インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

やり切れぬ思い

2013-09-15 20:08:38 | 身の回り
  雅太は母が亡くなって休むことになった上司と電話で会話しているうち、底なしの憂鬱感に襲われた。一回り年上だが、やはり母親に死なれるのはきついようで、電話越しの声が涙ぐんでいた。あと10年経ったら、他人事ではなくなると、雅太は真剣に悩むのである。当然であるが、親は自分より先に死ぬ可能性が高い。特に50代から60代にかけてその可能性は非常に高くなる。雅太の両親は農作業ができるのは当然、母に至ってはまだ稼ぐことが出来るぐらい健全だが、いつどうなるか分からない。むろん雅太自身もどうなるか分からぬが、一応、食事とか気を使っているので、健康に対しては、同年代ではエリートだろう。ただ、そういうことになるなら、孫の顔ぐらい……という発想になる。雅太の人生計画自体が出鱈目であったから、仕方がないのだが。
  世間では、20代で結婚し、30代で子育てをし、40代で家庭や仕事を実らせる、ということになろう。そして50代で、親が子の行く末に安心し、子孫に託し逝くのを看取る、というのが望ましいのかもしれない。親が死んでも、彼には確固たる家庭があるわけである。だが、雅太にはそれがない。となると親も死にきれず、残された子供も……。
 もはや子供ではない。ただのオジサンである、と思いつつ雅太は86%チョコレート効果を一口齧るのであった。そろそろ、半沢直樹が放送される頃かなと、雅太はPCの電源を切るのである。