「雨のち晴、いつか思い出」4
生命(いのち)って何だろう? 僕には難しいことはまだ分からない。でも、消えてしまったら二度と戻ってはこない、大切なものなんだよね。大事にしなきゃいけないんだ。人はいつかは死んでしまう。悲しいことだけど、どうすることも出来ないんだ。だから、生きている間は、側にいられる間は、笑顔でその人を見ていたい。
そういえば「一期一会」って言葉をおばあちゃんに教えてもらったことがある。生きている間に出会える人は限られている。生涯に一度しか会えない人もいる。だからひとつひとつの出会いを大切にしないといけない。悔いのないようにしなさいって…。ありがとう、おばあちゃん。
放課後の教室で、一人で空を眺めていた。雨はやみそうもない。僕はおばあちゃんのことをずっと考えていた。いろんな思い出が甦ってくる。…まだ僕の心には穴が空いている。今の僕にはどうすることも出来ない。思い出すのは楽しいことばかりなのに、おかしいよね。でも、この悲しみもいつか思い出に変わるんだ。おばあちゃんと暮らしたあの時間、あの空気が僕の宝物になる。掛け替えのない宝物…。
僕は気づかなかった。さくらが来ていたことを…。彼女は僕の隣に座った。何も言わず、ただ横に座った。優しい目で僕を見つめて…。僕も何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。僕たちは外を眺めた。二人ならんで、雨の降る校庭を…。彼女のぬくもりが伝わってくる。彼女の優しさが身にしみた。僕の心、悲しみで濡れた僕の心。少しずつ、暖かくなってくるのを感じた。
校庭の片隅に紫陽花が咲いている。…今まで気づかなかったなぁ。雨の日なのに奇麗に咲いて、まるで雨の日を楽しんでいるようだ。雨の日に、おばあちゃんと散歩したことを思い出した。
「雨はいろんなものを洗い流してくれるんだよ。自然の緑が生き生きとするように、私たちにも安らぎや活力を与えてくれているのかも…」
大きく深呼吸した。僕もこの雨から生きる力をもらおう。明日もがんばれるように…。
さくらが僕に視線を向ける。その目は「大丈夫?」って言ってるようだ。僕は彼女の優しさが嬉しかった。僕はかるく微笑んで、心の中で「ありがとう」って言った。彼女は笑顔で答えてくれた。
「一緒に帰ろう」彼女は僕の手を取った。僕は素直に従った。
さくらといた時間は、ほんの数分だけだった。でも、とっても長く感じた。僕たちは雨の中、二人で歩いた。いつもの道なのに、いつもと違う。周りの景色が新鮮に見えてくる。僕はいつになくお喋りになっていた。傘の中で彼女が笑う。僕はいつまでもさくらの笑顔を見ていたい。なぜか、そんなことを思っていた。…雨の日が、少しだけ好きになれたかもしれない。
<つぶやき>忙しい毎日。ちょっと深呼吸してみませんか? 心に潤いを与えましょう。
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「雨のち晴、いつか思い出」3
おばあちゃんはいっぱい勉強して大きな夢をつかんだんだ。学校の先生っていう夢を。でも、先生になって一年もたたないある日、お父さんが突然倒れて亡くなったんだって。まるでおばあちゃんが独り立ちするのを待ってたように…。おばあちゃんはいっぱい泣いたって言ってた。あの約束があったから今まで頑張ってこれたのに、これから何を頼りに生きていけばいいの…。
「おばあちゃんはね、そのとき気づいたんだ。とっても大切なことに…」
「大切なことって?」お姉ちゃんが悲しそうな顔で聞く。
「それはね、今まで沢山の人に助けられていたんだってこと。病気のときもそうだったし、元気になってからもいっぱい助けてもらった。家族や、先生や、友達にね」
「そんなにいっぱい?」「そうよ」
僕にはよく分からなかった。この時は…。
「おばあちゃんは、それを返さなくちゃいけないってそう思ったの。沢山もらったものをみんなにも分けてあげなくちゃって。おばあちゃんね、それから頑張ったわよ。泣いてる暇なんてなかった。あなたたちも沢山の人に助けられているの。それを忘れないでね」
「ごめんなさい」素直に言えた。
なんか変な感じだ。お姉ちゃんもそうなのかな? 僕はおばあちゃんがこんな思いをしていたなんて…。僕には想像もつかなかった。
「おばあちゃんはどうやって夢を見つけたの?」お姉ちゃんが聞いた。僕も聞きたかった、どうやったのか。
「さあ、どうだったかな? 気がついたら、いつの間にか先生になってたね」
「私にも見つかるかな?」「どうかな?」「私、頑張るから…」
「ふふ、大丈夫だよ。私の孫だからね。きっと見つかるよ」
「僕も?」
「ああ。今すぐは見つからないかもしれないけど、いつかきっと見つかるさ」
「ほんとに?」
おばあちゃんは笑っていた。いつもの笑顔だ。
