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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

直木賞受賞作品「ともぐい」を読む

2024-02-20 14:19:13 | 本・感想
 作品の冒頭からぐいぐいと惹き付けられた。これほどの骨太の文章が女性の手によって紡がれたとは!道民にとっては最大・最強の害獣ヒグマとの壮絶な闘いを繰り広げる “熊爪” になり切ったかのような作者のリアルな表現に惹き込まれた。

      

 令和5年度下半期(第170回)の芥川賞・直木賞の受賞作が1月下旬に発表された。その直木賞受賞作に北海道在住の河崎秋子さんの「ともぐい」が選ばれたが、その文体が話題を呼んでいると聞いた。話題作ということで受賞発表後は店頭からすぐに姿を消したと聞いていた。一日も早く読んでみたいと思っていたが、入手は困難かな?と思っていた。それでも「あるいは?」との思いから2月入ったある日、書店を覗いてみたらなんと店頭に山積みとなっていたのを見て喜んで購入した。
 読み始めてみると、冒頭から河崎ワールド全開だった!その冒頭を紹介すると…、

 鼻から息を吸い込む。決して音を立てぬように深く。零下30度の冷気は鼻毛と気管を凍てつかせ、氷塊のように体の中を滑り落ちていく。夜明け頃、一日でもっとも気温の下がる時間帯。その外気が肺を冷やして脳髄を鮮明にしていく。
 肺に満ちた空気を、ゆっくりと細く吐く。温かく湿った息は口元を覆った髭に細かな氷の粒を作る。
 熊爪は深い呼吸を三度、繰り返した。

 主人公の熊爪がヒグマと対峙する場面である。
 私はこの「ともぐい」を読みながら、作者の河崎氏は別海に生まれ、大学を卒業した後も別海に住んでいたと聞いていたので、「きっと河崎氏は熊撃ちの経験がある方に違いない。そうでなければ、こんな迫真のある場面描写はできないはずだ」と思い込んでいた。
 ところが2月のある日、北海道新聞に河崎氏が「直木賞を受賞して」という一文を寄稿していた。それによると、河崎氏は鉄砲を撃った経験も、ヒグマと戦った経験もないという。

    
 ※ 受賞直後の記者会見での河崎氏です。牛の姿が描かれたTシャツ、そしてイヤリングイヤリングに河崎氏のこだわりがあったと新聞は伝えていた。

 そして河崎氏は「作中の描写の要素になったのは、実際の猟師さんたちが書かれた手記や私の山歩きの僅かな経験によるものだ。あくまでフィクションである」と述べている。
 なるほど別海町は熊との距離も近く、日常的に熊のことが話題になるような地であることは容易に想像できる。そうした地で育ち、生活してきた河崎氏にとっては、例え体験はなくとも迫真のシーンを表現する素地は無意識のうちに育まれていたのかもしれない。
 そして河崎氏は断言する。「それで(フィクション 註:私)いいと思っている」と…。そしてさらに「現実と空想を混ぜて物語と為す。それこそ最も人の心に届きやすい道だと私は思い定めて小説を書いてきた」
 舞台は明治の北海道の僻地。熊撃ちだけが生きる糧だった熊爪(名字ではなく、同じく熊撃ちだった養父に名付けられた愛称のような名である)のヒグマとの闘い、そして彼の山の中での生活を骨太の文章で描き切ったものである。
 河崎氏は10年前くらいから執筆活動を始められていたようで札幌市図書館にも蔵書が10数冊あるようだが、さすがに時の人である。全てが貸出中だった。折を見て、また彼女の作品に接してみたいと思っている。 
 


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