ビルの屋上。夕焼けが街を染めている。女がひとり、たたずんでいる。そこへ男が現れる。
男「どうしたんだ。こんなところへ呼び出して?」
女「あっ、ごめんね」
男「いいけどさ。なんかあった? また、ミスでもしたんだろ」
女「そんなんじゃないよ。……」
男「悩みごとか? まあ、恋愛のこと以外だったら、アドバイスしてやるよ」
女「……。何で、何でそんなこと言うの? 芳恵のことなんか、もう忘れてよ」
男「えっ? どうしたんだよ」
女「芳恵はあなたを捨てたのよ。それなのに、あなた…」
男「やめろよ。あいつのこと、悪く言うのは…」
女「もう一年よ。いなくなった人のことを…」
男「分かってるよ、そんなこと。でも…」
女「でも、何よ」
男「そんな話しだったら、俺、もう行くよ」(女から離れていく)
女「私、あなたのそばにいるわ、ずっと。だから…」
男「……」(ふり返る)
女「好きなの、あなたのこと。芳恵が好きになる前から、あなたのことが好きだった」
男「……」(困惑した顔つき)
女「あーあ。やっと、言えた!」(笑顔になる女)
男「えっ? どういうことだよ」
女「ああ、もういいのよ。忘れて、今のは」
男「(女に近づき)忘れてって…?」
女「私ね、あなたに初めて会った時から好きになっちゃって。ずっと、告白しようって思ってたの。でも、あなたは芳恵と付き合い始めて…。彼女と別れてからも、あなたは私のことなんかちっとも…」
男「だって、それは…。あいつの親友だし…」
女「私、もう悩むのに疲れちゃったの。それに、自分を変えないと、前には進めないって気づいたんだ。だから、こんな片思いからは、今日で卒業します」
男「何だよ、それ」
女「明日からは、会社の同僚として、よろしくお願いします」
男「あのさ、何かおかしくない? こんなこと聞かされたら、俺はどうすればいいんだよ」
女「別に、今まで通りでいいんじゃない。何も変わらないわ。そうでしょ」
男「いや、変わるだろ、普通。好きだって言われたら、こっちだって…」
女「もう、しょうがないな。じゃあ、ハグしましょうか? それなら…」
男「だから、そう言うことじゃなくて…。何か違うだろう? なんて言うかなあ…」
女「わかった。じゃあ、キスしてもいいわよ。それで、おしまい」
<つぶやき>女はしたたかな生き物です。注意して取り扱いましょう。優しくしてね。
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警察の遺失物係。担当者たちが机を囲んで、頭を抱えていた。
桜井「これ、何なんだ。ねえ、安藤さん。書類には何て書いてあります?」
陽子「えっと、<蛍光灯みたいな>」
桜井「はい? まったく、いい加減な…」
陽子「でも、ほんとに何でしょう。係長はどう思います?」
係長は椅子にふんぞり返って座っている。まるで興味がないようだ。
係長「適当に処理しとけよ。どうせ、誰も探しに来ないさ」
桜井「(手に取り)確かに丸型の蛍光灯みたいだけど、プラグを差し込むところがないし。それに、蛍光灯にしては重すぎるなあ。書類にはほかに何か?」
陽子「はい。子供たちが持ち込んだと…」
係長「何だよ。子供の悪戯じゃねえか。そんなの捨てちまえよ」
陽子「でも、係長…」
桜井「どこで拾ったんです?」
陽子「それはですね、えっと、農道の脇の草むらの中です」
桜井「農機具でもないしな。何かの機械の部品かもしれない」
係長「そんな輪っかで、何ができるんだよ。せいぜい、輪投げの輪っかぐらいだろ」
桜井「係長、茶化さないで下さいよ。こっちは真剣に…」
係長「お前は、そんなんだから飛ばされたんだぞ。わかってるのかよ」
輪っかに顔を近づけて、じっと見ていた陽子が突然叫んだ。
陽子「あっ! 桜井さん、ここの内側に何か書いてあります」
桜井「何かって?」
陽子「(目を皿のようにするが)うーん。ダメです。小さすぎてわかりません」
桜井「そうだ。確か、どっかの棚に大きな虫眼鏡が…」
係長「天眼鏡だったら、ここにあるぞ(机の抽出から取り出す)」
陽子「係長、かってに持ち出さないで下さい」
係長「わるいわるい。最近、新聞が読みにくくてさ」
陽子は係長から天眼鏡を受け取り、桜井に手渡す。
陽子「何かわかりますか?」
桜井「(覗いて)うーん。日本語でも英語でもないなあ。こんな文字、見たことないよ」
陽子「(横から天眼鏡を覗き込んで)これって、アラビア語とかじゃありません?」
いつの間にか、係長が陽子の後ろに立って覗き込み、
