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ももすけの日記

化粧水のほのとかをりて初化粧
ああ面白かったと言って死ねたらいいな

とてもいいお天気でした

2013年11月08日 17時17分59秒 | 日記

夕方になると少し肌寒くなってきましたが、今日は秋らしいほんとうにいいお天気でした。

おかあさんはこの頃ではぼちぼち庭仕事なんかもやっています。

芝生(別に植えたわけじゃないのに勝手に広がって生えている)やお花の手入れもできないのは怪我のせい、といいわけできるので気が楽なのです。

ガウラってとても丈夫でどんどん咲いてくれます大好きな石蕗紫式部もこんなに濃く

蔓類をばっさばっさ切っていると、とてもきれいな実

ゴミ袋の中をのぞくとヘクソカズラやコムラサキに交じって青い実、なんなのでしょう?

写真を撮ったり、草むしりしたり、おかあさんはのんびりと楽しんでいましたが、ぼくは立っているのもつらいくらい腰痛がひどくて、もうお家に入ろうよ。

2年くらい前まではこうしてお庭でおかあさんといるのが至福の時だったのに、とさびしい思いになります。

なのにおかあさんは来週、旅行に出かけるのです。

ぼくを預けて行くことにちょっと胸が痛むようですが、おかあさんもできるときにという思いが強くなってきています。

 

 

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すべてはうまくいっている

2013年11月02日 15時23分27秒 | 日記

いつかどこかで目にした『すべてはうまくいっている』

そんなわけない、しらじらしい言葉だな、とぼくのおかあさんはその時は(多分、それほど昔ではなく)感じたのでした。

世の中、思いどおりにならないことばかり、いつも不平不満たらたら。疑うことだって多い。ホテルの食品偽装だって、日展の入選の割り振りだって、漠然とそんなものと思っているような。。

ところが最近、この『すべてはうまくいっている』がときどき、ふっと頭の中をよぎるようになったのです。

魔法の呪文のように。

どこで読んだのかな、とアマゾンで探してみたら、そのような本の題名もありますし、瞑想などというのもあります。

が、しかし、この言葉はことさら特殊なものでもなくごく普通の言葉ですから、どこかの本の中に、今のおかあさんと同様のことを感じた著者が書いていただけだったような気もします。

これって、神さまか仏さまか知らないけど、どなたかがくださったおかあさんへのプレゼントの言葉じゃないかとぼくは思ったりするのですが。

いえいえ、そんなたいそうなものじゃなく、トイレに座ったときとか、玄関で靴を履くときとか、郵便受けから新聞を取り出すときとか、なんでもないときにふっと湧いてくる不思議さ。

 

と、ここまでブログを書いていてピンポーン~

「あのね、奥さん、これから新聞のサービスができなくなるのでダイソンの掃除機とか電動自転車とか・・・・・・・・」

おかあさんは思い出しました。昨日、ぼくとお散歩しているとき、ご近所をまわっているぺらぺらのズボンをはいた貧相な男の人を。

「あのね、奥さん・・・」ぼくは奥さんが出たのか、娘さんなのかわかるのかしらと思っていると、お隣では「あのね、ご主人・・・」と話しかけていました。

あのぺらぺらのイメージがすぐにでてきて(ぼくんちはテレビインターフォンじゃない)「お宅どちらさま?」と長々としゃべり続ける男性に向かっておかあさんはキッと言いました。

そして新聞名をきくと「けっこうです」とがちゃりときりました。

それでいいのですけれど、なあんか、、、

『すべてはうまくいっている』というタイトルの久しぶりの日記、もうすこしうまく続けたかったのですが、高尚な雰囲気が途切れてしまいました。

                                      

 

 

 

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陰翳礼賛

2013年10月02日 18時18分13秒 | 日記

ぼくんちには畳の部屋がひとつだけあります。

退院してからおかあさんとぼくはその部屋に布団を敷いて寝起きしていました。 このまま、ずっと和室で寝るのもいいのですが、この部屋の押し入れはいろいろな物でごちゃごちゃしていて、お布団を収納するスペースはありません。ですから、あげた布団は部屋の片隅にあるので片付かないのでした。冬用の布団となると嵩も増えますし。

そろそろ階段の上り下りも大丈夫そうなので、おかあさんは2階のベッドで2、3日前から寝ています。もちろんぼくもいっしょです。畳のときは少々ずり落ちても平気だったのですがベッドとなると落ちたら自力ではもう上がれないし、それより怪我でもしたらと、ベッドのまわりにソファやらクッションやらで厳重警戒してもらっています。

その和室もまだまだ散らかったままなのですが、障子のやわらかい光が思わず『陰翳礼賛』だな、と思わせてくれます。 畳と障子、なんて心が落ち着くのでしょう。

 

陰翳礼賛・・・おまけ

                           

 

まだ右手の回復がなかなかなおかあさん、リハビリにもいいだろうしと拭き掃除に励んでいます。

でも、コンタクトレンズを着用して見ると、雑巾で拭き寄せた埃がそのままあちこちに残っていました。白内障手術したとはいえ、裸眼ではようやく0.1です。

陰翳礼賛は裸眼のままで、お掃除はコンタクトを着用すべし、です。

 

