Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

観て損はない「っぽい」、晩夏~秋の映画セレクション

2013-07-31 00:15:00 | コラム
某日―。
ちょっとしたリサーチのため、都内劇場をまわる。

『風立ちぬ』の圧勝、予想出来たことだが、素直にうれしい。

敢えていっちゃうが、いい映画に客が入るという現象は「当然」のような気もするが、そうならないことも多い。
だからその「当然」の流れにホッとする。

まぁ、ジブリブランドですから。
それすら危うくなってしまったら、日本は終了ですよマジで。


映画小僧の気は早く、興味は既に秋の映画へと向けられている。

そこで、大人の鑑賞に堪え得るであろう晩夏~秋の映画の期待作を10本並べてみた。

試写会などで先に観る機会の多い自分でも、これらの作品にはまだ触れていない。
よって、お薦め作品ではない。

ないけれど、観て損はない「っぽい」―とはいえそうな野心作ばかりである。


※公開順

(1)『上京ものがたり』…8.24公開

原作は西原理恵子、主演に北乃きい。

サイバラ漫画は成功し難いが、きいちゃん好きとして期待せずにはいられない。

(2)『夏の終り』…8.31公開

瀬戸内寂聴の原作を熊切和嘉が映画化。

主演は、現在放送中のドラマでも「巧過ぎる」と評判の満島ひかり。

(3)『共喰い』…9.7公開

田中慎弥の芥川受賞作を荒井晴彦が脚色、青山真治がメガホンを取る。

あの最低な父親役に光石研。

このリストのなかで、いちばん観たい。

(4)『許されざる者』…9.13公開

イーストウッドによる映画史に残るであろう傑作を、李相日がリメイク。

イーストウッドの役に渡辺謙、モーガン・フリーマンが柄本明で、ジーン・ハックマンが佐藤浩市らしい。

オリジナルのシーンで感心したのは・・・
モーガン爺がイーストウッドに「性処理はどうしてる?」

「・・・」
「売春婦とかじゃないのか」
「買ってないよ」
「じゃあ、自分でするのか?」

というやりとり。

こういう細部を大事にしてほしい。べつにそのまま真似しろってわけじゃなくてね。

(5)『エリジウム』…9.20公開

『第9地区』(2009)の俊英ニール・ブロムカンプ、満を持しての二作目。

前回は低予算だが、今回はビッグバジェット。
しかも主演はマット・デイモン、ジョディ・フォスターである。

プレッシャーに負けていないかだけ心配。

(6)『甘い鞭』…9.21公開

わが道を往き続ける石井隆が、わが道を往き始めた壇蜜を起用して描くエロス。

壇蜜どうこうではなく、石井さんというだけで劇場に「往く」がな。

(7)『凶悪』…9.21公開

『新潮45』編集部による労作、『凶悪―ある死刑囚の告白―』を映画化。

山田孝之、ピエール瀧、池脇千鶴、リリー・フランキーというキャスティングがそそる。

(8)『地獄でなぜ悪い』…9.28公開

絶好調の園子温によるコメディ。

コメディ?

たぶん、ね。

二階堂ふみ(トップ画像)の演技に期待。

橋本愛を陽とするならば、ふみちゃんは陰の女優だ。

(9)『そして父になる』…9.28公開

インディーズ畑っぽい是枝裕和のキャリアのなかで、おそらく最もヒットするであろう話題作。

カンヌ受賞作であるし、福山くん主演であるから。

(10)『キック・アス2』…公開日未定

冬の時期公開かもしれないが、期待をこめて。


―それにしても日本映画が多い。

贔屓目もあるのだろうが、米映画で強く魅かれるものがなかったというのも事実。


※『共喰い』予告編…脚本だけ読んだが、あのラストは「あり」だと思う。




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消化がいいのにもほどがある

2013-07-30 00:15:00 | コラム
このトシ―39歳―なのだから、当たり前っちゃあ当たり前だが、「まあまあ落ち着いている」と評されることが多くなった。

