インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

人間は夢をみるために生きている

2011-03-25 05:49:56 | 潜在意識の世界
  昔からそうなのだが、明け方の今頃が、一番不思議な夢をみる。我が輩はまるで何かのリポーターのようにカメラを手に、被災地の海辺を歩きながら、被災者と話をしていた。真夜中であったが、不気味に明るかった。海辺の白い小道に並び、自転車を押す。アスファルトではなくて土ぼこりがたっており、被災者は鬼気迫る形相で体験を話す。地震津波の前、縦長の魚が一斉に踊っていた、と。小高い場所に家があり、そこへ行くと、桜が咲き乱れていた。夜なのに月明かりを超えて、一面が真っ白に光り輝いており、桃色の光景が燃えていた。まるで死者の魂が夜を昼に変えているかのようだった。我が輩はパシャパシャと不思議な光景をカメラに収めた。やはり霊の光か、と。家の中には熊の絵柄のエプロンが飾ってあった。そんな日常の些細なものや、光る空や、ありとあらゆるものを写していた…。

 もっと奥深かったような気もするが、良く覚えていない。細かい点も思い出せればいいのだが。そういえば、昨晩、『フラッシュフォワード』なる米国のテレビドラマを観て寝たが、それに関係あるのかもしれない。「ある日、地球上の全人類が同時刻に気を失った」とするもので、未来が成就していく。まだ最初の方なのでよく分からないが(2話終了)、なかなか面白そうだ。MOSAIC掲示板で、「やがて来るであろう未来」を繋ぎ合せていくのである(多分)。

 それから連想するに、今回の東北関東大震災も、多分、ビジョンをみた人では、何らか予知されていたと思われる。それはデジャブかもしれないし、夢かもしれないし、「そういえばあの時あんな現象が…」ということかもしれない。宇宙の偉大なる存在というか、カスタネダ風に言えば無限、それは確実に何か手がかりを与えている。日常生活の雑多なことに神経を使い、見逃すということがほとんどか。

 とにかくカネを稼ぎ、消費するというのにエネルギーを注がされるのが現代人であるから、肝心なところが抜けているのか。そんなわけのわからぬことをしている暇はない?というわけであるが、それでもカネは命の次ぐらいに重いわけで?、死んでしまえば何の意味もない。死者や被災者の多くは、1年前は美味しいものを食べ、フツーに現代日本人の暮らしをしていたのだが、実は「命の洗濯」をしていたわけで、それを知るすべもない。それは全く我が輩も同じ立場で、1年後はどうなっているか全く見当もつかない。2012年の末も近づいているし、何が起こっても不思議ではない(∞掲示板をつくるべきか)。

 些細な夢でもバカバカしいと片づけるのをやめ、むしろ、夢の世界こそが一番重要なのではないか、と考えた方がいいのかもしれない。小説にしろ、映画にしろ、リアルな人生にしろ、人間は夢を見て生きたい生き物なのだろう。

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