私は見知(みし)らぬ女性から声(こえ)をかけられた。どうやらその女性は、私のことを知っているようだ。だが、私の方はどこで会(あ)ったのか思い出せない。まったく記憶(きおく)にないのだ。
その女性は私に向(む)かって言った。「どうして連絡(れんらく)してくれなかったのよ」
なんの連絡だ? 私には思(おも)い当(あ)たることがまったくない。
「あたしに…あんなことしておいて、とぼけるんですか?」
あんなことって…なんだ? 私は、何を言っているのかまったく分からないと答(こた)えた。するとその女性は目を吊(つ)り上げてまくしたてた。
「はぁ? そうやって逃(に)げるんですか? あたしのこと、もてあそんだのね!」
女性は私の胸(むな)ぐらをつかんで、「こら、坂巻(さかまき)! 今になってとぼけんじゃねぇぞ!」
私は女性の豹変(ひょうへん)ぶりに腰(こし)が引(ひ)けてしまった。でもこのままではぬれぎぬを…。私は、
「ちょっと待(ま)ってくれ。私は山本(やまもと)だ。サカマキなんかじゃない。人違(ひとちが)いじゃないのか?」
「ははぁん。偽名(ぎめい)を使(つか)ったのね。逃げようとしても、その顔(かお)はちゃんと覚(おぼ)えてるから…」
「だから…、本当(ほんとう)に知らないんだ。君(きみ)とは、会ったことはないはずだ」
「ウソつくんじゃないわよ。今夜(こんや)、いつもの店(みせ)で待ってるから。絶対(ぜったい)に来(き)なさいよ!」
女性は私を睨(にら)みつけて行ってしまった。私はホッと胸(むね)をなで下ろした。でも…、いつもの店って…どこなんだ? 私は何も聞(き)かなかったことにした。
<つぶやき>自分(じぶん)とそっくりな人が三人はいるって言いますから…。そんなことなのか?
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生きていればいろんな場面(ばめん)で選択(せんたく)を迫(せま)られることがある。その時、正解(せいかい)を出せるかどうかでその後(ご)のいろいろが変(か)わってくるのだ。私は今まで正解を選(えら)んできたと自負(じふ)している。ここまでの地位(ちい)と名声(めいせい)を得(え)ているのがその証拠(しょうこ)だ。
そんな私の前に、新たな選択が迫ってきた。それは…、一人娘(むすめ)の一言(ひとこと)で始まった。
「あたし、パパに紹介(しょうかい)したい人がいるの…」
とうとうきたか…。娘も、もう年頃(としごろ)だ。この日が来ることは分かっていた。私のシミュレーションは完璧(かんぺき)だ。どんな男が来ようとも…。
娘が連(つ)れて来た男を前にして、私はいささか唖然(あぜん)とした。それは、想定(そうてい)をはるかに超(こ)えたヤツだった。何だこの男は? ちゃらちゃらした服装(ふくそう)で、場違(ばちが)いはなはだしい。まさか、無職(むしょく)じゃないだろうなぁ。まぁいい。こんな最低(さいてい)なヤツ、バッサリ切り捨(す)ててやる。
男は娘よりも年上(としうえ)だという。そして、東大生(とうだいせい)だと…。私は思わず訊(き)き返(かえ)した。
「東大というのは…、あの、東大のことなのか?」
男は自慢(じまん)するでもなくあっさりと、「ええ、東京大学(とうきょうだいがく)です」
こんな男が東大に入れるのか? 私はどこで娘と知り合ったのか訊いてみた。すると、娘が口を挟(はさ)んできた。
「パパ、そんなことどうでもいいでしょ。三枝(さえぐさ)さんは起業(きぎょう)してて、パパのお仕事(しごと)に興味(きょうみ)があるんだって。ねぇ、協力(きょうりょく)してあげてよ」
<つぶやき>彼氏(かれし)を連れてきたんじゃないみたいですね。でも、この判断(はんだん)は難(むずか)しいかも?
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とある中小企業(ちゅうしょうきぎょう)の社屋(しゃおく)。そこには誰(だれ)にも知られていない部屋(へや)があった。セキュリティーが厳重(げんじゅう)で社員(しゃいん)でも中に入った人はいないかも…。そもそも何でそんな場所(ばしょ)があるのか?