ただし、「口に食物を放り込んだとき」以外での話。

自慢じゃないが・・・って、ゼッタイに自慢にもならないが、まーず消化が早い。

特異体質かよ!? と自分にツッコミを入れたいほどで、先日、健康診断を受けたのだが、医師に「自分、小腸あたりが欠落しているんじゃないでしょうか」と聞こうか迷ったほどである。

どのくらい消化が早いのか。

ちゃんとした食事じゃなくてもいい、たとえば「おやつ」、、、なんて、ここ何年も口にしていないが、ケーキひとつ喰っただけでそれ以前に喰ったものが肛門にまで達している。

早く出してくれ、出してくれと、彼? はいう。というか、叫ぶ。
仕方がないから席を立ち、用を足す。

快便である。

訂正、一般的には「ゆるい」とされている便であり、また、放出? も異常なスピードなのである。

大袈裟ではなく、小便と大便の所要時間に差がない。
ないものだから、こっちから申し出ないと、誰も大便だとは気づかない。

なに笑ってやがる?

ん、ウンコまで早漏かよって?

放っておけバカヤロウ。


ともかく。
こんな具合に、1日2食という食生活にも関わらず、1日平均で4~5回の便を出す。

入れては出し、入れては出しの繰り返し。
喰った途端に出す―つまり落ち着きがない、と。

ん?

落ち着きがある/ない、という表現は、そういう意味じゃない?

分かってるがな。
が、あまりにも「じっとしていられない」ものだから、先日も美女に「どうしたの? 落ち着きがないよね~」なんていわれてしまった。

くそ、ひとの気も知らないで。
独り暮らしなのに、トイレットペーパーの消費量がハンパないんだぞ!!
1ヶ月12ロールじゃ、足りないくらいなんだぞ!!

・・・・・。

前言取り消し。

自分、この「ひとの気も知らないで」という台詞がいちばん嫌いなのだ。
他者はあくまでも他者じゃないか、知るわけねーじゃん、みたいな。

まぁいいや。


何度か記してきたが・・・
こんな具合なので、便秘という状態が分からない。

出したいのに出ないという感覚、果てない射精に近いのか。それはゼッタイちがうわな。

たぶん一長一短だろうから、「どっちがいいのか」という話ではないのだろうが、
「超」快便、「超」ゆるい、というのは、日常を送るには「そこそこ」難儀で。

いってしまえば映画鑑賞中や格闘技観戦中にモノを喰わないのは、この体質ゆえだったりする。

「作品と対峙したい」という、映画小僧っぽいイイワケを用意しているものの、ほんとうにそれだけなのか? と、自分自身を疑っているのだ。
なぜなら口に入れた途端、ほぼ100%の確率で便意が生まれてしまうのだから。

精神的にはよくなさそうな便秘は、しかし、そういう心配はないわけで。


とはいえ。
体質さえ変えられるという世の中になり、投薬、あるいは安い手術でそれが可能になったとしても、
それはちょっと、無理・・・と思ってしまうのだがね!!


トップ画像?
なんかトイレする姿にキュンときたので。

ダースベイダーだと重過ぎるんだよね、絵として。


動画は『トイレの神様』をリンクしたいところだが、映画小僧らしく、こっちを。

すべての映画のなかで、トイレを最も巧く? 扱っている作品だと思われる。

おろそかにし過ぎだよ、トイレの描写を。
だからこれを、見習うべきだ。




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モノカキと映画

2013-07-29 00:30:00 | コラム
公開されたばかりの米映画『ペーパーボーイ 真夏の引力』(トップ画像、文末動画参照)が、とっても面白い。

死刑囚とその婚約者、新聞記者の兄と彼を手伝う弟の物語で、「おんな」のすべてを表現してみせたニコール・キッドマンはもちろん、死刑囚を演じたジョン・キューザックが、彼のキャリアのなかでも最高の演技を披露している。
また、つまらない俳優だと思っていたマシュー・マコノヒーも新聞記者を熱演していて、いままでの過小評価を素直に詫びたくなった。


