Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

タイムマシンにおねがい

2017-07-07 00:10:00 | コラム
ここ数日のあれやこれやを、日記形式で。


某日―。
飯田橋まで出かけて、映画『沈黙』(2016)を観る。

本年、14度目の鑑賞。

ここへきてようやく、平常心で本作と向き合えるようになった。




「スコセッシが遠藤周作の小説を映画化するらしい」と聞いたのは、自分がまだ20代のころだった。

すぐに小説『沈黙』を手に取った。
1年後くらいには、映画が完成するものだと思っていたから。

だが映画は、いつになっても完成しなかった。
ときどき入ってくる、「いよいよ映画化に向けて…」のニュースを目にするたびに『沈黙』を読み返した。

たぶん5度ほど。
(実際に撮影が始まると、今度は短期間で繰り返し読んだ。結果、10度読み返したことになる。10回以上読んだ小説は、漱石の『それから』と『沈黙』の2作だけ!)

5度読み返したころの自分のことは、それぞれ思い出すことが出来る。

パソコンはなく、だからネットもせず、ただひたすらシナリオを書いていた時代。
いわゆる大恋愛をして、シナリオどころじゃなかった時代。
多重債務に悩み、切迫した日々を送っていた時代。

1本の映画で、タイムマシンに乗った気分になる。


現在のスコセッシは紳士だが、90年代直前くらいまでは狂人のようだった。

自分も変わったし、スコセッシも(根っこは一緒だろうが)変わった。

変わったからこそ、スコセッシは『沈黙』を創ることが出来たのかもしれない。


某日―。

新聞奨学生だったころの購読客さんとウェブ上でつながり、会おうということになった。

自分は当時18歳の専門学校生、お客さんは19歳の女子大生だった。

23年ぶりの再会―これがネットの凄さだが、毎月の集金なんて、せいぜい60秒程度。

60秒×24ヶ月だから、知らないひとと会うといってもいいくらいで。

期待? をしていなかったといったら嘘になるが、まぁふつうに呑んだだけである。


楽しく呑んだが、

「当時、牧野くんはいつもヘアバンドをしていたけど、似合ってなかった」

といわれたのには、苦笑するほかなかったな・・・。


某日―。

WOWOWで、待ちに待った『ツイン・ピークス 2017』の放送が開始される。




第4話までが放送され、それぞれ3度以上は繰り返し観たが、今のところ文句は一切ない。


前シリーズの放送は25年前、自分はまだ高校生だった。

このドラマに夢中になった日々もまた、しっかりと覚えている。

パソコンはもちろん、ワープロさえ持っていない自分は、ルーズリーフにドラマの「ヘタッピな」人物相関図を書き、各章の批評を記した。




ちょうどそのころ、シナリオの処女作(=『白昼夢』)を執筆していて、当時は完全なるオリジナルだと思い込んでいたが、いま読み返すと120%『ツイン・ピークス』のパクリであり、赤面どころの話じゃない。


『ツイン・ピークス 2017』は、前シリーズで活躍したキャラクターが沢山出てくるものの、空気感がまるでちがうので、懐かしさというものを感じさせる創りではない。
ないが、それでも当時の自分を思い出し、やっぱりタイムマシンに乗った気分なのである。





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明日のコラムは・・・

『初体験 リッジモント・ハイ(227)』
コメント
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