言うは易し、行うは靖

三浦 靖の成幸者をめざす

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小沢裁判について思うこと

2012年04月27日 | Weblog
陸山会事件で政治資金規正法違反(虚偽記入)に問われた小沢一郎に対し、東京地裁は無罪の判決を言い渡した。

この事件は、小沢元代表が04年10月の土地取引の際、土地代金として同会に貸した現金4億円の不記載や、代金支出を04年分ではなく05年分の政治資金収支報告書に計上することについて、同会元事務担当者・石川知裕衆院議員(38)(1審有罪、控訴)や後任の池田光智被告(34)(同)から報告を受け、了承したとして起訴されたもの。石川、池田両被告が、4億円の現金提供が判明して政治的に不利に働くことを避けるため、故意に虚偽記入を実行したと認定。その上で、元代表についても「4億円の不記載などの報告を受け、了承していた」と一定の関与を認め、検察に代わる指定弁護士が共謀の成立を主張したことを「相応の根拠がある」としていたが、今回の判決で無罪が言い渡された。

この判決で、小沢チルドレンなる民主党議員は狂喜乱舞し勢いづくであろうし、野田総理ら反小沢グループは戦々恐々としているに違いない。また、自民党など野党は、対岸の火事であるこの機に乗じて民主党分裂と倒閣運動を激しくすることだろう。

国民においても、小沢氏の無罪を信じて疑わなかった人や、剛腕・強面という小沢氏のイメージから有罪と決めつけた人など両極に存在していた。

個人的な思いとしては、有罪・無罪を問わず政治家たるもの疑義を生じるような行いは全く持って不徳の致すところではないだろうか。司法の判断はさておき、国民・有権者から疑いを持たれるような言動は、最優先に慎まなくてはならないと思う。それが、清貧を貫かなくてはならぬ政治家の定めであり、国会議員であろうと地方議員であろうと首長であろうと共通の信条・心構えであるからである。

しかしながら、政治の世界は古今東西謀(はかりごと)が付き物であることも忘れてはならない。火の無い所に煙を立たせることが専門の輩が常に存在している。そんな輩の術中に嵌らぬよう清廉潔白を貫き通すのは至難の技かもしれません。



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孫子

2012年04月24日 | Weblog
孫子とは誰もが知っている中国の兵法家です。

また、中国春秋時代の孫武(孫子)の作とされる兵法書のことでもあり、古今東西の兵法書のうち最も著名なものの一つであります。

その中に「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」とあり、今では「敵を知り己を知らば百戦危うからず」という諺になっています。

孫子における戦略論の特色は、「廟算」の重視にあるとされ、廟算とは開戦の前に行われる軍議のことで、「算」とは敵味方の実情分析と比較を指します。
そこで敵味方の何を比較するのかというと、
それは、

道 - 為政者と民とが一致団結するような政治のあり方
天 - 天候などの自然
地 - 地形
将 - 戦争指導者の力量
法 - 軍の制度・軍規

の「五事」であり、

より具体的には以下の「七計」によって判断するそうです。

1.敵味方、どちらの君主が人心を把握しているか。
2.将軍はどちらが優秀な人材であるか。
3.天の利・地の利はどちらの軍に有利か。
4.軍規はどちらがより厳格に守られているか。
5.軍隊はどちらが強力か。
6.兵卒の訓練は、どちらがよりなされているか。
7.信賞必罰はどちらがより明確に守られているか。

以上のような要素を戦前に比較し、十分な勝算が見込めるときに兵を起こすべきと孫子は言っています。

戦うからには勝たねばなりません。負けてもいい戦などありません。

勝つための準備を怠った者には、勝利の女神が微笑むことなどあり得ないのですから。

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次代

2012年04月23日 | Weblog
いいお天気が続いたかと思えば、またまた嵐のような暴風雨の週末となり、各地で被害が出たようです。

特に農業用ビニールハウスの被害が心配です。


さて、この一週間の活動報告です。

16日(月)は、かわい寺子屋の運営委員会とボランティアさんとの意見交換会。昨年は利用者が少なかったのですが、今年は年度当初から5名となり(しかも男の子ばかり)、この事業にも春が訪れたのかなと安堵し、これまでお世話になった地域のボランティアさんに感謝です。
夜は、川合小学校PTAの理事会でした。新年度の役員選任と前年度旧役員からの引き継ぎが議題でした。今年度も会長を拝命し、川合小学校の教育環境充実に向け努力しなければなりません。

