星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

domestic な想い、思い入れ、思い込み、思い違い…:ジグムント・ミウォシェフスキ著『怒り』

2019-07-01 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)

ジグムント・ミウォシェフスキ著 『怒り』上下巻 田口俊樹・訳 小学館文庫 読了。
(原著は2014年、 英訳『RAGE』2016年からの重訳)

 
ポーランドのクライムノヴェル、、 面白かったです。 上巻を読んでいる間にすでに友に「これ、なかなかの傑作だから…」と薦めました。
凄惨な事件のはじまりにもかかわらず 《面白い》と表現してしまう意味には、  登場人物のキャラの造形、 ひとつの事件の解明に留まらない物語の進展、 語りの妙で読者を惹きつける巧さ、、 などの作家さんへの称賛の意味かな。。

特に、 《笑い》の要素がすばらしいです。 ユーモア、というのとちょっと違う、、 パロディ感覚やブラックさや、 いわゆる《滑る》ネタ風の失笑や、 ツッコミを入れたくなるボケ?や、 トホホな笑いや、、(そのうち笑ってられなくなるんですけどね…) 前半はずいぶん爆笑させられました。。

主人公は 検察官テオドル・シャッキ。 40代半ばの敏腕検察官、、(だと思う、一応) 長身痩躯、髪はすでに銀髪(白髪)、、 服装は《法の守護人》らしく寸分の隙も無く…
最初のほうの描写から少し、、

 「その日の装いは彼が勝手に"ボンド・ファッション"と呼んでいるものだった。自分を印象付けたいときに着て、決して期待を裏切らないブリディッシュ・クラシック。(略) …それに上着のポケットから一センチほど出した、粗い手触りのリンネルのハンカチ。シャツの袖にはカフスボタン、つや消しをしたサージカルスティールの腕時計――真っ白で豊かな髪に合わせたものだ。まさにポーランド共和国の強さと安定の権化と化したような恰好だ…」

、、、 こういう文章、、 これはマジ? ギャグ? 著者の目線なの? それとも本人(シャッキ検察官)の思い込みなの? 、、こういう含みを持たせた文章が随所に。 ちなみにこの《ボンド》ネタはちょこちょこと後まで出てきて(カフスひとつで笑えますよね…)、 その度にプッっとふき出すことになります、、 

、、で このシャッキ検察官はワルシャワから オルシュティンという北部の都市へ赴任してきているのですが、 12月のオルシュティンの気候やこの土地の地元の事情への なんというか、 ぼやき? 罵声? 呪い? も随所に出てきて、 それがいわゆる『坊っちゃん』の松山非難に近いコミカルさがあって、、 そこまで言わなくても… と思いつつ笑えるのです。 

さきほど ボンドが出てきましたが、 その他にも音楽や映画への言及が多いのも楽しめます、、それぞれが意味深で… 、、シャッキ検察官がラジオのトーク番組で家庭内暴力の会話をした後に、 DJが

 「…気分を変えて刺激的な音楽をひとつ…」 と言ってかけるのが Aerosmith の「Janie's Got A Gun」
https://www.youtube.com/watch?v=RqQn2ADZE1A

、、わ、わらえるのか…?(汗) と思いつつ、 「巨大な口の男が歌う…」とかいう記述にふき出してしまいます。。

 ***


事件については…

ひとつの事件にとどまらず、、 それこそ笑ってはいられなくなるのですが…。 ここには さまざまな《ドメスティック》な関係性が登場し、、 それは 夫婦であり、 恋人であり、 親子であり、 職場などの同僚であり、 さきほども触れたオルシュティンという一地域のことでもあり、、 そういうさまざまな関係性のなかで、 一方が思っていることと 他方がそれに対して認識していることの《大きなズレ》、、