画家や音楽家を主人公にした映画に比べたら少ないかもしれないけれど、
モノカキを主人公にする映画も多い。

キャンバスに色を塗るわけでもない、
ピアノを弾くわけでもない、
スポーツ選手のような動きがあるわけでもない、

ただじっと座って原稿と対峙する―とても地味なはずなのだけれど、いや地味だからこそ描けることがある、、、ということなのだろうか。

まだ新聞記者はいい、取材対象に迫るため動き回るのだから。
日本でいう純文学の作家なんて、基本的にどこにも出かけないで、部屋に閉じこもって唸ってばかりいる。

単なるイメージ?

否。

シナリオ書き始めた自分がそんな感じだから、間違ってはいないと思う。

そりゃあ長生き出来ないよね、、、なんて。


で、主人公ではないかもしれないが、ドラマのなかで重要なキャラクターとして設定されている―というものまで含めた、「映画のなかの作家」を10人挙げてみた。

健全なモノカキから、不健全極まりないモノカキまで。
卑しいモノカキもいれば、スーパーヒーローも居る。

なるほど、ある意味ではみんな、ぜんっぜん地味じゃないわな。


(1)『バートン・フィンク』(91)

コーエン兄弟、初期の傑作。

NYの新進劇作家がハリウッドに呼ばれ、趣味ではないプロレス映画の脚本を依頼され・・・という物語。

(2)『裸のランチ』(91)

ウィリアム・バロウズの半? 自伝+脳内小説をクローネンヴァーグが映画化。

タイプライターがゴキブリ化し、話しかけてくる!!

(3)『大統領の陰謀』(76)

ウォーターゲート事件の真相を暴いた若き新聞記者、カール・バーンスタインとボブ・ウッドワードの物語。

ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードの演技が熱い。

(4)『リング』(98)

日本映画を代表して。

松嶋菜々子は、ぜんぜん記者に見えないけれど。

(5)『シャイニング』(80)

狂った作家は妻と子を襲う。

意味が分からなくとも、寒々しい映像で充分怖い思いが出来る。

(6)『第三の男』(49)

死んだとされる男「ハリー・ライム」について、親友で小説家のホリーが調べていく―というのが本筋。

背景や物語の案内人として、モノカキというキャラクターは最適なのかもしれない。

(7)『ルビー・スパークス』(2012)

直近の映画から一本。

スランプに陥った新人作家が、自分の理想とする女子をヒロインにして物語を紡ぎ始めると・・・。

エリア・カザンを祖父に持つゾーイ・カザンが脚本を担当しているが、これが技ありの素晴らしい出来で感心した。

ちなみに。
このゾーイがとても可愛いので、要チェックだ。

(8)『ミザリー』(90)

作家の受難劇。

(自分を含めた)なにかに対する熱狂的な信者というものは、なにをするか分からず、だからとてもリアリティがあった。

(9)『許されざる者』(92)

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり―信念のない作家は、強いほうに擦り寄っていく。

とても狡猾で、でも実際に居そうな感じ。

さて日本のリメイクはまもなく公開だが、誰がこのキャラクターを演じるのだろうか。

(10)『スーパーマン』(78)

クラーク・ケントの、仮の職業は新聞記者。

パッとしない感じだが、それがいいのだろうね。





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映画だ、わっしょい。音楽だ、わっしょい。

2013-07-28 04:41:22 | コラム
各地で夏祭りが開催されているが、そういえばここ数年、どこそこの祭りというものに出かけていないことに気づく。

(ウチの)団地の夏祭りは、べつね。
あれは参加する意思がなくとも外に出ればやっているわけで、そりゃあビールくらいは呑んだりするけれど、30分以上ウロウロすることはないし、「出かけた」うちには入らない。

祭りが嫌い? ということはないけれど・・・って、あぁでも、ちがう祭りには出かけているじゃないかって。

映画祭と、音楽フェスだ。

ん?

