グローバル化に疲弊した世界
フランスの歴史学者のエマニュエル・トッド教授はアメリカの「トランプ現象」やイギリスの「EU離脱」などを”グローバル化への疲れた世界の現象”だと警鐘を鳴らしています。グローバル化が行き過ぎると人口のわずか1%の富裕層が特権化するといいます。英国のEU離脱やアメリカの「トランプ現象」は大衆の反発であり、「民主主義の復活」です。社会の衝突は経済的な原因から教育的な原因に移行したのです。日本でなくとも学歴主義・偏差値主義はあるといいます。
確かに高学歴なら一流で低学歴(といっても高卒専門学校卒でもですが)なら「じゃあガソリンスタンドで」「じゃあ、工場で」「事務職もうやってない(という嘘)」です。どんなに才能があっても低学歴なら認められないのです。そういうひとが1%に登り詰めるには、特殊な才能が認められるか、宝くじが当るか(笑)とにかく教育レベルはそのひとの経済的な将来を決めてしまうからです。
ほとんどのひとが高等教育を受けるようになり、高学歴ないわゆる「学歴エリート」は低学歴を侮蔑的にみていて「上から目線」で大衆の反発を「ポピュリズム(大衆迎合)」と笑うだけです。低学歴はすべてを諦めざる得ない。
まことに哀しく、理不尽な社会です。偏差値や学歴ですべてが決まってしまう。まことに馬鹿げた社会であり世界なんです。
私はこうした格差が、もっといえば高学歴な集団が、愚かな集団であると思います。大卒資格や博士号を得ることが駄目だというのではない。むしろいいことでしょう。只、本当のエリートとは社会的な責任(いわゆるノブレスオブリージュ)を自覚して社会的に貢献しているひとたちなんです。
大学を出れば一流ではないのは馬鹿でもわかること。それがわからないから馬鹿だ、というんです。農協の人事担当や零細企業の人事担当者ならそれでもいいかもしれません。ですが、普通の企業はそういう学歴主義・偏差値主義で人事をしては馬鹿な学歴エリートをつかむことになります。
ほんとうにグローバル化に疲弊した世界はもう学歴に騙されない世界に変わり始めました。日本の企業や組織の変革は、いつ頃になるでしょうか?組織や会社がつぶれる前に、そのことを気づけばいいのですが(笑)こればかりは社会の変革ですから何ともならないかも知れません。まさに悪夢です。
山形県 フリージャーナリスト 緑川鷲羽(46)