ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

京都在住の旅ジャーナリストとネコのミモロが、京都の伝統と新しさをはじめ、注目のお店などをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

「全国高校野球選手権大会」100回の記念を迎える大会。ミモロ初めての甲子園観戦

2018-08-20 | 国内旅行

子の夏100回の記念大会を迎えた「全国高校野球選手権大会」。ミモロはその記念すべき大会の準々決勝の日に、初めて甲子園を訪れました。
 
第1回は、1915年「全国中等学校優勝野球大会」の名称で、参加校10校で大阪「豊中グラウンド」で開催。
その優勝校は、「京都二中」です。
 
そして第2回の優勝校は、東京の慶応普通部でした。

「甲子園球場」ができたのは、1924年です。

その100回の歩みは、平坦ではなく、戦争などによる4年間の中断も・・・。暗い日本の歴史の中、多くの球児たちは、戦場に向かい、その命を落としたのです。戦後、米軍により接収された「甲子園球場」が、球児たちのもとに戻ったのは1947年になってからのこと。

1948年に学制改革が行われ、中学と高校の分離により現在の「全国高校野球選手権大会」になりました。

さまざまな時代の流れの中でも、野球への情熱は若い球児たちの希望として、現在に至っているのです。

さて、100回の記念大会は、いつも以上の盛り上がり・・・という噂。甲子園のショップを覗いたミモロ。
「あれ、もうみんな売り切れ~」参加校に関連するグッズは、すでに完売で、棚はガラガラの状態。
「これしかない~」
かろうじて、応援グッズや甲子園オリジナルグッズがありました。
 

「わ~これミモロサイズのバット・・・」と喜んだのは、ボールを置くスタンドになる3本のバットのセット。

「これ有名なんだって~」と立ち止まったのは、「甲子園カレー」のレトルトパックです。

全国から応援に来る人たちが求めるグッズ。その売れ行きの凄まじさは驚くばかり。

この日、ミモロが幸運にもゲットできた入場券は、一塁側アルプス席。
「ここね~」
800円で、その日の試合が全部観戦できます。また外野自由席は500円。「1日中、楽しめるんだ~」そう、朝から夕方まで観戦する人も多く、入場券の入手は、なかなか難しくなっているのだそう。でもミモロのように、当日券をゲットできる場合もあります。「これすごくラッキーだったんだって~」と、後で聞いたミモロは、幸運に感謝しました。

「選手の顔とか見えないけど、全体の様子がよくわかるね~」というミモロの座った一塁アルプス席。
そこには、第3試合の「日大三」の応援団が席を埋め尽くしています。
サイドには、試合をする学校の名前を書いた幕が取り付けられています。
「あれ?次の試合の応援団が入って来た~」そう、試合も中盤を過ぎる6回表くらいになると、次の試合の応援団がアルプス席に姿を見せます。
「そうなの~試合が済むと、すぐ次の準備で、学校の名前の幕も変わるし、応援席の人たちも、速やかに交代するよ」と、何度も観戦に来てるお友達。

高校野球は、プロ野球の試合と違い、展開がすごく速く、気づくと5回表くらいになっています。
「さすが高校生だから動きが機敏。プロ野球より、外野の選手がホームに戻るの速いね~。走ってるもの~」とミモロ。

「実際に試合観戦するの楽しいね~」とミモロ。それは、甲子園名物のカチワリやビール、アイスクリームなどの売り子さんが次々に訪れるから…。
「ビールどうですか~」
「あのコスチュームかわいい~」とミモロ。みんなかわいい売り子さんたちばかりです。

