まつげの話で目が痛いと言えば。
コーヂは小学・中学・高校から現在までプールや海などで泳ぐ時、水中で目を開けられないでいた。従って泳いでいる時は常に水中視界ゼロ。
だってさ、正直痛いじゃない?
あとで目がひりひりーってするし。
プールと言ってもその水、そんなにキレイじゃないかもよ?
さて、水中で目を開けないとか言ってるのに、なぜ痛いということを知ってるのというツッコミがあるとするならば、それはコーヂの幼き保育園時代まで逆のぼる。
夏の保育園のプール開きの日。
若くてかわいい先生(;´Д`)ハァハァ が
「みんなー、目を開けて水に入ろう~」
と園児であるワレワレに言ったとさ。
その頃、まだ良い子だった僕は先生の言葉に満面の笑みで「はあい」と従った。
大気中と水中では目の表面に感じる差があると知らず、先生の言葉を素直、且つ従順忠実に守って、どぼーんと潜ったその直後。
両目を襲った予期せぬ感覚に、んもう激しく驚くしかなかった。
なんちゅうかこう、見えるような見えないようなナニモノカが眼球表面全体を押しているような気がした。
そしてそのあと、目が真っ赤になって痛くてねー(^^; 泣きました。
幼き頃のことなんだけど、よーーーーっく覚えてるんだわ、コレが。
とまあ、こんなトラウマを背負ってしまい
「2度と水中で目は開けん!つーか、開けられん!」
と誓って小学校からずずずいーーーっと現在に至るのである。
僕と同じ年代の人は、水泳の時間とか夏休みのプールとかでもゴーグル使用禁止だったでしょ(^^;
ところが。
驚くべきことに今の小学生はゴーグルの使用はデフォルトでおっけーなのだ。
なぜに昭和40年代がダメで平成はオッケーなワケ?
オラそのせいで水中視界ゼロの小中高12年を送ってきたっつーのに。よよよ(泣)
どうやら僕は生まれるべき時代を間違えたらしい。
さて、そんなコーヂが過去、学校に通っている頃、水泳の時間や大会でどーやって泳いでいたかと言うと、極力顔を水中に入れないで済む「背泳ぎ」を駆使して過ごしてきた。
クロールや平泳ぎなどの水中顔付け泳法もできないことはないのだが、いかんせん目を瞑っていてはまっすぐ泳ぐことができない。
この泳法の場合、息継ぎするべく水面上昇時に目を開けて、その際行くべき進路修正を敢行すれば良いと思うのだが、クロールや平泳ぎはそれぞれの泳法ストローク1回ごとに顔を出しているとリレーなどの競技において速いタイムを出すのは難しい。
やはり水泳大会などスピード重視の場合、若き少年としては
「ガバガバガバガバガバガバガバガバガバッ」と泳いで「プハッ」
という繰り返しスタイルでいくべきである。
だが座頭市よろしく視界ゼロの僕の場合、せめてイルカのような超音波ソナーやカーナビのようなGPS機能が脳内に搭載されていれば位置確認をしながら泳げるのだが、もちろんそんなオプションが付いているはずもなく、ゴーグル禁止で視界のみが頼りの時代のことである。
となると暗闇の中、ガボガボという水の音だけが情報で、そんな音だけでは行くべき方向など掴めずに、まっすぐに泳げずに右へ左へ蛇行してしまい、レーン区画の左右のロープにぶつかりつつ泳ぐというヘタレ泳法になってしまい、こうなるとクラス全員から
「ナニヤッテンダオメエワヨヲ~!」
的非難を背に受けてしまうのは必定であった。
そこで閃いたのが先の背泳ぎなのである。
まあ、ココで言う背泳ぎは小学・中学の体育の時間で通用するくらいのものだから、水泳部でやるような本格的なものではなくて「背泳ぎもどき」というか「背泳ぎチック泳法」というか、ここでもやっぱりコーヂ的やっつけだらだら~なスタイルでなのであった。
果たして水泳大会の時は、遥かなる天空を見つめつつえっこらやっこらと泳ぎ、時々「チラ見」の一瞬で自分のヨコに張ってある左右のロープとの距離を測定し、加えてアゴを胸に付けるようにして出発点の方向情報を追加。以上の情報を基に自らのレーン内位置を確認及び向かうべき方向をリアルタイムに修正。これによりほぼ蛇行せずに泳ぐという形を確立させて事なきを得たのである。
てか、ゴーグルなしじゃ、こういうふうにしか泳げないのだ(^^;
もっとも学校を卒業してからは、こんなふうにザバザバ泳ぐこともなくなり、仮にあったとしてもゴーグル禁止なんてプールはないからこの泳法も自然に出番はなくなり封印したままである。
しかしトラウマは未だにあって、目薬でさえ目蓋を閉じて目頭に1~2滴落としてから目を開く方法でしかできない。
目薬のCMで俳優さんが開けたままの目に点眼してキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!なんて言ったりするのを見たり、知り合いがコンタクトを入れたり外したりするのを見ると、今でも背中がぞくぞくする。
アイボンのCMなんか、んもう直視できないコーヂです。
コーヂは小学・中学・高校から現在までプールや海などで泳ぐ時、水中で目を開けられないでいた。従って泳いでいる時は常に水中視界ゼロ。
だってさ、正直痛いじゃない?
