ケン太とのprecious days

3度の不登校を経て、なんとか高校を卒業し、社会人になったケン太。社会での成長&安定を見守る母のブログです。

主観的幸福感

2022-08-02 23:19:52 | 思うこと

暑いですねぇ~

この猛暑で、少しずつ、地熱が上がってきているようで、朝、雨戸を開けた瞬間から暑いです。

今日は、カーブスにピアノ・・・出かけたりもしましたが、夏バテすることもなく、元気です。

食欲も旺盛です(暑さで食欲不振になったことなどない)

 

 

主観的幸福感ですが・・・・

 

認知症患者さんで、改善傾向が見えてきて、数値の上でもよくなってきて・・・

本来であれば、認知症は良くなることはないとされているものなので、少しでも改善傾向がみえてきたことは、この先の希望にも繋がることであり、喜ばしいことだと思うんです。

でも、必ずしも、ご家族の方がそれに喜ぶとは限らないそうです。

 

その結果に喜び、この先に希望も見えてきて、心が楽になる人がいる一方で、

少し改善はしたといっても、まだ、本来の状態ではない。

それ以上に改善するのは難しいのではないか・・・

まだまだ、喜びを感じるには至らない人もいる。

 

どこに「幸福感」を感じるのかは、あくまでも「主観的」なもののようです。

 

何度も同じことを言うのでイライラしてしまうとか?常に、目が離せないとか?

家族さんの「辛さ」「大変」さがどれだけ解消されるか・・・

「幸福感」を感じるとしたら、その苦しみから開放されてこそ?

「症状の改善」はその手段に過ぎないそうです。

 

 

不登校でも同じではないかなと思いました。

完全不登校の状態から、少し学校に行けるようになったとして・・・

 

「学校に戻れてよかった!」

「学校に通えるだけでよし。元気で通ってくれれば」と願う人と・・・

 

「学校に戻れてよかった!」と、ここまでは一緒でも、

「戻ったはいいけど、勉強しなくなった」

「相変わらず、ゲームばかり」と、不安、不満がいつまでも消えない人・・・

(うちの主人は、学校に戻っても、勉強しないのなら、戻っても意味がないと言っておりました

 

ここでも大きく「幸福感」が違ってくると思います。

 

先日、友達と、何かにつけて、文句を言いたい人・・・の話をしていました。

そういう人って、正義を振りかざして?状況を良くしようとしているのかもしれませんが、

文句って言えば言うほど出てくるんですよね。尽きることがない。

良い面を見ようとする・・・ことから遠ざかってしまう。

 

結局「幸福感」から見放されてしまっていると思います。

 

「幸福」になりたいのなら「幸福そうな人」の側にいるといいと言います。

「幸福」って伝染するのですよね。

 

子どもの幸せを願うのなら、親が「幸福感」を感じられればいいのだと思います。

 

認知症状の改善には、いろんなアプローチがあるのですが、

「どうぜ、治らないんでしょ?気休めにしかならない」という気持ちでアプローチするのと、

「なんらかの効果はあるのでは!」と信じて、アプローチするのでは、結果が違ってくるそうです。

 

カーブスでも、

「筋トレしている時は、意識を筋肉に集中させてくださいね。今日の夕飯は何にしよう?とか違うことを考えてはダメですよ(笑)」と言われます。

筋肉に意識を集中させるのと、そうでないのとでは筋肉のつき方が違ってくるそうです。

 

「幸福」はそう簡単に向こうからはやってこないですよね。

自分でしっかり引き寄せてくださいね!

 

 

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