17日(火)は「かわいみまもりたい」の総会でした。平素より子どもたちの登下校時の交通安全に気を配っていただいている地域の皆さんに感謝です。

18日(水)は「自民党島根県連青年局長会議」が松江であり、県連青年部長として出席しました。今年度の重点事業として街頭活動を積極的に行うこととし、恒例の居酒屋トークも各地区で計画することになりました。残念ながら大田地区からは一人も出席しておらず、支部の活動が低迷していることを露呈したようなものでした。
夜は、大田JCさんの4月例会に講師として出席しました。「財源」がテーマであり、新年度予算の概要を説明しながら意見交換をさせていただきました。非常に難しいテーマなので、久々に大学時代に使った「基本財政学」という教科書を開いてみて、改めて財政について勉強しました。JCの皆さんは大田市の中心世代です。JFKの名言である「国家が何をしてくれるかではなく、国家のために何ができるかを問おう」を引用し、「地域が何をしてくれるかではなく、地域のために何ができるかを問おう」という言葉を送らせていただきました。

19・20日は臨時議会があり、大田市議会の新体制が決定しました。異例ずくめの2日間でしたが、私としては与えられた職責を全うするだけです。

21・22日は少年野球の大会があり、川合スポ少は見事ベスト4進出という奇跡を起こしてくれました。まさかの勝利に選手はもちろんのこと、保護者も興奮し、盆と正月が一緒に来たような喜びでした。監督をはじめとする指導者さんに感謝です。

この一週間は、大田市の次代を担う子どもたち、そして、その保護者たちと活動する行事ばかりでした。
未来の大田市をしっかりと築いてくれることを祈るばかりです。



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種まき

2012年04月16日 | Weblog
慌ただしい怒涛の週末でした。

土曜日は川合町の自治会連合会、日曜日は川合まちづくりセンターの運営委員会がありました。

その上葬儀が続き、少年野球の練習試合もあったことから朝から晩まで服を何度も着替えて出掛ける状況でした。

その合間を縫うように、コシヒカリの種まきを家族総出で行いました。

わが家の恒例行事ですので各々が年々手際良くなり、思いの外早く済みましたので助かりました。一安心。

これから暖かい日が続くことを祈り、種もみから芽が出るのが楽しみなのですが、今度は田植えまでの準備に追われることになります。

田おこし、代かき、苗代、水やり、草刈りなど様々な作業が待ち構えています。

これらの作業は全てお天道様次第ということで、私の行動予定が天候に大きく左右される季節の到来です。



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任務完了

2012年04月13日 | Weblog
先般、3月定例会最終日に総務教育委員会に付託された陳情13号の審査を行いました。
陳情13号は、「島根原発をなくし、再生可能エネルギーへの転換を求める意見書」についてであり、陳情者は「島根県労働組合総連合内の原発ゼロをめざす島根の会」さんです。
要旨は、国に対して①島根原発1号機と2号機を再稼働させず、早急に停止・廃炉させること②島根原発3号機の新規稼働は中止し、プルサーマル計画を止めること③再生可能エネルギーの普及促進と低エネルギー社会を実現すること、というものです。