あとで目がひりひりーってするし。
プールと言ってもその水、そんなにキレイじゃないかもよ?
さて、水中で目を開けないとか言ってるのに、なぜ痛いということを知ってるのというツッコミがあるとするならば、それはコーヂの幼き保育園時代まで逆のぼる。
夏の保育園のプール開きの日。
若くてかわいい先生(;´Д`)ハァハァ が
「みんなー、目を開けて水に入ろう~」
と園児であるワレワレに言ったとさ。
その頃、まだ良い子だった僕は先生の言葉に満面の笑みで「はあい」と従った。
大気中と水中では目の表面に感じる差があると知らず、先生の言葉を素直、且つ従順忠実に守って、どぼーんと潜ったその直後。
両目を襲った予期せぬ感覚に、んもう激しく驚くしかなかった。
なんちゅうかこう、見えるような見えないようなナニモノカが眼球表面全体を押しているような気がした。
そしてそのあと、目が真っ赤になって痛くてねー(^^; 泣きました。
幼き頃のことなんだけど、よーーーーっく覚えてるんだわ、コレが。
とまあ、こんなトラウマを背負ってしまい
「2度と水中で目は開けん!つーか、開けられん!」
と誓って小学校からずずずいーーーっと現在に至るのである。
僕と同じ年代の人は、水泳の時間とか夏休みのプールとかでもゴーグル使用禁止だったでしょ(^^;
ところが。
驚くべきことに今の小学生はゴーグルの使用はデフォルトでおっけーなのだ。
なぜに昭和40年代がダメで平成はオッケーなワケ?
オラそのせいで水中視界ゼロの小中高12年を送ってきたっつーのに。よよよ(泣)
どうやら僕は生まれるべき時代を間違えたらしい。
さて、そんなコーヂが過去、学校に通っている頃、水泳の時間や大会でどーやって泳いでいたかと言うと、極力顔を水中に入れないで済む「背泳ぎ」を駆使して過ごしてきた。
クロールや平泳ぎなどの水中顔付け泳法もできないことはないのだが、いかんせん目を瞑っていてはまっすぐ泳ぐことができない。
この泳法の場合、息継ぎするべく水面上昇時に目を開けて、その際行くべき進路修正を敢行すれば良いと思うのだが、クロールや平泳ぎはそれぞれの泳法ストローク1回ごとに顔を出しているとリレーなどの競技において速いタイムを出すのは難しい。
やはり水泳大会などスピード重視の場合、若き少年としては
「ガバガバガバガバガバガバガバガバガバッ」と泳いで「プハッ」
という繰り返しスタイルでいくべきである。
だが座頭市よろしく視界ゼロの僕の場合、せめてイルカのような超音波ソナーやカーナビのようなGPS機能が脳内に搭載されていれば位置確認をしながら泳げるのだが、もちろんそんなオプションが付いているはずもなく、ゴーグル禁止で視界のみが頼りの時代のことである。
となると暗闇の中、ガボガボという水の音だけが情報で、そんな音だけでは行くべき方向など掴めずに、まっすぐに泳げずに右へ左へ蛇行してしまい、レーン区画の左右のロープにぶつかりつつ泳ぐというヘタレ泳法になってしまい、こうなるとクラス全員から
「ナニヤッテンダオメエワヨヲ~!」
的非難を背に受けてしまうのは必定であった。
そこで閃いたのが先の背泳ぎなのである。
まあ、ココで言う背泳ぎは小学・中学の体育の時間で通用するくらいのものだから、水泳部でやるような本格的なものではなくて「背泳ぎもどき」というか「背泳ぎチック泳法」というか、ここでもやっぱりコーヂ的やっつけだらだら~なスタイルでなのであった。
果たして水泳大会の時は、遥かなる天空を見つめつつえっこらやっこらと泳ぎ、時々「チラ見」の一瞬で自分のヨコに張ってある左右のロープとの距離を測定し、加えてアゴを胸に付けるようにして出発点の方向情報を追加。以上の情報を基に自らのレーン内位置を確認及び向かうべき方向をリアルタイムに修正。これによりほぼ蛇行せずに泳ぐという形を確立させて事なきを得たのである。
てか、ゴーグルなしじゃ、こういうふうにしか泳げないのだ(^^;
もっとも学校を卒業してからは、こんなふうにザバザバ泳ぐこともなくなり、仮にあったとしてもゴーグル禁止なんてプールはないからこの泳法も自然に出番はなくなり封印したままである。
しかしトラウマは未だにあって、目薬でさえ目蓋を閉じて目頭に1~2滴落としてから目を開く方法でしかできない。
目薬のCMで俳優さんが開けたままの目に点眼してキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!なんて言ったりするのを見たり、知り合いがコンタクトを入れたり外したりするのを見ると、今でも背中がぞくぞくする。
アイボンのCMなんか、んもう直視できないコーヂです。