「でもね、これだけは忘れないでね。夢をつかむための心得」
えっ? 何だろう。二人して真剣に聞いている。いつもこんな風に引き込まれていくんだ。おばあちゃんの世界に…。
「それはね、のびのびとした想像力と、どんな事にも立ち向かう勇気。そして、これが大切よ。人を思いやる優しい心。…忘れないでね、約束よ」
この時は、おばあちゃんの言ったことがよく分からなかった。でも、今は分かる気がする。たぶん…。おばあちゃん。おばあちゃんとした約束、ちゃんと守るからね。僕もいつか大きな夢を見つけるんだ。おばあちゃんに負けないくらい大きな夢。お姉ちゃんも、絶対そう思ってる。ずっとずーっと、おばあちゃんのことは忘れない。
<つぶやき>大切な思い出は、そっと心にしまっておきましょう。明日の幸せのために。
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「雨のち晴、いつか思い出」2
喧嘩をした次の日、僕たちはおばあちゃんに呼ばれた。二人とも覚悟していた。あんな騒ぎになってしまったんだから…。叩かれるかもしれない。「姉ちゃんも悪かったんだから、一緒に怒られようね」って、いつになく優しいお姉ちゃん。僕はどきどきしながら、お姉ちゃんの後に付いていく。
おばあちゃんは僕たちを座らせて、ただ黙ってお茶をいれてくれた。いつものように。僕たちがお茶を飲み終わると、昔の話しをしてくれた。おばあちゃんがまだ小さかった頃の…。
おばあちゃんの生まれた家は食堂をやっていた。家族だけでやっている小さな食堂。今みたいに便利な電気製品とか、インターネットなんてなかった頃。まだまだ貧しい人が多くて、生きていくのが精一杯だった時代。おばあちゃんはお父さんとお母さん、それからお兄さん、お姉さんと一緒に暮らしていた。上のお兄さんとは十以上も歳が離れていたんだって。おばあちゃんは小さいとき身体が弱くて、僕くらいの歳のときに死にかけたことがある。病院の先生から「もう駄目かもしれない」って言われたとき、お父さんが病室にやってきて励ましてくれたんだって。
「すず子…、どうだ身体の調子は?」「お父さん…。お店はいいの?」
「ああ、賢治兄ちゃんたちがいるから大丈夫だ。早く元気になれ」「…なれるかな?」
「なに言ってる。お前は父さんと母さんの娘だ。元気になれる」「…うん」
「何か欲しいものはないか? 父さん、何でも買ってやるぞ」「別にないよ」
「何かあるだろう? いいから言ってみろ」「……勉強。学校で勉強がしたいよ」
「…そうか。ずいぶん休んでるからな」「みんなと一緒に勉強がしたい」
「よし、やらせてやる。嫌になるくらいやらせてやる」「嫌になんかならないよ」
「そうか。…元気になれ。みんな学校で待ってるぞ。お前が戻ってくるの」「…うん」
「…母ちゃんや兄ちゃん、姉ちゃんも、もうすぐ来るからな」「お店は?」
「今日は早仕舞いだ。みんな、お前の顔が見たいんだよ」「今日じゃなくてもいいのに…」
「店のことなんていいんだよ。お前が早く元気になってくれれば…」「……」
「それでな、すず子は人の役に立つ仕事をするんだ」「じゃ、お店。手伝うね」
「…えっ?」「お父さんの作ったオムライス、お客さん美味しそうに食べてたよ」
「…お前は、もっと大きなことをやれ。あんなちっぽけな店なんか…」「でも、好きだよ」
「…早く元気になれ。元気になっていっぱい勉強して、大きな夢をもて」「ゆめ?」
「そうだ。お前だけの大きな夢だ」「…もてるかな?」
「ああ、もてるさ。がんばれ。みんなで応援するからな。約束だぞ」「…うん」
この後、おばあちゃんは奇跡的に助かった。少しずつ良くなってきて、半年後には退院したんだって。おばあちゃんはそれから一生懸命勉強した。約束を守るために。もちろん、店の手伝いもして…。すごいよね。僕だったらとても出来ないかも。お母さんの手伝いもあんまりしてないし…。
<つぶやき>今はすごく便利で快適な生活だけど、大切なことを忘れないで下さいね。
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「雨のち晴、いつか思い出」1
今日も雨。あめ、あめ、あめ…。雨が続く。いつになったら晴れるのか。雨の日は嫌いだ。…僕の心にはポッカリと大きな穴が空いている。僕の世界の一部が消えたんだ。大好きな、大好きな…、おばあちゃん。…雨の日に、おばあちゃんが亡くなった。一年くらい前まで一緒に住んでいた。病気になってからはおばさんの家へ。おばさんが看護師の資格を持ってたから、その方が良いだろうってことになって。お母さんはときどき手伝いに行っていた。お父さんも仕事の帰りに見舞いに行く。僕だってお姉ちゃんと一緒に…。
