旅人ひとりー大阪大学探検部一期生のたわごとー

とこしえの精神(こころ)を求めて、さまよ(彷徨)う旅人ひとり。やすらぎを追い続け、やがてかなわぬ果てしなき夢と知るのみ。

蝶と道尾秀介著・光媒の花

2010-10-01 | 
この本の広告を見た時、表紙カバーに一匹の蝶が舞っているのに気付いた。そして「一匹の蝶が見た、絶望の果ての温かく希望にみちた世界」の文字が目に入った。カバーに蝶が描かれていたり、タイトルに蝶の名前が入っていても、本の内容が蝶と関係の無い場合が多くて、がっかりすることがよくあるが、この時はなぜか心に響くものを感じて、すぐに本屋で手に入れた。

読み進んでいって、文章の構成の巧みさに思わず唸った。さすがミステリー、ホラー、文芸などのジャンルを超えた作品を生み出している著者だと感嘆した。連作群像劇と謳っているように六章から成る小説はそれぞれの章が独立した物語になっていながら、一部が互いに関連を持ち著者の優れた筆力で僕をアッと思わせる展開を見せる。

そして肝腎の「蝶」も僕の期待を裏切らなかった。各章に必ず蝶を登場させている、しかも暗く絶望的な世界からあたらしい希望を予感させる未来への先導役として「蝶」は忽然として姿を現す。どんなに救いようのない状態でも未来への希望を捨ててはいけないよ、と蝶は教えている。僕は常々、蝶を美の象徴であるばかりでなく、儚げな存在に見えながら実はしなやかにたくましく生きていることを書き綴っているが、著者は正しく蝶の生命力の強さを未来への希望のシンボルとして書き表している。暗澹たるストーリーが続く中、一匹の蝶の存在を挿入することにより登場人物と読者を絶望の淵から救いあげている著者の意図に蝶屋として厚い敬意を表したい。

著者はひょっとして虫屋(蝶屋)かも、あるいは虫屋を目指していたのかも知れない!と感じさせる表現がある。「第三章 冬の蝶」に越冬するキタテハの描写の部分は正しく蝶屋の眼を通して描かれている。また「当時の私には、昆虫学者になるという夢があった」という文章や「第六章 遠い光」ではトンボに詳しい少年が「将来は昆虫学者?」と聞かれて「そのつもり」「昆虫学者になりたかったというよそのおじさんが夢を大きく持てって教えてくれたから、昆虫学者になることにしたんだ。虫が好きだから」というくだりがあって、著者の虫に寄せるただならぬ関心がうかがえて興味深い。

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