名峰登山と草花

春から秋にかけて、登山と草花探索等を掲載。植物観察、世界歴史遺産巡り、庭園観賞、素人農業にもチャレンジ中。

離宮・頤和園の庭園 -中国 2017.4-

2018-07-15 15:13:49 | 海外・庭園鑑賞

 浅田次郎の小説「天子蒙塵」の第3巻が発刊された。昨年、第1巻と2巻を読み
天津の日本租界をも見学する中国(北京、天津)ツアーに参加した。中国では、
1911年に辛亥革命が起きて皇帝溥儀は廃帝となり、第3巻では日本を後ろ盾
として満州国の皇帝に着く筋書きのようだ。
 第3巻は図書館で借りて読むことにしているが、実質的な清朝最後の皇帝とも
いえる西太后が愛し、暮らした頤和園は中国を代表する広大な庭園の中にあるとの
思いに至った。西洋を代表する広大な庭園を有するベルサイユ宮殿に対して、
頤和園は東洋を代表する広大な庭園、宮殿と思うにいたり、手元の写真を整理して
カテゴリー「海外・庭園観賞」に追記することとした。
 何分、私の参加したツアーは駆け足のため、じっくり写真を撮れていない。興味
のある方は、頤和園をじっくり散策した方の詳しい記事をインターネットで調べて
ご覧下さい。

 頤和園は、蘇州を真似て人工的に作った昆明湖、出た土で作った山(万寿山、
玉泉山)とそこに建てられた寺院(仏香閣、智慧海、玉峰塔など)、居住空間と
寺院を結ぶ回廊が庭園のベ-スとなっていると感じた。
 広大な点では共通するが、幾何学的な形体の西洋の宮殿、庭園(ベルサイユの
庭園など)と曲線的で広大な東洋の庭園の対比を見る感じがする。
 頤和園は最初は金の時代に着手され、明の時代に拡張され、清の乾隆帝と西太后
が現在の庭園の形を造ったと言われている。首都北京から近く、引退後の西太后の
隠居所として、光緒帝が充実を図ったようだ。
 一昨年、上海で明の時代に作られた庭園、豫園を見学したが、これはゴテゴテと
手の混んだ造作で、これも東洋の代表的遺産と感じていた。

 数少ない写真しかないが、庭園の概観をご覧いただければ幸いである。

以上。

<追記> 上海の名庭園 ― 豫園 ―
https://blog.goo.ne.jp/ms_blog_trecking120/e/32c8a40fd549cc5c62c063f085e08141



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