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講義 急性肝不全の管理

2016年10月03日 21時36分27秒 | 講義録・講演記録4

講座 急性肝不全の管理 2016

 

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

はじめに

 肝不全は,広範な肝細胞死から肝臓における蛋白合成や解毒能が低下し,生命維持に障害をきたす病態です。消化管から門脈を介しての肝血流の流入が減じ,それらの肝臓以外への静脈系短絡により,門脈圧は正常な5-10 mmHgから上昇し,門脈圧亢進症が生じ,食道静脈瘤,直腸静脈瘤やメズサの頭(腹壁静脈瘤)のように,消化管出血や静脈瘤破裂に注意が必要となります。消化管からの吸収された分子が門脈を通して肝臓に移行しなくなるため,肝臓の1st pass effectが低下し,肝解毒能などの低下などにより,意識障害として肝性脳症が生じることにも注意します。

 この肝不全は,急性型である急性肝不全と,慢性型である肝硬変に大別されます。欧米における急性肝不全(acute liver failure:ALF)は,従来の日本における肝炎ウイルスによって病理学的に肝炎像が進行する劇症肝炎(fulminant hepatitis:FH)に限らず,肝炎像を伴わない肝不全として例えば,急性循環不全,急性薬物中毒,妊娠,Reye症候群などを含むものとして定義されています。これに照らして,本邦においても急性肝不全の診断基準が2011年に厚生労働省「難治性の肝・胆道系疾患に関する研究班」より公表され,2015年に改定されています1,2)。右心不全やショックの遷延によっても,また,薬物中毒や熱中症においても,肝不全は生じます。

 このような急性肝不全においては,ウイルス性肝炎や右心不全などの要因を明確として,早急に治療指針を立てる必要があります。急性期には,集中治療管理や全身管理が必要となる場合がありますが,その見極めとなる内容を整理できると良いです。本稿では,急性肝不全の診断と治療,そしてショック肝の管理についてまとめます。そして,時期を見て,時折,追記とさせていただきます。

 

急性肝不全の本邦における定義

 急性肝不全の定義と診断基準は,2011年に拡大されており,本邦では「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班の研究報告1,2)が知られています。2016年の段階で,急性肝不全の定義は,「正常肝ないし肝予備能が正常と考えられる肝に肝障害が生じ,初発症状出現から8週間以内に高度の肝機能障害に進行し,プロトロンビン時間(prothrombin time:PT)が40%以下あるいはPT-INR値1.5以上を示すものとされています(表1)。

 肝臓の機能というと,GOTとGPTが上昇する病態と答える学生さんがいますが,肝臓の機能として大切なことは,①蛋白合成,②凝固因子産生,③コレステロール合成,④解毒能です。血清蛋白のうち最も多いアルブミン,抗凝固に関与するアンチトロンビンⅢ,副交感神経や神経筋接合部の活性分子アセチルコリンの分解するコリンエステラーゼなど多くの蛋白を産生しています。

 急性肝不全における意識障害は,肝性脳症が昏睡度としてI度までの「非昏睡型」と,昏睡II度以上の肝性脳症を呈する「昏睡型」に分類されています。また,昏睡型急性肝不全は,初発症状出現から昏睡II度以上の肝性脳症が出現するまでの期間が10日以内であれば「急性型」,11 日以上 56日以内までとして「いいゴロ」が見つかりませんが「亜急性型」に分類しています。

 一方,肝性脳症における昏睡度の判定には,成人では犬山分類(表2)3)が現在も用いられています。劇症肝炎は,例えば,肝性脳症Ⅱ度以上,初発症状の出現から10日以内の昏睡の発症として,急性昏睡型肝不全に分類できます。また,小児では「第5回小児肝臓ワークショップによる小児肝性脳症の分類」(表3)が用いられています。日本における小児劇症肝不全の発生数は,2016年までの段階で年間約10〜20例であり,成人劇症肝炎の年間約1,000例と比べると非常に少ないという特徴があります。

 

 急性肝不全の発症原因の評価

 急性肝不全においては,発症に関与する要因の評価が必要です(表4)。要因,この原因についての治療は炎症の進行を抑制するために不可欠となります。急性肝不全の治療では,2次的な増悪を抑制するために「呼吸と循環の安定化」に注意しますが,付け加えてウイルス性要因と薬剤性要因の評価を行ないます。ウイルス性要因については,IgM-HAV,HBs抗原,IgM−HBc抗体,HBV-DNA,HVC抗体,HCV-RNA,IgA-HEV,HEV-RNA,およびEpstein-Barr virus(EBV),サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus:CMV)の評価を行っています。

 EBVに対する抗体は,外殻抗原(viral capsid antigen:VCA),核内抗原(EBV- associated nuclear antigen:EBNA),早期抗原(Early Antigen:EA-DR)の3種の抗原をターゲットとする抗体を評価します。早期抗原EAには,アルコール非感受性のEA-Dとアルコール感受性EA-Rがあり,合わせてEA-DRと呼ばれています。EBVウイルスが溶解感染を起こした時にVCAとEA-DRが発現することが知られており,一方,EBNAは潜伏感染において発現するようです。EBVは伝染性単核症の原因ウイルスとして特に有名ですが,この急性期などのように,IgM-VCA抗体が出現する場合,EBV感染の確定診断となります。また,IgG-VCA抗体はEBVの既感染状態で陽性となりますが,感染増悪,すなわち再活性化により異常高値となりますので,IgG-VCA抗体の異常高値においてはEBV感染の増悪を疑います。その上で,EBNA抗体は初感染の回復期から陽性になり,持続的に検出される傾向があることに注意します。以上より,急性肝不全におけるEBVの評価4)としては,IgM-VCA抗体とEBNA抗体または,IgG-VCA抗体のペア血清とEBNA抗体を検査します。再活性化したEBVに対してはIgG-VCA抗体や IgG-EADR抗体を評価します。保険未収載ですが,血液中のEBV量を定量できます。

 そして,CMVが肝炎を誘導することも知られています5, 6)。CMVにおいては,IgG-CMV抗体は既感染,IgM-CMVは新規感染として評価する。ウイルス迅速同定にはシェルバイアル法,CMV抗原血症検査としてCMVアンチゲネミア法,さらに尿,血液,唾液,骨髄液,BAL液など各種検体からCMVのDNA定量を行います。

 呼吸および循環が肝不全に与える影響については,肝臓や全身の虚血の評価が重要です。全身や肝臓の低酸素を導く要因は,①低酸素血症,②貧血(Hb<7 g/dLに注意),③静脈うっ血(拘束性ショック,右心不全),④低心拍出量・低血圧であり,適時,代謝性アシドーシスの進行(base excess)と血清乳酸値推移を動脈血ガス分析で評価し,時系列での虚血評価の中で肝不全の治療を展開します。その上で,薬剤性要因などにおいては,その早急な代謝を考慮することが必要です。また,自己免疫に関する評価も必要となります。

 自己免疫性肝炎は,自己抗体の検出パターンで 1型と2 型に分類されています。本邦では1 型が多く,抗核抗体または抗平滑筋抗体が陽性となる特徴があります。2 型は抗 LKM-1 抗体が陽性となる特徴があり,欧米の若年層に多く,本邦では少ないとされています。 自己免疫性肝炎については,1型における抗核抗体や抗平滑筋抗体,2型におけるLKM-1やPD-1などの自己抗体の陽性,血清IgGの高値を確認します。日本人では約60%の症例でHLA(human leukocyte antigen)-DR4陽性,欧米ではHLA-DR3とHLA-DR4 の陽性例が多いことから,これらの自己抗体の発現には遺伝的素因が関与していると考えられています。本邦における「難治性の肝・胆道疾患調査研究班」による全国集計では約1,000名が自己免疫性肝炎として登録されており,約10,000名の自己免疫性肝炎が本邦に存在すると推定されています。本邦の自己免疫性肝炎は,50〜60歳代の女性に発症し,慢性肝炎となりやすいことも知られています7, 8)。自己抗体に対しては,ステロイドで効果的に抑制できる可能性があります(表5)。

 一方,小児肝不全の発症要因としては,先天性心疾患などによる心不全要因に加えて,B 型肝炎や単純ヘルペスの母児感染例における抗ウイルス薬投与,自己免疫性肝炎,血球貪食症候群などが知られています9)。幼少時期には,感染症として単純ヘルペスウイルス,アデノウイルス,エコーウイルス,コクサッキーウイルスなどのウイルス感染症,先天代謝異常として,新生児ヘモクロマトーシス,ミトコンドリア脳筋症,果糖不耐症,α1アンチトリプシン欠損症,ガラクトース血症,チロジン血症,Zellweger症候群(ペルオキシソーム形成異常)などに注意が必要となります。学童期以降は,熱中症,バルプロ酸,アセトアミノフェン,サリチル酸などの薬剤性肝障害,自己免疫性肝障害,Wilson病などによる肝不全に注意します。

 

 急性肝不全の管理

 急性肝不全では,肝細胞死に伴う肝細胞やミトコンドリアから放出される細胞壊死分子が全身性炎症を導きます10-12)。これらは,近年はdamage-associated molecular patterns(DAMPs)12)として概念が整理されてきていますが,全身性炎症として急性肺傷害,ショック,急性腎傷害,播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC)を誘導します。急性肝不全では,このような肝細胞死に伴う2次性に多臓器不全の誘導が起こりますし,直接に肝性脳症による意識障害,門脈圧亢進に伴う心前負荷上昇,消化管浮腫とbacterial translocation,胸水および腹水などの3edスペース形成,脾機能亢進に伴う血小板減少症なども導かれ,このような「肝臓の急性虚血」の表現型として「ショック肝」という呼称が用いられます。

1. 感染防制御の多職種間における徹底

 急性肝不全の管理においても,他の急性期病態と同様に,接触感染予防策の徹底が必要です。血液浄化法に用いる挿入したカテーテルや中心静脈路に対する接触感染は,特に予防に注意すべきです。急性肝不全における予防的抗菌薬については,現在までに推奨するエビデンスはありませんので,予防的抗菌薬の投与を推奨していません。急性肝不全では,呼吸数が速く交感神経緊張のあるときなどは特に,好中球やリンパ球の機能が低下します。易感染状態にあることに注意し,感染兆候の出現した際には,血液培養検体を直ちに2セット以上提出し,グラム陽性菌およびグラム陰性菌を念頭においた広域抗菌薬を治療的抗菌薬として投与するようにします。

2.意識・呼吸・循環の安定化

 意識・呼吸・循環の安定化は,併行して三位一体として対応します。急性肝不全では,まず肝性脳症の昏睡度(表2)を評価し,頭蓋内圧(intracranial pressure:ICP)の上昇に注意した管理とします。特に肝性脳症Ⅲ度以上では脳還流圧(>60 mmHg;70 mmHgを推奨)を維持することが大切です。平均血圧80 mmHgで管理していれば,ICP 20 cmHgの時に脳還流圧はギリギリ60 mmHgとなります。脳浮腫状態としてICPが上昇している状態では,原因となる昏睡惹起分子を血液濾過(hemofiltration:HF)で補助的に除去することを検討する一方で,適切に鎮静し,グリセオール(200 mL, 1日3回投与)などでICPを低下させるようにします。

 ICPモニタリングを安全に施行できると良いですが,血小板数や凝固因子産生の低下のための出血合併症として安全管理面での賛否両論があり,頭部CT像や瞳孔径で代用することが多いのが実状となっています。成人における急性肝不全の鎮静については私は,呼吸数20回/分以下を目標としたフェンタニール持続投与による交感神経緊張の緩和,デクスメデトミジン持続投与(0.2-0.7μg/kg/時)によるせん妄と不穏の抑制,昼夜の覚醒リズム作成としてラメルテオン内服(8 mg PM8:00),プロポフォール持続投与の併用(30-100 mg/時:夜間PM10:00-朝方AM6:00)をお勧めしています。交感神経緊張の変動は,①呼吸数変動,②心拍数変動,③リンパ球数変動などで日々のモニタリングとしています。その上で,鎮痛と鎮静については,日本集中治療医学会などの鎮痛・鎮静ガイドラインなどを参考とし,Richmond Agitation-Sedation scale(RASS)などの鎮痛鎮静スケールを用いた適正管理とし,人工呼吸管理中はspontaneous breathing trial(SBT)を必須とし,日内変動として昼夜の生体リズムを持たせることを重視するように指導しています。

 以上において,適切な交感神経緊張抑制に対する呼吸補助策として,まずhigh flow nasal cannula(HFNC)(流量45 L/分)を併用し,無気肺の軽減,吸入期酸素濃度の低下に役立てるとよいでしょう。また,マスクによる用手的換気補助や気管挿管においては,ICP上昇に対すて,十分に注意してください。30 cmH2Oを超える気道内圧により,脳浮腫を助長してしまう可能性があります。吸痰時などのために,ジャクソンリース回路での加圧,吸痰時のファイティング,気管支鏡による吸痰での咳反射,高いpositive end-expiratory pressure(PEEP),硬便の排便などに注意が必要な状態です。

 循環管理については,低蛋白血症や血管透過性亢進により,血管内ボリュームが維持しにくい一方で,上大静脈領域と下大静脈領域での血流分布に異常が生じてくる場合もあります。このような循環管理において大切なことは,パルスオキシメータや観血的動脈圧におけるパルス波の観察とエコーによる適時評価です(2008年1月3日:救急一直線:講義 パルスオキシメータおよびA-lineの圧波形の読み方)。胸水,心嚢液などは,拘束性要因として,急性肝不全をショック肝に移行させやすい因子ですし,無気肺を進行させる可能性がありますので,十分に注意することが必要です。

3.ショック肝の阻止

 心臓の肝臓に与える因子として,心拡張能に十分な注意が必要である。集中治療管理では,適時,心エコーを行い,心嚢液,心前負荷,心機能を評価します。心拡張能を傷害させる因子として注意が必要なものは,①拘束性要因(大量胸水,気胸,心嚢液),②心筋細胞の細胞内カルシウム過負荷(pH低下,低体温,アドレナリン作動性β受容体刺激,慢性心不全,交感神経緊張),③肺高血圧(肺血栓塞栓症,肺動脈内皮細胞傷害を含む)です。血圧低下を来し,虚血としてショックが遷延した際にも,急性肝不全が進行し,ショック肝となります。このため,ショックに関しては1時間を目安としてできる限り速やかにショックを離脱することが必要です。また,pH低下におけるドブタミンなどのβ受容体刺激薬の使用は,心拡張不全を誘発する可能性があり,注意が必要です。一方,ショック肝として,肝逸脱酵素の3桁以上への急上昇を認めた際には,肝臓のミトコンドリア等のDAMPsの希釈と排泄として,適切な輸液とし,利尿を「原尿」として維持することが必要です。このような状態では多くの炎症性リガンドが血中および組織内で濃度を高めており,炎症性多臓器不全の併発を緩和させる工夫が必要です。カテコラミンとして併用するのは,体血管抵抗を調節する目的としてのノルエピネフリン(0.05〜0.2μg/kg/分)であり,極めて心機能が低下している場合にのみアドレナリン(0.07~0.2μg/kg/分)を考慮します。これらは,少量から緩徐に増量して用いることを原則とし,絶えず減量するように試みることが大切です。

