手技療法の寺子屋

手技療法の体系化を夢みる、くつぬぎ手技治療院院長のブログ

セラピストの母指を守る工夫 その1

2012-07-28 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
手技療法では、母指を用いるテクニックが数多くあります。


とくに、マッサージや指圧などの筋筋膜にアプローチする技法では多用されます。


なかには母指に無理をかけ、傷めてしまうセラピストもいます。


原因は母指の筋を長期間、強く働かせ続けたことによる、使いすぎ(過用:over-use)であることが多いです。





私が手技療法を指導するとき、いちばん大切にしていることは、セラピスト自身の身体を傷めないということです。


患者さんがよくなっても、それと引き換えにセラピストが身体を壊していてはお話しになりません。


私たちにも人生があって、生活があるわけですから。





というわけで今回のシリーズでは、使用頻度の高い母指を上手く使う方法について考えたいと思います。


母指に負担をかけ過ぎていないかどうかをみるためには、母指丘の緊張状態をモニターするのがよい指標になります。


母指丘とはこの場合、母指内転筋など母指丘に含まれる、あるいは長・短母指屈筋のように母指丘の上を通る筋肉を指すことにします。


はじめにぜひ覚えておいていただきたいのは、母指丘の力は母指を支えるために使うのであって、母指で力を加えるために用いるのではないということです。





では、はじめましょう。


まずベッドなど床になるものの上で、母指で圧迫するかたちをとります。



反対の示指と中指で、母指丘に触れモニターとします。



このような感じで。






手に力は入れず、体重を軽く母指に乗せるようにし、母指圧迫をします。


そのとき母指丘も緊張し始めるはずです。


この緊張は、母指を支えるための緊張ですから必要なものです。


必要な緊張はこの程度であるということを、よく覚えておいてください。





続いてそのままの状態で、母指丘を緊張させ母指の力で圧迫を加えてみてください。


屈曲方向への力が強くなると思います。


母指丘の緊張はいかがでしょう?


さらに強くなっているのが確認できるのではないでしょうか。


このような使い方を繰り返すと、母指丘に無理を続け、やがて母指を傷めることになってしまいます。


こちらは不必要に緊張している状態であるということを、よく覚えておいてください。





こうして練習しているときは、母指丘に不要な力を入れないというのはわかりやすいものです。


ところが現場に出ると刺激することに気をとられ、ついつい母指丘に力を入れすぎて押さえてしまっているという方、けっこういらっしゃるのではないかと思います。


まずは、先ほど記憶した母指丘の緊張が、現場で必要以上になっていないかどうか、チェックするようにするとよいでしょう。


母指丘に不必要な力が入らない習慣がつけば、それだけで母指を傷めるリスクは大きく減少するはずです。





この手技療法の寺子屋ブログでも、これまでASTRでの母指フックの注意点をはじめ、母指での圧迫法で肘を働かせる方法など、母指を守ることをお話してきました。


以下の記事も参考になさってください。

「母指でのフック その1 ~フックの技法~」  
「母指の支え」
「「よい」もみかえしと、「わるい」もみかえし」
「母指での「押す」フックについて」  
「母指圧迫における「肘」の活用シリーズ」

次回はさらに話を進めていきたいと思います。


患者さんを気絶させてしまった苦い思い出(ひたすら練習する)その2

2012-07-21 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
患者さんに迷惑をかけるようなことがあったら、その後に、もうひとつやっておかなければならないとことがあります。


それは、その出来事によって自分の弱点がはっきりした訳ですから、その部位を徹底的に練習して弱点を克服することです。


それが、迷惑をかけた患者さんへの誠実さにもなると思います。





失敗して落ち込んでも、時間の流れと共に立ち直ってそれっきり…、では最悪です。


あるていど落ち込むのは仕方がありませんが、きちんと反省した後は、弱点を克服できるようしっかりトレーニングしましょう。





私の場合、緊張した患者さんを見て私も緊張したというのは、頚部にもともと苦手意識を持っていたというのもあったと思います。


気持ちの余裕がなかったために、余計に緊張した訳ですね。


そのため、余裕を持って頚部をみられるように、自分の手が頚部というのを覚えるように徹底的に練習しました。


軟部組織については、暇があったら自分の首を触診しました。





頸椎に関しては、ちょうど自分で買った初代の脊柱模型の支柱が壊れ、バラバラになっていたので、頸椎をひとつポケットに入れて持ち歩き、暇があれば触れて手で頸椎を覚えるように練習しました。


(写真は、はじめからバラバラになっている脊椎模型。このようなものも市販されています。)

