えくぼ

ごいっしょにおしゃべりしましょう。

テレビの「まれ」

2015-03-31 09:36:20 | 歌う

            ✿ テレビの「まれ」 ✿

 ▲ ひもを解き箱をひらけばモンブランその頂上につややかな栗  松井多絵子

 パティシエというお洒落れな言葉はいつのまにか日本語になってしまった。洋菓子職人などという人はいない。3月30日から始まったNHK朝のドラマ✿「まれ」、「希」を「まれ」と読む。ヒロインの女の子の名前である。1994年夏、小学5年のまれの一家は能登半島にやってくる。外浦(そとら)村は架空の漁村。まれの父親が事業に失敗し家族は東京から夜逃げしてきたのだ。以前、民宿をやっていた文の家に泊まらせてもらう。ぶっきらぼうの「文」を演じているのが田中裕子。あの「おしん」だ。私は久しぶりに彼女を見る。まだ老女ではない。

 気はいいが夢ばかり追う父親に反抗して「まれ」は夢が嫌いな少女。ボーイッシュで爽やかである。甘い性格の人間が嫌いな彼女が世界一のケーキ職人を目指す、その矛盾がおもしろそうなドラマだ。これから画面にケーキがたびたび写るであろう。春の花園のように。

 「まれ」のモデルは石川県出身の元・公務員という説がある。辻口博啓(45歳)の実家は和菓子屋だったが倒産し、フランスで菓子作りの修業。東京の自由が丘で洋菓子店「モンサンクレール」の店長となり、スイーツの魅力を伝える人材の育成に励んでいるらしい。スイーツは見て楽しく食べればさらに楽しい。しかし、ゼッタイ太りたく人には魔物となるのだ。

    、スイーツは好きだけど嫌いにならなければならない、私は。

                                   3月尽日  松井多絵子

   < 短歌情報 > 

 永田和宏著 ❤ 『人生の節目で読んでほしい短歌』 NHK出版・本体820円

   卒業や結婚、介護や愛する者の死・・・。そんな「特別の時間」に詠まれ名歌の数々

 増田啓子歌集 ❤ 『春の橋』  角川学芸出版・本体2600円

            「思案橋、久米の岩橋、占問橋、思ひ兼ぬるとき橋を渡りぬ」   

   

        


地球そぞろ歩き ①

2015-03-30 09:13:10 | 歌う

           ~ 地球そぞろ歩き ① ~

 ♠ いまわれは地球の上を歩み行く桜はなびら踏みしめながら   松井多絵子

 今年の東京の桜の開花発表は1週間前だった。靖国神社の桜が数輪ひらけば、東京の桜が開花する。しかし私の家の近くの緑道の桜は毎年靖国神社より2,3日早く開花する。すでに満開になり散りはじめている。この道は目黒川緑道~烏山川緑道~三軒茶屋まで、いやその先も上馬、弦巻まで続いている。私が毎日のように歩いているのは蛇崩川の上。川に蓋をして造った緑道で、現在は地下に下水道の幹線が通っているらしい。

 ♠ 詩の餌を探すのはやめる緑道の左右の桜の盛りの今は

 昨日の午後は日曜なのにこの道を歩いている人は少なかった。今にも雨が降りそうな暗雲の空。さくらは満開なのに。私はさくらを独りじめしながら歩く。小学校もそのあたりも桜が満開。わたしの子供の頃はさくらは入学式を飾る花だったのに。東京の温暖化か。

 ♠ わが町の胸かも此処は水車橋跡に佇み深呼吸する  

 緑道のところどころにスリムな公園がある、遊具が備えてあったりベンチがあったり。

 ♠ 滑る子を待つすべり台のスロープの急なる斜面を微風が滑る

 ♠ どのような語らいありしかこのベンチあるいは恋の入り口、出口

 ベンチに座る、ひとりには広すぎるベンチ、冷えているベンチの私を枝垂れ桜が覆う。

 ♠ もうひとり誰かがここにいて欲しい微かにゆれる枝垂れ桜は

  私は遊歩道をぬけ三軒茶屋駅前に出る。降りそうなのに雨は降らない、区立世田谷公園へ向かう、約20分歩き公園に来る。桜満開、この公園の広場にある噴水を久しぶりに眺めていると、雨が降り出す、あたりが暗くなり私は逃げるように公園を去った。家に近づいたときは夕焼け、イジワルな春の雨だった。 これは昨日のこと。私は地球を1万1652歩も歩いたのだ。この冬の私を歩かせてくれたブーツをしまう。ご苦労さまでした。 

                       3月30日   松井多絵子

 

 

  


歩けば元気に

2015-03-29 09:19:23 | 歌う

            ・・・ 歩けば元気に ・・・

 ✿ いま歩くこの細道のかなたには太平洋がひろがっている  松井多絵子

 放送作家の高田文夫さんは歩数計を身につけ、まめに歩く。月に1度、気心の知れた仲間と下町を約3時間、ゆったり散策する散歩会も開いている。09年の東京マラソンに出場中に倒れ、一時は心肺停止になったタレントの松村邦洋さん(47)も常連のお供だそうだ。私は美容体操で腰痛になったこともあり、やはり歩くことが無理のない健康法だとおもう。