 4.腎管理と血液浄化法

 急性肝不全は,炎症性リガンド,DAMPs反応,腎静脈うっ滞(腎後負荷増大),心拡張不全などの要因により,急性腎傷害(acute kidney injury:AKI)を合併しやすい病態です。上述の方法で,意識・呼吸・循環を安定させる過程で,尿量0.5/kg/分を維持できるように管理します。

 AKIの進行は,Improving Global Outcomes(KDIGO)分類13, 14)などに準じて,尿量0.5/kg/時に維持を目標とし,クレアチニンの変動として評価します。この際に,フロセミドは,ループ利尿薬として尿細管再吸収を抑制するものであり,心前負荷や肝腎後負荷を軽減する上では有効ですが,炎症や増殖性病態の管理には不適切であることに注意します。急性肝不全の急性期においても,適切な心前負荷のない状態でのフロセミドは,インターロイキン-6などの炎症性分子やTGF−βなどの線維芽細胞増殖作用分子を蓄積させる可能性があり,注意が必要です。また,炎症期や増殖期のうっ血に対しては,ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(hANP:0.02μg/kg/分レベル)を併用することをお勧めしています。

 利尿については,尿浸透圧と尿中クレアチニン排泄を評価する過程で,有効な濾過を維持することが大切です。このような原尿維持ができていない場合は,持続濾過(continuous hemofiltration:CHF)とし,20 mL/分あるいは30 mL/分の濾過として,腎臓の濾過機能を補助するようにします。意識障害が著明なときには,high volume CHFとして,約8時間で40Lの濾過を計画します。私は,膜面積2.1 m2,血流速度 500 mL/分,100 mL/分の濾過により,50kDa以下の中分子と小分子を通常の腎機能レベルに除去する方法を用いています。このろ液量に対する補液として,血漿交換のように新鮮凍結血症(fresh frozen plasma:FFP)を用いる場合もあります。また,アンモニアなどの小分子の除去を中心とする場合は,high flow hemodialysis(HD)を併設し,high volume high flow HDFとする場合もあります。しかし,このような意識改善のためのhigh volume high flow HDFは,肝細胞崩壊やアンモニアの再分布の時系列に影響を受けるため,意識改善までに少なくとも3日以上の施行を必要します。

 一方,長期管理として慢性腎不全に移行した場合に,腎性貧血としてエポジン®(エリスロポイエチンβ)などのエリスロポイエチン製剤を併用する場合があります。エリスロポイエチンは分子量約30kDaの糖蛋白です。PMMA膜やPMX-DHPなどの一部の血液浄化膜に吸着されること15)に注意が必要です。慢性透析患者さんに対して,エポジン®であれば通常は6,000国際単位を1週間毎に使用しますが,これは間欠的HDにおける一つの指標です。持続濾過CHFの場合には,濾過流量が20 mL/分であれば,通常量のエポジンは約5日で濾過されますし,使用している膜がPMMA膜であれば約2~3日で血中より消去される可能性があります。

5.凝固・線溶系の管理

 急性肝不全においては肝臓での凝固因子産生が低下するために,出血合併症に注意し,フィブリノゲン,PT-INRおよびAPTT比を1.5以下の管理としてFFP)を補充します。一方,炎症により線溶系は抑制されるため,フィブリン分解産物(FDP)やD−ダイマーは,炎症の急性期では一般に異常高値とはなりません。一方,腹水や胸水がある場合には,フィブリノゲンが腹水中や胸水中に漏出するため,血中にFDPとして再分布し,FDPが高値となります。このように,FDPはフィブリノゲン分解産物(1次線溶)とフィブリン分解産物(2次線溶)の両者を反映しますが,D-ダイマーはフィブリン分解産物(2次線溶)の最小単位ですので,血性でない限りは腹水や胸水に影響されにくい特徴があります。FDPがD-ダイマーに比べて有意に高値である場合には腹水量や胸水量をエコーなどで評価することでアセスメントとします。

 FFPの補充については,循環血液量と循環血漿量を考えます。循環血液量を,エコーで推定することもお勧めします。循環血漿量は,循環血液量としての約70 mL/kgに(1−ヘマトクリット値/100)をかけたものですので,一般には約40 mL/kgレベルです。このため,凝固因子の血中濃度を約20~30%上昇させるのに必要な新鮮凍結血漿(FFP)は,理論的には8~12 mL/kg(40 mL/kgの20~30%)です。60 kgレベルであれば4単位(800 mL血液分)レベルとなると思います。以上を含めて,急性期には出血合併症を生じないレベルのフィブリノゲン,PT-INRおよびAPTT比を凝固検査として提出し,FFPの1日使用量を時系列で評価していきます。

 また,全身性炎症に伴い,肝臓,脾臓,肺を含めて全身性に血管内皮に血小板が沈着し,急激な血小板減少が生じます。このような凝固亢進期では,トロンビン活性が高まることで,アンチトロンビン(AT)活性が低下しやすい状態となります。急性肝不全に伴う肝臓でのAT産生低下に加えて,炎症性にAT消費が進むため,肝内凝固や脾内凝固,さらには様々な血管内皮細胞傷害の抑制のためにATやリコンビナントトロンボモジュリンを補充する場合があります。AT補充については,全身性血小板沈着を抑制することを目標とした播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC)の治療としてに,AT活性値>70%が期待されます。私は,出血合併症を減じるために,2010年よりAT製剤は24時間持続投与で用い,ATの活性値の極端な上昇を抑え,トラフ活性値としてAT活性値>70%を目標として使用することを推奨しています。

 6.急性肝不全で考える栄養療法

 急性肝不全においては,アンモニアや尿素窒素が上昇しやすいために,蛋白を含む栄養制限をする傾向がありますが,低栄養状態を避けるために25 kcaL/kg/日を目標とした適切な栄養管理とできるとよいです。この際に注意する内容は,①アミノ酸バランス,②微量元素,③ビタミン,④脂質のモニタリングです。

 アミノ酸補充については,1日量1.2 g/kgを最低量として維持することは,生命維持の基本と考えられています。しかし,チロシン,チロキシン,フェニルアラニン,トリプトファン,ヒスチジンの5つの芳香族アミノ酸(aromatic amino acid:AAA)や脂肪族アミノ酸のメチオニンなどの代謝は,肝機能低下状態で遅れ,アンモニアが蓄積することに注意しなければなりません。一方で,バリン,ロイシン,イソロイシンなどの分枝鎖アミノ酸(branched chain amino acid:BCAA)は,アンモニア代謝の基質となります。このため,血液中のBCCA/チロシン比(BTR)やBCAA/AAA比(Fisher比)を評価し,アミノ酸バランスを分枝鎖アミノ酸BCAAに傾ける管理となる場合があります。

 このFisher比が低下している場合には,芳香族アミノ酸やメチオニンの投与量を下げるために,アミノレバン®,モリヘパミン®などの肝不全用アミノ酸製剤を使う場合もあります。芳香族アミノ酸や含硫アミノ酸を減らして Fischer 比を正常に維持できるように工夫します。臨床研究エビデンスとしてのBCAAは,2015年のCochrane Database16においては肝性脳症の軽減には有用とされていますが,死亡率を改善するまでには至っていません。また,実臨床では,腸内細菌層の維持として乳酸菌,ビヒズス菌,カルピス菌,ラブレ菌などのプロバイオティクスを経腸投与することで,肝性脳症を軽減させようとする試みがあります。さらに,経腸栄養を最小量とし,中心静脈路より肝不全用アミノ酸製剤を併用する場合があり,いずれにしましても,消化管におけるバクテリアのアンモニア産生,肝臓での芳香族アミノ酸によるアンモニア産生に注意する一方で,どのようにアミノ酸投与を行なうかが,栄養面での鍵となります。

 また,脂質代謝においては,リン脂質や総コレステロール,リン脂質,リポ蛋白が低下する可能性に注意します。総コレステロール,トリグリセリド,リポ蛋白,全脂質検査などの脂質評価を必要な時期に行い,脂質の補充を少なくとも下限領域レベルまでには適正化しなければなりません。肝不全に使用される傾向がある経腸栄養剤ヘパン®(EAファーマ株)1包 80 g中には,ダイズ油 2.80 g,トコフェロール酢酸エステル 16.6 mg,レチノール酢酸エステル 720 IU,エルゴカルシフェロール 3.8 μgです。一方で,経静脈投与として用いられているイントラリピッドやイントラリポスは,脂質モニタリングのできない環境では塞栓症や凝固障害助長のために禁忌とされています。この観点では,1%脂肪製剤として使用されているプロポフォールも原則としてしよう禁忌となります。以上には留意して対応する必要があります。

 急性肝不全において経腸栄養を完成させる基盤としては,まず虚血や下血を起こさなさない呼吸・循環・凝固線溶の管理に注意し,消化管が浮腫化しないうちに早期に経腸栄養を完成させることが必要となります。その上で,①アミノ酸バランス,②亜鉛やセレンを含む適切な微量元素,③ビタミン,④脂質の補充を経腸投与できると良いです。

7.急性肝不全の治療・薬物療法

 ウイルス病態では抗ウイルス薬と免疫グロブリン療法,自己免疫病態ではステロイド療法,大量免疫グロブリン療法,血漿交換法を検討します。肝臓については,ウルソデオキシコール酸(1日600 mg,1日最大量 900 mg,3分割,経管投与),グリチルリチン酸(強力ネオミノファーゲンC®:1日最大量100 mL 静注)を併用します。強力ネオミノファーゲンC®におけるDAMPs阻害作用や肝庇護剤に期待します。

8.肝移植の選択と管理

 本邦における肝移植の10年生存率は70%以上です17)。他の重症疾患と比較しても良好な治療成績であり,集中治療で十分な効果が得られずに非代償性肝硬変に至った場合には,肝移植を治療の選択肢とすることが適切と思います。非代償性肝硬変では,Child-Turcotte-Pughスコア7点以上で臓器移植ネットワークの脳死肝移植待機リストに登録が可能となります。その上で,the Model for End-stage Liver Disease(MELD)スコアにおける17点以上では,肝移植待機中の死亡率が移植後の死亡率を有意に上回ることが報告されています18)。MELDスコア(メイヨークリニック計算表MELD Calculator:https://optn.transplant.hrsa.gov/resources/allocation-calculators/meld-calculator/)は,ビリルビン,プロトロンビン時間,クレアチニン,透析治療の有無で算出されるスコアであり,17点以上では肝移植を急ぐ方針となります。肝移植に向けた集中治療管理では,① 意識状態の維持(脳浮腫回避,頭蓋内出血および脳梗塞の回避),② 感染制御(血流感染予防,無気肺予防を含む),③ 出血合併症の回避,④ 腫瘍合併の否定,⑤ 筋萎縮の回避,⑥ 水・電解質管理(ナトリウムバランスなど),これらの6つを重視します。

 

メッセージ

 急性肝不全やショック肝では,対症療法にとどまらずに,成因を評価し,成因を治療することが重要です。それを支える全身管理として,接触感染予防策の徹底,感染管理,意識,呼吸,循環,腎臓,電解質,凝固線溶,栄養,リハビリテーションなどを統合的に評価し,実践することが必要です。肝機能低下の重症病態においては,感染や虚血は,炎症誘導因子として,全身状態を複雑化したものとして悪化させることに注意しなければなりません。炎症の遷延を避け,早期から適切な栄養とリハビリテーションを目標とし,筋萎縮を避ける必要があります。本稿は,2016年度版として用意したものです。適時追記と改定を行います。急性肝炎およびショック肝の全身管理として,参考とされてください。

 

文 献

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14. Lameire N, Kellum JA; KDIGO AKI Guideline Work Group. Contrast-induced acute kidney injury and renal support for acute kidney injury: a KDIGO summary (Part 2). Crit Care. 2013;17:205.

15. Mori H, Hiraoka K, Yorifuji R, et al. Adsorption of human recombinant erythropoietin on dialysis membranes in vitro. Artif Organs. 1994;18:725-8.

16. Gluud LL, Dam G, Les I, et al. Branched-chain amino acids for people with hepatic encephalopathy. Cochrane Database Syst Rev. 2015 :CD001939.

17. 市田隆文,玄田拓哉,平野克治. わが国における脳死肝移植医療の現状と問題点. 肝臓 2015;56:79-87.

18. Merion RM, Schaubel DE, Dykstra DM, et al. The survival benefit of liver transplantation. Am J Transplant. 2005;5:307-13.

