★★★「冷めている聖夜~ころ柿の里~」★★★ 松井多絵子
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つれあいが我に逆らうときつねにその頤(おとがい)に左手があり
啄木がじっと見たのは左手か右手かあるいは冬の妻の手
湯沢駅一番線のホームにて再会する彼、ではない彼に
専攻は人体美学のこの人はわたしのからだの秋を知らない
百年に一度の不況を言いながらその手を見ている膝の上の手を
かつてあふるるほどの力のありし手は、あふるるほど光のありし手は
「わたしたち今も自意識過剰だわ」「猿だった頃に戻りたいなあ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
音のなき笛吹川にそいながら探していたり「ころ柿の里」
ころ柿の里のマップに犬小屋のごと信玄の恵林寺があり
しかしながらしかしながらというように歩いているかも肩を並べて
「柿はからだの中をきれいにするらしい」「あなたの心に柿の灯りを」
ひさかたの光かぼそき枯れ草の小道を歩く、街へ行こうか
今年との別れを知らせる唱なのだジングルベルを聴かねばならぬ
それ以上言わなくていい、これ以上言いたくはない清しこの夜
曲がり曲りてきし暗道をひき返す鉛の足を引きずりながら
くたびれた足がくたびれた靴をぬぎ冷えた廊下を踏むマイホーム
猫は耳をとがらせ我の嘘を聞き夫はタバコのけむりを放つ
※歌集『厚着の王さま』の「ころ柿の里」より