顧客からの苦情は、企業のサービス向上に役立つ貴重な意見だが、度を越した悪質な要求や言動は許されない。企業は組織として、従業員を守る対策を強化すべきだ。

 客が店の従業員に威圧的な言動をとったり、理不尽な要求を繰り返したりする悪質なクレームが深刻な社会問題となっている。厚生労働省は来年度、企業向けの対応マニュアルをまとめる予定だ。

 流通関連企業の労働組合が2017年、約5万人を対象に行った調査では、7割が顧客からの迷惑行為を経験していた。暴言や暴力、長時間にわたる執拗しつような叱責や土下座の強要、SNSでの中傷などの事例が報告されている。

 こうした悪質クレームは、カスタマー(顧客)ハラスメントと呼ばれている。顧客の正当な訴えとの線引きが難しいこともあり、これまで十分な対応が取られてこなかったのが実情だ。

 企業の取り組みを促す目的で、国がマニュアルを策定する意義は大きい。どのような行為が問題になるのか、分かりやすい判断基準を示してほしい。悪質なクレームに発展する原因や背景事情の分析を進めることも不可欠だ。

 コロナ禍では、マスク越しで声が聞きづらいと店員をどなりつける例のほか、商品を届けに来た配達員に消毒スプレーを吹きかけたケースなどもあった。

 感染拡大の不安やストレスを、店員にぶつけるのは筋違いだ。働く相手の立場を尊重して、接することを心がけたい。

 商品に不具合があるとして、100円ショップの店員を「刺し殺す」と脅した男は、脅迫罪で有罪になった。相手を不当に追い詰める行為は、刑事罰に問われる場合もあると認識せねばならない。

 悪質クレームが、対応した従業員らの心を深く傷つけていることを軽視してはなるまい。

 顧客や取引先からの苦情などで精神障害となり、労災認定された人は19年度までの10年間で100人に上った。このうち35人が自殺している。深刻な事態である。

 働く人の安全と健康を守るのは企業の責務だ。現場の担当者任せにせず、社内に相談窓口を整備して、対応を一元化することが大切だ。顧客との会話の録音・録画や、複数での接客も有効だろう。

 企業側の対応のまずさが、苛立いらだちを招いている面もある。企業は顧客の苦情に誠実に向き合うべきだ。顧客の正当な訴えには真摯しんしに耳を傾け、迅速な対応が必要であることは言うまでもない。