 

表と図

表1 急性肝不全の定義と分類

表2 成人肝性脳症に対する犬山分類

 

表3 小児肝性脳症の分類

 

表4 急性肝不全における発症要因の評価

 

表5 自己免疫性肝炎の診断指針・治療指針

表6  急性腎傷害 KDIGOクライテリア

参照 メイヨークリニック計算表MELD Calculator

the Model for End-stage Liver Disease(MELD)スコアにおける17点以上では,肝移植待機中の死亡率が移植後の死亡率を有意に上回ることが報告されています。


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講義 ARDS 急性呼吸不全の病態と治療 

2016年04月05日 23時31分52秒 | 講義録・講演記録4

急性呼吸不全とALI/ARDS

Acute Respiratory Distress Syndrome

 

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

【A】 ARDSの病態概念 

 1. 概念

 急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)は,炎症性分子の産生を伴う血管透過性亢進を主体とした非心原性肺水腫であり,病理学的にはびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage:DAD)を特徴とする。1967年にAshbaughら1)によってショックや外傷に合併する急性呼吸不全として報告され,1971年にはPettyとAshbaugh2)により成人に発症する呼吸不全症候群としてARDS(adult respiratory distress syndrome)が提唱された。その後,1988年にMurrayら3)は,肺傷害スコア(lung injury score:LIS)を用いて,急性肺傷害(acute lung injury:ALI)を紹介した。以上の経緯を経て,1992年には米国胸部疾患学会(ATS)と欧州集中治療医学会(ESICM)の合同検討会(American-European consensus conference:AECC)が開催され,1994年にBernardら4)によってARDSの定義と診断基準が公表され,ARDS臨床研究の基盤が構築された。2012年には,これまでのARDSの臨床研究を踏まえて,新たにBerlin定義5)が公表され,新たな診断に基づいて治療が検討されようとしている。このように,急性呼吸不全およびALI/ARDSは,Berlin定義5)によりARDSとして概念が統一されようとしている。

 

 2. 危険因子

 ARDSを併発しやすい病態は,感染症や虚血などに伴う全身性炎症である。炎症が全身性に亢進するような病態としてC反応性蛋白(CRP)が高まる時期には,ARDSに注意が必要となる。また,予後不良となる危険因子6)として,65 歳以上,臓器移植,慢性肝疾患,悪性腫瘍,HIVなどの基礎疾患が関与する。不適切な人工呼吸管理によるARDS助長の危険性は,ventilator-associated lung injury(VALI)などとして留意する。

 

 3. 病態

 ARDSは,炎症性サイトカインや血管透過性亢進分子の産生に伴う非心原性肺水腫である。肺胞腔への水分貯留による酸素拡散低下,肺コンプライアンス低下,換気血流比低下,肺サーファクタントの機能不全,肺血管内皮細胞傷害を伴う肺血管抵抗上昇などの複数の病態が関与し,酸素投与だけでは改善しない高度な低酸素状態となる。

 このようなARDSの病理像の分子機構としては,pathogen-associated molecular patterns(PAMPs)およびdamage associated molecular patterns(DAMPs)(表1),さらに炎症性サイトカインや炎症性分子の産生が関与する。血管透過性亢進による滲出期に加えて,増殖期はtumor growth factor−βなどの増殖因子やトロンビンによる線維芽細胞増殖と筋線維芽細胞化,さらに膠原線維増生のトリガーとなる。このようにARDSでは, PAMPsやDAMPsを作動物質として,表2のような炎症性分子が新たに転写段階から産生されることが関与する。炎症性病態に増殖因子の産生が混入することで,肺内の血流に依存した部位や時系列での差異が認められ,繊維芽細胞増殖が複雑に関与する。

 

【B】ARDSの鑑別診断 

  1. AECCのALI/ARDS定義と診断

 1994年に公表されたAECCによるARDS定義4)は,①急性発症,②胸部X線像における両側びまん性浸潤影,③肺動脈楔入圧<18 mmHgもしくは左房圧の上昇がない,④PaO2/FIO2比 ≦ 300 mmHgをALI,PaO2/FIO2比 ≦ 200 mmHgをARDSとするという4項目からなる(表3)。このAECC定義に基づき,前向き臨床研究が施行され,人工呼吸管理などの幾つかの指針が構築され,非侵襲的陽圧管理(non-invasive positive pressure ventilation: NPPV)や人工呼吸における終末呼気陽圧(positive endexpiratory pressure:PEEP)の使用がルーティンになった。この状況において現在は,PaO2/FIO2比の評価をより末梢気道に陽圧を残した状態として,厳密に行う必要が生じた。また,急性発症の定義の具体化,画像評価の検討,心不全評価の見直しなどが提案され,これまでの研究に準じた実証性と実現性を求める定義として,2012年に新たにBerlin定義5)が公表された。

 

 2.Berlin定義によるARDS診断

 2011年9月30日から10月2日までの3日間, ARDSの新定義に対するテーブル会議がBerlinで行われた。Berlin定義5)の特徴は,①急性発症を1週間以内としたこと,②両側性胸部陰影において胸水,無気肺および結節では説明がつかないもの,③心原性肺水腫の臨床上の否定,④PEEPやCPAP(continuous positive airway pressure)の設定に基づくPaO2/FIO2比の評価,⑤ARDSとしてPaO2/FIO2比による3段階評価とした,以上の5内容にある(表4)。管理においてリスクがない場合には,心エコーによる心原性要因の評価,体血管抵抗などの理学所見,bronchoalveolar lavage(BAL)などの施行を検討することも検討された。さらに,本定義にCT像や炎症分子マーカーを含めるかどうかも検討されたが,多くの施設における実現性の問題などの理由より,定義に含めることが見送られた。また,肺コンプライアンス,死腔,画像所見による重症度などの評価基準を定義に含めることも見送られた。

 

 3.鑑別診断

 ARDSは非心原性肺水腫であり,心原性肺水腫を含めて,明確な肺病態との鑑別を必要とする。留意するべき鑑別疾患を表5に示した。このような鑑別病態においても,感染症や虚血を併発している場合には,血管透過性が亢進しやすく,さまざまな基礎疾患にARDSを合併する可能性がある。心原性肺水腫との鑑別においては,心エコー,胸部X線像,脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP >40 pg/mL)などを参考とするが,重度の炎症を併発した状態ではARDSと心原性肺水腫を区分できない場合も多い。また,ARDSに併発する間質性肺炎では,基礎疾患を持たない急性間質性肺炎や亜急性変化の特発性器質化肺炎と鑑別する。また,薬剤性肺障害7)として,抗癌剤や免疫抑制剤,心血管系薬ではアミオダロン,カルシウム拮抗薬,アドレナリン,NO吸入療法,アセタゾラミド,オピオイド,アスピリン,エルゴノビン,オキシトシンなどの多数が知られている。その上で,以上のような鑑別診断においても,Berlin定義を満たす場合には,ARDSを併発している可能性があり,ARDSの診断と治療を考慮して対応する。

 

【C】  ARDSの画像評価 

 ARDSの診断では,胸部単純X線像,胸部CT像,肺エコーの評価を加え,それらの画像に照らして,診療指針を考案する。

 1.胸部単純X線像

 ARDSの胸部単純X線像では,両側性すりガラス陰影と浸潤影を特徴とする。線維化の進行する時期には,すりガラス状陰影の内部の網状影に加えて,肺野の容積減少と気管支拡張像の所見に注意する。心原性肺水腫との鑑別としては,気管支血管周囲間質,小葉間間質,胸膜下間質のうっ滞所見として,cuffing sign(正面像における左右B3bの腫大と不鮮明化),KerleyA線,KerleyB線,KerleyC線,胸水などに注意する。このようなARDSの陰影分布は,必ずしもびまん性とならずに肺内での部位差が生じる場合もあり,器質性病変,胸水,無気肺,腫瘍などの評価を胸部CT像で追加する。また,動脈血ガス分析による酸素化の変化に対して,胸部単純X線像の変化は鋭敏ではなく,12時間程度の時間差が生じることが知られている。ルーチンな日々の胸部単純X線像では,気胸,肺炎,胸水,カテーテル位置などを時系列で評価する。

 2.胸部CT像

 胸部CT像により,ARDSに肺炎や誤嚥などの直接肺障害因子が関与するかどうかを評価する。炎症性サイトカインなどの炎症性分子が関与する間接肺障害因子は,血流依存的に荷重領域障害を主とする。また, ARDSの進展に伴うDADの滲出期,増殖期,線維化期の3つの病期に合わせて,high-resolution CT(HRCT)で病態を評価する(図2)。胸部CT像では,気胸,縦隔気腫,胸水や皮下気腫などの合併の詳細評価にも留意する。

 

 3.肺エコー

 肺病変として,肺水腫や肺線維化の間質肥厚として,B-lineやlung slidingの観察は有用である。Lung slidingはリニアプローブを用いるのが理想的であり,呼吸による臓側胸膜と壁側胸膜とのずれが横方向のhigh echoのA-lineとして観察できる。ARDSにおける含気不良領域では,A-lineやlung slidingが消失傾向を示す。ARDSに気胸を合併した際には,障害肺有意にA-lineやlung slidingが消失する。一方,B-lineは,胸膜から縦方向に尾を引く線状陰影であり,横方向のlung slidingとともに左右に動く特徴がある。コンベックスプローブを用いた観察において,B-lineの異常は視野内に3本以上のB-lineの観察や,B-line間の幅が7mm以内に狭小化する所見となる。ARDSでは,びまん性肺病変として,肺エコーにおけるB-lineが不均一な分布として観察できる。また,肺エコーでは,無気肺,胸水,横隔膜運動などを合わせて評価すする。

 

【D】 ARDSの病理像 

 ARDSの病理学的所見は,DADを特徴とする。DAD病理像は,ARDS発生時より大きく,滲出期,増殖期,線維化期の3つの病期に分類されている(表6)8)。まず,ARDS初期の血管透過性亢進を特徴とする時期は,滲出期と呼ばれ,肺胞上皮細胞や血管内皮細胞の細胞死,および硝子膜形成が認められる。硝子膜は,フィブリノーゲンやフィブロネクチンなどの血液成分が肺胞壁に沿って沈着したものである(図3)。その後,ARDS発症の約1週間以降は,増殖期と呼ばれ,線維芽細胞が間質内から末梢気道にまで増殖し,さらに肺胞内ではII 型肺胞上皮の過形成が認められる。その後,線維化期が訪れるが,ARDSが長期化した例では線維化期が長引き,膠原線維の沈着により肺構造を変性する可能性がある。

 

【E】 ARDSの治療指針 

 ARDSの治療においては,肺酸素化の改善を目標として,原因の診断と治療が必要となる。その上で,図1は今後のARDSにおける治療指針や臨床研究のテーマをFergusonら9)が示したものとして掲載した時系列で画像所見から病理所見を推定し,ARDSの治療を計画することが大切であり,その診療として以下の内容を討議する。

 1.疾患の治療

 ARDSの先行病態として,肺炎や敗血症には注意が必要である。感染症の併発には十分に注意し,喀痰や血液などの疑わしき感染部位の細菌培養検体を採取し,抗菌薬の適正使用を考慮する。また,ウイルス感染症や真菌感染症についても考察を加える。ARDSを引き起こす病態として,敗血症と虚血の改善が必要である。

 2.非侵襲的人工呼吸

 非侵襲的人工呼吸(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)は, EPAP(expiratory positive airway pressure)を5 cmH2Oを初期設定としてARDSの初期評価に用いることができる。ARDSのBerlin定義5)はARDSの診断に,PEEP 5 cmH2O以上を必要とする。

 3.人工呼吸管理

 ARDSにおける低酸素血症は,末梢気道の開放が病態生理学的には重要であり,人工呼吸管理ではまず,PEEP(positive endexpiratory pressure)を適正化する。FIO2については臨床研究では明確な指針が得られていないが,PEEPに優先してFIO2を高めることで,死亡率が上昇する危険性が確認されている10)。FIO2は0.6以下を目標として,動脈血ガス分析により虚血が進行しない安全なレベルに,可能な限り低下させる。ARDSにおける呼吸管理において,肺保護を目的とした人工呼吸管理とする。換気条件としては,①1回換気量を6~8 mL/kg体重とするlow tidal ventilation,②driving pressure(最大級気圧-PEEP)を可能な限り低下させること,③最大気道内圧≦30 cmH2Oにを維持することの3つの内容に注意する。

 4.鎮痛と鎮静

 ARDSの人工呼吸管理においては,Richmond Agitation Sedation Scale(RASS)11)などの鎮静スケールを用いて,適切な鎮痛と鎮静を必要とする。集中治療領域では,フェンタニル(成人:25μg〜125 μg/時),デクスメデトミジン(成人:0.1〜0.7 μg/kg/時),プロポフォール(成人:30〜100 mg/時)などが,静脈内持続投与として利用される。これらの一部は,1日に1回持続投与を中止し,意識状態,せん妄の有無,薬物代謝を評価し,早期離床にむけての工夫とする。

 5.重症ARDSに対する補助療法

 Berlin定義5)の重症ARDSとして,人工呼吸下での筋弛緩薬の併用,腹臥位療法,高頻度換気,extracorporeal membrane oxygenation(ECMO)を検討する。 

 6. グルココルチコイド療法

 グルココルチコイドは,DAMPsやPAMPsの細胞内情報伝達系において炎症性分子の産生を転写レベルで制御するために,ARDSの治療において有効であるかもしれない。しかし,急性期ARDSにおけるメチルプレドニゾロン大量療法の臨床研究12)では,生存率を改善させず,感染症を悪化させる結果だった。一方,メチルプレドニゾロン1 mg/kgレベルのメチルプレドニゾロン少量療法13)では,lung injury score,人工呼吸期間,ICU滞在日数の減少が認められている。少量ステロイド療法における臨床研究では,研究によって投与方法がさまざまであり,少量メチルプレドニゾロン持続投与法14)などの投与方法を統一した検討が期待されている。また,発症後1週間以上経過したARDSにおいて,メチルプレドニゾロン2 mg/kgを2週間使用して漸減する少量メチルプレドニゾロン療法は,人工呼吸管理期間を短縮させている15)。今後は,Berlin定義5)に準じてARDSと明確に区分できる群において,グルココルチコイド療法の検討が進められようとしている。 

 7.他の薬物療法

 ARDSの薬物療法においては,無作為臨床試験を用いたシステマチック・レビューとして,生命予後を改善することが確認できない。その内容としては,一酸化窒素吸入療法,サーファクタント補充療法,抗酸化剤(N-アセチルシステイン,プロシステイン,ビタミンC),グルタミン,スタチン(ロバスタチン,シンバスタチン),GM-CSF,アドレナリン作動性β刺激薬アルブテロールなどである。

 

 文 献 

1) Ashbaugh DG, Bigelow DB, Petty TL, et al. Acute respiratory distress in adults. Lancet. 1967;2:319-23.  

2) Petty TL, Ashbaugh DG. The adult respiratory distress syndrome. Clinical features, factors influencing prognosis and principles of management. Chest. 1971;60:233-9.

3) Murray JF, Matthay MA, Luce JM, et al. An expanded definition of the adult respiratory distress syndrome. Am Rev Respir Dis. 1988;138:720-3.

4) Bernard GR, Artigas A, Brigham KL, et al. The American-European Consensus Conference on ARDS. Definitions, mechanisms, relevant outcomes, and clinical trial coordination. Am J Respir Crit Care Med. 1994;149:818-24.

5) ARDS Definition Task Force. Acute respiratory distress syndrome: the Berlin Definition. JAMA. 2012;307:2526-33.

6) Zilberberg MD, Epstein SK.  Acute lung injury in the medical ICU: comorbid conditions, age, etiology, and hospital outcome. Am J Respir Crit Care Med. 1998;157: 1159-64.

7) Kudoh S, Kato H, Nishiwaki Y, et al. Interstitial lung disease in Japanese patients with lung cancer: a cohort and nested case-control study. Am J Respir Crit Care Med 2008;177:1348-57.

