星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
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言葉の翼がはこんでくれる…:『ビルバオ・ニューヨーク・ビルバオ』キルメン・ウリベ著

2024-10-01 | 文学にまつわるあれこれ(ほんの話)
   きらめく飛行機の翼は、まるでトビウオのようだ。
                         (p.98)



『ビルバオ・ニューヨーク・ビルバオ』キルメン・ウリベ著 金子奈美・訳 白水Uブックス 2020年


夏のあいだに読んでいた本です。 
ことしは何故だか〈飛行機〉のでてくる物語が 私をつぎの読書へとつないでくれているようです。

前回の読書記に書いたカナダの『ノーザン・ライツ』(>>)に出てきた郵便飛行機。 6月に書いた女性飛行家アメリア・イヤハートの『ラスト・フライト』(>>)、 今まで知らなかったアメリアという人へとつないでくれたのは、4月に書いたエルザ・トリオレの小説『ルナ=パーク』(>>)でした。 あぁ そのとき書いたように  「飛行機がまゐりました。」という言葉のでてくる片山廣子さんの随筆もありましたね…。

『ビルバオ・ニューヨーク・ビルバオ』という本は、 スペインのバスク自治州の作家によるバスク語で書かれた小説とのこと。。 小説、、といって良いのかな… どうだろう…

著者キルメン・ウリベさんは詩人としてデビュー。 この本は彼が講演のために自分の住むスペインのビルバオからアメリカのニューヨークへ向けて旅立つ、 その旅の過程で彼の脳裡に浮かんでくるさまざまな思索や思い出を(一見、思い浮かぶままにとりとめなく)つづったエッセイ、のようにも読める本です。

自分の父や叔父や、 祖母や大叔母たちが昔語りにきかせてくれた記憶のかずかず、、 そこにはスペインの内戦の歴史や、バスク地方という言語も民族も異なる今や失われつつある昔ながらの文化の記憶がいっしょに語られていく。。 そして現在に生きる彼がたまたま旅の途中で出会う人のスケッチや、 かつて出会ったひとびとの思い出などを振りかえりつつ、 これから自分が書こうとしている〈小説〉について思いを巡らせている。。 (でもじつはその小説そのものがこのエッセイみたいな旅物語なんです)

とりとめのないエッセイのようでありながら、 じつは本当によく考えられて、慎重に構成された本なのだとわかります。 なのに、ひとり旅のお供として飛行機や列車の座席でふっと開いて数ページを読む、、 そんな読み方もとても似合いそうな、肩の凝らないやさしさのある文章です。

昔のひとはじぶんの物語をたくさん持っていましたね。。 この本の漁師だったお父さんにまつわる物語のように、 自然や戦乱に翻弄された本当はとても困難であったろう人生の記憶も、 のちに語って聞かせるときには不思議さをまとった〈物語〉になっている。。 この本にも書かれているように、だいじなのはそれが本当にあったことかどうか、ではない。 お父さんや大叔母さんの心のなかに本当にあった、ということ。。 記憶はいつしか豊穣な樽酒のような物語になる…


冒頭にあげた文章と、 そのあとで本文中に書かれていたのを読んで、 トビウオは100メートルも空中を飛ぶのだと知って、信じられない気持ちで動画をさがしたりしました。 ほんとうにビューーンと波の上を何十メートルも飛ぶんですね、、鳥みたいに。。

そして、 かつて大陸間をむすぶ船の上からトビウオが飛ぶ姿を見た昔のひとの言葉と、 いまその同じ行程を数時間で移動してしまう飛行機の窓から、光る翼を見ている著者の思いが結ばれて、 そのようにして、 過去と現在のたくさんの物語が結ばれて、 ビルバオというバスク地方の港町と世界の今、とが結ばれていくのです。 さすが言葉と言葉を結びつけて普遍の驚きへといざなってくれる〈詩人〉がつむいだ、 とてもゆたかな物語世界なのでした。

それがこんなちいさく軽やかな〈Uブックス〉、というのも良いです。



携えて どこか旅に出かけたくなります。





でもなかなかそれも儘ならない私は、 物語の旅や音楽の旅にこころを舞い上がらせるのです…