友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

桜、さくら

2007年04月05日 22時59分43秒 | Weblog
 桜が満開である。
 満開なのにかなり寒いから、花はもう少し長持ちするかも知れない。日本人は桜が好きだ。桜が人々に愛されるようになったのは江戸時代からのようだ。平安貴族は梅を愛でた。確かに梅には香りがあり、花も小さくて可愛らしい。華美でも豪華でもない清楚なたたずまいが貴族たちに受けたようだ。桜はその反対で、樹も大きくたくさんの花を咲かせ、なお風に舞い散る姿は華やかな死に際ともいえるので、武士たちに受けたといわれている。

 桜前線とともに東北を北へと旅したことがある。東京から大阪までの太平洋側では、桜といえば宴会で、どうしてこんなに人は集まって酒を飲むのかと思うほど、ここかしこの桜の下で酒盛りをしている。確か、秀吉が桜の下で宴会を開いている絵があったように思うから、かなり昔から桜の下は宴会向きだったのかも知れない。しかし、東北では人出が少ないせいか静かだった。江戸時代には町民がこぞって桜見物に出かけ、宴会を開くようになったようだ。貧乏長屋の連中が、酒の代わりにお茶を、卵巻きの代わりにたくあんを持って桜の下で宴会をする落語もある。

 私の生まれた町は城下町で、お城の跡は公園になっていて、たくさんの桜があった。毎年春には桜祭りが催され、写生大会が行われた。小学校に入学したばかりの写生大会で描いた私の絵が気に入った担任は、「この子に本格的に絵を習わせたら」と母親に話した。母は私が天才なのだと勘違いしてしまい、後に大学の教授となる町で評判の先生のところへ連れて行った。先生の家は城跡公園のすぐそばにあり、私の家は公園の北側にあったので小学校1年生でも通うに苦ではなかった。しかし、小学校2年の時に転校し、遠くなったがそれでもしばらくは通った。この先生も奥さんも、当時では見たことのない生活ぶりで、いかにも「芸術家」らしかった。先生からも奥さんからもとても可愛がっていただいたのに、4年生か5年生になって、子供会の行事が入るようになっていつの間にか止めてしまった。

 今日は孫娘の中学校の入学式だった。カミさんが孫娘に「今晩はカラオケに行こう」と約束していたので、みんなで出かけた。最後に孫娘が、小6の担任が卒業式の後、教室で子どもたちにギターの弾き語りで歌を歌ってくれたという「さくら」を歌った。私は初めて聴く歌だったけれど、担任がどうしてこの歌を歌ったのか歌詞を見てよくわかった。「世界に一つだけの花」と同じように、いろいろな花があるけれど、その一つひとつが素晴らしいように、咲く花もあれば咲かないうちに散ってしまう花もあるが、それはそれでよいのだよと言っているようだった。なかなかいい先生じゃーないかとつくづく思った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする