蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

事実は小説より奇なり

2021-03-01 | 日々のこと
全くアカの他人の人生を知るのは、作家が書く小説なり自伝なりを読むようなものか。
事実は小説より奇なり、で感情移入する。

私立探偵を生業にしている人から聞いた話。
詐欺師や嘘つきは、一つだけ本当のことを混ぜるそうだ。
そうすることによって、嘘にリアリティを持たせる。
探偵や警察は、その一つだけの真実を手掛かりに、嘘を解明していく。
これはなかなか面白いことだと感心した。
この探偵さんをまたまた師匠にしたいぐらいだ。
プロにはプロの経験と勘がある。

小説や映画で見ていることが実際に起こると、まずは自分の事としてピンと来ない。
作り事かと思う。
しかし、事実だとわかると、「想像」と「創造」は仲間、仲良しグループで、「真実」もそのグループの一員なのではなかろうかと、、、。
どれが真実でどれが嘘で、もはやボーダレス。
国会答弁でも、前日、言っていたことを舌の根も乾かないうちに否定、取り消したり、は、まるで普通の日常。
国民も麻痺する。
何を信じていいのか、どこまで信じていいのか。
信じられるのは自分のみ!であるのにもかかわらず、わたしの場合、自分が一番信じられない。
いつも白昼夢を見ている副作用、弊害か?
いや、老化で脳が楽園に?

現実逃避を繰り返すと、アタマがおかしくなるのでは?
しかし、わたしは、もう一人の自分がいて、検事と弁護士を行ったり来たりしているから、そう偏らないと思っている。
が、いつも両極端なため、真ん中ドンピシャあたりの感覚が掴めない。
だから、普通の一般的ゾーンだけを持っている人とは分かり合えないように思う。
仕方ない。

真ん中がない不幸せ。
いや、幸せかも?
どちらもだろう。
無理矢理、中間を取って、真ん中ゾーンに位置しているが、理性と打算と社会人としての自覚でそうさせている。
常識というものを自分の尺度で作っている。

ところで、、、
ごくごく最近、限りなく不快なものを見た。
電車の内外で。
内臓が口から出そうなほど気分が悪かった。
それは、弱者とされている人が駅員さんや他人にお世話になっておきながら、感謝どころか、横暴な振る舞いをして怒鳴り威嚇する。
わたしも、された経験がある。
彼らの生きづらい事情はわからないでもないが、仕事や善意で手を貸してくれている一般の人々に噛み付くのは、許されるのだろうか。
ごく一握りのそういう人の蛮行のせいで、多くの弱い立場の人々が同じような目で見られては、あまりにも気の毒だ。
自分を自分で律せないのは仕方ないにしても、周りや社会への影響が大きい。
が、全部の人がそうではなく、一個人の特徴と捉えて、わたしは気分の悪さを押し殺している。


ちなみに、、、
裕さん、それわかりますよ、針いっぱいヤマアラシ。
ウニも外はイガイガですが、中は思ってもみないほど、とても美味しいです。
(あ、食べたらダメか)