K.テツのひとりごと

行動記録、趣味の話などを書いてゆきます

12月度「平家物語を読む会」

2012年12月25日 | 講座・会合

 12月15日(土) 14時から平家物語を読む会がありました。暖かかったからか出席者はいつもより多く34名でした。

砂川先生のお話:平家物語は徒然草に“前信濃の国司藤原行長が作者であるが武士や軍のことは東国の小仏と言う盲目の僧侶に武士に聞き取らせた”とある。源氏物語や枕草子などの作者はわかっているが無名の武士たちの口承をまとめた者が平家物語だといえる。東国武士の祖と言えば百足退治で有名な藤原秀郷だが、直系子孫の西行が鎌倉に行ったとき、頼朝と武家の故実について語り合ったことがある。これも口承について確認し合ったのだろう。

鶏合 壇浦合戦で義経と梶原景時が先陣をめぐり同士軍直前になった段の続きから読み進める。

同士軍になりそうになったときに義経には三浦介、景時には土肥次郎という有力武士たちが必死になってつかみつき、手を合わせて止める。このやりとりの中に東国武士の間での頼朝の存在感の大きさがにじみ出ている。平家物語には頼朝について書いていないという人もいるが、丁寧に読むと頼朝の性格までもよく分かるのだ。

平家側では平知盛の言葉に“名こそ惜しけれ”が出てくる。武士の間の“名を惜しむ”という価値観は平安時代の中頃からのものだが、源平合戦まで軍をしたことがなかった知盛もこの価値観を持っていたわけだから普遍的なものであったのだろう。

また平家方の飛騨三郎左衛門、上総悪七兵衛景清、越中次郎兵衛盛嗣といった武将たちの台詞もそのキャラクターに相応しいものになっているのだ。

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