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きっと大丈夫

2013年09月15日 14時16分58秒 | 日記

昨日も一昨日も日中は30℃以上にもなってうんざりでしたが、久しぶりに、夕方、おさんぽに出ると風がふっと吹いてきて、ああ秋なんだな、と思いました。今日は台風が近づいているようで雨。

久しぶりに、というのは、2、3日、食欲がなくて水も飲まなくて動けなくなっていたのでした。1日くらいだと何も食べなくても、また翌日からもりもり、ってことはしょっちゅうなのですが、水も飲まないし、好きなトマトや梨を口元にもらっても食べたくなかったのでした。

3日目の朝一番、おかあさんは獣医さんちにぼくを連れていきました。(おかあさんはようやく車の運転をはじめました)

血液、尿検査ではほとんど標準値範囲で内臓はOK、レントゲンでは背骨の真ん中あたりが老朽化というのか折れ曲がっていて、もしかしたら脊髄を圧迫して痛いかもしれない、ということでした。でも、15歳半としては、そんなもんです、と。

とびっきり美味しいにおいの缶詰と、痛み止めの薬と、そして効くかどうかは不確かだけれどと痴呆の薬をもらって帰ってきました。

1年ほど前からぼくは耳が聞こえなくなり、おかあさんはぼくが痴呆になるのを実は危惧していました。犬にとって目よりも耳のほうが情報源として重要じゃないかと。だから、いつもいつも、聞こえていないだろうけど話しかけ、抱っこし、おさんぽもできるだけ時間をかけて、と心がけてきました。

ぼくが今回食べなくなった数週間前くらいから、おさんぽから帰ってからの様子がおかしいとおかあさんは感じていました。

玄関で足を拭いてもらった後、ぼくは廊下の壁にぶつかり、くるくると同じところを旋回し、なかなかすぐそこの居間まで到達できないのでした。目が見えていなくても、ずっと住んでいるところなんだからわかるはずでしょう、とおかあさんは「ももすけは賢い犬と思っていたけど、ほんとはあほな子やったん?!」なんて思ったみたいです。

あちこちおしっこは失敗するし、困ったおかあさんは小さなサークルを買い求めました。中にぼくの好きなクッションが入っているので、ぼくは遊びに入るのですが一人では出られなくてクンクン鳴いておかあさんを呼びます。扉はあけっぱなしですから意味ないし、、、

そういえば、ぼくが赤ちゃんのころにも、このような(もっと大きかった)サークルに入れられたことがあったけど、ぼくはいやだ、いやだと言ったので結局使わないで庭のフェンスの一部なっています。

獣医さんにそのことを話すと典型的な痴呆の症状ですと・・・

よく食べた後は立派な大きさのうんちもします、というと、それも痴呆の特徴なのですって。栄養がちゃんと吸収されてないということみたい。

そして、風呂場に敷くやわらかいマットを何枚かつないでまるくしたサークルを作ることを教えてもらいました。早速おかあさんはサークルを買ったホームセンターに行ってマットを買い、作ってくれました。

でも、それらをおかあさんは使おうとはしません、自分で買ってきて、自分で作っているのに、、、誇り高き犬だったぼくをそんなところに入れるのがかわいそう、と思うのでしょう。。。なんて親ばか。

ぼくはめっちゃおいしい缶詰のご飯を最初は水で薄めて注射器で口に入れてもらったけれど、次からはもりもりと自分で食べ、公園へ(すぐ近くだけど)おさんぽできるまで回復しました。なぜ2日も3日も食べられなかったのかはわからないけれど。

獣医さんが効くかどうかはわからないけど、と言ってくれた薬が効いているのか、それともおかあさんの愛が効いているのか、それとも、今だけちょっと治ったのか、今ぼくはおかあさんのひざに体をくっつけて寝そべっています。

 

 

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夢・希望

2013年09月08日 17時18分27秒 | 日記

不思議なもので、前回、東京がオリンピック開催招致活動をしたときは、なんとなく疎ましい気がしたのだったけれど(そんな気がしたのはぼくだけだったろうか?)昨夜、テレビでブエノスアイレスからの映像を見ていて、東京に決まったらいいな、と正直思いました。

気仙沼出身のパラリンピック選手のプレゼンはとても感動的だった。東京で、いや、日本でオリンピックが開催されることは、子どもたちに夢と希望を与えることだと。

美人のアナウンサーの『おもてなし』の心も良かった。あんなきれいな人が言うことは本当に違いないと誰だって思うだろう。

最初のプレゼンは英語で、そして質問に対しての回答は日本語で、と、それもいかにも即答という臨場感が伝わって、もっとも汚染水問題は当然あるはずと予想はしていたろうと思うけれど。

一度も開催されていないイスタンブールでもいいのでは、なんて思いもしていたけれど、テレビを見ているうちに東京に決まるといいな、と、やはり日本人(犬)です。

                             

今朝、テレビをつけて確認。

えー、すごいー、やったね、と思いました。

日本人の心に『夢』と『希望』がともったような気がしました。

夢と希望がなければ人間は生きてはいけないのですから。

 

*追記

安倍首相が自信満々の笑顔で「原発事故の汚染水問題は科学的に大丈夫です」と回答したこと。

福島の人たちにも、この確信に満ちた言葉を実践を伴って早急に送ってほしい。

 

 

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