8) Tomashefski JF Jr. Pulmonary pathology of the acute respiratory distress syndrome: diffuse alveo- lar damage. In: Matthay MA, ed. Acute Respiratory Distress Syndrome. New York: Marcel Dekker. 2003; 75-108.

9) Ferguson ND, Fan E, Camporota L, et al. The Berlin definition of ARDS: an expanded rationale, justification, and supplementary material. Intensive Care Med. 2012;38:1573-82.

10) Britos M, Smoot E, Liu KD, et al. The value of positive end-expiratory pressure and FiO2 criteria in the definition of the acute respiratory distress syndrome. Crit Care Med. 2011;39:2025-30.

11) Sessler CN, Gosnell MS, Grap MJ, et al. The Richmond Agitation-Sedation Scale: validity and reliability in adult intensive care unit patients. Am J Respir Crit Care Med.2002;166:1338-44.

12) Peter JV, John P, Graham PL, et al. Corticosteroids in the prevention and treatment of acute respiratory distress syndrome (ARDS) in adults: meta-analysis. BMJ. 2008;336:1006-9.

13) Meduri GU, Golden E, Freire AX, et al. Methylprednisolone infusion in early severe ARDS: results of a randomized controlled trial. Chest. 2007;131:954-63.

14) Meduri GU, Annane D, Chrousos GP, et al. Activation and regulation of systemic inflammation in ARDS: rationale for prolonged glucocorticoid therapy. Chest. 2009;136:1631-43.

15) Steinberg KP, Hudson LD, Goodman RB, et al. Efficacy and safety of corticosteroids for persistent acute respiratory distress syndrome. N Engl J Med. 2006;354:1671-84.

 

 図表 

表1 ARDSのトリガーとなるPAMPsとDAMPs

表2 ARDSを進行させる分子

表3 American-European consensus conferenceのALI/ARDS定義(1994年)

 表4 ARDSのBerlin定義

表5 ARDSとの鑑別疾患

表6 ARDSの病期と特徴

図1 ARDSの分類と治療

図2  High-resolution CTによるARDSの病態評価

図3 ARDSの病理像


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講義 敗血症の新定義 SEPSIS−3の是非

2016年04月02日 21時29分36秒 | 講義録・講演記録4

SEPSIS-3 敗血症の概念と診断基準の変更

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

SEPSIS-3のポイント

□ 新しい敗血症の定義と診断として,2016年にSepsis-31が公表され,集中治療領域では敗血症の概念を変えようとしています。

□ Sepsis-31は敗血症を,感染症あるいは感染症を疑う状態において,制御不可能な宿主反応により,生命を脅かす臓器障害が進行する状態と定義されました。一方で,臓器障害の進行における全身性炎症の適切な診断方法が必要です。

□ Sepsis-31は敗血症性ショックを,循環,細胞,代謝の重篤な異常をきたし,死亡率を増加させる可能性のある敗血症の1分画と定義し,十分な輸液にもかかわらず,平均血圧65 mmHg以上を維持するために循環作動薬を必要とし,かつ血清乳酸値が2 mmol/L(18 mg/dL)を超えて上昇する状態と変更されました。血清乳酸値を2 mmol/L(18 mg/dL)で区切る閾値としてよいのかの問題があります。

□ Sepsis-31における敗血症の診断手順は,院外,外来,病棟などの一般患者と,集中治療室などの重篤患者で区分する。院外,外来,病棟などでは,①呼吸数 ≧ 22回/分,②意識変容,③収縮期血圧 ≦ 100 mmHg以下を各1点とするquick SOFA(qSOFA)を用い,2点以上で敗血症の疑いとします。

□ Sepsis-31における敗血症の最終診断は,SOFAスコア(sequential 【sepsis-related】organ failure assessment score)の合計点数の2点以上の急上昇とします。しかし,SOFAスコアは現在の集中治療において,臓器障害の重症度を鋭敏に評価できるものではありません。SOFAスコアの改訂作業が必要となります。

 

敗血症の定義と概念の変遷について

□ 敗血症の定義が,Sepsis-31として新しく2016年に改定されました。日本集中治療医学会では,2015年7月31日までにSepsis-31の初稿を査読させていただきました。従来,感染症による全身性炎症を敗血症と定義していましたが,敗血症を臓器不全と関連させて評価しようとしていることが特徴となります(図1および図2)。

□ 敗血症(sepsis)は,これまで,「崩壊」や「腐敗」を意味するギリシャ語のseptikosを語源とし,組織崩壊や多臓器不全を導くものとして知られてきました。必ずしも菌が血液中に存在しなくとも,菌体成分とToll-like受容体との反応として全身性炎症が進展し,サイトカイン血症として敗血症の病態が形成されます。しかし,「敗血症」は,菌が血液中に存在する「菌血症」と混同されてきた歴史があります。

□ Schottmüllerら2)は,敗血症を「微生物が局所から血流に侵入した病気」として「菌血症」の概念を広めました。血液における微生物の検出が敗血症の確定診断と考えられていましたが,1992年より敗血症と菌血症は区分されるようになりました。

□ まず,1989年にBoneら3)によりseptic syndrome(セプシス症候群)という概念が提唱されました。敗血症による多臓器不全の病態は,1980年代より微生物の血液における検出の有無とは無関係に生じることが明らかとされてきたのです。

□ その上で,いよいよ1992年に米国集中治療医学会と米国胸部疾患学会によるSepsis-14定義が公表されました。これは,全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)(表1)の概念を導入したものでした。SIRSは,呼吸,脈拍,体温,白血球数で規定される4つのクライテリアのうち,2つ以上を満たす症候群です。敗血症を,感染症によるSIRSと定義したことには問題はありませんが,このクライテリアを厳密に評価し直すことは課題として2010年代に残されていました。

□ Sepsis-14による敗血症定義に基づく敗血症の重症度は,①全身性炎症のみの敗血症,②臓器不全を伴う重症敗血症,③ショックを伴う敗血症性ショックの3つに分類されました。この過程で,重症敗血症における検討として,原疾患の改善が困難な場合が多く含まれること,免疫機能低下に対する老化過程であること,延命の対象となるのかどうかなどが社会問題を含めて広くディスカッションされました。

□ 一方,この過程でSIRSを用いたSepsis-1による敗血症診断は特異度が低いとされ,2003年にSepsis-25(表2)として, 24項目から構成される敗血症診断が提案されました。敗血症という実態が定義できていない中で,敗血症病態を広く拾うための策でした。すなわち,SIRS自体の診断が不充分であるために,SIRS診断の特異度を高めることや,もう一度SIRSの定義を改める必要があったのです。しかし,Sepsis-25の診断の追加によりSepsis-14と比較して敗血症の診断特異度を上昇させることはできなかったですし6-8),バイタルサインなどの基準値の組み合わせによる特異度の検討が必要とされていました。Sepsis-25においては,敗血症の定義はSepsis-14と変わるものではなく,感染症に伴うSIRSを敗血症として定義しており,この特異度を上げるための2003年から2015年までの12年間だったと言えます。

□ 敗血症の概念において,敗血症病態を全身性炎症として評価するのではなく,臓器障害そのものの進展に着眼するという概念が検討されてきました。SIRSの基準4は,敗血症における制御不能に陥った致命的状態を示すものではなく,多くの入院患者で陽性となり,感染症を併発しない患者や良好な転帰をとる患者にも認められたという考えです9。しかし,これは,必ずしも正しい道とは言えません。

□ オーストラリアとニュージーランドにおいて2000年から2013年まで172の集中治療室(intensive care unit:ICU)において後向きに解析した研究10)では,全1,171,797患者中,約9.4%にあたる109,663例が感染症と臓器不全を合併しており,このうちの12.1%にあたる13,278例はSIRS兆候を示していなかったことが問題とされました。SIRSの診断が必ずしも臓器不全の進行を示すものではないことが報告されましたが,こうした解析は非常に難しいものです。バイタルサインのどこを解析するかによりまちまちなデータとなります。体温や心拍数は,地域や年齢や合併症に影響を受けますのでSIRSの新基準を作ることはとても重要です。

□ 以上の背景の中でSepsis-31(表3)が,2016年2月に公表されました。Sepsis-3は,敗血症を感染症による臓器不全の進行する病態として定義されました。重症度は,敗血症と敗血症性ショックの2つとし,臓器障害の進行はSOFAを用いることが提案されています。

 

敗血症の診断基準の整理

Sepsis-1

□ 1992年に公表されたSepsis-14における敗血症の診断は,SIRS(表1)の,呼吸,脈拍,体温,白血球数の4つのクライテリアを用いていました。

Sepsis-2

□ 2003年に公表されたSepsis-25における敗血症の診断には,感染症あるいは感染症が疑われる状態で,表2の24項目のうちの幾つかを満たすものとされました。 C反応性蛋白 > 基準値の2SD,プロカルシトニン > 基準値の2SD,血清乳酸値>1 mmol/Lなども含まれていました。

□ Sepsis-25では,predisposition(素因),insult infection(侵襲的感染),response(反応),organ dysfunction (臓器障害)の4つからなるPIROモデルが提唱され,検証課題として,遺伝子多型などの素因,細菌などの遺伝子解析,炎症における非特異的分子マーカーの検出,臓器障害の評価の4つの検証が提案されています。

Sepsis-3

□ 新しく公表されたSepsis-31は,Sepsis-2における臓器障害の進行に治療の照準をあわせています。早期発見と早期治療のために,敗血症の診断を,病院前救護,救急外来,一般病棟における場合と,ICUなどの重症管理をしている場合で分けて行うことを推奨しています。

□ 病院前救護,救急外来,一般病棟では,感染症あるいは感染症が疑われる場合に,quick sequential (sepsis-related)organ failure assessment score(quick SOFA,qSOFA)を用います。qSOFAは,①呼吸数 ≧ 22回/分,②意識変容,③収縮期血圧 ≦ 100 mmHgの3項目で評価し,2項目以上が存在する場合に敗血症を疑います。これは,Seymourらの原著論文11)を用いているものであり,全身性炎症,すなわち新SIRS基準に極めて近いものと考えています。

□ Sepsis-3 1およびqSOFAの導入にあたっては,Seymourらの原著論文11)が用いられています。Seymourら11)は,ペンシルバニア州南西部にある12の病院で2010~2012年の間に記録された130万件の電子カルテより,感染を疑う148,907例を抽出し,SIRSスコア,SOFAスコア,ロジスティック器官機能障害スコア(logistic organ dysfunction system score:LODS)を比較し,さらに多変量ロジスティック回帰を用いて,新たな基準としてqSOFAを提案しました。感染を疑ってからの72時間における,SIRS,SOFA,そしてLODSの最悪値が計算され,さらに感染発症後の48時間前から24時間後までの,2点以上のSOFAスコアの変化値が評価されています。qSOFAとして①呼吸数 ≧ 22回/分,②Glasgow coma scale ≦ 13(意識変容),③収縮期圧 ≦ 100 mmHgの3項目のうち2項目以上を満たす場合,ICU管理外の約89%の症例においてSOFAスコアやSIRSスコアより優れた敗血症罹患の予測となっています。qSOFA 2項目以上では,1項目以下に比べて,院内死亡率が3~14倍に増加していたようです。qSOFAの応用として,本邦からの他施設臨床研究データとしてSIRS基準の見直しが必要であると私は考えています。

□ 一方,感染症あるいは感染症の疑いにおいて,敗血症の最終診断はすべてを含めて, SOFAスコア合計2点以上の上昇により敗血症と診断するとしています(表4)。

□ Seymourら11)のデータでは,確かにICU症例においてSOFAスコアやLODSが院内死亡の予測に優れていました。感染を疑うICU管理7,931例において,SOFAスコアは91%,LODSは88%,SIRSスコアは84%の順に院内死亡予測においての有用性が確認されています。また,ICUデータにおいてSOFAスコアがqSOFAスコアより死亡予測として鋭敏であることが確認され,Sepsis-31ではSOFAスコア2点以上の急上昇を敗血症の最終診断として用いることが推奨されています。

□ 最終的な敗血症診断は,病院前救護,救急外来,一般病棟,ICUにおいても,感染症や感染症の疑いにおいて, SOFAスコアにおける合計2点以上の上昇の確認が必要となります。このSepsis-31の是非が2017年から2020年までの間に,国際的に検討され,新しい定義と診断に発展することになると思います。

□ 敗血症性ショックの定義は,厳格化されました。Sepsis-31における敗血症性ショックの診断は,平均動脈血圧65 mmHg以上を保つために十分な輸液と血管収縮薬を用いることが前提となっていますし,さらに血清乳酸値 > 2 mmol/L(18 mg/dL)を必要としています。この是非も,これから4年間で国際的に検討されることになります。

□ Shankar-Heriら12)は,Surviving sepsis campaignデータベース28,150例より敗血症性ショックと血中乳酸値を評価できる18,840例を抽出し,血清乳酸値>2 mmoL/L(18 mg/dL)を敗血症性ショックにおけるカットオフ値として定めました。Sepsis-31では,このShankar-Heriら12)の評価基準を採用し,敗血症性ショックを急性循環不全に伴う細胞異常の重要性を認識させるものとし,死亡率を高める重症病態として区分していることが特徴となります。しかし,血清乳酸値 ≦ 2 mmoL/Lにおいても,実際には多くの敗血症性ショック患者さんがいますので,国際的議論が行われる課題となっています。

 

敗血症の定義と診断における留意内容

□ Sepsis-31では,「敗血症の定義」を感染症による「全身性炎症」から「臓器不全」に移行したために,臓器不全進行のモニタリングが必要となります。臓器不全の進行を確認する鋭敏な診断法が必要となりますが,現在で言えばSOFAスコアとなりますが,より良いものを考案しなければなりません。また,多臓器傷害に炎症や増殖性サイトカイン血症が関係しますので,この臨床学的スコアリングシステムを構築しなければなりません。

□ SOFAスコア(表4)は,意識,循環,腎機能,血液凝固線溶などの評価において,現在の敗血症の診療に適しているとは言えません。意識では,気管挿管されている場合などにFOUR score13を用いたほうが生命予後の評価が鋭敏かもしれません。循環においては,ドパミンやドブタミンは血管拡張作用,陽性変時作用,心筋細胞内カルシウム過負荷などの負の作用を持つため,敗血症管理においては使用しない方向へ向かっています。SOFAスコアにおける循環管理スコアでは,ドパミンやドブタミンがノルエピネフリンより重症度が低く評価されていますが,治療の実状に則していません。腎機能においても,AKIN分類やKDIGO分類14)があり,これらで代用することが期待されます。血液凝固線溶の評価においては,本邦で開発された急性期DIC診断基準15)をSepsis-31と照らして再構築することになるのかもしれません。

