masumiノート

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請負人 越後屋 №19

2010年05月19日 | 作り話

それから数ヶ月後、妻、明子の実家から電話が掛かってきた。

「もしもし、雅夫くんかい?忙しいところ済まないね。こんな事は君の耳には入れたくないと今まで遠慮していたんだが・・・」
「昨年、特約店が合併吸収で変わっただろう?以前なら請求書の事後調整があったのに、今の特約店に変わってから、にべもない態度で一切こちらの要求に応じてもらえないんだが・・・どうなっているんだい?」

石崎が心配していたことがやはり起こっていたようだ。

「おとうさん、申し訳ない。特約店が変わったこともありますが、日の丸石油との合併に因るところが大きいのです。」「そして私の力では、もうどうにも出来ないのです」

本当のことを言うとまだ事後調整は行われている。
しかしそれはごく一部の特約店や量販広域業者に限られている。
義父のような一個人の販売店はその範疇ではないのだ。

「そうか・・・。いや、確かに組合の寄り合いに出ても、私らのような販売店の者は皆、経営が苦しいと愚痴ばかりだよ。まだ私の所は恵まれていた方かも知れん。
そうそう、それから元売の流通カード(発券店値付けカード)、あれも何とかならんものかね。工業団地の傍の町玉石油さんがそれで大変な目に遭っているそうだよ。今まで掛け客としてマージン80万ほどあったものが給油代行給油手数料になって半減したらしい。
大きな特約店や最近ではリース会社や金融カード会社なんかも発券に力を入れているらしいが、そんな事をされたらワシらのような3者店は社員の給料を出せなくなってしまうよ」

・・・・・しばしの沈黙のあと、

「実は店を任せていた北口くん、君も知っているだろう?」

「ええ、店長として働いてくれていた彼ですね」

「うん。・・・その彼が辞めたんだよ」

「えっ?どうしてですか?」

「いやぁ・・・業転を取る取らないで揉めてね。 何でもインターネットをしていたら業転を勧めるようなサイトを見たとかで、『これからの時代、業転を取らないではやっていけない』なんて言うもんだから、『馬鹿な事を言うな!マークを揚げて商売しているのに、ネギやホウレン草の産地偽装みたいな事が出来るか!』と、つい怒鳴ってしまったんだよ」
「それからも何度か話し合ったんだが・・・やはり私には元売を裏切ったり消費者を欺くようなことは出来ないよ」

「それで?」

「ああ、退職願を持ってきた」

「そうですか・・・」

「それでなぁ・・・ニュータウンに大きなセルフが出来てから更に市況がガタガタになってなぁ・・・、マージンをかなり圧縮して売価を決めているんだが、それでも周辺より2円ほど高くなる」

「はい」

「この間のことなんだが、ポリ容器に軽油を買いに来た客が単価を聞くので答えたら『高い』だの『ぼったくり』だのボロカスに言われてなぁ・・・ちょっと北口のこともあって虫の居所が悪かったせいもあるんだが、ポリ容器に入れた軽油を地下タンクへ戻して、その客を追い返してやった・・・」

「はぁ・・」

「それ以来何だかやる気を無くしてなぁ・・・
正志が跡を継いでくれればと思っていたんだが、どうもその気は無いようだし・・・まあ、ガソリンスタンドはワシの代から始めたことだし、後が無くても構わんのだよ。 ただ大木の家さえ継いでくれれば」

「はい」 
答えながら石崎は胸が痛んだ。
ガソリンスタンドのこともそうだが、義父の「家を継いでほしい」という想いを、正志とその妻のまり子がどこまで理解しているか・・・

「それでな、こんな事を電話で済ませて申し訳ないんだが、ワシももう年だし、北口も居なくなってしまったし、この際店を閉めようかと考えているんだよ」

「そうですか。・・・あの明子には話されましたか?」

「いや、まだだ。先ずは世話になった君に、と思ってな」

「おとうさん、次の休日に明子とそちらに伺います。その時にゆっくり話ましょう」

そう言って、一旦電話を切った。

石崎は憂いていた。

数ヶ月前に訪れた販売店も、義父の所も・・・
高度成長期を共に歩んできた、元売りの代わりにガソリンを販売してくれていた店が苦境に立たされている。
そして今、元売の専務という肩書きがついた自分であるのに、彼らのために何の力にもなれない自分がいる。
何の為にこの会社で働いているのか?
自分は会社の操り人形でしかないのか?
考えれば考えるほど情けなかった。


つづく




※この物語はmasumiさんの被害妄想に基づくフィクションです(^^;
実在の人物及び団体とは一切関係ございません。

尚、加筆修正及びキャラの変更等もあるやも知れませぬことをお断り申しておきまする(^^;


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