「あなた。今日は休(やす)みを取(と)ってって言ったじゃない」
「仕方(しかた)ないだろ。急(きゅう)に仕事(しごと)が入ったんだ。俺(おれ)が行かないと…」
「今日が何の日か分かってるでしょ。それなのに、仕事だなんて……。今日は、あの子の命日(めいにち)なのよ。あの子の大切(たいせつ)な日なのに…。あなたには、罪悪感(ざいあくかん)はないの?」
「俺だって行きたくないよ。だけどな、仕事を放(ほう)り出すわけにはいかないだろ。なぁ、もうやめよう。あれは、寿命(じゅみょう)だったんだ。誰(だれ)のせいでもない」
「あたしのせいよ。あたしが言ったの。捨(す)てようって…。最初(さいしょ)に言ったのは、あたしなの」
「気にしすぎだよ。邪魔(じゃま)だったんだから、仕方ないよ。お前のせいじゃない。もう、いいじゃないか。忘(わす)れよう、あの子のことは…」
「あなたは…、それでいいの? あの子のこと、忘れられるの?」
「ああ。――そうだ。この間(あいだ)、いいのを見つけたんだ。新製品(しんせいひん)らしいんだ」
「新製品…? あなた、まさか、買うつもりなの? ああっ…、うれしい…」
「喜(よろこ)んでくれるかい。今度のは小型(こがた)だから、あんまり邪魔にならないと思うんだ。それに、新しい機能(きのう)もあって、前のよりずっと使いやすいみたいだよ」
「それで…。いつ買いに行くの? あたしも一緒(いっしょ)に行きたいわ」
<つぶやき>いったい誰の命日なんだよ。何かの家電(かでん)? こんなおもろい夫婦(ふうふ)いるのかい。
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彼は、彼女にプロポーズすることにした。それを決(き)めるまでにはずいぶん時間がかかったが、決めたからにはもう後(あと)には引(ひ)けない。プロポーズするのにフラッシュモブとかサプライズをいろいろ考えたが、ここはやはり奇(き)をてらわない方がいいと彼は思った。そこで、ちょっと高級(こうきゅう)なレストランを予約(よやく)した。
当日(とうじつ)――。食事(しょくじ)も終(お)わり、いよいよその時が来てしまった。彼は思い切って――。
「あの、ぼ、僕(ぼく)と…。ずっと…一緒(いっしょ)にいてくれませんか? 君(きみ)だけを見ていたいです」
彼女はきょとんとして首(くび)をかしげて、「あっ……、それって…。まさか…」
彼はポケットから指輪(ゆびわ)を出して、「僕と……結婚(けっこん)してください」
彼女は小さくため息(いき)をつくと、「ちょっと待(ま)って。あたしたち、付き合ってるの?」
これには彼も、どう答(こた)えればいいのか……。彼女は落ち着いた口調(くちょう)で言った。
「あたしたち、仲(なか)の良(い)い友だちだと思ってたんだけど…。あたしね――」
「いや、それはないだろ? だって、僕のこと好きだって…」
「あたし、そんなこと言ってないわ。あたし…、言ってないよね」
「そ、それは…。好きだとは言われてないけど…。でも、デートだって何度もしたし…」
「これはデートじゃないわ。友だちから誘(さそ)われたら、誰(だれ)だって行くでしょ?」
「そ、そんな…。ひどい、ひどすぎるよ。今までのは、何だったんだよ。ぼ、僕は…」
<つぶやき>彼の思い込みだったのかな…。ちゃんと気持(きも)ちを確(たし)かめてからにしましょ。
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男は言った。「もう少しだ。この山を越(こ)えればきっと…」
二人は山の頂上(ちょうじょう)を目指(めざ)した。彼らは何度も立ち止まったが、それでもめげずに歩き続けた。そして、山の頂(いただき)に立つことができた。そこで彼らが見たのもは、どこまでも続く緑(みどり)の海――。
女が言った。「もうダメよ。このまま、あたしたちは死(し)んでしまうんだわ」
「諦(あきら)めるなよ。今まで逃(に)げ切(き)れたんだ。あと少しだ。この森(もり)を越えさえすれば…」
「その先(さき)には、何があるって言うの? そこに、あたしたちの居場所(いばしょ)はあるの?」
「もちろんあるさ。そこで、俺(おれ)たちは幸(しあわ)せに暮(く)らすんだ」
女は首(くび)を横(よこ)に振った。「もう、無理(むり)だわ。歩(ある)けないもの。あなただけ行ってよ」
「じゃあ、休(やす)もう。かまわないさ。君(きみ)が歩けるようになるまで、俺は待つよ」
「でも、それじゃあいつらに見つかってしまうわ。あなただけでも…」
「なに言ってるんだ。君がいなくちゃ…。心配(しんぱい)ない。あいつらはここまでは来ないよ」