□ Sepsis-31における留意内容は,1)急性の臓器障害の評価の複雑性,2)Seymourら11)の論文では敗血症予測ではなく院内死亡を評価基準としていること,3)SOFAスコア改訂の必要性, 4)qSOFAとSOFAとの診断基準値の解離(収縮期血圧 ≦ 100 mmHg,平均血圧 ≦ 65 mmHg,平均血圧 ≦ 70 mmHgなどの不統一性),5)感染症を疑う基準の作成の必要性,6)SOFAスコアや血清乳酸値測定のルーティン化などの実行性の問題,7)全身性炎症の新定義の必要性の残存などとなります。

□ Sepsis-31が,2016年に公表されましたが,各施設における今後の検証が必要です。

□ 日本版敗血症診療ガイドラインは2017年には,公表されますが,このSepsis-31の流れを踏襲し,国際的視野の中で敗血症の診断と治療を実践していこうとしています。日本集中治療医学会と日本救急医学会の連動として,多くの皆さんの連動として日本版敗血症診療ガイドラインが改定されます。

 

文 献

1. Singer M, Deutschman CS, Seymour CW, et al. The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 315:801-10, 2016

2. Budelmann G. Hugo Schottmüller, 1867-1936. The problem of sepsis. Internist (Berl) 10: 92-101, 1969

3. Bone RC, Fisher CJ Jr, Clemmer TP, et al. Sepsis syndrome: a valid clinical entity. Methylprednisolone Severe Sepsis Study Group. Crit Care Med 17: 389-93, 1989

4. American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference: definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit Care Med 20: 864-74, 1992

5. Levy MM, Fink MP, Marshall JC, et al. 2001 SCCM/ESICM/ACCP/ATS/SIS International Sepsis Definitions Conference. Crit Care Med 31:1250-6, 2003

6. Weiss M, Huber-Lang M, Taenzer M, et al. Different patient case mix by applying the 2003 SCCM/ESICM/ACCP/ATS/SIS sepsis definitions instead of the 1992 ACCP/SCCM sepsis definitions in surgical patients: a retrospective observational study. BMC Med Inform Decis Mak 9: 25, 2009

7. Zhao H, Heard SO, Mullen MT, et al. An evaluation of the diagnostic accuracy of the 1991 American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine and the 2001 Society of Critical Care Medicine/European Society of Intensive Care Medicine/American College of Chest Physicians/American Thoracic Society/Surgical Infection Society sepsis definition. Crit Care Med 40: 1700-6, 2012

8. Vincent JL, Opal SM, Marshall JC, et al. Sepsis definitions: time for change. Lancet  2013;381:774-5.

9. Churpek MM, Zadravecz FJ, Winslow C, et al. Incidence and prognostic value of the systemic inflammatory response syndrome and organ dysfunctions in ward patients. Am J Respir Crit Care Med 192:958-64, 2015

10. Kaukonen K-M, Bailey M, Pilcher D, et al. Systemic inflammatory response syndrome criteria in defining severe sepsis. N Engl J Med 372:1629-38, 2015

11. Seymour CW, Liu VX, Iwashyna TJ, et al. Assessment of Clinical Criteria for Sepsis: For the Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 315:762-74, 2016

12. Shankar-Hari M, Phillips GS, Levy ML, et al. Developing a New Definition and Assessing New Clinical Criteria for Septic Shock: For the Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 315:775-87, 2016

13. Wijdicks EF, Bamlet WR, Maramattom BV, et al. Validation of a new coma scale: The FOUR score. Ann Neurol  58:585–93, 2005

14. Kidney Disease : Improving Global Outcomes (KDIGO) Practice Guidline for Acute Kidney Injury. Kidney Int Suppl 2:1-138, 2012

15. Japanese Association for Acute Medicine Disseminated Intravascular Coagulation (JAAM DIC) Study Group.Natural history of disseminated intravascular coagulation diagnosed based on the newly established diagnostic criteria for critically ill patients: results of a multicenter, prospective survey. Crit Care Med 36:145-50, 2008

 

図表

 

図1 Sepsis-1およびSepsis-3における区分と重症度

 Sepsis-3の定義では,Sepsis-1における重要敗血症の定義がなくなり,感染症あるいは感染症の疑われる状態における臓器不全の進行を敗血症と定義している。敗血症性ショックは,急性循環不全を合併した敗血症として区分されるが,Sepsis-3においては血清乳酸値 > 2 mmoL/Lを基準としている。

 

図2 Sepsis-3における着眼内容

 

表1 Sepsis-14)における全身性炎症反応症候群に基づく定義

上記4項目のうち,2項目以上を満たす場合に,全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRS)と定義する。感染症あるいは感染症が疑われる状態おいて,SIRSを満たす場合に,敗血症と診断する。

 

表2  Sepsis-25)における敗血症定義

感染症あるいは感染症が疑われる状態において,上記項目の内のいくつかを満たすばあいに敗血症と診断する。診断に必要となる項目数に規定ない。

 

表3 Sepsis-31)の定義と診断基準

 

表4 SOFAスコア

※ 作成:2016/03/31 公表:2016/12/11


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救急医療 急性脱水症

2012年08月03日 03時29分56秒 | 講義録・講演記録4

救急医療 急性脱水症

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

基本知識

 急性脱水症は,急激な水摂取低下や水消失により,体内水分量の減少した状態です。脱水では,病歴から原因を検索することが大切であり,水分と塩分の摂取状況を把握することが必要です。
 急性脱水症の病態は,塩類消失の有無により,大きく① 高張性脱水,② 等張性脱水,③ 低張性脱水の3つに分類しています。一般に,水摂取低下で血清ナトリウム(Na)濃度が上昇しはじめると,細胞内より細胞外へ水が移動して細胞内脱水となります。このような状況では,視床下部の浸透圧受容器を介して口渇感と水摂取を促されますが,人工呼吸管理や意識障害を伴う場合には水補充の不適正により高張性脱水が導かれやすいです。一方,等張性脱水や低張性脱水では,バソプレシンやアルドステロンの分泌亢進により,腎における水再吸収が促進され,尿が濃縮される傾向があります。
 このような状況において,水摂取低下の原因としては,① 意識障害,② 悪心,③ 消化器症状などによる経口摂取不能や水分制限が挙げられます。一方,腎性水喪失の要因としては,① 多尿,② ループ利尿薬,③ 浸透圧性利尿薬,④ 塩類喪失性腎症,⑤ 鉱質コルチコイド分泌低下などを評価します。さらに,腎以外の要因による腎外性水喪失の原因としては,① 嘔吐,② 下痢,③ 全身性炎症に伴う血管透過性亢進病態,④ 消化管浮腫,⑤ 低蛋白血症,⑥ 胸水,⑦ 腹水,⑧ 発熱の推移などを評価します。
 脱水の臨床症状は,① 皮膚や舌の乾燥,② 眼球陥没,③ 頻呼吸,④ 尿量の低下と尿比重の上昇です。脱水が進行すると,循環血液量が減少し,意識低下やショックを認めます。血液・生化学検査では,血清Na濃度,血清カリウム(K)濃度,血清クロール濃度,血清総蛋白,血清アルブミン濃度,BUN,ヘマトクリット値,さらに血液ガス分析でまず,貧血,代謝性アシドーシスの進行と血中乳酸値の蓄積を時系列で評価して下さい。

輸液例

 循環血液量の減少を認める場合は,細胞外液液を点滴静注します。経口摂取が使用可能であれば,経口補液(ORS:oral rehydration solution)の投与を検討してください。

1. 高張性脱水でない場合
1)ヴィーンF注 500 mL 点滴静注
2)ビカーボン注 500 mL 点滴静注
3)生理食塩液 500 mL 点滴静注
 開始時の輸液スピードは,バイタルサインに応じて決定します。必ず呼吸数を時系列でチェックし,カルテに記載を残すようにして下さい。尿量 0.5 mL/kg/時以上が得られることを目標とします。

2.高張性脱水の場合(Kフリーの選択)
1)ソリタ-T1号注 500 mL 点滴静注
2)5%ブドウ糖液注 500 mL 点滴静注
 まず,上述の液を初期輸液剤とし,① 利尿がつくこと,② 高カリウム血症でないことを確認します。急性脱水症や大量の輸液量を必要とする場合に,急激な血糖値上昇の可能性があるために,血糖値を評価し,ヴィーンF注 やビカーボン注などの併用も考えます。

知っておくとよい注意事項

1.貧血および輸液量に対する注意
 パルスオキシメータ波形の呼吸性変動が強い場合は,脱水を示唆する所見です(救急一直線 講義 パルスオキシメータおよびA-lineの圧波形の読み方)。意識・呼吸・循環,バイタルサインに異常が認められる急性脱水症では,特に非侵襲的気道確保と輸液に注意して下さい。この際に,貧血の程度をいち早くアセスメントして下さい。基本的にはまず,リンゲル液や生理食塩水 1 Lを15分程度で投与し,バイタルサインの改善を初期目標とします。この際には,必ずパルス波形をチェックして下さい。また,貧血(Hb<7 g/dL)における急速輸液は,極端なHb低下,酸素運搬低下,心肺停止を導く可能性がありますので,赤血球輸血を念頭において対応して下さい。

2.高齢者・心機能異常・低栄養を伴う場合
 高齢者や,心機能異常,弁疾患,および低栄養を伴う場合には,急激な輸液負荷により肺水腫,胸水,および腹水が増強する場合があります。心エコー検査を時系列で施行し,急速輸液に慎重に対応します。

3. 意識障害における対応:脱水と高ナトリウム血症
 意識障害を伴う高度の高張性脱水では,細胞外液量の補正とともに,バゾプレシン分泌低下や浸透圧利尿薬の使用状況を評価すると共に,これらを踏まえて,高Na血症の是正が必要となります。このような場合,血清Na濃度の低下速度が0.5~1 mEq/L/時程度となるように補正します。

4.低Na血症を伴う急性脱水症
 低Na血症を伴う急性脱水症では,Naの腎性喪失を評価すると共に,尿中のNaとK濃度の評価が必要です。尿中(Na+K)濃度>血清Na濃度の場合には,細胞外液輸液のみでは低Na血症が進行することに注意します。

5.尿浸透圧・尿中Na濃度の評価
 腎外性喪失の場合には,腎機能が正常であれば尿浸透圧は450 mOsm/L以上,尿比重は1.015以上に注意します。また,Na排泄率(FENa=尿中Na濃度/血漿Na濃度)/(尿中クレアチニン濃度/血漿クレアチニン濃度)が1%以下であれば腎外性喪失の可能性があります。

救急科専門医や上級医への紹介のタイミング

 意識低下,呼吸数>30回/分 あるいは < 9回/分,頻脈,血圧低下を認める場合は,生命に危険を伴う緊急性の高い状態であり,病棟で入院対応せず,救急・集中治療の専門医にコンサルトするとよいです。


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講義 集中治療室における早期経腸栄養の実践

2012年05月28日 07時04分58秒 | 講義録・講演記録4

ICUにおける経腸栄養

名古屋大学大学院医学系研究科
救急・集中治療医学分野

松田直之


はじめに

 経腸栄養のメリットは,患者自身の栄養素へのニーズや消化管吸収力にあわせて,患者自身のホメオスタシスに栄養吸収を決定させることにある。中心静脈栄養において,客観的に適正栄養補給を行うことは難しく,低栄養ばかりでなく,過栄養となる可能性に注意が必要である。この理由は,急性炎症の病態生理学的理解が乏しいことや,これらの全身性炎症の病態解明が未だ不十分であるためである。慢性期においても老齢者のエネルギー代謝と若年者のエネルギー代謝が異なるように,さらに正常期と炎症期ではエネルギー代謝や,必要とするエネルギー基質が異なる。このような病態生理学的背景にもかかわらず,急性期管理においても糖中心の中心静脈栄養を行う現状がある。いつまでも腸を放置し,仲間にせず,体には糖と水ばかり与え,アミノ酸を補充せず,時に栄養は行かず,知らぬ間に拒食症を作り,栄養は進まないという。全身性炎症は,蛋白異化の病態である。慢性病態が緩徐に悪くなる過程では,密かに急性期炎症性アタックが潜んでいる。この過程で臓器の低栄養による脆弱化と,いわゆる「臓器痩せ」が進行する。本稿では,急性期管理医学領域である集中治療室(ICU:intensive care unit)における早期経腸栄養の重要性について論じる。

全身性炎症におけるタンパク異化と脂質異化

 ICUで担当する全身管理は,全身性炎症反応症候群(SIRS:systemic inflammatory response syndrome)1)に随伴する多臓器不全症候群(MODS:multiple organ dysfunction syndrome)の是正を目的とする。これは,少なくとも誰からか教えられたものでもなく,私が集中治療の本質と考えた内容である。呼吸,循環,腎臓と各臓器別の学習や管理体系を習得した後に,統合された急性期学術大系として,急性期炎症の是正と再生の促進が,当面の私の教育と研究のテーマである。これらの病態は,転写段階で産生されるtumor necrosis factor-α(TNF-α)やinterleukinなどの炎症性サイトカインや,tumor growth factor-β(TGF-β)などの抗炎症性サイトカインと,それらの受容体との反応により惹起される。SIRSにより新たに産生されてくるタンパクは,C反応性タンパク(CRP:C-reactive protein),誘導型一酸化窒素合成酵素のような急性相反応タンパクとして知られている。これらの原料がどこからやってくるのか,その源の多くは体内タンパクであり,体内へ投与された糖ではない。
 従来,肝臓では,絶食や饑餓によりアラニンなどの糖原性アミノ酸が利用されて糖新生2)が生じることや,遊離脂肪酸をβ-酸化して糖新生が誘導されること3)が常識として知られている。このために,生体侵襲の急性期の絶食に対する糖新生を抑制することを目的として,糖負荷1 g/kg/日以上を補充することが必要と語られてきた。しかし,炎症の急性期には内因性タンパクが糖新生のために用いられるのではなく,タンパクは新たな急性相反応タンパクを合成するために,アミノ酸に分解されて再利用されているのが特徴である。さらに,炎症期には新たにブロスタグランジン,アナンダマイドなどの脂質のメディエータの産生も亢進するため,炎症の持続により脂質の供給も不可欠となる。SIRS1)では,急性期に交感神経緊張や炎症性サイトカインなどの作用により糖新生は亢進し,さらにインスリン抵抗性により血糖値は上昇する傾向があり4),その一方で,アミノ酸供給低下にある。
 現在,ICUなどの急性期管理における血糖値は,NICE-SUGAR study5)の結果を受けて,血糖値180 mg/dL以下を目標として血糖値が管理されている。この中で,特に重要なことは,炎症期には過剰な糖負荷による過栄養を避けることである。中心静脈栄養による25 kcaL/kg/日を目標とした糖中心の中心静脈栄養は,これまでにも有害である可能性が示唆されていたが,EPaNIC trial6)においても中心静脈栄養による糖負荷の危険性が示唆された。