新(あら)たに社長(しゃちょう)に就任(しゅうにん)した人が、その噂(うわさ)を確(たし)かめに役員(やくいん)を引き連(つ)れてやって来た。社屋の地下(ちか)へ降(お)りて行くと、奥(おく)まったところに確かにその扉(とびら)はあった。扉は施錠(せじょう)されていて認証(にんしょう)カードをかざさないと開(あ)かないようになっている。
社長は定年後(ていねんご)に再雇用(さいこよう)された古株(ふるかぶ)の社員を呼(よ)び出した。創業時(そうぎょうじ)からいた彼なら何か知っているはずだ。白髪頭(しらがあたま)のその社員がやって来ると懐(なつ)かしそうに言った。
「まだあったんですね。これは初代(しょだい)の社長が極秘(ごくひ)に造(つく)らせたものなんです。あの頃(ころ)は、産業(さんぎょう)スパイが横行(おうこう)している時代(じだい)でしたからねぇ。今も使(つか)ってるんですか?」
そこにいた役員たちは全員(ぜんいん)、首(くび)をひねった。そこへ若(わか)い女性がやって来た。みんなに軽(かる)く会釈(えしゃく)すると扉の方へ…。社長は彼女を呼び止めて、「君(きみ)はうちの社員なのか?」
その女性は違(ちが)うと言って自分(じぶん)の社員証(しゃいんしょう)を見せた。そこにはまったく知らない社名(しゃめい)が…。社長は中を見せてもらえないかと言ったが、女性は社内規則(しゃないきそく)でダメだと答(こた)えた。社長は、
「なら、責任者(せきにんしゃ)に会(あ)わせてくれ。誰なんだ、社長は?」
女性が答えたのは、初代社長の名前(なまえ)だった。もうすでに亡(な)くなっている。女性は認証カードをかざした。でも、いつもなら開くはずの扉がなぜか動かない。女性はあせったように、
「何でよ。あたし、クビになったの? もう、せっかく就職(しゅうしょく)できたのに…。どうして…」
<つぶやき>これはこの会社(かいしゃ)の謎(なぞ)ですね。彼女は本当(ほんとう)にクビになったのか? それとも…。
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部屋(へや)の片(かた)づけをしているとき、押(お)し入れの中から未現像(みげんぞう)のフィルムを見つけた。子供(こども)のときに集(あつ)めていたガラクタと一緒(いっしょ)に箱(はこ)の中に入っていたので、その頃(ころ)に手に入れたものだろう。でも、どうして? 自分(じぶん)はカメラなど手にしたことはないし、友だちにも写真(しゃしん)を撮(と)っていたヤツなんていなかったはずだ。
近くの商店街(しょうてんがい)にあるカメラ店(てん)へ現像(げんぞう)を頼(たの)んだ。古(ふる)いフィルムなので難(むずか)しいかもと言われたが、どうしても確(たし)かめたくなったのだ。
数日後、写真ができ上がってきた。ほとんどは劣化(れっか)でダメだったようだ。そのうち三枚(まい)は風景(ふうけい)を撮ったもののようだが、ぼやけていてどこの景色(けしき)なのか特定(とくてい)は難しそうだ。あとの一枚には若(わか)い女性が写(うつ)っていた。色落(いろお)ちしているが、顔(かお)ははっきり分かる。
それを見て思わず声(こえ)をあげそうになった。この顔は知っている。同じ職場(しょくば)で働(はたら)いている与田(よだ)さんだ! だが、思い直(なお)した。与田さんは自分よりも年下(としした)のはずだ。この写真を撮った頃にはまだ産(う)まれていないかもしれない。いったいこの女性は誰(だれ)なのか? もしかしたら、与田さんの母親(ははおや)かもしれない。それなら納得(なっとく)できる。
自分は半年前に今の職場に転職(てんしょく)してきたので、与田さんとそれほど親(した)しくはない。それでも、何だがムズムズして確かめずにはいられない。もしかしたら、自分と与田さんとの間に何かつながりがあるのかもしれない。そう考えただけでドキドキしてきた。
<つぶやき>二人の間にどんな関係(かんけい)があるのでしょうか? ここは妄想(もうそう)を働かせましょう。
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家の近くに新しい本屋(ほんや)が開店(かいてん)したときのこと。今どき珍(めずら)しいと思ったので入ってみた。
店内(てんない)はすごく狭(せま)く、棚(たな)に並(なら)ぶ本の数(かず)もごくわずかしかなかった。でも、見ていくうちに、どの本も自分(じぶん)の興味(きょうみ)をそそるようなものばかりだと気がついた。読(よ)みたいと思って読めずにいた本や、好(す)きな作家(さっか)の作品(さくひん)、それに何だかわくわくするような表紙(ひょうし)の本――。
何だこの本屋は…。まるで、自分のために選(えら)ばれ、並べられたと錯覚(さっかく)してしまう。何だか嬉(うれ)しくなって、何冊(なんさつ)かの本を手に取るとレジに向かった。
でも、レジがどこにもない。普通(ふつう)なら出入口(でいりぐち)の近くにあるはずなのに…。店員(てんいん)を探(さが)してみたが誰(だれ)もいないようだ。この本屋はどうなってるんだ? 無人(むじん)の本屋なんて…。仕方(しかた)なく手にした本を棚に戻(もど)すと、店(みせ)を出ることにした。
その時だ。どこにいたのか若(わか)い女性の店員が現(あらわ)れて、「どうぞ、お持(も)ちください」そう言って、自分が棚に戻した本を渡(わた)された。
代金(だいきん)を払(はら)おうとすると、その店員は、「もういただきましたよ。大丈夫(だいじょうぶ)です」と微笑(ほほえ)みかける。これは、タダってことなのか? それとも、あとで返(かえ)しに来いとでも…。
何だかもやもやした気持(きも)ちで店を出た。
次の日。その本屋へ行ってみると、店は跡形(あとかた)もなく消(き)えていた。そのとき渡された本は、今でも部屋(へや)の本棚(ほんだな)に入っている。
<つぶやき>一日だけ開店する本屋だったの? 代金として何を受け取ったのでしょう。
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