小屋の周りには立派な山植物のお花畑が
あり、目を楽しませてくれた。
 小屋にブヨ?、アブ?が1匹紛れ込んでおり、顔に来るのを追い払うため
なかなか寝付けなかったが、額を夜中に刺された方は、翌日、顔が腫れあがり
気の毒であった。  追記:飯豊山、朝日岳の花の名前をメンテしました。1/21

  以下、個別の写真を掲載します。

1.風景写真

      

     

     

2.草花の写真

       

      

       

       

        

以上です。

 

 


東山植物園、冬に咲く花

2017-01-14 14:13:59 | 自然観察_植物園、等

冬の植物園を散策  (H29.1.13)

 冬の東山植物園に花を求めて散策に出かけた。毎年、この時期にはガイド
・ボランティアの作品展があり、また鳥インフルエンザで長らく閉館していた
動物園(植物園も一部閉鎖)が開園を機に、この3日間(1/13~)、動植物園が
無料開園となるということで、本日出かけたものだ。
 植物園の正門には正月飾りが彩を添え、園内入口には開園80周年の生花の
ボードに80という字が綺麗に表示されていた。
 この時期に咲く花は少ないがそれでもスイセンが咲き誇り、ソシンロウバイ
やボケが咲き始め、ミツマタやシキミ等の木の芽、またマンリョウやナンテン
などの赤い実が彩を添えていた。
 また、この時期の見どころの花はツバキとサザンカだが、中国園のタイワン
ツバキ(白)が綺麗に咲き、合掌造りの隣の椿園では日本の椿が綺麗に咲き始め
ていた。東海地方の椿、関戸太郎庵、常満寺、参平椿は開花していたが、名古屋城
の大城冠、熱田神宮に原木のある太郎庵は花がなく残念であった。

以下、個別の写真を掲載します。

       

       

       

     

       

     

    

    

    

    

以上です。

 

 

 

 

 


上海の名庭園・豫園を訪ねる

2017-01-12 17:43:57 | 海外・庭園鑑賞

上海の名庭園・豫園を訪ねる

 正月(平成29年)明けに上海を旅行した。飛行機とホテル(オークラ)予約だけの
ツアーを申込んで、自作自演の旅をしたのだが、かなりハードルが高かった。日本語は
勿論、片言の英語もほとんど通じず、地図や写真を見せてどこだろうと聞くのだが、
説明は全然わからない。指先の方向へ進んでは聞き返してそれぞれの目的地に到達した。
地下鉄は空港で3日間乗放題の45元(約700円)の切符を購入したが、これが大変
便利で功を奏した。チケット売場などでは、片言の英語が何とか通じて用をなした。
 さて、豫園(庭園)だが、これは明代に四川省の長官だった潘允端が父親のために18年
をかけて造った庭園であり、荒廃や再建をへて現代に至っている名園である。周囲は現在、
豫園商城と呼ばれ、お城のように立派な土産物店、飲食店が立ち並んでいる。
 西洋の庭園とは全く異なる我が日本の元祖ともいえる中国の名園、上海を代表する史跡を
ご覧ください。

- 豫園 解説 -
豫園(よえん: Yuyuan)は中華人民共和国上海市黄浦区安仁街に位置する明代の庭園である。
「豫」は愉を示し、すなわち「楽しい園」という意味である。面積は約2万m2。四川省長の
役人であった潘允端が父(潘恩)のために贈った庭園で、1559年から1577年の18年の歳月を
費やし造営された。完成した時には父は没していたといわれる。1760年(乾隆25年)、上海城
隍廟の廟園となり「西園」と改称された。当時は現在の2倍の広さがあった。1956年、西園の
約半分を庭園として改修整備し現在の豫園となる。残りの部分が豫園商城となる。1961年に
一般開放された。入園には大人40元。子供20元。皇帝が使用する龍は5本指に対し、龍壁の龍の
指は三本指であり格下の龍とされる。装飾や様式は伝統的(上海的)であり、周辺は観光地と
なり豫園商城と呼ばれている。お土産物店や飲食店が軒を連ねる。

以上です

 


初日の出&初詣 -2017-

2017-01-03 08:19:08 | 我家の行事等

 ここ数年、トヨタビルで初日の出を拝んできたが、人出が多くなり、
参拝や写真撮りが困難になったため、今年は昔ながらの東山公園の裏山
に戻ることにした。
 東山公園の裏山はかつてより人出は少ない感じがした。タイミングよく
日の出前に到着し、高台から初日の出を拝むことができた。
 ついで、地元の城山神社(八幡宮)へ初詣に出かけた。朝、早いせいも
あって、入口は閑散としていたが、本殿前にはかつて見たことがないほど
参拝者が並んで待ってた。今回気づいたが、神社の東側の森の木がが切り
倒され、神社の高台から日の出を拝むことができるようになっていた。
 (ここで初日を拝んだ人が多かったか?)
 この後、自宅に戻り、お屠蘇を酌み交わし、オセチをいただいた。
 いい正月だ!
 10時に郵便受けをみるともう年賀状が来ていたので、中身を確認し
30枚ほど追加印刷をして、千種郵便局へ持ち込んだ。
 一段落したところで、熱田さんへ再度、初詣にでかけることとして、
地下鉄で出かけた。ここは今までに見たこともないほどの混雑で、参拝者
の長蛇の行列ができていた。       今年がよい年になりますように!!