早期経腸栄養の特徴

 現在もまだ,中心静脈栄養が患者急性期になされる傾向があるが,今後,中心静脈栄養は制限されて行くであろう。経腸栄養は原則として初病日より開始することを原則とし,気管挿管されている状態では適切な対応により誤嚥の危険性がない。経腸栄養を施行している患者では,発汗の正常が良好となり,皮膚のつやに変化が生じてくる。
 このような経腸栄養の中でも,特に生体侵襲の急性期の24時間以内に開始される経腸栄養療法を早期経腸栄養と呼ぶ。経腸栄養をスムーズに施行できるようにするには,1秒でも早く開始することが望ましい。腸は使用しない限り動くことを忘れる臓器であり,1日放置すれば腸はむくみ,経腸栄養は進みにくくなる。聴音が聞こえないならば,直ちに経腸栄養を開始するのがコツである。腸に酸素を取られないように今は腸を使わずに休ませていますという見解を耳にすることもあるが,3日後には腸に虚血で出血が起こるとか,NOMIで近いうちに腸に孔が開きますなどの,動かさなくて腸血流が保たれるのか,血管内皮細胞障害が抑制できるのか,すなわち広く対極と腸管ホメオスタシスを考えなければならない。

M式早期経腸栄養の実際

 経腸栄養は,早期に開始することにより問題なく達成できるばかりか,早期経腸栄養で感染症罹患率が減少する5)ことは広く知られている。このような事象は,必ずしも十分に分子メカニズムが解明されているわけではないが,実際にICUで経験してみれば自明であり,早期経腸栄養のメリットは揺るぎない。さまざまな経腸栄養法があるが,2001年より推奨する経腸栄養法を紹介する。

1. 胃管と12指腸栄養チューブの挿入
 原則として,12指腸にEDチューブ(elemental diet tube)を挿入し,初病日より12指腸栄養とする。「ショックなので経腸栄養は先延ばしにしよう」という提案を聞くことがあるが,原則としてショックでは,どのようなショックにおいても3時間以内にショック離脱を目標とすることが望ましく,直ちに輸液バランスと体血管抵抗を整える。心機能低下のために大動脈内バルーン・パンピング(IABP)が必要であろうとも,状態安定後に直ちに経腸栄養を開始する。このような蘇生後に胃管やEDチューブを挿入するのではなく,少なくとも蘇生前の過程で,胃内へ胃管やEDチューブを挿入しておき,蘇生中の胃内の膨隆などを減圧しておく。輸液によるショック離脱後は胃管等が挿入しにくくなる傾向がある。重症度の低いICU患者においては,胃管のみで胃内栄養投与としているが,重症度の高い患者では,図1のように右側臥位でエコーを用いて12指腸までEDチューブを留置することができる。この留置には図2のような準備を必要とし,経腸栄養を開始する前に必ず図3のように胃管とEDチューブの先端位置を必ず腹部単純X線像で確認する。EDチューブや胃管は,気管内に挿入される危険性がある。
2. 持続経腸栄養
 気管挿管管理であったり,重症度の高い患者では,持続経腸栄養としている。この内容は,ラコール®やアノム®やペプタメン®のような経腸栄養液の原液であり,5%グルコース液ではない。炎症期には,炎症性サイトカインの栄養により血糖値変動が起こりやすいため,血糖値管理を容易とするためには間歇的経腸栄養より,持続栄養の方が管理しやすい。成人では,初日開始時点では20 mL/時とし,栄養の吸収を評価しながら,1日に10 mL/時ずつ増量していき,60 mL/時を最終目標とする。このような内容に加えて,アミノ酸投与を1.5 g/kg/日へ持ち込むために,ペプチド30 g/日レベルの補充療法を施行したい。
3. 気管チューブの抜去に際して
 人工呼吸のウイーニングが進み,気管チューブを抜去する際には,直前まで栄養を行い,チューブ抜去時に胃内残量を確認し,胃内を空にする。前もって,夜間から経腸栄養を中止するなどの処置は行わない。
4.  経腸栄養におけるモニタリング
 持続経腸栄養においては,①6時間毎の胃内残量,②胃液量,③排便量,④便の性状,⑤カフ上吸引物の性状(気管挿管中),⑥口腔内残渣の性状,⑦血糖値に注意して,時系列でモニタリングする。栄養の吸収が良ければ,血糖値は上昇する傾向があり,栄養の吸収が悪ければ特にインスリンを併用している時には低血糖となりやすい。このように血糖値を時系列で評価することは重要である。一方,排便がなければ吐く可能性があること,胃液量が多いだけで栄養液が十分胃吸収されていることなどの細かな観察が大切である。急性期経腸栄養では,下痢は容認するが,その量をモニタリングすることも重要である。
5. 血液浄化法における栄養
 腎機能が低下し,アミノ酸補充を十分にできない場合には,血液浄化法を併用することを推奨している。これにより,急性期にはアミノ酸投与を1.5 g/kg/日を目安として,十分なアミノ酸を補うようにしている。


早期経腸栄養のメリット

 急性期病態の腸の性状については,未だ研究の発展途上にあるが,経腸栄養によりもたらされる有益なポイントがいくつかある8, 9)。この要点は,以下となる。
1. 腸蠕動亢進による副交感神経活性と血管内皮細胞保護
 腸蠕動により高められる副交感神経活性により,腸管免疫を維持し,さらに門脈血流や腸管血流が増加するために腸粘膜の虚血を回避することができる。このような腸血流増加により生じる微小血管ずり応力などにより,腸間膜動脈領域下流の血管内皮細胞傷害が軽減される。
2. 腸粘膜脱落の予防
 腸粘膜の廃用性萎縮と脱落を予防し,腸管機能を維持させる。
3. 炎症回復期の腸からの水引き
 腸管浮腫を軽減することにより,輸液プラスバランスを下痢で回収できる。急性期に蓄えられた水分プラスバランスは,炎症回復期にフロセミドなどの利尿薬でマイナスバランスにもたらすのではなく,下痢や硬便などの腸管水バランスとして考慮することができる。このような急性期には,直腸バルーンカテーテルを使用する。
4. Bacterial translocation(BT)の予防
 腸粘膜バリアと腸管免疫作用を維持することにより,腸管腔から門脈血中,さらに肝臓への腸内細菌侵入を阻止し,BTによる肝臓などでの炎症性サイトカイン産生などを軽減する。

晩期経腸栄養で注意するべきポイント

 経腸栄養を遅らせて開始するとき,さまざまな合併症が観察できるので注意する。

1. 下血
 消化管出血がある場合,カテーテル自体の刺激により,腸管粘膜障害や腸管穿孔の原因となる可能性があり,経腸栄養を中止する。しかし,この消化管出血の原因を内視鏡的に明確とするべきであり,長期にわたり安易に経腸栄養を施行しないことは望ましいものではない。びまん性に腸管内にびらんが生じる場合には,低栄養,低免疫状態,虚血な,アレルギーどの要因を再評価する必要があり,腸管粘膜組織障害を改善させる工夫が不可欠である。一方,出血点がはっきりしている場合には,クリップなどで止血を行い,早期に経腸栄養を開始する工夫が必要である。

2. 誤嚥
 気管挿管しているときには,フラスコ状カフなどの気管チューブを用いたり,カフ上吸引システムを用いることで,誤嚥の危険性を極めて少なくできる。一方,非侵襲的人工呼吸管理では,12指腸栄養を原則とし,胃内は胃管により減圧する。このように,集中治療管理の急性期は,左右の鼻腔を胃管と12指腸管として使用し,12指腸栄養とすることで誤嚥の可能性を減じることができる。

3. 胃液量の確認
 20 mL/時の速度で経腸栄養剤を持続投与しているにもかかわらず,6時間後の胃内残量が200 mLだったという。すべて残っていたとしても120 mLであり,200 mLの胃内残量はおかしい。つまり,胃内残渣は,①栄養液,②水分,③胃液,この3つを分離しないといけない。また,6時間後の胃内残量が80 mLだったので経腸栄養剤が胃から12指腸へ進んでいないという。これは正しいのだろうか?? 確認するべきことは,胃液や胃からの水の回収である。交感神経緊張の強い状態においては,同様に副交感神経緊張が高まっている場合も多い。こうした際に,アセチルコリンの分泌刺激により,胃液や腸液の分泌が高まる。さらに,アトニアなどの状態では胃粘膜の浮腫により,高浸透圧性経腸栄養剤により胃内水分量が増加する。経腸栄養においては,投与している経腸栄養量に加えて,反応性に増加する水分量を胃液とともにチェックすることが大切である。このためには,定期的に胃内残量のすべてを回収し,自然分離を観察すると良い。12指腸栄養では,12指腸残量はイレウス以外に認めにくいが,反応的に胃液量が増加し,胃内残量が増加する可能性に注意する。

4. 便秘
 硬便が結腸領域に残存することで,経腸栄養は進みにくく,嘔吐や誤嚥の可能性が高まる。経腸栄養開始とともに,排便が2日間にわたり得られない場合には,下剤を用いて排便を促す必要がある。保健適応がないが,ラクツロース20 mLを1回早期に胃管投与することにより,急性期の高アンモニア血症が改善するばかりか,硬便が軟化し,早期に排便が得られやすい。一方,急性期患者の腸管は浮腫状であり,下痢に対しては原則として容認している。持続する下痢に関しては,Clostridium difficile,バンコマイシン耐性腸球菌,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌なども念頭に置き,便培養検査を行う。しかし,一般的に急性期の経腸栄養では,下痢傾向になることを認識するべきであり,便量も含めて輸液バランスを評価する。

おわりに

 2009年に公表されたた米国集中治療医学会と米国静脈経栄養学会(ASPEN: American Society for Parenteral and Enteral Nutrition)が急性期栄養ガイドライン10)と,ヨーロッパ静脈経腸栄養学会(ESPEN: European Society for Parenteral and Enteral Nutrition)の急性期栄養ガイドライン11)とは,中心静脈栄養併用に対する見解が異なる。ヨーロッパ静脈経腸栄養学会は,これまでの日本と同じように,術後を含めて25 kcaL/kg/日を目標として中心静脈栄養を初日から開始し,3日で目標カロリーへ到達させようとするものだった。これが,インスリンを用いた血糖管理の不安定性をもたらすものとなり,さらにヨーロッパ静脈経腸栄養学会はEPaNIC trial6)おいて自らのガイドライン指針が誤りであることを公表した。EPaNIC trial6)おける問題点は,中心静脈栄養を全くしないという群が検討されていない点であり,今後,経腸栄養のみの管理についての検討も十分になされるであろう。経腸栄養は行わない限り,達成することはできない。経腸栄養を怠ることにより,腸と肝臓が炎症源と急性相反応を持続させることになる。ICU管理では,中心静脈栄養の利用が減じられている。ASPENおよびESPENのガイドラインについても,参照されるとよい10-12)。


文 献

1. Members of the American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine Consensus Conference Committee: Definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. Crit Care Med, 20: 864–874, 1992.
2. Ramnanan CJ, Edgerton DS, Kraft G, et al: Physiologic action of glucagon on liver glucose metabolism. Diabetes Obes Metab.13 Suppl 1:118-125, 2011.
3. Jump DB: Fatty acid regulation of hepatic lipid metabolism. Curr Opin Clin Nutr Metab Care. 14:115-120, 2011.
4. Brealey D, Singer M: Hyperglycemia in critical illness: a review. J Diabetes Sci Technol. 3:1250-1260, 2009.
5. NICE-SUGAR Study Investigators: Intensive versus conventional glucose control in critically ill patients. N Engl J Med. 360:1283–1297, 2009.
6. Casaer MP, Mesotten D, Hermans G, et al: Early versus late parenteral nutrition in critically ill adults. N Engl J Med. 365:506-517, 2011.
7.Marik PE, Zaloga GP: Early enteral nutrition in acutely ill patients: a systematic review. Crit Care Med. 29:2264-2270, 2001.
8. Gareau MG, Silva MA, Perdue MH: Pathophysiological mechanisms of stress-induced intestinal damage. Curr Mol Med. 8:274-81, 2008.
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10. McClave SA, Martindale RG, Vanek VW, et al : Guidelines for the Provision and Assessment of Nutrition Support Therapy in the Adult Critically Ill Patient: Society of Critical Care Medicine (SCCM) and American Society for Parenteral and Enteral Nutrition (A.S.P.E.N.). J Parenter Enteral Nutr. 33:277-316, 2009.
11. Singer P, Berger MM, Van den Berghe G, et al: ESPEN Guidelines on Parenteral Nutrition: intensive care. Clin Nutr. 28:387-400, 2009.
12. 松田直之,東 倫子・久保寺 敏:急性期栄養ガイドライン:あなたはこのガイドラインをどう使いますか? LiSA 18:546-552, 2011


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講義 急性酸塩基平衡障害

2012年03月01日 04時20分45秒 | 講義録・講演記録4

講義 急性酸塩基平衡障害

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

酸塩基平衡の基本知識

 血液のpHは,ヘモグロビン酸素解離曲線,酵素活性,細胞内イオン環境,血管緊張,心拡張能などに影響を与える因子である。血液pHは,Henderson-Hasselbalchの式(pH=6.1+log〔[HCO3-]/(0.03×PaCO2)〕)としてHCO3-とPaCO2 の比で示され,7.40±0.05の狭い範囲に代償機構により調節されている。
 生体内で産生されるCO2によるH+量は,成人で1日量15,000~20,000 mEq/dayと見積もられるが,正常ではCO2が呼気中に拡散し,体内には酸として蓄積しない。その一方で,1日の食事や細胞内代謝で生じる硫酸,硝酸,リン酸などの不揮発性酸からのH+量は,1mEq/kg/dayである。このようなH+の腎臓からの排泄は,HCO3-のとの反応による尿pH低下(H2CO3産生),リン酸イオンなどの滴定酸排泄(H2PO4-産生),アンモニウムイオン排泄の3つの方法によって行われ,主としてアンモニウムイオン排泄により酸排泄が増加する。
 一方,CO2 は呼吸性調節により速やかに体外に排泄され,これが理学所見で呼吸数を時系列で観察する一つの意義となる。急性呼吸不全などで貯留したCO2は上述のように腎でH+として排泄される一方で,敗血症などの嫌気性代謝が促進する病態ではH+ + HCO3- ⇄ CO2 + H2Oの平衡式によりH+ をCO2として過換気で排泄し,血液pHを7.35~7.45の範囲に維持する。このように,血液pHは呼吸性因子と代謝性因子により調節されており,この異常は呼吸性アシドーシス,呼吸性アルカローシス,代謝性アシドーシス,代謝性アルカローシスの4つに分類され,血液pHが実際に酸となる「アシデミア」や,アルカリとなる「アルカレミア」と区別して評価する。

