とある落ち目の作家の書斎。新米の編集者がはりついている。
先生「うーん。あーぁ。んがーぁ……。だめだ、書けない。(編集者に)君ね、ちょっと向こうに行っててくれないか。どうも、気が散っていけない」
編集者「だめです。僕が離れたすきに、逃げようとしてるでしょう。今度はだまされませんよ。今日が締切なんですから、がんばって書いて下さいよ」
先生「そうは言うけどね、書けないものは書けないよ」
編集者「お願いします。今日、原稿を持って帰らないと、編集長に何て言われるか」
先生「そうね。でも、まあ、クビにはならんだろう。君、知ってるかね。あの編集長の武勇伝。彼女はね、ああ見えても、柔術の達人でね」
編集者「先生。この間は、大和撫子で日本女性の鏡だって言ってませんでしたか?」
先生「えっ、そんなこと言ったかな。そうか、大和撫子で柔術の達人なんだよ」
編集者「もう、いいですから。早く原稿を書いて下さい」
先生「せっかちだね。そんなだから、彼女に嫌われるんだよ」
編集者「そんなことないですよ。彼女とは…」
先生「うまくいってるの?」
編集者「それは、まあ、それなりに…」
先生「はっきりしないねぇ。ほら、この間の誕生日。私の言った通りにしたんだろ。(間)しなかったの? だめだよ、君。女性にとって誕生日とは、一種のバロメーターなんだよ。相手の男を査定してるんだ。だからこそ、男はそこに勝負を賭けなきゃ」
編集者「しましたよ。先生の言った通りに…」
先生「そうか。それで、どうだったんだ?(間)もう、じれったいなぁ。はっきりしない男は嫌われるぞ」
編集者「でも、何で彼女の誕生日に、禅寺で半日コースの修業をするんですか?」
先生「あの禅寺は良かっただろ。心身ともに鍛えられて。あそこの半日コースはな、お勧めなんだよ。値段も手頃だしな。君の彼女も喜んだろ」
編集者「どうかな。でも、僕はつらかったですよ。もう、足はしびれるし…」
先生「だめだよ。彼女の前でそんな弱音を吐いちゃ」
編集者「でも、先生。最後のホテルっていうのは、どうなんですか?」
先生「良かっただろ、あのホテル。あそこのディナーは最高なんだよ」
編集者「それ、いつの話ですか? 僕たちが行ってみたら、ラブホになってましたけど」
先生「えっ? そうなの。うふ、うふふ…。良かったじゃない。盛り上がっただろ」
編集者「それどころか、ひかれちゃいましたよ。彼女、そのまま帰っちゃって…」
先生「そうなの。君の彼女は奥手なんだねぇ。そうだ。これを書いてみるかな」
編集者「ちょっと、やめて下さいよ。変なこと書かないで下さい」
先生「大丈夫だよ。君のことだとは分からないさ。それとも、原稿できなくても…」
編集者「もう。先生、まさか原稿のネタがほしくて、僕にあんなことさせたんですか?」
先生は含み笑いをして、原稿用紙に向かいペンを走らせた。
<つぶやき>書けない時には、ちょっとした息抜きの充電が必要なんでしょうね。
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