東日本大震災による福島原発の事故は原子力発電所の安全神話を完全に失墜させた出来事でした。
個人的な見解で申し上げさせていただけば、福島原発の事故は地震による想定外の大津波の被害を受けたことに端を発し、民主党政権という官僚と全く意思疎通の図れない政府の状況、なおかつ時の総理大臣が菅直人という有事にヒステリックを起こすような危機管理能力がゼロの政治家がこの国のトップを務めていたため初動体制が不十分だったということを考えれば、天災5割、人災5割ではないかと思います。そして、大津波に備えるような防波堤を築いていなかった東電と自民党政権も民主党同様の責任があると考えます。
つまり原発を推進してきた日本政府があまりにも自然災害に対するリスクマネージメントを疎かにしてきた結果ではないかということです。原発の安全性に疑問を持たれても仕方のない政策でした。

しかしながら、経済産業省のエネルギー白書2010による日本の電力供給の約3割が原子力発電であるということ、地球温暖化を防止するために京都議定書における温室効果ガス排出量削減の目標値を達成するということを鑑みれば、石油・石炭など化石燃料を使った発電から脱却し、原子力発電に頼らざるを得ない現実が見えてきます。
この現実を直視せずに、福島原発の事故を声高に反原発の理由にするのはいかがなものでしょうか。
確かに、原発の危険性が露呈し、周囲30キロ圏内の住民は大きな被害を受けました。将来、原発に代わるエネルギー供給源・発電が求められていますし、国民誰しもそれを望んでいると思われます。
そのために技術大国日本がしなければならないのは、原発に代わる技術、自然エネルギーでも安定的に供給できる発電技術、そして、ハイブリット車などに代表される低エネルギー技術を世界に先駆けて開発することが急務ではないでしょうか。
原発に対してヒステリックを起こすことではありません。
電力の安定供給があってこそ技術立国が成り立つ訳ですから。

さて、この日の委員会が副委員長として最後の務めとなりました。
委員長を補佐し、秩序ある委員会運営の一助になることを一番に考えてやってきたつもりです。
そして何より、心ある委員さんに恵まれたことに感謝しなければなりません。
これにて任務完了です。



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入学式

2012年04月11日 | Weblog
昨日10日は、午前中に川合小学校、午後からは第一中学校の入学式に出席しました。

新入生を待ち望んだかのように校庭の桜が満開となり、まさしく入学式に花を添えることとなりました。

川合小学校の入学式ではPTA会長として来賓祝辞を述べました。

元気な13名の新一年生を迎え、全校児童数も久々に2名増えることとなり嬉しいばかりです。

一中の入学式は、129名の新入生を迎えました。今年から池田小学校の子どもたちも新たに加わりました。

先月まであどけない小学生の顔をしていた子たちが立派な姿で式に臨んでいたのを見て、一つ大人の階段を昇ったなと感心しました。


どちらも私の母校ですから、子どもたちに負けないよう元気よく校歌を歌わせていただきました。


新入生の皆さん、保護者の皆様、ご入学おめでとうございました。
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誕生日