治療:酸塩基平衡障害

1.呼吸性アシドーシス

 肺疾患,呼吸筋異常,呼吸調節の異常によりPaCO2が上昇し,pHが低下する。治療には,適切な肺胞換気の回復が必要であり,呼吸病態の評価と理学的補助が必要となる。

2.呼吸性アルカローシス

 虚血や全身性炎症に伴う代謝性アシドーシスの代償や,過換気症候群として認められやすい。代謝性アシドーシスの代償に対しては,原因検索と根治的治療が優先される。過換気症候群では,従来行われてきたペーパーバッグは回復時に低酸素血症を起こすなどの危険性より推奨されない。過換気症候群では,安静に加えて,ドルミカム注(1回5 mg 静注)が推奨される。気道確保を必要とする場合がある。

3.代謝性アシドーシス

 代謝性アシドーシスは,H+の産生増加,H+の排泄低下,消化管や腎臓からのHCO3- 喪失により引き起こされる酸蓄積傾向である。酸負荷が呼吸性代償を上回るとアシデミアとなる。この原因は,アニオンギャップ(AG:Anion gap) = Na+ - ( Cl- +HCO3-)〔正常:12±4mmol/L〕によって分類される。
 高アニオンギャップ性代謝性アシドーシスの最も一般的な原因は,乳酸アシドーシス,ケトアシドーシス,腎不全,および毒素である。このうち,A型乳酸アシドーシスは,嫌気性代謝でH+と乳酸が過剰に産生される病態であり,ショックや重症敗血症における虚血による。一方,組織虚血を認めない正常状態で生じるB型乳酸アシドーシスとして,運動やけいれんなどの筋肉由来,アルコール摂取,癌,ビグアナイド類などの薬物(例,フェンホルミン,メトホルミン),ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬などが知られている。さらに,型糖尿病,慢性アルコール中毒,栄養不良,および絶食では,ケトアシドーシスが生じやすい。これらの病態で,ブドウ糖から遊離脂肪酸(FFA)への代謝転換が行われると,FFAは肝臓でケト酸,アセト酢酸,βヒドロキシ酪酸などへ変換され,これによりAGが増加する。また,腎不全は,腎でのH+排泄およびHCO3-再吸収の減少により,硫酸塩,リン酸塩,尿酸塩,および馬尿酸塩などが蓄積し,高アニオンギャップ性アシドーシスとなる。最後に,メタノール(ギ酸塩),エチレングリコール(シュウ酸塩),パラアルデヒド(酢酸塩,クロロ酢酸塩),サリチル酸塩などは,酸性代謝産物として代謝性アシドーシスの原因となる。
 一方,正常アニオンギャップ性アシドーシスの最も一般的な原因は,腎や消化管からのHCO3-喪失および腎のH+排泄障害である。腎性の正常アニオンギャップ性代謝性アシドーシスでは,腎臓がNa+とHCO3-を再吸収する代わりにCl-を再吸収することで,高塩素性アシドーシスとなりやすい。また,消化管分泌物はHCO3-に富むため,下痢,瘻孔,ドレナージなどからの消化管液の喪失はHCO3-減少によるアシドーシスが誘導される。さらに,腎尿細管性アシドーシスは,H+分泌(型および型)またはHCO3-吸収(型)のいずれかが障害されることで生じる。
治療
 原疾患の治療を優先する。腎不全や,エチレングリコール,メタノール,およびサリチル酸などによる中毒では血液浄化法が必要となる。さらに,pH 7.20以下,base excess(BE)-10 mmol/L以下,高K血症を認めた場合には,アルカリ化剤の投与を考慮する。

***************************************************************************************************************************
使用例: メイロン注(8.4%) HCO3-

投与必要量(mL)= 増加させたいBE × 体重(kg)✕ 0.2 初回半量を静注または点滴静注

※  pHとBE(Base Excess)を投与後に評価して,追加投与を検討する。

***************************************************************************************************************************

4.代謝性アルカローシス

 代謝性アルカローシスは,消化管からのH+の喪失(嘔吐,塩素性下痢,緩下剤乱用),腎からのH+の喪失(原発性アルドステロン症,二次性アルドステロン症,バーター症候群,ギテルマン症候群,サイアザイド,ループ利尿薬,低K血症,低Mg血症),HCO3-過剰としてミルク-アルカリ症候群などが原因となる。塩素喪失による代謝性アルカローシスは塩素反応性と呼ばれ,これは生理食塩水の静脈内投与で治療しやすい。一方,塩素不応性代謝性アルカローシスは,Mg欠乏,K欠乏,またはミネラルコルチコイド過剰が関与し,これらの修正が必要である。
 この治療指針の鑑別として,尿中K濃度測定と高血圧所見が有用である。尿中K排泄 30mEq/日未満は低カリウム血症または緩下剤乱用を示唆し,尿中K排泄30mEq/日以上で高血圧がなければ,利尿薬,バーター症候群,ギテルマン症候群を疑う。尿中K排泄が30mEq/日以上で高血圧を伴えば,高アルドステロン症,ミネラルコルチコイド過剰,および腎血管病変の評価が必要となり,血漿レニン活性,アルドステロン濃度,およびコルチゾル濃度を評価する。アルドステロン分泌が亢進している場合には,低K血症により代謝性アルカローシスが導かれやすい。
 治療には,体液量とKの補正が不可欠となる。実際に,アルカレミアを呈している場合には,Ca2+の蛋白結合が亢進する可能性があり,血管攣縮性頭痛,不整脈,冠動脈攣縮,心拡張不全,神経筋接合部興奮,テタニー,痙攣などの発生の可能性がある。低カリウム血症が同時に進行すれば,脱力状態となる。心不全,肝硬変,ネフローゼなどに伴う二次性アルドステロン症として,体液量過剰が存在する場合は,血液浄化法を考慮する。アセタゾラミド250~375mgを1日1回または2回,経口投与または静注するとHCO3-排泄が増加するが, K+とPO4-の尿中喪失が促進される可能性があり,両者の補正を併行する必要がある。


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救急医療 高血圧緊急症

2011年08月23日 03時12分14秒 | 講義録・講演記録4

高血圧緊急症

名古屋大学大学院医学系研究科

救急・集中治療医学分野

松田直之

 

診断と治療のポイント

1.迅速診断:異常高血圧として緊急症が疑われる症例では,迅速な診断に加えて,直ちに経静脈的降圧治療を開始する必要がある。

2.臓器障害評価と全身管理:高血圧性脳症や急性大動脈解離に合併した高血圧,肺水腫を伴う高血圧性心不全,高血圧を伴う急性冠症候群,甲状腺クリーゼ,褐色細胞腫クリーゼ,子癇,悪性高血圧などは,臓器障害の進行を合わせて評価する。


症候について

1.高血圧:高血圧緊急に血圧が高いだけではなく,その持続性と臓器障害の合併を評価する。重度の高血圧であるが,臓器障害の急速な進行を認めない場合は,切迫症として扱う。拡張期血圧の上昇に注意し,橈骨動脈領域の左右差に注意する。
2.バイタルサインの時系列観察:意識,血圧,心拍数,呼吸数,体温の基本5項目に対して,時系列で臓器不全進展の可能性を評価する。
3.病歴聴取:高血圧の治療歴や服薬状況。
4.症状観察:神経系症状,視力障害,悪心・嘔吐,胸・背部痛,心・呼吸器症状,乏尿,体重の変化などに注意する。
5.体液量の評価:頻脈,脱水,浮腫,パルスオキシメータの呼吸性変動,エコーによる心前負荷,下大静脈径の評価など。
6.その他:意識障害,片麻痺,けいれんが認められるが場合は,頭部CT評価を加える。眼底の観察では,線状出血,火炎状出血,軟性白斑,網膜浮腫,乳頭浮腫などを評価する。頸部では頸静脈怒張と血管雑音の有無を評価し,胸部では肺と心臓の聴診所見に加えて,肺エコーと心エコーで肺機能と心機能を評価する。胸部単純ポータブルX線像で,肺うっ血,胸水,縦隔などを評価する。腹部では,肝腫大,血管雑音,拍動性腫瘤の有無を評価する。四肢は,浮腫や網状斑の出現を評価し,大腿動脈以下の動脈触知の左右差を評価する。
7.緊急性の高い場合:頭部から骨盤までのCT評価が,詳細評価として有用である。

検査所見とその読み方

1.血液生化学検査:緊急検査項目の評価に加えて,特に尿素窒素,クレアチニン,電解質,糖,LDH,CPKおよび炎症所見を評価し,必要に応じて血漿レニン活性,アルドステロン,血漿カテコールアミン3分画,BNPなどを評価する。
2.心電図:不整脈と虚血性変化の有無に注意する。心電図は持続心電図モニタリングとし,12誘導心電図の評価を加える。
3.胸部単純X線:肺うっ血,胸水,胸部大動脈瘤などを評価する。
4.動脈血ガス分析:代謝性アシドーシス,乳酸蓄積,電解質,血糖を時系列で評価する。
5.追加選択項目:心・腹部エコー,頭部CT像・MRI,胸部・腹部CT。全身合併症や基礎疾患の評価に役立てる。

診断のポイント

1.加速型悪性高血圧
拡張期血圧120-130mmHg以上では,放置すると腎機能障害,心不全,高血圧性脳症,脳出血などを発症する可能性がある。眼底所見にも注意する。細動脈病変が進行する病態であり,高血圧性緊急症として対応する。

2.高血圧性脳症
 急激な著しい血圧上昇では,脳血流の自動調節能が破綻し,脳浮腫を生じる可能性に注意する。長期の高血圧者では220/110mmHg以上,正常血圧者では160/100mmHg以上で発症する可能性があり,頭痛,悪心・嘔吐,意識障害,けいれんなどを伴い,巣症状は比較的まれである。MRIでは,頭頂~後頭葉の白質に血管性の浮腫の所見が認められることが多い。

3.急性の臓器障害を伴う場合
 頭蓋内出血,アテローム血栓性脳梗塞,脳梗塞再開通,急性大動脈解離,急性左心不全,急性冠症候群(急性心筋梗塞,不安定狭心症),急性または進行性の腎不全を鑑別に置く。多くの場合,肺酸素化能低下を合併してくるために,救急・集中治療に準じた施設への転科が望ましい。

4.カテコールアミン過剰病態
 創部などの異常疼痛,褐色細胞腫,甲状腺クリーゼ,モノアミン酸化酵素阻害薬と食品・薬物との相互作用,降圧薬中断による反跳性高血圧,脊髄損傷などを鑑別として挙げ,血漿カテコラミン3分画と尿中カテコラミン代謝産物を評価する。

5.子癇前症あるいは子癇
 子癇前症や子癇は,妊娠20週から産後1週の終わりまでに発症する。子癇の発症機序は未だ不明な点が多いが,胎盤由来の血管内皮障害因子,プロスタサイクリン減少,エンドセリン上昇,神経細胞刺激因子などが脳に血管内皮傷害と浮腫病変を惹起し,高血圧緊急症を導く要因となる。婦人科領域と連動した診療とする。硫酸マグネシウム4gを20分間で投与し,血清Mg濃度を治療域は4~7mEq/Lに調節する。

治療のポイント

1.入院加療:高血圧緊急症は,救命救急センターや集中治療領域への入院治療を考慮する。観血的血圧測定で,循環を時系列で安定させることが望ましい。
2.血圧目標:一般的な降圧目標は,はじめの1時間以内では平均血圧で25%以上は降圧させず,次の2-6時間では160/100-110mmHgを目標とする。必要以上の急速な降圧は,脳梗塞,皮質黒内障,心筋梗塞,腎機能障害などの虚血性障害を誘導する可能性に注意する。
3.治療:原疾患の治療とともに,以下の内容を組み合わせる。
1)鎮痛管理:① 塩酸モルヒネ 0.1 mg/kg 筋注あるいは分割静注 ② フェンタニール 50 μg 静注
2)体液管理:① フロセミド 10~20 mg 静注,②hANP 0.025 μg/kg/時~。細胞外液の増加を伴う場合に併用する。
3)降圧管理:①ペルジピン®持続静注 5 mg/時~,②ヘルベッサー® 0.5 μg/kg/分~。ニカルジピンやジルチアゼムで,初期2-3時間で25%程度の降圧がみられるように降圧薬を持続投与する。
4)肺酸素化管理:① 鼻カヌラ 3 L/分以下,② high folw鼻カヌラ,③ 非侵襲的人工呼吸 BiPAP(IPAP 10 cmH20, EPAP 4 cmH20),④人工呼吸管理(重篤の場合)。
5)痙攣併発時:①気道確保,②ジアゼパム 10 mg 静注


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小講義 脱水時の皮膚状態 ツルゴール

2009年07月26日 04時25分51秒 | 講義録・講演記録4

ツルゴールについて

救急科指導医・専門医/麻酔科指導医・専門医/集中治療専門医

松田直之

 

はじめに

 脱水の評価として,「ツルゴール低下」といっても知らないという研修医の先生がいらしたので,「ツルゴール」について解説します。

ツルゴール(Turgor)とは,皮膚に「張り」や「緊張」がある状態のことです。ツルゴールは,ラテン語のturgēre(膨れる,膨張する,ひどく怒っている,大げさである)を語源としています。君,ツルゴールだね。皮膚の張りを,「ツルゴール」と呼びます。


ツルゴール評価法

ツルゴールの低下は,以下の方法で調べます。

1.  若者では手の甲を軽くつまみます。老人では前胸部の皮膚を軽くつまみます。
2.  つまんだ皮膚のもどり時間を評価します:2秒以内を正常とします。
3.  2秒以上を必要とする場合に「脱水」を疑います。
4.  パルスオキシメータ波形,脈圧の呼吸性変動をチェックして,脱水を最終評価します。