さらに球場内の食べ物ショップもミモロが関心を抱く場所。
 
名物の甲子園カレーをはじめ、焼きそばやたこ焼き、お好み焼きなどもいろいろ。
  
次々に購入して、座席で食べるミモロ。この時は、試合より食べ物に夢中です。
「だって、今、試合動いてないもの~」と、一応試合も気にしてはいるよう。

試合が動き出した7回以降は、しっかり試合の観戦と応援に集中したミモロでした。


「テレビで見てるより、やることいっぱいあるんだもの~」と実際の球場での観戦。
 
応援したり、好プレーには対戦相手に関係なく拍手したり・・・。
勝利チームの校歌を聞いたり、校旗掲揚を見つめたり・・・テレビでは感じられない高揚感を満喫。


試合が終わると、即、グラウンドの整備が始まります。
 

「どれもすごくスピーディーだね~」と、その大会運営に感激。さすが100回の歴史ある大会です。

高校野球は、地元からの応援がすごく、はるばる遠方よりバスをしたたて応援にくる選手関係者。息子や孫などの姿を見守る家族。また関西の各都道府県の事務所の関係者などが熱い声援を送ります。
勝利チームだけでなく、健闘及ばず負けたチームにも、温かな声援が…「いいね~高校野球って~」と、あまりプロ野球を見ないミモロも、改めて高校野球の楽しさとすばらしさを感じたよう。

試合を見終えたころには、西に陽が傾いていました。

阪神の「甲子園駅」から京都を目指して帰ります。「あ、さすが甲子園、ここにも野球のボール」とミモロが見つけたのは、駅構内のエレベーターのボタン。
なかなか素敵なボタンでした。

甲子園から京都の家まで約2時間。京阪電車では、爆睡したミモロです。

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大阪の薬の町 道修町(どしょうまち)の氏神様「少彦名神社」(神農さま)へ

2018-03-12 | 国内旅行

大阪の町歩きをしているミモロ。ひと休みした後は、再び町歩きを始めました。「北浜のエリアは、昔から薬の町って言われてるのよ」と大阪に詳しいお友達。「へぇ~そうなんだ~」とそういえば通ってきた道沿いに、古い薬局がいろいろあった気がします。
ミモロが案内されたのは、薬の町「道修町」の氏神様である「少彦名神社」通称「神農さん」と親しみこめて呼ばれている神社です。
「ここ?」
「神農さま」の看板が迎えてくれました。「あれ?サンタさんかと思った~」と。
 
ご祭神の「少彦名命」は、古事記や日本書紀にもその名が記される日本の医薬の神様で、そして共にお祀りされる「神農炎帝」は、中国の医薬を司る神様です。昔から日本には、中国からさまざまな薬草や薬が入ってきました。その多くは、まず大阪に集められ、豊臣秀吉の商業政策で、この「道修町」に薬種問屋が集められ、薬の町になったのだとか。
江戸時代になると、この町の「道修町薬種仲買仲間」という株仲間には、その品質や価格などを吟味し、全国に販売するという特権があたえられたのだそう。

その時代に、祀られたのが中国の医薬の神様「神農炎帝」で、さらに日本産の薬草や薬が増えると、京都の「五条天神」から日本の医薬の神様「少彦名命」をお祀りすることに。それは、多くの薬種が適正にチェックできるように…人の命にかかわるものだから、間違いがないように…と神様にお願いしたのだそう。



「なんかここ虎がいっぱいいる~」と境内をキョロキョロ。
「どうして?大阪だから、タイガースファンが多いから?」とミモロ。

それは、江戸末期に、日本全国でコレラが大流行し、多くの犠牲者を出しました。コレラは、当時、発病したらすぐに死に繋がる怖い病気で、コロリと死ぬことから「コロリ」と呼ばれ恐れられていました。なんでも虎と狼が一度に襲われるような恐怖をイメージされ「虎狼痢(コロリ)」との文字が当たられるほど。

当時、今のように効き目の高い薬がなく、ここ道修町の薬種問屋などは、虎の頭蓋骨を配合した「虎頭殺鬼雄黄圓」という薬を販売したのだそう。その折り、「虎」の文字が入っていることから、薬といっしょに「張り子の虎」をお守りに配ったのだとか。薬の販売は、明治にはなくなったものの「張り子の虎」は、以降、病気平癒、家内安全のお守りとして今に続いているのだとか。

「え~そんな怖いお話だったんだ~。虎と狼に一度に襲われたら怖いね~。でも虎と狼といっしょにいることはないと思うけど~」とミモロ。あのね~それはたとえです。
「薬に虎の頭蓋骨入れてたの~。だから虎って絶滅危惧種になっちゃったんじゃないの~」とミモロ。もちろんそればかりが原因ではないと思いますよ。虎の毛皮は雷様や鬼もパンツにしてるし~と、あまり説得力のない話に。

