田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

セルビアという国

2013-04-14 19:50:23 | 講演・講義・フォーラム等
 幾多の民族紛争を経て、今のセルビアの国の形ができたのは2006年である。しかもいまだに国としては内紛の種を抱えているという。私たち外の人間にはその背景を理解するには複雑すぎるようにも思われる。そんな国から北大に留学している研究者から話を聴いた…。 

               
               ※ 今回の土曜市民セミナーを告知するリーフレットです。

 4月13日(土)午後、北大総合博物館が主催する「土曜市民セミナー」の今回はテーマは「セルビア -a crossroad-」と題するもので、講師は北大の博士課程に在学するセルビア人のノヴコヴィチ・ビリャナさんが務めた。ノヴコヴィチさんはすでに在札6年目という20代後半(or 30代前半?)の女性だった。

          
          ※ 講師を務めたノヴコヴィチ・ビリャナさんです。

 ノヴコヴィチさんの話は、その題名(副題)が示すとおり難しい民族紛争の話ではなく、現在のセルビアの自然や文化、宗教など国の姿を紹介する内容だった。それでも言葉の端橋には難しい国の内情を窺えるような言葉もあったが…。
 例えば、彼女が生まれてから国旗が4度も変わったということが口からスラッと出てきたりした。
 調べてみると、私たちが世界地理で学習したユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、現在ではスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6か国に分裂してしまい、今なおセルビア国内にはコソボ自治区の独立問題を抱えているらしい。

          
       ※ 六つ(七つ?)の国に分割された旧ユーゴスラビアです。ブラウンがセルビアの国土です。

 
 講師を務めたノヴコヴィチさんには申し訳ないのだが、彼女が用意してくれたセルビアの話にはそれほど興味が持てなかった。というのも、セルビアの国の姿の概要的なことについては調べると解決できそうな事柄が多かったからだ。
 それより私の関心はやはり国の姿の変遷にあった。
 質疑応答の中で、国が分裂していった原因について訊かれた時、彼女は「経済的な問題だ」と答えた。しかし、はたしてそれだけだろうか? あのクロアチア紛争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、そしてコソボ紛争と、次から次へと沸き起こった近親憎悪とも思える悲惨な紛争は、民族間の対立と云った様相を呈していたのではないだろうか? 彼女は当事者としてその多くを語りたくはないという心境なのではないだろうか?         

 彼女は言う。「自分をセルビア人と意識したのは日本に来て国籍を問われた時だった」と…。彼女が生きてきた中で国旗が実に4度も変わったということは、まさに彼女の半生は国の政治体制に翻弄され続けた半生であったともいえるのではないか。
 セルビア人だけではなく、世界には時の政治体制によって自己の人生を翻弄されている人々がたくさんいる現実がある。
 それに比すると私たち日本人は…。