 高田さんは2012年4月11日夕刻に意識を失い、病院へかつぎこまれると、不整脈で心肺停止、8か所を手術してペースメーカーを取りつけ、集中治療室に。約3か月も入院した。1948年生まれだからまだ老人になったばかり、「スターどっきり㊙報告」など数々のヒット番組を手がけた。あの世へ行くのは早すぎる。「学生の頃から1日4箱吸ってた」彼のような男には成功しているひとがかなりいるが、タバコと酒のために成功半ばで無念の死も多い。

 ✿ 歩くだけ、歩けば景色はわたくしを健やかにする春はことさら  松井多絵子

 退院したらタバコのことを忘れた高田さん。「心肺停止」が「心配停止」になったとは。運がよかったですね。きっと長生きなさいますよ。わたしの周りの元気な老人はよく歩いている。江戸時代は1人平均1日6キロ歩いたらしいという記事を見たことがある。散歩なんて優雅なことでなく、歩かなければ食べることができなかったのだ。働きながらお花見をした人々が多かったかもしれない。折角サクラが開いてくれたのだ。今日は近く桜を眺めよう。

      ✿ 南側ばかりわんさと咲いているソメイヨシノの意気がまぶしい 

                       3月29日  松井多絵子

 


世界遺産検定?

2015-03-28 09:23:06 | 歌う

            ・・・ 世界遺産検定 ? ・・・

♠ ボクたちの富士山の高さはアバウトで二千、三千、五千メートル  松井多絵子

 社会科・日本地理のテストに富士山の標高は?などという出題はないだろう。子供だけでなく、大人も正確に答えられないのではないか。世界遺産になってから登山者が急増しその重みで富士山が低くなったのではないかと私は思うのだが。富士山は2013年6月に世界遺産に登録された。自然遺産ではなく、「信仰の対象と芸術の源泉」として文化遺産になったのだ。

 各種の検定のなかに「世界遺産検定」もあるそうだ。世界遺産の持つ意義を理解し、国際交流の一助になるように、外国人に日本の遺産を説明できるようにとの観点かららしい。検定は年4回行われ、4級からマイスターまでの5段階。問題は難しいわけではなく3級や4級はテキストを一ヶ月程度勉強すれば受かるそうだ。小学2年から、90歳代の受験生など幅広い。

 ▲世界遺産検定 次回は7月5日(日) 首都圏では水戸、宇都宮、前橋、さいたま、千葉、柏、東京(2か所)と多摩地区、川崎、横浜で受験できる。申し込みはホ―ムページ(世界遺産検定で検索) 6月1日まで。郵送は5月25日まで。▲テキスト 3級が1300円(税別) 4級が950円、過去問題集は3・4級が1200円。 ㊟ アカデミー研究員または認定講師が世界遺産のための効率的な勉強法について詳しく説明する。

 ◉ 東京会場 千代田区一ツ橋1丁目1番1号パレスサイドビルマイナビルーム
 ◉ 名古屋会場  名古屋市中村区名駅4丁目7番地1

 出題されるのは、ほとんどが観光地だから、知っていると旅が楽しくなる。海外ではワインと世界遺産を知っていれば話題に困らない。大学のAO入試などで評価の対象になるとか。

  ♠ 富士山を見にきてくれし中国の女たちみな美しく見える

     昨秋富士5合目の売店で会った細身の中国女性たち、お元気ですか。

                           3月28日  松井多絵子

 

 

 

 


高野公彦のトンボ

2015-03-27 09:25:54 | 歌う

            → 高野公彦のトンボ → 

 朝日歌壇選者の高野公彦が短歌を始めたのは、朝日歌壇への投稿からだそうである。

★ 夏真昼木をひきつくししんしんと丸のこぎりは回りけるかも  高野公彦
                                          (昭和38・8・4)

 はじめて投稿したこの歌が五島美代子選の入選となり、賞品として葉書五枚が送られてきた。私もそうだった。はじめての歌が入選、葉書は10枚だった。しかし高野は宮柊二にも次々に選ばれたらしい、20代でのスタート。結社「コスモス」に入り本格的に短歌を。

 高野は文学少年だったわけではない。工業高校機械科を卒業し、横浜の日産自動車に入社し、エンジンの改良・開発の部門で働いた。仕事は面白かったが、巨大企業の一員であることに不満だったようだ。入社一年余で退職し、大学受験勉強。そして翌年合格した。

 昭和37年、大学の国文科の学生になり、石川啄木の『一握の砂』に刺激を受け、歌を作りはじめた。当時の若者は小説や詩に興味を持つ者が多かった。私も若いころは短歌より詩の方が好き。短歌をはじめたのが高野より30年も遅かった。

 角川『短歌』の4月号巻頭エッセイは高野公彦の 「小さなトンボ」

 ★ 歌といふ小さなトンボ追ひかけて六十九となりにけるかな  高野公彦

 この歌は平成23年の作で 歌集『流木』に収められている。 「歌はトンボのようなもの」だと高野公彦。心の中の虚空を、翅をキラキラ光らせながら、音もなく、右に左に、高く低く飛翔している感情の断片、いわばそれがトンボである。捕まえようとしても、なかなか捕まらない。でも追いかけるのが楽しくて、こんなに長く歌を作り続けてきた。捕まえても小さなトンボでしかないけれど、」と。 トンボを「蜻蛉」と詠む歌人が多いが私はトンボの方が好きだ。

     この夏は私もトンボを追いかけます。ゆっくり飛んでね。トンボたちよ。

                            3月27日  松井多絵子