係長「というより、象形文字じゃないのか。これなんか、魚の形にそっくりだ」
桜井「ほんとだ。でも、何で…。ますます、分かんなくなってきたぞ」
係長「もう、いいからさ、帰ろうよ。とっくに閉店の時間だよ」
陽子「そうですね。もう、こんな時間だし、明日にしましょうか」
三人は帰り支度をすませると、部屋から出て行く。薄暗い部屋の中。机の上の輪っかが、かすかに光を放つ。点滅する光。突然、輪っかが浮き上がり、静かに回り始める。
<つぶやき>よく分かんないものって、ありますよね。想像力を膨らませてみましょう。
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賑やかな居酒屋。会社の歓迎会で十数人が楽しく飲み食いしている。
係長「さあ、吉永さん。(ビールを注ごうとする)君は、いける口かね」
吉永「いえ、私は。(係長のビールを取り)どうぞ。これから、よろしくお願いします」
長田「あっ、係長! ずるいですよ。あの、僕にも注いでもらえませんか?」
吉永「はい。どうぞ(ビールを注ぐ)」
鈴木「吉永さん、そんなに気を使わなくてもいいから。まったく、うちの男どもは、ちょっと可愛い娘(こ)が来るとこれなんだから」
係長「いいじゃないの、鈴木さん。じゃあ、僕は鈴木さんに注いでもらおうかな?」
鈴木「はいはい。こんなおばさんで、すいませんねぇ」(ビールを注ぎに行く)
長田「それにしても、佐々木、遅いですね。何やってんだろうなぁ」
係長「なんか、向こうで引き止められたって言ってたな」
鈴木「佐々木さん、人がいいから。また、世間話に付き合わされたんじゃないの」
吉永「佐々木さんって?」
鈴木「あのね、一週間前から出張でね。あっちこっち、得意先を回ってるのよ」
係長「もう来ると思うんだけどねぇ」
佐々木が大きな鞄を抱えて入って来る。
佐々木「すいません、遅くなっちゃって。あっ、係長。無事に戻ってまいりました」
係長「ご苦労さん。報告は明日、明日。さあ、まあ、一杯やりなさい(コップを渡す)」
吉永「あの、私が」(佐々木にビールを注ぐ)
佐々木は吉永の顔を見て驚き、コップを落としてしまう。ビールがこぼれる。
長田「おい、佐々木。何やってんだよ!」
佐々木「あっ、すいません」(慌ててハンカチで拭こうとする)
吉永がてきぱきとおしぼりで先に拭いてしまう。吉永の顔を見つめる佐々木。
長田「なに見つめてんだよ。こら、佐々木。おまえ、十年早い!」
佐々木「あ、いや…。別に、僕は…」(しどろもどろになっている)
時間は過ぎて、歓迎会は終わった。最後に残ったのは佐々木と吉永の二人だけ。
佐々木「あの、吉永さん。えっと…、ご、ご出身はどちらですか?」
吉永「私は、ここが地元なんです。二年ぶりに戻って来たんですよ」
佐々木「二年ですか。あの、吉永さん…、えっと…、僕…、あなたに、似てる人…」
吉永「まったく、変わんないなぁ。はっきりしゃべりなよ!」
佐々木「えっ?」
吉永「まだ気づかないの。私よ、相沢真理。一年も付き合ってたのに、忘れるかぁ?」
佐々木「ま、まり! えっ、どうして…。だって、お前、二年前に急にいなくなって…」
吉永「いろいろあったのよ。両親が離婚してね。吉永って、母親の姓なの」
佐々木「でも、どうして僕の会社に…」
吉永「逢いたかったの。ずっと、ずーっと逢いたかったんだから」(佐々木を抱きしめる)
<つぶやき>男とは、いつも女に翻弄されるもの。それでも、男は女に惚れるのです。
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とある大企業の給湯室。女子社員たちが立ち話をしている。
綾乃「昨日の合コン、どうだったの?」
安江「それがね、みずきが…」
綾乃「えっ、みずきをよんだの? それじゃ、最悪だったでしょ。なんで彼女なんか…」
安江「だって、メンバーが足りなくて、仕方なかったのよ」
綾乃「で、今回は何やらかしたの? 前はたしか、相手の男、殴りつけて…」
安江「それが、すっごくおとなしかったの。まるで別人だったわ」
綾乃「ウソ。じゃ、相手の男、合格点だったのね。それでそれで、どうなったの?」
安江「別になにも…。店を出たら、そのまま一人で帰っちゃったから」
理恵「あの、私、見ちゃいました」
綾乃「理恵ちゃん、あなたも合コンに参加してたの?」
理恵「はい。先輩に、どうしてもって言われて…」
綾乃「もう、安江。彼女、まだ新人なんだから」
安江「それで、何を見たの? 教えなさいよ」
