友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

あれはいったい何だったのだろう?

2010年07月30日 21時58分26秒 | Weblog
 あれはいったい何だったのだろうかと後になって思うことがある。人間だから思い込みもあれば思い違いもある。一生懸命であればあるほど、思いは強くなり、結果としてすれ違いも大きくなる。それに、いつも感じることだけれど、人に気持ちを伝えることは難しい。伝える手段は身振り手振りもあるけれど、正確に伝えようとすれば、どうしても言葉(文字)に頼らざるを得ない。ところが言葉も思い込みと思い違いでとんでもないことになる時がある。高校1年の孫娘が言うように、「何も言わないことが一番いい」のかもしれない。

 昨夜は10時過ぎに、そう、私がブログを書き込んでいて、眠くなってしまい、もうダメだと訳の分からない終わり方をしていたところに電話が鳴った。「これからお邪魔するけれど、いいですか」と言う。こんな遅い時間にもかかわらず、話がしたいというからにはよほど重大なことなのだろう。相手の気持ちを考えるのが普通の行為だと私は思うので、「いいですよ」と答えた。急いでブログをまとめ、実際は何もまとまってはいなかったけれど、午前零時になるまでには立ち上げられるようにと願って中断した。

 彼は焼酎を持ってやってきた。私はグラスを2個用意し、氷を入れてその焼酎を注いだ。「私ねぇ、頭に来ました。一度は寝たんですが、どうにも寝られんのです」と言う。相当酔っ払っているようで、目が据わっている。同じ話を何度もする。夏祭りの責任者となって4年、人には言えない苦労をたくさん抱えてきたのだろう。彼の怒る姿など見たことがない。いつも前向きで、どちらか言えば調子のいい人だが、そんな彼でも腹に据えかねないことがあるのだと思った。くどくどと同じ話の繰り返しであったけれど、具体的にはなぜそんなに腹が立つのか、よくわからなかった。つもり積もったものがあったのだろうという推測で考えるしかなかった。

 ウォーキング好きの夫婦が、そろそろウォーキンググッズを買い換えたいと思っていた。前からやってくる人の服装を見て、「あの人の型がいいわね」とカミさんが言う。「うん、でも、スッポリがいいな」とダンナ。「前開き?チャックがいいの?」とカミさん。「スッポリ入る方がいい」とダンナ。「頭から」「えっ?」「??」。カミさんはジャケットの新調を考えていたけれど、ダンナはシューズを考えていた。そんな小話が友だちの通信に載っていた。

 また、中学時代からの友だちは、物忘れが多くなったカミさんに向かって「ボケてきたんじゃないの?」とからかうそうだ。そこにはしっかりしておくれという願いが篭っているのだが、言われた方はいい気持ちはしないだろう。カミさんの方は「ボケが進んできたから、あんたのような亭主でも一緒にいるのよ」と思っている。そんな日常をブログに書いていた。

 彼が酔いつぶれた本当に原因は分からないけれど、私たち人間の世界ではボタンの掛け違いということはよくある。そうならないためには、相手が何を伝えようとしているのかを考えることなのだろう。けれど実際に大切なことは、起きてしまったことをどう修復するかにある。素直な気持ちになることが一番だと思うけれど、やっぱり難しいのかな。
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