2012年04月10日 | Weblog
昨日4月9日は39回目の誕生日。

30代も残すところ一年となりました。

今更、祝われても嬉しくはないのですが、何もない誕生日は淋しいばかりでした。

というのも、土曜日から子どもが病気で入院してしまい、誕生日どころではなくなってしまいました。

予定していた日曜日の山村留学センター・こだま学園の入園式も欠席し、昨日も病院から新高山小学校の開校式に向い、とんぼ返りでまた病院に。

先日やっと子どもたちのマイコプラズマが治ったと思ったのに、またまた病院通いです。

春先・季節の変り目は体調を崩し易いとは言いますが、皆さんも体調管理には気をつけて下さい。


さて、新高山小学校の開校式。

今年度より大代小学校を加え新たにスタートされました。まさに誕生日。

統合までの道のりを辛抱強く協議された準備会の皆さん、本当にお疲れさまでした。

引き続き高山小学校の繁栄に地域の方々と共にご尽力いただきますようお願いします。

高山小学校の校歌は3番までありますが、それぞれの括りに「町の未来を背負います」「国の未来を築きます」「世界の未来を支えます」とありました。

なんて素晴らしい校歌でしょう。感動しました。

作詞は、児童・先生・町の人々となっています。

この校歌を守り続けていただきたいと思います。
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再会

2012年04月09日 | Weblog
先日、元職場の皆さんと共に5回忌(!?)を営みました。

5年前の4月5日に勤めていた会社が倒産しましたが、その後、皆さんはそれぞれの道に進み順調に活躍されています。

お互いに近況報告や他の同僚の情報交換をしながら、あっという間に3時間が経ってしまいました。

倒産は社員全てにとって不幸な出来事ではありましたが、多くの事を学ばせていただいたような気がします。

あれから景気が上向くことも無く、リーマンショックやデフレ・円高など経済状況は悪化するばかりで景気対策は目立った効果をみせません。

政治が経済を何とかして上向かせようと努力をしてもこれと言った結果が出せない。

政治の限界を思い知らされているのが現実です。

一方、地方の経済界は政界を支えようと頑張っていますが、政界はそれに応える事ができません。

力不足を悔やむばかりです。
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3月定例会一般質問

2012年04月04日 | Weblog
遅まきながら3月定例会の一般質問をアップします。

 千年に一度と言われ、三陸沖を震源とする、マグニチュード9・0大規模地震・大津波が発生した3・11東日本大震災から間もなく一年を迎えようとしています。国難とも言われた、未曾有の大災害は、多くの尊い人命を奪い、住民の安息の地すら一瞬にして消し去ってしまう、自然の恐ろしさを改めて人類に対して思い知らしめた出来事でした。今なお、仮設住宅で避難生活を送っていらっしゃる被災者の姿や災害廃棄物・ガレキが山のように積み上げられた光景を見ますと痛切の念を禁じえません。

 国会では、昨年12月に復興庁設置法が成立し、やっと本年2月10日に復興庁を立ちあげた政府は、この復興庁を国の一元的な窓口と位置付け、被災地の復旧・復興への取り組みを、やっと本格的に始めたばかりで、これまでの政府の対応の鈍さに怒りにも似た不満感・不信感を抱いているのは私だけではないと確信しています。
 一方で、震災直後から地方自治体は、都道府県レベルや市町村レベルなど、様々な形で、人的・物的支援を行い、民間レベルでも義援金活動や被災地ボランティアなどに象徴されるような支援活動が、あちらこちらで続けられました。全国各地から東北に寄せられた善意・誠意に国民誰しもが共感をおぼえ、胸を打たれ、「絆」という漢字が昨年を表す一字として選定されたのは皆が納得の結果ではなかったでしょうか。

 当大田市におきましても、震災後、県や市長会の要請を受け、直ちに職員を派遣されたことは皆様ご承知の通りで、現地の状況も明確に把握できない中にあっては、的確な判断であったと思われます。また、支援物資につきましても、住民から申し出のあった、物資をリスト化し、必要に応じて受入れ、現地へ搬送するという取り組みも、無駄なく混乱のない対応ではなっかたかと評価するところです。そこで一点目、震災発生後これまでで、大田市が行いました人的・物的な被災地支援につきまして改めてお聞きいたします。あわせて、大田市職員が個人的に行いました被災地ボランティアにつきましても把握されているところで構いませんのでお聞かせいただきたいと思います。

 このたびの東日本大震災は東北地方・太平洋沿岸の自治体が軒並み津波によって甚大な被害を受け、それゆえ被災した市町村があまりにも多く、現地からの情報が交錯し、政府の迅速な初期対応が遅れたことはご存知のところです。しかしながら、一方で、先程申し上げましたように、自治体間の連携による支援の動きは機敏で、市町村同士で災害時応援協定を結んでいるところも少なくなく、例えば、「サンマ」の絆で気仙沼市と目黒区、「新日鉄」の絆で釜石市と北九州市がつながるなど様々な支援の動きが見られました。近いところでは、浜田市が「漁港」の絆で同じく気仙沼市とつながり、支援活動を今でも行っているようです。
そこで、2点目にお伺いします。当市が締結しています県内外の他市町村との災害時相互応援協定はどうなっているのでしょうか。状況をお聞かせ下さい。
 また、平成2年に友好都市縁組を行いました笠岡市とは、平成9年9月に「災害時における相互応援に関する協定」を締結されていますが、これは平成7年の阪神淡路大震災を契機に結ばれたものであると理解しています。このたびの東日本大震災をうけて、笠岡市とこの協定に関して改めて協議をなされたのか、お聞きいたします。当初予算に盛り込まれている地域防災計画の見直しの際には、再協議の必要性を強く感じていますが、見解をお聞かせ下さい。
 
