息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

仮面の告白

2012-06-25 10:31:34 | 著者名 ま行
三島由紀夫 著

“私”の特殊な育ち方や、それに基づく混乱、他者と違う思考。
ピリピリと研ぎ澄まされた繊細な心。
懐かしいような面はゆいような感情は、若さゆえのものなのか。

何もかもが許され情報も多い現代では、こんなふうな思いを抱くことは
ないのかもしれない。
戦争が身近にあるこの時代、“普通”ではないことは今よりもずっと
罪だった。
男らしさに欠けること、戦に行くだけの肉体の強さがないこと、
そして何よりも同性を愛してしまうこと。

自分が異常なのではないかという想いがこれらをひた隠しにさせ、
ほのかに生まれる異性との恋愛の芽も摘んでしまう。

美しい人妻となったかつての想い人と密会しても、それはやはり
愛へは昇華しない。そして心を奪われるのは粗野な若者の刺青だった。

思い通りにいかない自分自身の精神と肉体。
とらえどころのない焦りと苦しみをもてあます“私”。
このどうにもしがたい感情表現は、初めて読んだ高校生の頃、
大きな衝撃を受けた。

本書をヒントに作られたのがYMOの「Behind The Mask」。
作曲したのは坂本龍一であるが、彼の父は本書執筆時の担当編集者で
あったという。すごい縁だなあ。

妖怪馬鹿―化け物を語り尽せり京の夜

2012-06-24 10:59:40 | 著者名 か行
京極 夏彦 村上 健司 多田 克己 著

すごいメンバーである。
まさしく妖怪馬鹿な3人があやかしの都に集まり、妖怪について語りつくす座談会。
なんていうか、読む人によっては大変な贅沢、まあどうでもいい人にとっては
とてつもなく何やってんだ?な一冊だ。
とはいうもののオタクでマニアな割には、知識がない人にとっても面白い。
わかりやすく深く掘り下げる、というなかなかに難しい技が駆使されている。

妖怪とは何か、なんていう基礎の基礎から、ポケモンとの関係まで
語る、語る!
これだけ奥が深く知識が満載なのに、基本が馬鹿。
これもスゴイ。

妖怪好きのために妖怪好きが集まって語る、それだけのはずなのに反則的に面白い。

そして全員が水木しげるチルドレンであることにも着目したい。
「ゲゲゲの鬼太郎」はバイブルなのだ。
偉大だな。

セリヌンティウスの舟

2012-06-23 10:23:33 | 石持浅海
石持浅海 著

石垣島でのダイビングツアー。
大しけの中でお互いの体をつなぎあい、命を取り留めた仲間たちは
だれよりも強い友情で結びついているはずだった。

メンバーの一人・美月が自殺した。ダイビングの打ち上げの夜、青酸カリを
飲んだのだ。友人たちが寝ているすぐそばで。
しかし、即死をもたらしたはずのそのビンは口がきちんと閉められていた。

本当に美月は自殺だったのか。そうでなければいったい誰が手をくだしたのか。
遺された5人の間に生まれた疑心暗鬼。
マンションの一部屋を舞台に謎解きが始まる。

友情や性善説がさきにあるので、なんだか疑うのが心苦しい。
そんなところからのスタートだけに、さぐりさぐりのストーリーはテンポが遅い。
美月がうつぶせに倒れていたこと、ビンが転がっていたこと。
小さな出来事を思い出しながら、その理由や根拠を探す。

ディスカッションを重ねていくにつれ、それぞれのキャラクターが明確に
浮き彫りにされていくのも面白い。その過程を楽しむ作品ともいえる。

ずーっと引っ張っていった割にはラストはあっさりなのが個人的には残念。
ここは好みが分かれそうだ。

たましくる

2012-06-22 10:56:07 | 著者名 は行
堀川アサコ 著

昭和のはじめ、双子の姉が幼い娘・安子を遺し、恋人と無理心中した。
妹・幸代は安子の父である富豪の息子・新志に姪を預けようと、北へ向かう。
弘前で幸代を出迎えたのは新志の妹で美貌のイタコ・千歳。
そして新志は衝撃のあまり心を患い、座敷牢に閉じこもっていた。

一度は帝都へ戻った幸代であるが、千歳の好意により彼女の家に住込み、
安子を育てながら、家事手伝いをすることとなる。
幼い頃からか幽霊の声が聞こえる幸代。誰にもいったことはなかったが、
千歳のもとに持ち込まれる謎解きに、いつしか手を貸すことになる。

千歳の日本人形のような無邪気さすら感じさせる雰囲気。
そこに都会的なモガのような幸代が加わり、なんとも不可思議なコンビが成立する。

イタコとはいえ、実に冷静にものごとを考え、論理的に判断する千歳。
むしろ幸代のほうが直観的な行動をとる。
まったく違う二人の力が合わさることで、厄介ごとがかたづいていくさまは壮観。

幸代にそっくりの蝶子という女性がそこここに登場するのだが、ラストで
いくべきところに落ち着いたのがよかった。

構成がとてもしっかりしていて面白い。
それを東北弁がやわらかく包み込む。
生臭い事件もあるが、ドロドロにはならないのもいい。
貧しさ、つらさはあっても、嫌悪感は感じない作品だ。





トロッコ

2012-06-21 10:41:50 | 著者名 あ行
芥川龍之介 著

夏の夕暮れ。子ども時代の奔放な楽しさとおろかさ。
そんな甘酸っぱいエッセンスがいっぱいに詰め込まれた小品。

工事現場のトロッコに興味をひかれる少年・良平。
誰もいないときを見計らって、弟とその友達とともにこっそり乗ってみる。
ここが年下の子っていうのがリアルだなあ。
自分の意志でなにかしでかすときって必ず年下の子と一緒な気がする。
土工から厳しく叱責された少年は、10日ほどのちに若い土工がそれを
押しているところに出会う。

やさしげな二人に「おしてやろうか」と声をかけ、ついていく良平。
上り坂では人力で押し、下り坂ではトロッコに乗って疾走する。
少しずつ村から離れ、心細くなってきたものの今さら帰ると言えない良平。

もうどこかも分からないほどの距離を来てから、二人の土工は良平に
自分たちは向こうで泊まりだからもう帰れ、と言う。
青ざめる良平。

闇が迫る道を、持ち物も草履も着物も次々と脱ぎ捨てながら走る良平。
取り返しのつかないことをした、という想いと、恐ろしい夜への恐怖。
焦りでどうにもならなくなっているのがよくわかる。
そして子どもってそんなものだよね、と思い出す。

この作品の素晴らしいところは最後の一節だ。
妻子があり、雑誌社で校正をしている良平の姿。
現在の彼の描写があるからこそ、少年の頃の気持ちがより際立つ。