救急一直線 特別ブログ Happy保存の法則 ー United in the World for Us ー

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症例 百日咳を考える

2008年05月15日 00時02分47秒 | 救急医療

 百日咳への罹患を心配して,1985年生まれ23歳の患者さんが,受診した。咳が2週間止まらないという。そして,百日咳と診断された30才の同僚のそばにいたという。1985年,この時期は,DPT三種混合ワクチンが再開されている時期であるが,1970年代生まれの方は「百日咳ワクチン」を受けていない。また,ワクチンを受けていたとしても,軽症として百日咳に罹患する可能性はある。既に他界した私の父は小児科医であり,九州帝国大学医學部の小児科で,百日咳毒素やβガラクトシダーゼの研究,百日咳ワクチンの開発を行っていた。彼の学位は,「百日咳の病態に関する研究」である。僕は,子供の頃,百日咳の研究や乳糖の話をよく聞いたものだった。


百日も咳をするのか?

 百日咳(pertussis, whooping cough )は,グラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis )の感染による気道感染症である。コンコンコンコンコン,連続した短い咳がスタッカート様に連続的に起こり,さらに吸気時に笛のようなヒューという笛音(whoop)が聴取でき,この様な繰り返される咳嗽発作が「レプリーゼ」と呼ばれている。感染経路は,飛沫感染と接触感染である。マスクと手洗いで予防可能である。大人の場合は通常見過ごされることが多く,定型的な症状を示さぬ場合のほうが多いようだ。百日咳菌は,1906年にJules-Jean-Baptiste-Vincent Bordet とOctave Gengou が発見したため,Bordet-Gengou 菌( ボルデ・ジャング菌; Bordet-Gengou bacillus; bacillus of Bordet and Gengou )とも呼ばれている。
 百日咳の発症機序には,百日咳菌の細胞構成成分や生物活性物質が関与している。線維状血球凝集素(FHA),パータクチン,凝集素(アグルチノーゲン2・3)などのアンカー蛋白,百日咳毒素(pertussis toxin),気管上皮細胞毒素などが,気道攣縮作用を惹起するようである。しかし,この詳細については,より理解を深めていかねばならない。


【百日咳の疫学とワクチン】 

 WHO の発表では,世界の百日咳患者数は年間2,000ー4,000 万人レベルであり,その約90%は発展途上国の小児であり,死亡数は約20ー40 万人である。1歳以下の乳児,特に生後6 カ月以下では死に至る危険性も高く,現在は,百日咳ワクチンを含むDPT 三種混合ワクチン接種(ジフテリア・百日咳・破傷風)が,本邦でも実施されている。
 本邦における百日咳(P)ワクチンは,1950年からの予防接種法でワクチンに定められた時点から始まり,1958年の予防接種法改正ではジフテリア(D)との混合のDP 二種混合ワクチンとなり,さらに1968(昭和43)年からは破傷風(T)を含めたDPT 三種混合ワクチンとして,定期接種として広く施行されていた。しかし,1970年代からは,DPT ワクチンのうち,百日咳ワクチンによる脳症などの重篤な副反応が問題となり,1975年2月に百日咳ワクチンを含む予防接種は中止となった。これにより,1979年には百日咳の年間の届け出数は約13,000 例に増加し,死亡者数は約20~30例に増加した。この当時の百日咳ワクチンは全菌体ワクチンであり,これが,髄膜炎や脳症の誘因となることより,無細胞ワクチン(acellular vaccine)の開発が急がれた。1981年より無細胞ワクチン(Pa)が臨床使用されるようになり,現在は生菌ではないワクチンが利用できるようになり,本邦における百日咳による幼児の罹患率と死亡数が激減した。さらに,これら現行のDPaT ワクチンの安全性の確認の後,1994年10月からはDPaT ワクチンの接種開始年齢が,以前の2歳から3カ月に引き下げられた。
 標準的なワクチン接種は,第Ⅰ期初回接種として,生後3か月から12か月までの間に3-8週間隔で三種混合ワクチン(DTaP)を3回,接種する。さらに,第Ⅰ期初回接種を終了してから12-18か月後に第Ⅰ期追加接種として,三種混合ワクチン(DTaP)を1回接種する。すなわち,4回の三種混合ワクチン(DTaP)が推奨されている。

【臨床症状】

臨床経過は,3期に分けられる。

1.カタル期(約2週間持続)
通常7~10日間程度の潜伏期を経て,普通のかぜ症状で始まり,次第に咳の回数が増えて程度も激しくなる。

2.痙咳期(約2~3週間持続)
発作性けいれん性の咳(痙咳)が出現する。発熱はあっても微熱程度であり,38度を超えにくい。息をつめて咳をする傾向があり,顔面の静脈圧が上昇し,顔面浮腫,眼球結膜出血,鼻出血などが見られることもある。非発作時は無症状であるが,何らかの刺激が加わると発作が誘発される。また,夜間に発作が多い。年令が小さいほど症状は非定型的であり,乳児期早期では特徴的な咳がなく,単に息を止めているような無呼吸発作からチアノーゼ,けいれん,呼吸停止と進展することがあるので,百日咳を念頭に入れた注意が必要である。

3.回復期(3 週~)
激しい発作は次第に減衰し,2~3週間で認められなくなるが,その後も時折忘れた頃に発作性の咳が出る。全経過約2~3カ月で回復する。

 
【診 断】

 確定診断のためには,鼻咽頭からの百日咳菌の分離同定が必要である。ボルデ・ジャング(Bordet ‐Gengou)培地やCSM (cyclodextrin solid medium )などの特殊培地での培養が必要である。菌はカタル期後半に検出され,痙咳期に入ると検出されにくくなるため,菌の分離同定が得られない場合もある。血清診断では百日咳菌凝集素価の測定が行われることが多く,ペア血清(2 週間以上の間隔)で4 倍以上の抗体価上昇があるか,シングル血清で40 倍以上であれば診断価値は高いと考えられている。また,現在は,ELISA 法による抗PT 抗体,抗FHA 抗体の測定や,PCR 法による検出も可能である。血液分画では,リンパ球が増加する。

【治 療】

1. 抗菌薬の選択
 百日咳菌の治療には,エリスロマイシン,クラリスロマイシン,アジスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が用いられる。これらは特にカタル期に有効とされている。患者からの菌の排出は咳の開始から約3週間持続するが,エリスロマイシンやクラリスロマイシンによる適切な治療により,服用開始から5日後には菌の分離は,ほぼ陰性となる。しかし、再排菌などを考慮すると、抗生剤の投与期間として2週間は必要であると思われる。年齢や予防接種歴に関わらず,家族や濃厚接触者にはエリスロマイシンかクラリスロマイシンかアジスロマイシンを,10~14日間予防投与する。疑わしき場合は,呼吸器内科でのフォローを依頼することが望ましい。一般医に,咳喘息と診断されて,きちんと調べられていない場合も認められる。

2.鎮咳
痙咳に対しては,去痰剤や気管支拡張剤などが使われる。

3.IVIG
重症例では抗PT 抗体を期待してガンマグロブリン大量投与も検討する。

集中治療の適応として,理解を深めておきたいところである。

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