なぜ映画フェス、あるいは音楽祭じゃないのだろう?

festivalは、そのまま祭りと訳されるのに。


映画。
PFFと略される「ぴあフィルムフェスティバル」は違和感がないが、というかこれが特例であって、東京もカンヌもベネチアも、日本の映画ファンは「フェス」ではなく「祭」のほうがしっくりくる。(『風立ちぬ』、ベネチア正式出品おめでとー! なにか取れるかもしれない)

音楽。
「FNS歌謡祭」なんていうのもあるが、「フジロックフェスティバル」がフジロック音楽祭、「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」がロック・イン・ジャパン祭となったら、意味は通じるが、なんか「しまり」がない。

カタカナのほうが洗練されている感じがする―というわけでもなさそうだが、歴史の積み重ねというかね、イマサラ変えてもねぇ、、、ということだろう。誰も「母さん助けて詐欺」といわないのと同じだ。(同じか?)


「東京国際映画祭」はもちろん、「したまち」も「レズビアン・ゲイ」も「爆音」も、東京で企画されている映画祭のほとんどに顔を出している(はず)。
参加したいけれど実現出来ていない映画祭は、「ゆうばり」「山形ドキュメンタリー」「福岡アジア」などなど。
取材の仕事でも入らないかぎり、なかなか地方には、ねぇ。。。

音楽フェスはどうか。

今年は、幕張で開催される「サマーソニック」(8/10、11)に参加予定。

目当てはMUSEとカーリー・レイ・ジェプセン(文末動画参照)、ももクロなど。

去年もサマソニ一本で、今年もそう。
ただ予算と時間があれば、あれもこれも行きたい・・・というのが本音で。

たとえばPerfumeが参戦した(トップ画像の)「BBQ in つま恋 ~僕らのビートを喰らえコラ!~」(7/13、14)とか、
ナイン・インチ・ネイルズが目玉の「フジロック」(7/26、27、28)とか。

交通費、チケット、グッズ、飲み喰い・・・で、結局は2万は超えるしね、大晦日の格闘技興行(今年、やばそう…)に比べれば安いものだが、毎週のように散財出来るほど金持ちではないし。


ともかく。

夏祭りであれ、映画祭であれ、音楽フェスであれ、もちろん男祭りも、ももクロがやる女祭りも、祭り/フェスと名のつくものは楽しい。

楽しんだもの勝ちでしょ? みたいな。

だから鑑賞ではなく「参加」と表現するのが正しく、わっしょいわっしょいしようじゃないかって。


夏フェスが終わるころに、映画の季節がやってくる。
ベネチア、そして東京。

映画祭が終わったころに、(しつこいが)今年は怪しいものの、大晦日の格闘技興行が待っている。

年が明けて少し経てば、オスカー授賞式があって、そのあとがカンヌ。

そうしてまた、夏フェスが始まる。

つまり一年中、わっしょいわっしょい。


わっしょい、わっしょい―こんな一生も、たぶん悪くない。


※カーリー・レイ・ジェプセンの代表曲を、日本語訳つきで。




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夜の夢こそ、まこと―2日遅れの金魚忌

2013-07-27 02:18:41 | コラム
位牌もない我流の仏壇ではあるが、毎日、線香をあげている。

ふだんは水を取り替え、手を合わせる程度。
ビールを呑むときは乾杯するジェスチャーを取ってから口をつけるし、当たり前だが、自慰をする前は扉(というか、襖)を閉めておく。

ギャラが入れば、果物などを供える。

それを、かーちゃんが死んでからずっと続けてきた―にも関わらず、今月の頭、25日が命日(=金魚忌)にあたることを思い出さないでいた。
初めてのことなので軽いショックを受けたが、最近、長時間の取材が増えたから・・・などと、都合のいいイイワケで自分を納得させようとした。