張り子の虎は、神虎として崇められ、お守りなどに・・・。
 
「ネコないね~」とミモロ。同じネコ科の動物だからお友達でしょ?「まぁね~ネコは、福やお客様を招いて、虎は、厄払いをするってお役目が違んだった・・・」と。

ミモロが訪れたころは、北浜エリアでお雛飾りが各所でされていました。ここにもお雛飾りが…


この神さまを崇敬する多くの医薬関係者・・・
今も多くの会社が氏子として崇めています。

11月には、「神農祭」が行われ、境内は多くの参拝者でにぎわいます。


「あれ~ペット祈願だって~。そう大切なペットが病気にならないようにお願いするんだ~」
ペットを愛する飼い主だけでなく、実は、動物医療関係者の崇敬を集めている神社なのです。

「あ、えびす様も虎の笹もってる~」商売繁盛、無病息災…の大阪らしい組み合わせ。


「ねぇ~阪神球団って、やっぱりここの神社のこと意識してタイガースにしたのかなぁ~。だって選手が病気やケガにならないように~。そして大阪の人たちが昔から崇敬してるのが虎だから…」とミモロ。
う~その真意はわかりませんが、ともかく大阪の人たちは、虎に親しみを持っていることは確かなようです。




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日本ブランドの上質のチョコレート「カカオティエ ゴカン高麗橋本店」

2018-03-11 | 国内旅行

大坂に来ているミモロ。町歩きを楽しみます。「なんか喉渇いちゃった~」とお友達に訴えます。
「じゃ、どこかでひと休みする?」「うん、するする!」と目を輝かせるミモロ。
 
大坂に詳しいお友達が連れて行ってくれたのは、「Cacaotier Gokan(カカオティエ ゴカン)」というチョコレートショップです。
「わ~すてきな雰囲気~」
古い洋館を改築したショップです。大阪には、石造りの洋風建築物が多く、今、それらが新たな大阪の魅力になっています。

大阪の高麗橋にショップができて2年。世界中から厳選されたカカオ豆を使い、ひとつひとつ丁寧に作られたチョコレート菓子の味は評判となり、連日大勢の人が、その美味しいチョコレート菓子を求めお店に・・・。
「いつもすごく混んでるの~。座れるといいんだけど~」とお友達。

店内に入ると、香ばしいチョコレートの香りが、ミモロを包みます。「わ~いい香り~クンクン」
 
ケースの中には、美しいチョコレートがまるで宝石のように並んでいます。

「わ~いろんな種類がある~迷っちゃう~。あ、サンプルがある~。いいの?食べても…」
 
「いらっしゃいませ~。どうぞ試食してください~。どれがお気に入りでしょうね~」とお店の方
「じゃ、遠慮なく~」と次々にチョコレートを口に・・・。「美味しい~芳醇な香り…円やかな口どけ・・・たまらない~」とうっとりしながら味わうミモロです。

ショコラティエの奥野光さんは、2017年パリで開催される品評会で、優れた味に贈られる賞を受賞された方。
「どれも美味しくて、選べない~」と、かなり試食してもまだ迷っているミモロです。

「ミモロちゃん、2階にケーキもいただける場所があるから、そこでケーキもいいかもよ~」とお友達。「うん、それがいいねえ~」とミモロは、さっそく2階へ
「キャ~なんかゴージャスな雰囲気~」

2階のサロンは、まるでヨーロッパのお店にいるような感じ…
「大阪じゃないみたい~」 とちょっと失礼な発言も…。ミモロ、大阪って、すごくおしゃれな町なのよ~。関西の経済の中心地として発展した大阪は、大きな経済力を背景に、数多くの石造りの建築物が建てられました。戦時中、空襲で破壊されたものも多いのですが、現在、焼け残った建物などを中心に修復などが進んでいるのです。


「なににしようかな~」とメニューをチェック
「チョコレートやケーキだけじゃなくて、お料理もあるんだ~」

またここでも悩むミモロです。「じゃ、ケーキ一つを分け分けしましょ。ミモロちゃん飲み物は何にする~」「え~と、イチゴのジュース」イチゴを絞ったジュースです。イチゴ好きのミモロには、見逃せない品。
 