「じゃあ、少しだけ休むことにするわ。ごめんね。ほんとに…」
「じゃあ、俺は周(まわ)りを見てくるよ。水も探(さが)さないとなぁ」
男は、女から離(はな)れて行った。女は男が見えなくなると、スマホを取り出して電話を――。
「もう、何してんのよ。早く迎(むか)えに来なさいよ。いつまで待たせるつもりなの!」
<つぶやき>これは、どういうこと? 人生(じんせい)は困難(こんなん)の連続(れんぞく)だけど、先見(せんけん)の明(めい)も必要(ひつよう)ですね。
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いつも目にする花屋(はなや)の店先(みせさき)に、〈キセキの種(たね)入荷(にゅうか)しました〉と看板(かんばん)が立っていた。僕(ぼく)は、それがどんな植物(しょくぶつ)なのか気になって店に入ってみた。店主(てんしゅ)に訊(き)くと、
「ああ、キセキね。えっ、興味(きょうみ)あるの? これねぇ、なかなか入ってこないんだよ」
「どんな花が咲(さ)くんですか? ちょっと見せてください」
「ああ、花ねぇ…。えっと…花、咲くのなかなぁ…。ちょっと分かんないなぁ」
「分かんないって…。あなた、花屋なんでしょ?」
「仕方(しかた)ないだろ。めったに手に入らないんだから…。それに、値段(ねだん)も…はるんだよねぇ」
店主は種の入った小袋(こぶくろ)を手にして、「買(か)ってくれないかなぁ。これ、最後(さいご)のひとつなんだけど…。育(そだ)て方は袋の裏(うら)にちゃんと書いてあるから…。どお?」
僕が迷(まよ)っていると、店主はささやくように、「ここだけの話なんだけど…。ちゃんと育てると、奇蹟(きせき)が起きるらしいんだよねぇ」
「奇蹟って…。ほんとですか? ど、どんな奇蹟が…」
「それは、分かんないよ。これは、あくまでも噂(うわさ)だから…。どお? 試(ため)してみない?」
僕は、恐(おそ)る恐る値段を聞いてみた。すると店主は、指(ゆび)を1本立てた。僕は、
「千円ですか?」店主は首(くび)を振(ふ)る。「まさか、一万ですか?」店主はまた首を振る。僕は、
「そんなに高いんですか? やめておきます。初心者(しょしんしゃ)の僕にはとても…」
「分かった。じゃあ、必要(ひつよう)なもの全部(ぜんぶ)そろえて、五万でいいから。お買い得(どく)だよ」
<つぶやき>いやぁ、それでも買わないでしょ。でも、ちょっと気になっちゃいますよね。
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「ねぇ、パパ」神崎(かんざき)つくねは部屋(へや)に入ってきた父親(ちちおや)に向かって言った。「あたし、もう学校(がっこう)へは行きたくないわ。いいでしょ? 行かなくても…」
「どうしてそんなこと言うんだい?」父親は優(やさ)しく訊(き)いた。
「だって、あの娘(こ)、大(たい)したことないわ。パパが思ってるような能力(ちから)はないわよ。あたし、ちょっと試(ため)してみたの。そしたら、あたしの攻撃(こうげき)に手も足も出なかったわ」
「勝手(かって)なことをしたらダメじゃないか。どうして、パパの言うことがきけないんだ!」
父親の剣幕(けんまく)につくねは驚(おどろ)いて、「ごめんなさい。そんなに怒(おこ)らないで…」
父親は息(いき)を整(ととの)えて、「いや、怒鳴(どな)ったりして悪(わる)かった。でもな、しずくは、パパにとってとても大切(たいせつ)な研究対象(けんきゅうたいしょう)なんだ。だから、パパのために仲良(なかよ)くしてもらわないと…」
「あたし、あの娘(こ)、好きになれないわ。もう、近くにいたくないの」
「何を言うんだ。しずくをここに連(つ)れて来るのがお前の役目(やくめ)だ。忘(わす)れたのか?」
突然(とつぜん)、つくねが姿(すがた)を消(け)した。と同時(どうじ)に、川相初音(かわいはつね)が部屋に飛(と)びこんで来た。それを追(お)って、つくねが迫(せま)っていく。二人は、相対(あいたい)した。初音は、つくねを制(せい)して、
「ちょっと待ってよ。あたしは、あなたとやり合うつもりはないわ」
神崎が初音を見て言った。「君(きみ)は、黒岩(くろいわ)のところにいた…。どうしてここへ?」
「こっちの方がいいかなぁって…。あたしが、連れて来てあげるよ。しずくを…」
「私に、それを信(しん)じろと言うのか…。君は、黒岩を裏切(うらぎ)ったんじゃないのかね?」
<つぶやき>どうしてこんなことをするのか…。神崎は、初音を受け入れるのでしょうか?
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