ポイント1:発熱時などの老人や小児の脱水の評価に用いることができます。

     ※ 子供の発熱では,脱水の評価の一つとしてツルゴールを評価するようにしています。

     ※ 脱水:脱力,網状皮斑,ツルゴール低下,CRT(capillary refilling time:毛細血管再充満時間>2秒),パルス波の呼吸性変動増強

       → ER:エコー評価追加

ポイント2:敗血症の輸液指標の一つとして用いることができます。

ポイント3:熱中症を疑い輸液や補水を行うための一つの指標として用いることができます。

ポイント4:血圧低下時に輸液をするべきか控えるべきか,つまりうっ血があればツルゴールは低下していませんので,輸液を控える指針となります。

     このようなときは,ERでは,すぐに心エコーを行います。


試験問題例


心タンポナーデの身体所見として正しいものはどれか。2つ選びなさい。

a. 奇脈
b. 頸静脈怒張
c. 心音増強
d. 皮膚ツルゴールの低下
e. 顔面発赤

答 a,b


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救急医学 ハチ刺症 スズメバチやアシナガバチへの対応

2009年06月25日 16時10分49秒 | 講義録・講演記録4

救急医療 スズメバチ刺傷 受け入れのお願い


京都大学大学院医学系研究科
初期診療・救急医学分野
松田直之


スズメバチの集団刺傷は,救急外来では断らずに,分散搬送として,すぐに受け入れることが大切です。
スズメバチは,黒いものを攻撃する特徴があります。

スズメバチ:大きさ 3 cm, 4 cm 顔つきが悪く睨んできます。ボテッとした怖い様相です。
気をつける時期は,活動期の8月~10月です。6月そして7月でも,近くに巣があると数匹が威嚇してくる場合があります。

ズズメバチは,大きいです。頭部が目立つ,黄色で,色調がわかりやすいので,刺されないように注意してください。


刺すハチの3大注意事項

刺すハチといえば,①ミツバチ,②スズメバチ,③アシナガバチ,この3つを救急で鑑別します。

刺すハチは,メスです。働き蜂は,メスが主体であり,メスの産卵管が変化して針になっています。




アシナガバチ:大きさ 2〜3 cm, 脚が長い

スズメバチ VS アシナガバチ:凶暴なのはススメバチ

1. ススメバチ:クマンバチと言われているのは,正式名称はスズメバチです。スズメバチは大きく,4つの属,67種類が知られています。日本では,スズメバチ属7種,クロスズメバチ属5種,ホオナガスズメバチ属4種の3属16種が知られています。大きさは,3~4cm 大きいです。

2. アシナガバチ:足が長いので,ミツバチハッチのお母さんのような感じです。世界では,現在,26属,1000種が存在するとのことですが,日本では代表的なのは3属,11種とされています。スズメバチより大きくなく,2~3cmレベルです。おとなしいので,攻撃を仕掛けなければ,刺してこないと言われています。


スズメバチに刺されないための方法の共有
スズメバチは威嚇行為をすることを知っておきましょう。


1. ヒトの周りをまとわりつくように旋回する

2. 空中でホバリングのようにピタッと停止する

3. 威嚇するようにカチカチというような音を立てる

4. 黒いところを襲ってくる:頭や黒いTシャツに注意します

※ 黒いものを見に付けているときは,威嚇に気がついた段階で逃げるようにします。


救急医としての注意 残った針に注意すること

1.針が残っている場合は,ミツバチのものです。ミツバチは,一度おしりの針で刺すと,針が抜けず,腹腔内の内臓ごと抜けてしまうために死亡します。ミツバチにとっては「刺す」ということは,一度限りの最終手段となります。蜂の針は産卵管ですので,メスのハチのみに存在します。

2.民家に巣を創る3つのハチ
ミツバチ,スズメバチ,アシナガバチの3つが,3大民家バチであり,すべて刺すハチです。

3.針跡だけ残るもの:スズメバチ,アシナガバチ
スズメバチ,アシナガバチの何度でもさすハチの針の特徴は,直線的であることで,ヒトに刺したあとでもヒトから抜けます。


蜂毒に含まれる留意分子

ヒトの生体内分子と同じようなものを含んでいます

・ヒスタミン
・セロトニン
・ドパミン
・アドレナリン
・ノルアドレナリン
・アセチルコリン

蜂毒に含有される酵素

・ホスホリパーゼ
・プロテアーゼ
これらによって,アナフィラキシー反応とは異なる血管拡張性ショック(血流分布異常性ショック)などが生じます。

ハチ特有ペプチドと特徴

・ハチ毒キニン
・メリチン・・ハチの持つ溶血性毒素,強い赤血球破砕効果があります
・マストパラン
 肥満細胞からヒスタミンを遊離する作用があります。このため,通常の1型アレルギーとしてのアナフィラキシーショックとは,機序が異なる血管拡張性ショックを誘導します。
・アパミン・・Kチャネル阻害薬であり,不整脈や神経障害の原因となります。
・MCDペプチド・・肥満細胞などの末梢の白血球系細胞を破砕します。このため,一気にヒスタミンの血中濃度が上昇します。アナフィラキシーとは異なる機序です。


ショックの表現形

■ 血流分布異常性ショック:血管拡張分子の大量皮下投与,アナフィラキシー
■ 心原性ショック:心抑制分子の大量皮下投与,アナフィラキシー
■ 肺血管透過性亢進

治療

① 気道確保/酸素投与:Airway(気道)とBreathing(呼吸)の評価

② Circulation(循環)の評価:血圧・脈拍数・心機能・心嚢液;エピネフリン 0.3 mg 筋注 (☓ 皮下注)

※ 皮下注ではありません:エピネフリン最大血中濃度は,筋肉内注射で5~8分,皮下注射で20分以上です。

③ 急性期静脈路確保:輸液およびエピネフリン 0.1 mg ivの可能性を念頭におきます。

④ 心アナフィラキシー:注意 (12誘導心電図,心エコー)など。心房浮腫に注意します。

※ 国家試験および救急科専門医試験対策:ハチ毒によるショックにおいて,エピネフリンの投与法は「皮下注射ではダメ(☓)」です。皮下注射では血中濃度の最高上昇までに20分以上かかってしまうためです。筋肉注射であると,5分~8分でエピネフリン濃度はピークとなります。エピネフリンの筋肉内投与は,皮下投与よりも早く,血中濃度が上昇することが知られています。

参考文献:Simons FE, et al. Epinephrine absorption in adults: intramuscular versus subcutaneous injection. J Allergy Clin Immunol. 2001; 108: 871-873.


知っておくとよいこと

■ スズメバチ集団災害:トリアージしてください:Airway,Breathing,Circulation どこから症状が始まってもおかしくありません。また,毒素による高血圧や心原性肺水腫にも注意します。単なるアナフィラキシーにとどまらない場合があります。
■ アナフィラキシーに準じた緊急対応:ススメバチ刺傷は,直接の毒作用が強いことに留意します。サバ中毒と同様に,ステロイドは無効である理由をしっかりと説明できるようにしてください。
■ 注意点:針刺口の数を,聞かれたら,答えられるようにしておいてください。●●さんは●●ヶ所,●●さんは●●ヶ所です。
 スズメバチとアシナガバチは,針が残らないために何度でも刺します。緊急時は,ABCに注意し,バイタルの安定化をはかることに専念します。最終的には,以下もカルテに情報を残すようにして下さい。①刺しあと・刺口の数のカウント,②ハチの体格の評価:大きさの問診・毒量推定・大きいということであると3~4cmを想定,③指し場所(患者さんの頭にも注意)をカルテに記載します。重症性と緊急性をアセスメントします。

試験に出るスズメバチ

日本におけるスズメバチの特徴で,正しいものを選びなさい。
□ スズメバチ刺傷は,蛇咬傷より多い。 ○ 
□ オオスズメバチの巣の除去は,1万8,000円が相場である。○ 2万円を超えないところで交渉できます。
□ オオスズメバチ以外の巣の除去は,1万2,000円が相場である。○ 1万5,000円を超えないところで交渉できます。命がけ度が減少します。
□ ススメバチ刺傷では,アナフィラキシー以外の要因でもショックを誘発する。 ○ ヒスタミンなどの血管拡張物質をスズメバチ毒は含有しています。
□ スズメバチ刺傷では,頻脈性不整脈を合併しやすい。 ○ ヒスタミン,エピネフリン,アパミンなどの作用
□ 1匹のスズメバチは,1度のみしか刺すことはできない。 ☓ 針が直線的(写真)であり,何度でも刺しますので,ミツバチ(1度のみ)です。
□ スズメバチのオスは,メスよりも強い針毒を持つ。 ☓ 雄には針がありません。(◯ スズメバチのメスだけが刺すことができる。)

❏ エピネフリンの投与法:◯ 筋注,☓ 皮下注

❏ 細胞外液の輸液:◯ 20 mL/kgレベル以上

❏ 気道確保・気道トラブルに注意


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講義 パルスオキシメータおよびA-lineの圧波形の読み方

2008年01月03日 23時18分15秒 | 講義録・講演記録4

パルスオキシメータおよびA-lineの圧波形の読み方

京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授 松田直之

キィワード:パルスオキシメータ,動脈圧波形,A-line,呼吸性変動,奇脈,逆奇脈,ショック


解 説

 ショック初期の理学所見として,従来,爪床圧迫によるcapillary refill test(CRT)が用いられてきた。CRTは,爪床の圧迫後の爪床毛細血管再充填に2秒以上かかる場合にショックを疑うという検査である。これは,ベッドサイドでのショック治療として,当たり前の評価手技である。その一方,CRTに代わって指先に装着したパルスオキシメータや橈骨動脈に留置した観血的動脈圧ライン(artery line:A-line)による動脈圧波形をショックの病態評価に利用できる。A-lineによる持続血圧モニタリングは,急性期医療の基本技であり,橈骨動脈あるいは大腿動脈へ5分以内の短時間でカテーテル留置できるようにトレーニングされなければならない。このA-line設置までの間は,パルスオキシメータの圧波形を観察し,心収縮性,体血管抵抗,循環血液量を評価するとよい。
 知っておくべき知識として,パルスオキシメータや観血的動脈圧の圧波形は,①循環血液量(呼吸性変動で評価),②心収縮性(dp/dt: percussion waveの立ち上がり角で評価),③心拍出量(波形下面積で評価),④体血管抵抗(dicrotic waveの有無で評価),⑤脈圧(波形幅で評価)などを連続して提示してくれることである(図1)。
 まず,循環血液量のモニタとして,これらの波形観察が有効である。心タンポナーデや緊張性気胸は,呼吸による脈圧変動が‘奇脈(pulsus paradoxus)’として得られる代表病態だが,循環血液量低下状態でも‘奇脈’が観察される。さらに,心収縮性低下状態ではdp/dtの低下が認められ,さらにdicrotic waveが存在すれば体血管抵抗は高く,dicrotic waveが存在しなければ体血管抵抗は低いと評価できる。注意するべきポイントとして,大動脈弁狭窄症がある。大動脈弁狭窄症では,第1波形下面積が小さく,輸液により大きくならない。これは,1回拍出量が弁口面積の狭小化により限られているためであり,輸液不可における波形観察で最も注意するべき観察ポイントである。このように,パルスオキシメータやA-lineの波形観察は,鎮静薬や血管拡張薬の導入にも利用でき,dicrotic wave や呼吸性変動の程度,dp/dtの変化を観察するとよい。測定された血圧の脈圧を,パルスオキシメータやA-lineの脈高とし,最大の呼吸変動をmmHgとして記載に残すとよい。波形の呼吸性変動は,最大気道内圧とともに評価する。
 このような波形管理は,アナフィラキシー,敗血症,神経原性ショックなどの血流分布異常性ショックの評価にも有効である。血管拡張により体血管抵抗が減じた際には,dicrotic waveが消失し,呼吸性変動が強まり,dp/dtが低下し,波形下面積が減少する。ノルエピネフリンなどのアドレナリン作動性α1受容体作動薬,またはバゾプレシンなどの血管収縮薬を使用する際には,体血管抵抗をdicrotic waveの回復でモニタする(図2)。また,輸液によるショック治療の反応性評価として,輸血や急速輸液の際には波形の呼吸性変動とdp/dtの改善を観察する(図2)。心機能が悪い場合や血管拡張が極めて強い場合には,輸液によるdp/dtの上昇が得られにくく,心原性ショックなどの要因をエコーで評価する。

追記 奇脈と逆奇脈

 ‘奇脈’は,吸気時に脈圧が10 mmHg以上低下する現象である。1669年にRichard Lowerが収縮性心外膜炎で発見し,1873年にAdolf Kussmaulが吸気時に心尖拍動は触知できるが脈が触知できなくなる病態を奇妙であるとして命名した。吸気時に左室容量が減少し,頚静脈が怒張する現象は‘Kussmaul徴候’として知られているが,一般に吸期初期には血圧上昇,吸期を長く保つと血圧が低下する現象が生じる。これは,吸期初期は心肺循環が高まり,吸期を長くとると拡張した肺に血流が貯留し,さらに拡張した肺により心室中隔が左方に偏位し,左心拡張障害が生じることによる。一方,呼期では肺内血液が左心系にしぼり出され,さらに肺による右方からの心嚢圧排が緩和されるため,左室拡張能が高まり,血圧が上昇する。 このような奇脈は,心タンポナーデに限らず,強度の脱水所見である。
 これに対して,‘逆奇脈’とは,呼期に血圧が低下し,吸期に血圧が上昇する所見であり,閉塞性肥大型心筋症や左心不全で観察される。左心不全では,1拍ごとに脈波の大小が繰り返される‘交互脈’を認める場合もある。収縮性の低下した心臓では,吸気時間を短くとると吸気時に左心室が圧迫されるために,血圧が一瞬上昇する。このような逆気脈を認める場合には,ほぼ同時に施行される心エコーとともに,輸液方法に注意が必要である。いずれにしても,循環血液量の減少した状態では,末梢の脈波は呼吸性に強く変動することに注意するとよい。パルスオキシメータやA-line波形は,画面を触れるとストップできるように工夫されている。これを図3のようにトレースして,収縮期圧や脈圧の呼吸性変動値として説明できるようにするとよい。深吸気で約20cmH20の胸腔内圧,中等度の深吸気で15cmH2Oの胸腔内圧と予測して,各々の脈波の呼吸性変動を収縮期圧や脈圧の呼吸性変動値として●●mmHgと記載できるとよい。これは,敗血症性ショックの管理や鎮静鎮痛薬などを使用する時の血行動態解析で極めて有用なテクニックである。






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