「大きなエクレア~。じゃ半分こね~」とお友達をシェアします。

隣りのテーブルでは、おいしそうなシチューが…。
「次は、あれも食べたいなぁ~」と…。

ヴァレンタインには、大勢の人が来店した人気のチョコレートショップ。「ここのは、本命チョコだね~」とミモロ。

日本人の優れた味覚と技術は、本場ヨーロッパでも高く評価され、現在、大阪で大人気のショップです。


*「Cacaotier Gokan]の詳しい情報は、ホームページで


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[大阪取引所」。五代友厚が発起人として設立された大阪の経済の中心

2018-03-10 | 国内旅行

大阪を訪れているミモロ。京都から京阪電車で「北浜駅」でお友達と待ち合わせをすることに。「北浜駅のどこで待ってたらいいの~?ミモロ、大阪よくわかんないから、わかりやすいところにしてね~」と。
そこでお友達が待ち合わせ場所に指定したのは、「大阪取引所」前の大きな銅像のところです。
「大阪取引所は、駅の表示にもあるから、すぐわかるわよ~」とお友達に言われ、ミモロは、『大きな銅像ね~」と言いながら、指定の場所を目指しました。
「あ、これだ~大きな銅像って…」。「大阪取引所」の前に立つのは、ミモロの憧れの五代友厚の銅像です。

「わ~五代さま~」ミモロは、NHKの朝ドラ「あさが来た」以来、五代友厚のファンなのです。ホントは、ディーン・フジオカさんが好きなの?「う~それだけじゃないもん。五代さま自身も素敵だよね~」と。

建物の前に聳える大きな銅像は、2004年に立てられたもの。そう現在の「大阪取引所」の前身、「大阪株式取引所」を明治11年に創設したのが五代友厚です。「だからここに銅像があるんだ~」とミモロ。

五代友厚の人生は、とてもドラマチック。江戸時代末期に薩摩藩のヨーロッパの視察団の一員として、西洋の経済システムをいち早く学び、明治時代、大阪府判事となり、低迷した大阪経済を立て直しに尽力。大阪造幣局の設立も行います。そのほかに、いろいろ・・・まさに近代日本の経済発展の立役者です。
「大河ドラマになってもいいのにね~。もちろんディーン・フジオカさんが主役で…」と思うミモロでした。

実物の五代友厚もかなりイケメン。「すごく賢くて、行動力もあって、カッコいい~」と写真を見て、ミモロの憧れはさらに高まったよう。


さて、銅像の後ろに聳える歴史を感じさせる建造物は、かつての「大阪株式取引所」の市場館で、昭和10年に竣工され、大阪の株取引の中心となっていました。戦後は、GHQに接収されたことも。
現在、大阪では、株の現物株式の取引は行われいません。今は、デリバティブ取引のみに特化されています。

建物全体は、近年改築が行われ、正面の市場館だけを残し、他は解体され、そこに高層ビルが建設され、いろいろな会社が入るビルになっているのです。

「ここ見学できるんだって~」とミモロは、ビルの中へ。
 
正面のエントランスエリアには、株式の取引を示す表示が、刻々と変わる取引を伝えます。

エレベーターで4階に上がると、そこに展示室があります。
 
そこには、「大阪株式取引所」設立当初の歴史を物語る資料などが展示されています。
 
「五代さまがいらした時代のもの?」とミモロの関心は、もっぱら五代さま。株の取引きには、あまり関心がないようです。
 
「大阪株式取引所」として現物株式も取引が行われた時代を物語る品々がいろいろ。

「あ、知ってる会社のプレートがある~」
かつて株の取引きには、取引所で多くの人が賑やかに行われていたもの。
「今の株式の取引とは全然違うんだ~」とミモロ。

「今はこんな感じ~?」株式や先物・オプションの模擬売買体験ができるシミュレーターがありました。
「う~よくわかんない~」取引の仕組みが学べるコーナーですが、ネコに小判ならぬ、ネコに株取引というところでしょうか・・・。

