友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

名演『五重塔』

2010年07月15日 21時27分40秒 | Weblog
 名演の前進座による『五重塔』は、幸田露伴の原作を脚色したものだったが、露伴の小説は高校時代に読んではいたけど、実は余り覚えていない。確か、台風が来ても塔は倒れなかったという程度の記憶しかない。小説のテーマは男の生き様に触れるものだったのかと、芝居を観て知ったという情けなさである。小説から受けた印象と昨日の前進座の出し物とはちょっと違うような気がしたけれど、それは50年の年月の差が大きいためかもしれない。

 川越の大工の棟梁の源太は、谷中感応寺の五重塔建立の話を聞き、自分がやらなくてはならない気持ちでいた。そこに、源太のところで働く渡り大工の十兵衛が、あろうことか上人に直接、五重塔を自分に建てさせてくれと申し入れてくる。当然、源太は怒る。上人は「ふたりでよく話し合って決めなさい」と言う。源太は十兵衛が並々ならない気持ちで五重塔を建てたいと考えていることを知り、「一緒にやろう」と申し入れる。初めは「オレが主でオマエが添えで」と提案するが、十兵衛はウンと言わない。それならばと「オマエが主でオレが添えで」と妥協案を示すが、それでも十兵衛は承知しない。

 話し合いは決裂したが、十兵衛が辞退したと聞いた源太は「負けた」と言い、上人に「あなた様が決めてください」と申し入れる。上人は十兵衛に五重塔の建立を依頼する。十兵衛に決まったことを祝して、源太は十兵衛を料理屋へ招いて協力を申し出る。源太は先祖から預かる五重塔にかかわる全ての資料を十兵衛に渡そうとする。すると、十兵衛はこれを拒否する。源太は「中身も見ずにいらないとは」と怒り、再びふたりは決裂する。最後には、ふたりの思いが合い通じて五重塔は完成し、上人はふたりの名を記した札を塔に掲げるようにと言う。

 こんな話だけれど、十兵衛がなぜ2度も棟梁の思いやりを拒否するところがよくわからないが、同時にここがこの物語の中心課題だろう。初めは、「一緒にやろう」という提案だが、十兵衛に言わせれば、それでは自分が考案した工作法は受け入れられないだろうというものだった。それはそうかもしれないと納得できたが、2度目の五重塔に関する資料の受け取りを拒否するところは理解に苦しむ。源太も「普通の人間はありがとうございますと受け取るものだ」と言うが、その通りだろう。受け取ってもそれで自分の工法を変える必要はないし、むしろ工法を裏付けることにもなるはずだが、十兵衛は受け入れない。

 これほどまでにかたくなになる必要があるのかと思ったけれど、おそらくそうしないと自分のすべてが壊れてしまうと十兵衛は思うのだろう。確かに男の決意の中には、まあいいやという部分とこれを受け入れたなら全てが変わってしまうと危惧する部分がある。源太は懐の深い棟梁で、思いっきりもいい。それに対して十兵衛はなんとも自分勝手で要領を得ない男だ。観客としては源太に引かれつつ、十兵衛のような世渡りの下手な男に共鳴もするのだ。

 古臭い演劇だったけれど、泣かせてくれたから、まあよかったことにしよう。
コメント
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