徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:奥田英朗著、『沈黙の町で』(朝日文庫)

2016年07月02日 | 書評ー小説:作者ア行

『沈黙の町で』は571pに及ぶ大作です。北関東の小さな町の桑畑市立第二中学の国語教師飯島浩志が部室棟の近くで中二の生徒名倉祐一の死体を発見するところから始まります。事故なのか自殺なのか殺人事件なのか真相を詳らかにする過程で死んだ生徒がいじめられていた事実が浮き彫りになり、同じテニス部のうちの14歳になった二人が逮捕され、まだ13歳の二人が傷害容疑で児童保護所に送管されます。容疑者同士の口裏合わせを防ぐための警察による強硬措置でした。

物語の前半部は主に大人たちの苦労や苦悩や身勝手さや狡さなどが重点的に描かれていきます。いじめの行き過ぎによる殺人事件かもしれない事案を不起訴で終わらせたくない警察、いじめの事実を認識していなかった教師たちの後悔、容疑をかけられた生徒たちの心配をする教師たち、保身に走る教師たち。事実を知りたがり、個人情報保護や少年法の壁によって蚊帳の外に置かれていると苛立つが、故人の不名誉な事実は認めず、逆ギレするような遺族たち。我が子大事で、我が子の無実を信じ、悪いのは他の子たちと決めつけ、亡くなった子に対する同情も大してしない親たち。地縁血縁で絡めとられている地元メディア等々、様々な立場の様々な大人たちの考えや行動が繊細かつ詳細に描き出される大人の群像劇。

物語の後半部は主に子どもたちのフラッシュバックを交えていよいよ真相が明らかにされていきます。「中学生は鳥の群れのようなもので、皆が飛ぶ方に自然と体が反応し、考えもなくついていく」し、「命の尊さも、人生の意義も、人の気持ちも、自分の気持ちさえも、ちゃんとわかってはいない」未完成な人間の群像劇が色鮮やかに生き生きと展開されています。彼らの不安定で未完成ゆえの残酷さも包み隠さず描き出され、それでいて押しつけがましいモラルがどこにもないので、読者の解釈の余地が大きくなっています。ただ、様々な人にスポットライトを当ててその人の立場や視点から見た現実、感情の動き、時には悪意や中傷も含めて誠実に浮き彫りにされているので、特定の人物に感情移入したり、特定の立場を取るのは難しくなっていると思います。ある意味、【神の視点】のような感じがしないでもありません。

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