思い出したのは、命日の4日前から3日連続で見た夢による。

目覚めるとすぐ、扉(というか、襖)を開けて手を合わせた。

ごめんよ、ごめん、かーちゃん。忘れていたわけじゃないからね、、、なんて話しかけながら。


塀の上からダイブするかーちゃんをキャッチすることが出来なかったり、
止まらない観覧車に乗るかーちゃんを助けられなかったり・・・かーちゃんの夢はよく見るが、大抵は残酷な内容で、これは自分が抱える罪悪感が生む映像なのか。

しかし、今回の夢はちがう。
まるで、大林宣彦による映画『異人たちとの夏』(88)の「前半」のような、ファンタジックで穏やかなものだった。

脚本家(!)の主人公、風間杜夫が亡くなったはずの両親―片岡鶴太郎、秋吉久美子―に出会う。

両親を奪った交通事故は、彼が12歳のときに起こった。
彼は恐怖を抱くことはなくうれしさを感じ、両親の住む家に通い始めるようになるが、彼は次第に衰弱していく・・・という物語。

山田太一の原作小説を、市川森一が脚本化した佳作である。

※予告編




ジョギングを終えてシャワーを浴び、ビールを呑んでいると台所に人影が見えた。

それが、かーちゃんだった。

かーちゃんは、亡くなるころのかーちゃんではなかった。
たぶん自分が中学生のころの、まだ糖尿病で苦しむ前のかーちゃんである。

しかし自分は、現在の自分。
それが夢の面白くて自由なところだが、自分も『異人たちとの夏』の主人公と同様、恐怖心を抱くことはなく、ただただうれしくて、台所に立つかーちゃんの後ろ姿を見つめ続けるのだった。

「鶏の唐揚げと、ポテトサラダと・・・ほかに、なにがいい?」
「もう、それだけでオッケー。それだけで」
「あんたの好みは、ずっと変わらないんだね。もうオジサンって呼ばれる年齢なんじゃないの?」
「(苦笑)そうだけどね、かーちゃんの唐揚げ、最高だから」
「ご飯は?」
「食べる、食べる」
「同時に出していい?」
「いいよ、いいよ」

いつだって饒舌なはずの自分は口数が少なく、逆に口数はけっして多くなかったかーちゃんのほうが、よく喋っていた。

数分後―。
皿からこぼれそうになるほどの唐揚げとポテトサラダ、大盛りご飯をテーブルに置いたかーちゃん・・・だったが、台所に戻った瞬間に姿を消してしまう。

そこで、目が覚めた。
3日間、細部は異なるが内容は「ほぼ」同じ夢である。


前述した残酷な夢とはちがうから飛び起きることもなければ、寝汗もかいていない。
いないが、その夢で金魚忌が近いことを思い出した自分は少し後ろ暗くなり、急いで扉(というか、襖)を開けて自家製仏壇に手を合わせたのだった。


・・・・・というような内容のことを20代のころに書けば可愛らしくもあるが、このトシになって「かーちゃん」を連発したりしていると、マザコンのように思われるよ―と、友人からじつに真っ当な指摘を受けた。

のだが、まぁ実際にマザコンであろうから気にしない。

あぁそうさ、自分はロリコンでマザコンさ、だからどうした・・・とまで書くと、かーちゃんも嫌がるかな。


ともかく。
金魚忌を直前まで思い出さなかったという事実が、自分にとってショックだった。
それを思い出させたのが夢、、、というのが、かーちゃんに「気づいてよ」といわれているようで、これまたショックである。

罪滅ぼしのつもりか、
仏壇には上等な桃とマンゴーを供えた。

そうして、その夜、、、というか、昼夜逆転生活だから、昼―。

3日連続だったのだから、きょうも夢のなかで出会えるのではないかな・・・と期待し、酒の量を少なめにして寝てみたのだが、かーちゃんは現れなかった。


目覚めて、一服。

こんど会えるのは、来年のこの時期なのかもしれない。

敢えて忘れていたほうが、夢のなかで会えたりして―などと、バチアタリなことを考える39歳の夏であった。


かーちゃんの年齢に追いつくまで、あと10年・・・とりあえず、合掌。

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