ケン太とのprecious days

3度の不登校を経て、なんとか高校を卒業し、社会人になったケン太。社会での成長&安定を見守る母のブログです。

苦手が苦手でなくなる瞬間①

2021-02-17 22:39:30 | アルバイト
昨日に引き続き、振り返り記事を書こうと思います。

今日は仕事の内容とそこから成長できた部分に焦点を当てて。
仕事のことなので、最初のバイトから始めますね。

最初のバイトは通信制高校が募集していた旅館に住み込みのバイトです。
夏休みを利用しての約30日間。
ケン太は、高校1年の時に友達と申し込みをしました。

ケン太の高校では、資格試験の授業があったり、ボランティア活動への参加。
バイトの斡旋も行い、将来、社会に出て行くことを見据えてのカリキュラムや課外活動に力を入れていました。

旅館は毎年、学校に協力してくれているいつもの旅館。
先生が、旅館への送迎をしてくれました。
最終日にはそれぞれの担任が前泊し、生徒たちの働きぶりを確認し、旅館側からの報告も受けてたようです。

ケン太は「接客だったら嫌だなぁ」と言っていましたが、お風呂の掃除、庭の掃除、布団敷きなどの担当になり、接客からは外れ、ほっとしていました。
しかし、お盆の繁忙日にはレストランも満席状態。手伝いに駆り出され、注文をとったり、料理を運んだりしたそうです。
必要に迫られて、接客を経験することができました。

宿泊先は友達と同室。
2人そろって寝坊して遅刻してしまったことが3回ほどあるようです。
でも、女将さんは優しくて、「謝りに来てくれたのでそれでいい。次回、気をつけてくれればいいから」と叱ることはなかったそうです。
最終日には手紙をくれて、労いの言葉と、何時でも働きに来てください。歓迎しますと書いてありました。
女将さんは、生徒は不登校経験が多いということはもちろん承知しています。だからこそ?子ども達の成長を願い、温かい心で見守ってくれていたんだなと、目頭が熱くなったのを覚えています。

バイトを終えて、帰ってきたケン太は顔色もよく、元気そのものでした。
たった1か月で別人になっていました。

早寝早起き。
1日3食のかなり量のある賄い食を残してはいけないとすべて完食。
ゲーセンなどの遊戯施設は一切なし。
一番近くのコンビニは徒歩40分のところ。
遊びといえば、従業員は乗り放題の、ホテルの畔の湖のスワンボート
健康的な生活。
この時は洗濯も自分でやっていましたよ。

環境で人間はこんなにも変われるものなのですね。
この時のケン太は、今でも私の中で一番、輝きを放っています。


実は、事前説明会で、担任から、仕事は結構ハードで「来年もまた行きたい」と言う子はほとんどいないと聞いていたのです。

でも、ケン太は「来年もまた行きたい」と言いました。
高校に持っていくお弁当も、大きくしてと言ってきました。

もう、まさか、まさかの成長を遂げてくれました。

後から先生から聞いた話ですが、
「意外にも、ケン太は旅館からの評価が高かった」と。

意外って?(笑)
でも、掃除もやらせれば丁寧だし、きっと布団敷きもきちっと仕上げたのだと思いますよ。
それはなんとなく想像できます。

ケン太本人もそのことは先生から聞いていると思うので、
それがケン太の自信にも繋がったのではないでしょうか。

とはいえ、「来年また・・・」と言っていても、その翌年、登校が怪しくなるのです。
1学期も追試でして。
バイトどころではなくなりました

でも、この貴重なバイト経験はその後にも活かされていると思います。


長くなってしまったので、後につづきますね。





これは当時の思い出の品です。

ケン太と友達は、毎日、40分かけてコンビニに買い出しに行っていました。
旅館の夕食は、お客さんに出す前に食べるので、4時くらいだそうです。
なのでお腹が空くので、毎晩、夜食を買い出しに行っていたのです。

カップ麺のお湯を沸かしたりするために、缶を切って、中に固形燃料を入れて、
コンロ代わりにしていたそうです。

どうしても、これは捨てられなくて。

私の「宝物」として、大切にしています



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