Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

感じのいいひと

2017-07-31 04:31:55 | コラム
先日は「久し振りに人前で怒鳴られた」ことを記したが、その翌週、べつのひとから恐縮するくらいベタ褒めされた。

「あなたは、感じがいいひと」

発言者は、自分より3つ上の女性だった。

もちろん、悪い気はしない。

しないが、敢えていえば、そう評されることに慣れているところがあるので「まぁそうだろうね」と、こころのなかで思った。

この時点で、ほんとうは「いいひと」ではない。

「いい感じのひと」という「感じ」を評されたわけだから、無問題なのだけれども。。。


ふふふ、騙されおって。

とまでは思わないが、要は、得した顔ということなのでしょう。


そんなわけで仕事をもらった。

「感じがいいから」あなたに任せるというのである。


それはそれでプレッシャーだなぁ、といったら贅沢に過ぎるだろうか。


坊主+アゴヒゲ野郎、そこそこのガタイなので、怪しまれるわけではないが、本来は警戒されるタイプ。

ただヘラヘラ顔によって中和され、怖がられることはない。


あるとき、ひょろっとしているが、やはり坊主+アゴヒゲ同年代の男に、「ボクも職質をよくされるんですが、牧野さんもそうでしょう。警備員やっていたというけど、それで職質じゃメンツが…」

彼はそういって、笑った。

まぁ「ボクもそう」といっているだけマシだが、こう見えて自分、ぜんっぜん職質されないから!!

モノがちがうんだよ、モノが。

・・・と、妙なところでプライドを発動させる43歳なのでした。


※トップ画像と動画…トラビスだって、第一印象は感じがよかったんだぜ




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『フェスに行けない夏 + 7月コラムの目次』
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おもひでのMMA

2017-07-30 00:10:00 | コラム
きょうは久し振り、日本のメジャーMMA(総合格闘技)興行『RIZIN』がおこなわれるので、(会場参戦のため)短めに、自分がこの競技にのめり込むきっかけを作ってくれた、名試合3傑を展開しておきたい。

ちなみにきょうの『RIZIN』は、フジテレビにて19時から放送。
『アメトーーク』は「戦隊芸人」だし、日テレは強いし、厳しいだろうな・・・。


(1)桜庭和志VSホイス・グレイシー…2000.05.01 PRIDE GP 2000



死闘とは、このこと。

たぶん3時間つづいても、飽きることはなかったろう。




(2)アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラVSミルコ・クロコップ…2003.11.09 PRIDE GP 2003

MMA史に残る大逆転劇。



1Rが「あと1分」残っていれば、ノゲイラが負けていた可能性大。

(3)吉田秀彦VS田村潔司…2003.08.10 PRIDE GP 2003

柔道畑に異様な憎悪を抱く田村との一戦、これを観て自分は、吉田道場に所属することを決めた。



(次点)三崎和雄VS秋山成勲…2007.12.31 やれんのか!

競技というより、果たし合い。

ノーコンテストという結果にはなったが、あれほどの一体感を味わえたのは1位の桜庭戦以来だった。




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『感じのいいひと』
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color

2017-07-29 00:10:00 | コラム
自分のシナリオ創作のための、2夜連続「10傑シリーズ」。

カラー化されて以降の映画は「色味」まで気を配らなければならないのだから、映画監督ってたいへんだ。


いくつもの色がハーモニーを奏でるタイプの映画も目に楽しいが、今回はとくに「単一色」にこだわってみた。


(1)『キャロル』(2015)

衣装や小道具への目配せが素晴らしく、それを確認するためだけに、2度3度と鑑賞した。



(2)『夢』(90…トップ画像)

とくに前半の色使い。
物語や台詞は忘れても、この色彩だけは忘れない。

(3)『菊豆』(90)

赤や黄で、ヒロインの心理を語る。

デ・パルマのようにチャン・イーモウも、1作でいいので、このころの映画に戻ってきてくれないか。



(4)『ニューヨークストーリー』(89)




スコセッシ篇『ライフ・レッスン』は、抽象画家の創作過程を描いて興味は尽きない。

現代日本にも、小松美羽という野心家が居るよ。



(5)『トリコロール/赤の愛』(94)

三部作というものは、確率として、第1作目が最も得をして、次に第3作、最も損をし易いのが第2作・・・だけれども、この「青・白・赤」をテーマにした映画に関しては、「赤」をテーマにした第3作目が他を圧倒している。

(6)『ラストエンペラー』(87)

黄色を基調とした衣装や背景。

コスチューム劇を担当する美術監督は、楽しいだろうなぁと思う。

(7)『アレックス』(2002)



あの赤いトンネルの、向こう側には行ってはいけない!!