 友好都市・姉妹都市縁組を機に、自治体間の災害時における、相互応援協定を、結んでいるケースは全国的にも多く存在しています。
 ところが、震災発生直後から関西広域連合が自発的に行った支援活動は、加盟府県が分担して支援する、具体的には、福島県に対して京都府と滋賀県、岩手県に対して大阪府と和歌山県、宮城県には兵庫県、徳島県と鳥取県が率先して支援するというような取り組みを行いました。これは、「日本版対口支援」「ペアリング支援」と言われ、2008年5月に起こった、中国の四川大地震の際、復旧・復興時に中国国内の、自治体が被災自治体を1対1で支援するやり方として注目されたものです。また、東京都杉並区、群馬県東あがつま町、新潟県おじや市、北海道名寄市が「自治体スクラム支援」として福島県相馬市を支援している実例もあります。このような自治体関連携は、地方分権・地域主権の時代と言われる、今こそ、必要な仕組みではないでしょうか。
 そこで、最後の質問となりますが、今回のような大規模で広範囲にわたる災害に見舞われた時には、地方自治体同士が1対1ないし1対多という支援体制を構築しておけば、迅速かつ的確な支援活動ができることが実証されました。また、支援を要請する側も、要請される側の自治体も情報交換が緊密に行うことができ、時間と手間を浪費することなく、被災者のニーズに素早く応えることができると考えます。その上、相手方が決まっている安心感から長期的・包括的な支援が確立できる仕組みとなっていると思われます。
 平時・日常は市民レベルでの文化的・経済的交流を主体として、そして、いざという時には、お互い真っ先に駆けつけることができる、自治体間の関係づくりを大田市においても大いに推進し、市長自ら率先して友好の輪を広げるべきと考えますが、ご所見を伺うものです。
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春嵐

2012年04月03日 | Weblog
凄まじい暴風雨の一日でした。まさに春嵐。

バス以外の公共交通機関は麻痺したようです。

新年度を迎えた途端、このような嵐に見舞われて、何か波乱含みの24年度が予想されます。

日本政界に大阪維新という嵐が巻き起こるのかもしれません。


先般、産婦人科医と教師の勉強会に参加させていただきました。

どちらも本物の先生です。

その昔、私が初めて仕えた国会議員に、

『世の中に「先生」と呼ばれる職業は2種類しかいない。それは、「医師」と「教師」である。議員は先生ではない。だから金輪際、自分のことを先生と呼ぶな!!』

と教えられたことがあります。

さて、このたびの勉強会の内容は「いまどきの子どもたち」についてです。

教師側からは増加する発達障害児の現状を、医師側からは若年者の性の現状を説明していただきました。

教育現場と医療現場の生の声を聞かせていただき、非常に衝撃を受けました。

今回お聞きした事全てが、今の子どもたちに当て嵌る訳ではありません。ごく限られたほんの一部でしょう。

しかし、今の社会環境では何時、誰がそうなるか解りません。

現在の子どもたちを取り巻く環境はまさに暴風雨のようであり、それは大人たちが造り出していることに間違いはありません。

そんな子どもたちを問題視・特別視するのではなく、大人・親の無責任さを猛省しなければならないと痛感させられました。

しかしながら、医師と教師が現状を憂い、責任感をもって課題解決に向け取り組む姿勢を拝見し、嵐の中でも光明を見つけたような気がしました。
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