理恵「それが…。私、別に後をつけたわけじゃないんですよ。たまたま、帰る方向が…」
安江「いいわよ、そんなこと。本題に入りなさいよ」
理恵「はい。それが、男の人が待ってて…」
安江「えっ、合コンの男?」
理恵「いえ。それが、別の…」
綾乃「付き合ってる人、いたのね。知らなかったわ」
安江「みずきって、私生活は謎だらけだからね。それで、どんな男だったの?」
理恵「あの…。でも、こんなこと言っちゃっていいのかな…」
安江「何よ。ここまで言ってやめるつもり。許さないわよ」
綾乃「もう、そうやって新人をいじめないの。それで、知ってる人なの?」
理恵「はい。実は…、部長でした」
安江「部長!(急に声をひそめて)まさか、あの部長が? あり得ないでしょ」
綾乃「そうね。みずきのタイプじゃないわよ。だって、あの、まどぎわ部長よ」
安江「理恵ちゃん。あなたの見間違いじゃないの?」
理恵「そうでしょうか? 私、何だか自信が…」
年配の女子社員が入ってくる。
佐藤「あなたたちが知らないのも当然ね。今はまどぎわだけど、昔の部長はすごかったのよ。退社の時間になると、部長を目当てに女子社員がビルの外に集まったものよ」
安江「そんなことが…」
佐藤「このとこは、うち会社の伝説になっているから、覚えておきなさい。それと、みずきさん、部長の娘なのよ。でも、これは会社の極秘事項だから。もし誰かにしゃべったら、あなたたち会社から消されるわよ。気をつけなさい」
<つぶやき>会社には伝説や謎がつきものです。もしかしたら、あなたの会社にも…。
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どこだかわからない何もない空間。ひとりの男が歩いてくる。
中年男「ここは、どこだ? 俺は何でこんなところに…」
暗闇から、老人がぬっと現れる。
老人「あなたは死んだんですよ。交通事故でした。あっけなかったですね」
中年男「死んだ…。俺は、死んだのか?」
老人「そうですよ。これからあなたは、長い旅に出ることになります。出発の前に、ひとつだけ願いをかなえることができますが、何かありますか?」
中年男「願い? じゃあ、生き返らせてくれ。俺は、あんたよりも若い。まだ、やりたいことがいっぱいあるんだ!」
老人「それは、無理です。では、他になければ…」
中年男「だったら、妻に会わせてくれ! せめて、女房には別れを言っておきたい」
老人はにっこり笑ってうなずくと、あたりはまばゆい光に包まれた。光が消えると、男の目の前に中年の女が立っていた。
中年女「あなた、何で死んじゃったのよ。まだ、家のローン、残ってるのよ」
中年男(女の顔を覗き込み)「誰だ、あんたは?」
中年女「あら、いやだ。私の顔、忘れちゃったの? もう、なんて人なの」
中年男「芳恵なのか? お前、そんな顔、してたんだ。そう言えば、お前の顔、じっくり見たことなかった気がするな…。(間)今まで、ありがとう。これで、さよならだ」
中年女「(明るく)後は心配しないで。あなたの保険金で、何とかやりくりするから」
女はまばゆい光にかき消される。光が消えると、男の子が現れる。
男の子「おじちゃん、出発の時間だよ」
中年男「ちょっと、待ってくれ。もう一人だけ、会いたい人がいるんだ」
男の子「どうしようかな? 願い事はひとつしか…」
中年男「いいじゃないか。ちょっと、面倒みてる子がいてね。俺が急にいなくなると…」
男の子「おじちゃんの恋人だよね。でも、会わないほうがいいと思うけど…」
中年男「さよならを言うだけなんだ。すぐ、すむから…」
また、光に包まれる。今度は、若い女が姿を現す。
若い女「おじさん! お金、持ってきてくれた?」
中年男(女の顔を覗き込んで)「お前、誰だ?」
若い女「なんだ、違うの? 今日は、会う日じゃないでしょ。私、忙しいんだから…」
中年男「嘘だ。俺の知ってる子は、もっと、奇麗で、スタイルもよくて…。こんな、そばかす顔のジャージ女じゃない。胸だって、もっとこう…」
若い女「ばっかじゃないの。私が、おやじと本気で付き合うわけないでしょ」
あたりは光に包まれ、女は光とともに消える。暗闇から老人が現れる。
老人「もう、心残りはありませんね。さあ、これがあなたの歩く道ですよ」
老人が指差すと、どこまでも続く道が現れる。男は先のない道をとぼとぼと歩き出す。
<つぶやき>私は心残りが一杯ありすぎて、願い事はひとつでは足りません。きっと…。
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