(8)『野火』(2015)

大地を覆う緑が、美し過ぎるから。

(9)『2001年宇宙の旅』(68)

船内の「赤の描写」は、恐怖を煽る。

(10)『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)

どのショットも、計算され尽くした色使い。

近年、最も幸福な気分に浸れる映画だと思う。





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『おもひでのMMA』
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message

2017-07-28 00:10:00 | コラム
ことば。
物語の原動力になる、ことば。

それは、いわゆる名言とはちがう。
ちがうかもしれないが、そのことばが映画を支配している。

最近になって再び映画のシナリオを書く意欲が湧いてきたので、ここ数日、そんなことばかり考えている。

というわけできょうは、「物語の原動力となったことばが登場する映画」の10傑を展開してみよう。

ちなみにあすも、10傑を展開。
今回のシナリオは色彩を強調させたいので、「色彩映画10傑」を予定。


(1)「ロロ・トマシ」

『L.A.コンフィデンシャル』(97)



主人公エドが創りあげた、架空の人物。

(2)「ディック・ロラントは死んだ」

『ロスト・ハイウェイ』(97)

主人公の家の電話が鳴り、出ると、謎の男がこんなことばを告げる。



意味なんて分からない、それがリンチの映画です。

(3)「カメダカ」

『砂の器』(74)

「亀高」なのに「亀田」と聞こえたことから、捜査が迷走する。

(4)「薔薇のつぼみ」

『市民ケーン』(41)

最初に呟いたことばの意味は、最後の最後で分かる。

でも、そのことばを分かり易く解説することは、ひじょうに陳腐な感じになるので要注意。

(5)「カイザー・ソゼ!」

『ユージュアル・サスペクツ』(95)



誰も見たことがない男のことを、いいトシした男たちが本気で怖がっている。

(6)「アティカ!」

『狼たちの午後』(75)

アティカ刑務所の暴動事件を指し、野次馬たちの共感を得る主人公。




(7)「みんな、月でした」

『皆月』(99)

こう書き残して失踪するおんな。

松尾スズキだったか、死ぬ間際に意味深なことを呟いたりするのはよしてくれ! といったのは。

(8)「最低だ」

『勝手にしやがれ』(59)

「最低って、なに?」と聞き直すヒロイン。

(9)「GLUTTONY(暴食)」…トップ画像

『セブン』(95)

すべては、ここから始まっている。

(10)「それが、お前の性だ」

『クライング・ゲーム』(92)




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『color』
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シネマしりとり「薀蓄篇」(216)

2017-07-27 00:10:00 | コラム
にちようびよりのし「しゃ」→「しゃ」ーく(シャーク)

シャーク(shark)とは、サメのこと。

ちなみに後述する映画、『ジョーズ』(75)のタイトル「JAWS」は、「あご」の複数形。


ややおとなしくなったが、自然発生的? に「サメのバカ映画」が大量生産され、ほとんど大喜利と化した時期があった。

その代表的な作品を、いくつか。


『シャークネード』(2013…トップ画像)

サメ+トルネード(竜巻)がヒトを襲う。

大喜利化の基本は、「サメとなにを足すか」だったのだ。

ちなみにシリーズ化され、第4弾のタイトルは、『シャークネード 4thの覚醒』(2016)である笑


『トリプルヘッド・ジョーズ』(2015)

頭部が増えれば強くなるという発想は、キングギドラあたりから持ってきたのか。




『ピラニアシャーク』(2014)

やろうとしていることは、分かるが笑




『シャークエクソシスト』(2015)

悪魔に憑依されたサメ。




『ビーチ・シャーク』(2011)

甲乙つけ難いバカ映画のなかで、比較的シンプルなこの作品の支持率が高いのは、ハルク・ホーガンの愛娘ブルックが出ているからでしょう。




ここに挙げた映画たちは、けっしてつまらなくはない。
超面白いってわけでもないけれど、これらより「はるかに、クッソつまらない」ビッグバジェットの映画なんて腐るほどあるし。

ほとんど90分以内で終わるというのも理想的、
この手の映画の不可欠要素・エロスもふんだんに盛り込まれ、
観るひとしか観ない・・・と、制作陣が開き直っているのでレーティングも気にしない、だから残酷描写もなかなかのもの。


ただ、いろんなパニック映画があるなかで、どうしてシャーク系がこれほどまでに流行したのだろう?

恐竜や「小さめの」モンスターだって、よかったはずなのに。
いや実際、それらもいくつか制作されたが、シャーク系のように大喜利化するまでには至らなかった。

海という背景が映画的というのもあったろう。
ゆえに水着美女を登場させ易かったというのもあったはず。

でもいちばんは、あのフォルムにあったのではないか。

害を加えるわけではないとしたら、ひたすら美しいという、あのフォルム。

あの生物に、なにを付け加えたら面白くなるか―それが、クリエイターたちの想像力に火をつけたと。


いっぽうで元祖の『ジョーズ』は、シャークになにも足さなかった。
というより、シャークそのものをほとんど登場させなかった。

コントローラーが故障していたため・・・といわれているが、それが本当かどうかは分からないものの、登場させないことで恐怖心を煽るという創造性・想像性は、いかにもスピルバーグだなぁと感心するのである。





次回のしりとりは・・・
しゃー「く」→「く」ーる。

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『message』
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