タイトルにも挙げましたが、 「想い」は 思いやりだったり慈しみだったり愛情だったり ある一途な想いではあるものの、 それは「思い入れ」の押し付けであるのかもしれないし、 自分の あるいは相手の勝手な「思い込み」かもしれないし、、 一方の想いとはまったく異なる「思い違い」を他方がしているかもしれないし、、 ドメスティックな距離で見えない関係の中にある大きな《齟齬》 、、ドメスティックなものだからこそ 誰にも気づかれず 誰も助けてくれない、、 怖ろしさ…

、、最初に笑いのネタとして "ボンド・ファッション"の事を書きましたけど、 この「思い込み」なのか「勘違い」なのかの伏線は 事件と物語のすべてを象徴するものだったのですね、、 と次第に気づいていく後半は、、 本当に笑いも凍りついていきます。。 巧いです…(作者さんに)

英語版タイトル「RAGE」を『怒り』と訳されていますが、 rageと angryが違うのは、 レイジはもっと強い怒り、、 ここで言うなら「逆上」が一番近い意味かと、、。 


本当は、、 現代の残酷な犯罪や 救いの無い暴力事件などは苦手で、 そういうなまなましい描写の多い作品は読みたくないのですが、 この小説は事件そのものよりも 人と人との関係性、、 人の《想い》の複雑さに、 こちらの感情が二転三転させられ、 いろんな感情が揺さぶられました。 感動したり、 ほろりとさせられる部分もあったし、、

 ***


主人公シャッキ検察官のシリーズは これが最初の邦訳ですが、 シリーズでは3作目で完結編、なんだそうです。 昨年末にシリーズ一作目にあたる『もつれ』という作品が邦訳されていました、、(こういう順序で出版するのはできればやめて欲しいなぁ、、 いろんな出版事情もあるんでしょうけど、、知ってたら絶対一作目から読みたい…)
◎編集者コラム◎
『もつれ』ジグムント・ミウォシェフスキ 訳/田口俊樹


でも、 シャッキ検察官のキャラ造形はとても素敵で、 ミステリ小説界版「エクスペンダブルズ」をやるなら、 ヘニング・マンケルさんのヴァランダー警部を筆頭に ぜひこのシャッキ検察官も入れて欲しいと思うのでした。。

… なんてことを思っていて、 さっきこのジグムント・ミウォシェフスキさんのインタビュー記事(英語)を見つけてみたら、、 やっぱり! ヘニング・マンケルさんをお好きなんだそうです。
The Author and His Translator: Working Together Is All the ‘Rage’ publishingperspectives.com

マンケルさんの「社会の影と弱者、隠れた病弊」そういったテーマを ポーランド版で書いてみようと思った、と。。 確かに、、 納得です。 自国とヨーロッパ、 そして世界の繋がりを常に意識している部分も(読むとそれがわかります) マンケルさんの姿勢を感じましたし、、。
ヴァランダー警部シリーズが何作も続いたのに こちらのシャッキ検察官はこれで終わりだなんてちょっと勿体ない気もしますが。。


ポーランド、、 という国について ほんとうに ワレサ議長と ヨハネ・パウロ二世(ローマ法王)と 『戦場のピアニスト』以外ほとんど何も知らなかったけれど、 こんな優れたミステリ作家さんがいるなら また他の作家さんも邦訳されていくと良いなと思います。

ちなみに…
作中で シャッキ検察官が冬のオルシュティンという街をずーっとけなし続けていたので どんなにかヒドイ場所かと思いきや、、 (湖が11個あるというのが特色らしい) こんな素敵な街でした⤵
https://www.olsztyn.eu/en/nature/lakes.html


 ***

ようやっとこの読書記を書きましたが、、 ほんとうはめっちゃ体調わるいんです…(泣) かろうじて本は少しずつ読めますけど、、

あぁ、、 梅雨の無い国に行きたい… シャッキ検察官が冬のオルシュティンを呪う気持ちが少しだけわかります、、 (人間は身勝手です) 雨の被害が出そうな地域もあるというのに自分の体調など…


お日さまはしばらく望めそうもありませんけど、、 できるだけ 元気で…


この記事についてブログを書く
« 指輪物語も少し…?:『謀略の... | TOP | 次の記事へ »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)