*「大阪取引所」の見学は、平日の9:00~16:00 見学は無料です。

「大阪の町って、やっぱり大きいね~」とミモロ。さぁ、町歩きに出かけましょ。

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ミモロの高野山詣。雪いっぱいの高野山。寒いけれど、その美しさは感動もの。

2018-02-11 | 国内旅行

雪の高野山を訪れているミモロ。宿坊「持明院」に泊まり、その敷地内にある西国四十八か所巡りができる場所へ。

ずらりと並ぶ石仏にひとつひとつお詣りしてゆくと、西国四十八か所巡礼ができるのです。でも、この日は、夜に雪が降り、石仏も雪をかぶり、その前に進むことができません。ミモロがそばに行こうとしても、雪に埋もれてしまいます。でも、中央部にいらっしゃる弘法大師さまのところまでは、雪かきがされていて、お詣りができました。
「今日は全部お詣りできなくて残念。弘法大師さまも雪のお帽子かぶってるんですね~」

さぁ、奥の院の参道に行きましょ。「は~い」荷物は、お寺にあずかっていただき、高野山を出るときにピックアップすることに。

「うわ~夜、たくさん雪降ったんだね~」ザクザク・・・ミモロは、雪に足を取られながら、一歩一歩進みます。

滑らないようにね~。「うん…」

途中の石段も前より雪が積もって上るのに一苦労。


「わ~すごいね~」一面の銀世界。

その静寂の世界の美しさに心奪われてしまいます。
「空海さまもこういう雪の中に暮らしていらしたのかな~」と。もちろん空海が高野山に入ったころは、今のように大きな杉の木もこれほど茂っていない、原生林であったはず。

高野山の開創事業が始まったのは、817年から。弟子を派遣し、原野の開墾が始まります。その1年後、空海は、高野山に来て、滞在します。でも、再び京都に戻って、空海が、京都の東寺から、高野山に隠棲したのは、832年11月。そしてその後も何度か京都に戻り、宮中で法要を行っています。835年の正月に宮中で法要を行った後に、高野山に戻り、その2か月後に入滅します。

「お正月に京都にいたとき、すでに病気だったのに、どうしても高野山に帰りたかったんだね~。きっとこんな雪の時に戻ってきたんじゃないの~。今は電車とバスで来れるけど、昔は歩いて来たんだから大変だよね~。でも、高野山の雪景色を見たとき、空海さまホッとしたかも…」



ミモロの目の前に広がる雪景色は、もちろん空海が見たような景色ではありません。でも、雪は、同じ・・・。


「わ~こんなに凍ってる~」手水場は氷に覆われています。
「キャ~冷たくて、手お浄めするの辛い~」というと、指先だけちょっと水に触ってお浄めに。
「だって、手袋脱ぐのもつらいんだもの~」と。

ミモロたちは、奥の院の入口の御廟橋のそばへ到着。
ここには、御廟にいらっしゃる弘法大師さまに毎日お食事を整え、お届けする場所があります。
「あじみ地蔵さまだって~。ここでお味見するんだって~」

10時半。僧侶の方々が、この日のお食事を用意して、まずお地蔵さまにお詣りします。

木の櫃に入っているのは、弘法大師さまのお食事。なんでもその料理は、精進料理ですが、スパゲティなど今風の料理もこともあるそう。「中国にもいらしたから、中華料理もお好みかもね~」と思うミモロでした。

毎日2回行われるお食事の用意。1回目は、6時。そして10時半は2回目です。
「夕ご飯はないんだ~。お腹空かないかなぁ~。きっと朝のお食事待ち遠しよね」と、ミモロなら我慢できない食事スケジュールでした。

深々と降る雪の中、傘をさして進む僧侶の姿に、思わず合掌。


それから僧侶の後ろを追って、再び御廟に参拝しました。「お食事中、失礼します。ミモロ、もう京都に戻ります。どうぞこれからもお守りくださいませ~。また会いに来ます~」と御廟に向かって祈りました。

さぁ、ミモロ、そろそろお山を降りましょう。
「お昼食べてから~ね」と、ミモロは、それから再び、参道を歩き、お昼過ぎ、高野山を降りて京都へと戻りました。

「寒かったけど、やっぱり冬に来てよかった~感激しちゃった~」
ミモロにとって、忘れられない時間になりました。



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