海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「ボードリヤール、最後の予言者」と題する『ツァイト』紙の記事。

2007年03月10日 | 人物
ジャン・ボードリヤールが存在しなかったとしたら、世界には時代感情が一つだけ少なくなっただろう。「ポストモダン」や「時代の終わった後の時代」、「歴史からの別離」についての観念ほど彼の名前に結びついたものはない。ポストモダンについての議論は、1980年代の示唆的な呪文であって、それは他の何ものよりも人々の頭脳を悩ませた。ボードリヤールにとっては、ポストモダンは次のことを意味した。つまり、文明がその沸点を通り過ぎて、これからは、人々を冷やすだろうということを意味した。文明は現場におり、多くのことが起こるだろうが、実際は何も起こらない。出来事はもはや起こらない。起こるとしたら、僅かにディスプレー上のシミュレーションとしてしか起こらない。新しい時代、歴史後の時代には、真理も政治も存在しない。ボドリヤールによれば、ニーチェは、「神の死」という言葉でまだ人々の注意を引きつけることができたが、われわれ最後の近代人は、歴史の消滅と政治の終わりに関わっている。(大学紛争が起こった)1968年の出来事は、事物の歴史的経過の中では最後の痙攣だった。その後では、「現実的なものの苦悶」、「大いなる吸収」、「惨めな消失」が始まった。
ボードリヤールのどの本も、まるで鎮魂曲のように読める。以前には現実と呼ばれたものは、彼にとっては、万能ですべてを支配するメディアの仮象の中に消えた。現実性は、それ自身のシミュレーションと区別できない。商品世界の映像の経済、広告のパンオプティコン的なテロは、世界にその刻印を押している。彼がその主著『シンボル的な交換と死』という主著で書いているように、一切は今や類似性に襲われている。貫徹された近代は、差異や逸脱を認めない。生活のメディア的なルーチンには、もはやいかなる外側も存在せず、一切は僅かにそれ自身のシミュレーションである。「常に同一という地獄」では、まず言葉とそのエネルギーが消え去る。次に主観とその愛が、最後にあらゆる歴史の根源である生きたもの自体が消え去る。
ボードリヤールは、確かに自分の理論に長くは我慢できなかった。ベルリンの壁の崩壊後、「歴史の復活」後、彼は新しくて古い実体の出現を、彼自身の理論の修正の出現を見張っていた。シミュレーションと人工性の彼方にある「真理」と「生」の出現を見張っていた。それと同時に、恐らく彼の知的経歴の中で最も神経をいらだたせる時代が始まった。ボードリヤールは、「神のごとき左翼」に弔鐘を鳴らし、新右翼にこびを売った。フランスの平等主義に対する彼の憎悪は、前例がない。西欧の消費社会が死ねばよいと彼は願った。ボードリヤールは、反啓蒙主義の黙示録記者に変身した。9.11のテロを、彼は、西欧の仮象まっただ中の歴史の合図、現実的なもの復帰だと理解した。反動的な予言者は、自分自身の予言を祝って、イスラム原理主義を抑圧された者達の再帰であり、空虚な自由への回答であると解釈した。ボードリヤールにとっては、原理主義は、「抗体の反逆」であって、アメリカとその生活形式に屈服し、自分の自己憎悪と傲慢と「知」を地の果てまで広めたグローバル化した西欧の一現象だった。
原理主義は、その初めから無垢な世界に復讐し、それを一様性という砂漠に変えた神なき西欧の暗黒面であると彼は主張し続けた。一言で言えば、原理主義的宗教は、そのもっとも神聖な価値を犠牲にし、暇つぶしと、消費の精神性と成長と商品の物神崇拝的な崇拝以外に何もなしえないある文明の情けない空虚の中で破裂したのだ。それは、挑発としての反ヒューマニズムであり、彼の初期の時代のいかがわしい残響である。だが、ボードリヤールの途方もなさは、「不正である」という以外の夢を夢見たことのない武装したメランコリーの一形式でもあった。彼の最も美しい著作の一つである『クール・メモリー』の中で、彼は「反駁されるという気違いじみた希望」と書き留めている。
ジャン・ボードリヤールは、自分は社会学者でもあると言い張った。社会学者の共同体のタブーを破り、歴史哲学的な考察や形而上学的思弁を恐れない社会学者だった。根拠のないアフォリズムと大きな自己意識でもって、彼は己の系列においても自分を道化にし、自分の同僚達を社会についてはいささか理解しているが、人生については何も知らず、結局なんにも理解していないと非難して激怒させた。一切が解体するように定められている近代について何も理解せず、究極の実存的現実つまり死について何も理解しないと非難した。
今週、火曜日、ジャン・ボードリヤールは、77才でパリで死去した。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする