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ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」のライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

インターネット百科事典「ウィキペディア」で、「弘道館」の記事を充実させるイベントに参加

2016-02-08 | イベント

先週の土曜日、ミモロが御所西にある「有斐斎 弘道館」という江戸時代の儒学者 皆川淇園(みながわきえん)が創立した学問所で、現在、京文化の発信地となっているところを訪れたのは、「ウィキペディア」の記事を書くため。


今や世界中の人たちが利用している「インターネット百科事典 ウィキペディア」。
誰もが自由に無料で利用できる便利な百科事典です。「ウィキペディア」というのは、ウェーブページを編集できる「ウィキ」というシステムと使った百科事典(エンサイクロフィーディア)とを合体させた造語です。
アメリカで開始され、日本語版もすでに15年になり、100万語を超える記事が掲載されています。


その記事の執筆者は、一般の人たち。すべてボランティアで投稿します。執筆に関する著作権は発生しません。また執筆しても報酬はありません。
運営する「ウィキペディア財団」の資金は、企業や一般の寄付によるのだそう。現在280言語で開設されています。
「へぇ~あんまり意識してなかったけど、結構利用してるよね~一般の人たちが書いてたんだ~」とミモロ。ブログを書くとき、参考にすることも…。

中立の立場で、簡潔に書くなど、記事の書き方を教わります。



今回は、「有斐斎 弘道館」の記事内容を充実させるイベントで、日本の「ウィキペディア」の活動にかかわる方を中心に、一般の人が参加し、記事を更新します。

まずは、弘道館の太田さんから、皆川淇園に関するお話を伺います。

「江戸中期以降の京都は、文化人や学者の活動が活発で、非常に面白い時代です。ここの主人の皆川淇園は、易学にもとづく「開物学」という難解な学問を創始した儒学者で、詩文や書画にも卓越した風流人でした。また非常に交友関係が広く、上田秋成、円山応挙、与謝蕪村などとも親しかったんです。晩年創設した「弘道館」には、3000人の門弟がいたと言われるほど、ここは京都文化の拠点だったんです」と…。

「では、みなさん、グループに分かれて、それぞれのテーマを決めて、執筆にかかってください…」と、リーダーの方から。


4人グループに分かれ、まずは、テーマを相談します。

みんな真剣に、執筆のため、資料を調べます。

ミモロたちのグループは、皆川淇園の甥である国学者「冨士谷御杖(ふじたにみつえ)」という人に関する記事を書くことに…。
「え~この人知らない…」とミモロ。まずは、「ウィキペディア」で調べることに…。

「ほんと、あんまり書いてないね~」と、そこで「京都大辞典」(淡交社)などの資料を見て、足りない内容を見つけることに…。
ほかの2人の方は、家系図や著作を調べます。

約2時間ほど、みんなで一生懸命調べて、追加する内容の出典も明記し、記事を完成させます。
「ふ~疲れた~でも、みんなでやるとなんか楽しいね~」とミモロ。

最後に、それぞれのグループの代表者が、執筆した記事の内容を発表。


「へぇ~こうやって記事ってできてるんだ~」と、よく利用する「インターネット百科事典 ウィキペディア」の記事の成り立ちを体験しました。「この記事も誰かが翻訳してほかの言語になって、世界中の人が見られるんだって~すごいね~」


執筆するには、アカウントを作成し、ログインします。ミモロは、アカウントを持ってないので、グループのほかの方が投稿しました。


「ウィキペディア」に関しては、「ウィキペディア」で検索してください。すごく詳しく載ってます。




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