僕には姉がいる。二つ上で中学生。二人で行くと、おばあちゃんはいつも笑顔で迎えてくれた。そして必ずと言っていいほど聞いてくる。「仲良くやってるかい?」って。おばあちゃんがいた頃、よく喧嘩をした。いま考えると、喧嘩の原因って何だったんだろう? よく思い出せないや。きっとたいしたことじゃなかったんだ。そういえば、おばあちゃんが病気になってからしてないや、喧嘩。
おばあちゃんは面白い人だった。いろんな事を知っていて、僕たちをいつも驚かせる。おばあちゃんは遊びの天才。いろんな遊びを教えてくれた。おばあちゃんにかかったら勉強だってゲームになってしまうんだ。昔は学校の先生をしていたらしい。きっと、人気があったんだろうなぁ。おばあちゃんはいろんな事が出来るんだ。絵を描いたり、詩を作ったり、ハーモニカを聞かせてくれたこともあった。僕たちにとっておばあちゃんは、憧れだったのかもしれない。とっても大好きな…。
おばあちゃんはいつも優しかった。でも、怒らせると大変なことになる。僕たちが人に迷惑をかけたときとか行儀が悪いとき、よく怒られた。それと、二人で喧嘩したときも。おばあちゃんの部屋に呼ばれて、緑色のにがいお茶を飲まされる。それも正座をしないといけないんだ。でも、お姉ちゃんは美味しそうに飲んでいる。こんなのが好きなのかな? 僕には信じられなかった。おばあちゃんのお説教はその時々によって長さが違う。数分で終わるときもあるし、一時間を超えるときもある。たいていは何でそんなことしたのかって聞かれて、なぜ怒っているのか教えてくれる。僕にもちゃんと分かるように。
いつだったか、お姉ちゃんとすごい喧嘩をしたことがある。取っ組み合って叩いたり、蹴ったり、物をぶつけたり。お姉ちゃんを弾みで突き飛ばしたとき…、怪我をさせてしまった。今でも覚えてる、その時のこと。お父さんはお姉ちゃんを抱きかかえて病院へ。僕はお母さんにひどく怒られた。おばあちゃんは悲しそうな顔で僕を見ていた。お姉ちゃんの腕にはその時の傷がまだ残っている。今でもその傷を見ると…。でも、お姉ちゃんは冗談半分に、「これでお嫁に行けなかったら、あんたに一生面倒見てもらうから」だって。まったく、勘弁して欲しい。お嫁に行けないのはお姉ちゃんの容貌と性格の問題だ。そんなことまで責任は持てない。…でも、もしそうなったらどうしよう。
<つぶやき>子供の頃、姉弟でたまに喧嘩をした。今となっては、良い思い出かな…。
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「大空に舞え、鯉のぼり」6
「なに謝ってるんだよ」
「だって私も…」
高太郎君と目が合う。高太郎君は照れくさそうに笑う。私もつられて笑ってしまう。
「お前って、すっごい怖い顔するよな」
<えっ?>なによ急に…。「そ、そんなことないよ」そんなに怖い顔してたかな?
「だって、泣いたときの顔。すごかったぜ」
「私…、泣いてないよ」
「泣いてた」
「泣いてない」
「絶対、泣いてた。涙、出てたじゃない」
「絶対、泣いてない!」私、なんでむきになってるのかな? どうしちゃったの…。
「お前って、頑固だなぁ。もう、どっちでもいいよ」
「よくないよ。私、そんな弱い子じゃないもん」
「分かったよ。悪かった」高太郎君がまた笑う。私も負けずに…。
「この鯉のぼり、隆のなんだ」
「…そうなんだ」
私たちは鯉を見上げる。これで友達になれるかな?
「なんだよ。仲良くやってるじゃない」ゆかりが隆君を連れてやって来た。
「久し振りにぶっ飛ばせると思ったのになぁ」
「あのな…。なに言ってるんだよ」高太郎君は笑いながらゆかりに抗議した。
今まで沈んでいた私の心。ゆかりのおかげで救われた。やっと素直な気持ちになれたんだ。隆君が私に近づいて来て、
「おねえちゃん。こい、こい」そう言って上を指す。
私はしゃがんで、「そうだね。おおきいねぇ」
小さな子を見てると不思議と笑顔になる。とっても優しい気持ちになれるのは何でだろう。
「おねえちゃん、すき」
隆君が無邪気な笑顔で抱きついてくる。すかさず高太郎君が…、
「そうか。やっぱり隆もこっちのおねえちゃんの方が良いか。優しそうだもんなぁ」
次の瞬間、高太郎君が…飛んだ? ゆかりの蹴りが炸裂したんだ。ゆかりは腕組みして立っている。高太郎君、大丈夫なのかな?
ゆかりはまた「たかしーぃ!」って言って抱きすくめる。ほんとに好きなんだ。高太郎君は痛そうに笑っている。良かった。
私は鯉のぼりの空を見上げる。空ってこんなに青くて大きいんだ。なんか初めてほんとの空を見たような、そんな気がした。なんだか嬉しくなってきた。私はこの広い景色を眺めながら、ここへ来て良かったなってそう思っていた。素敵な友達も見つかったし…。
<つぶやき>友達って、喧嘩もしちゃうけど、側にいるだけでほっとするというか…。
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