もちろん模型ですから実物とは異なるところもあるでしょう。


個人差もあるはずですし、椎体の上・下面やルシュカ関節には実際に触れることなどできません。


それでもこの方法は、とても役に立ちました。





まず、頸椎では主に関節突起に触れて検査を行いますが、手が頸椎のかたちを覚えているために、関節突起に触れたとき、頸椎の全体像がイメージできるようになります。


また、関節面の角度を手で覚えておくことも重要です。


頸椎の関節面は、斜めに傾斜していますが頸椎の前彎の強さによって角度は変化します。


このようなときも、頸椎全体と関節面のイメージができていることで、頸椎の分節的な可動性検査をよりスムーズに行えるよう調節しやすいのです。


そうなると、気持ちに余裕を持って頸椎を評価でき、それはそのまま、余裕をもったアプローチにつながります。


このようなことを、1か月でも地道に続けたら、実力はまるで違ってきます。





現場でビビったとしても、患者さんの前では堂々としていろ、という考え方があります。


確かにこちらに自信がないと、相手にも伝わってマイナスになるので方便としてそれもいえると思います。


私も過去に芝居じみたことをしたときもありました。





でもそのような張りぼてに、いつまでも頼っていてはいけません。


メッキはすぐにはがれます。


手間ひまかけて身につけたものこそ、ほんとうに役立ち、自分を助けてくれるものとなります。


そして、自分のよりどころが自分自身になり、落ち着き自信をもって臨床に向かうことができるようになります。





これは余談ですが、問題が起きて解決した後でも、その患者さんが気難しい方だったら、お話しするのが何となく気まずく感じるかもしれません。


私もやはりそのように感じました。


でも、会った時にはきちんと挨拶をしておくようにしましょう。


最初は素っ気ないかもしれませんが、私たちがきちんと向き合えば、そのうち少しずつ態度も柔らかくなり、ひょっとしたらまたお話もできるようになるかもしれません。


上手くいけば、やがてリベンジの機会も訪れます。





私の場合は、約一年後にやって来ました。


その頃には、私も堂々と触れるようになっており、患者さんも以前のような頚部の急性痛ではなく、慢性期の頸部痛だったためか落ち着いておられました。


『先生、上手くなったねぇ


そのひと言を聞いた時の嬉しさは忘れられません。


小僧時代のよい思い出です。


やはり私たちは、患者さんに育てていただいているのだと思います。





それからは、その患者さんを私も担当するようになりました。


やがて打ち解けすぎ、世間話で女性遍歴の武勇伝までお話しされるようになったのには、周囲の目もあったのでちょっと困ってしまいました。



患者さんを気絶させてしまった苦い思い出(チームのサポートを得る)その1

2012-07-14 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
前々回にお伝えしたシリーズの最後のほうで、触れることで患者さんに伝わる情報の大きさをお話ししました。


記事を書いているうちに、触診で失敗した経験を思い出しました。


失敗体験というのは苦い思い出ですが、そのようなものこそ、みなさんの役に立つのかもしえません。


今回はそのエピソードを少しご紹介しましょう。





整形外科クリニックに勤めてまだ間がない頃、頸の寝違えの患者さんを担当したときのことです。


60代の男性だったのですが、見るからに神経質そうな方で緊張していらっしゃいました。


その様子をみた私も、一緒になって緊張してしまいました。





患者さんは仰臥位になり、私は頭方から頸の筋肉を触診していたときです。


突然「ヒッ!!」と奇声が上がったと思ったら、そのまま口から泡を吹いて気絶してしまいました。


私もビックリあわてて院長を呼びに行き、対応していていただきました。





幸いその場で意識を取り戻されました。


気絶した原因は、ただでさえ緊張していたのに、私も緊張して触れていることが患者さんに伝わり、さらなる緊張を招いて気絶してしまったのでした。


私は患者さんにお詫びし、先輩に担当を変わってもらいました。





もし、みなさんの経験がまだ少なく、緊張している患者さんをみて自分も緊張するのを感じる、あるいは状態から自分では手に負えないと感じたら、職場の責任者や先輩に話をしてサポートやフォローをお願いしておいてもよいかもしれません。


場合によっては、変わってもらうようにお願いすることも大切でしょう。


私はプロとして、身の丈に応じた治療をするのが大切ですといつもお話ししているのですが、時にはこうした判断も必要になります。


ただ、いつも逃げていては成長できませんので、経験を積んだ責任者が状況を判断して「やってみろ」と言ったらチャレンジしましょう。





とにかく、このように現場の責任者や先輩に相談しておくのはとても大切なことです。


セラピスト自身が先輩の後押しを受けて心理的により安心して臨めるというのと同時に、もし何かあっても早い段階で責任者が対応しやすいからです。


何も相談がない状態で大きなトラブルになっていったら、責任者にとっても寝耳に水で、対応が大変になるかもしれません。


経験の少ないうちは、いかに職場の先輩や責任者のバックアップを受けやすくするか、ということに頭を使うことも大切です。





頭を使うといったのは、現場の責任者は忙しいことが普通なので、一から十まで相談されてはたまらないからです。


責任者だって人間なのですから、パンクすることだってあります。


そのため要点を整理して、具体的にどのようなサポートを得たいのか、それは可能かどうかを相談するようにしましょう。


こうすることでミスの拡大を防ぎ、ヒポクラテスの誓いにも「傷つけることなかれ」とあるように、患者さん自身を守ることにもなります。


私もこのとき、すみやかに院長に対応していただけたので事なきを得ました。





もし患者さんに迷惑をかけるようなことがあっても、責任者がきちんと対応できれば、「あの病院の若いあんちゃん(この場合は私のことです)にヒドい目にあったよ」という話を外でされたとしても、あくまで私個人に対してであり、病院の評価は下がりません。


リベンジするチャンスはあります。


ところが、対応が後手後手にまわり「あの病院はダメだ」ということになると、病院そのものの評価が悪くなり、リベンジするチャンスも失われるかもしれません。


それは自分にとっても、職場にとっても、何より患者さんにとっても不幸なことです。


ですから経験が少ないからといっても、職場におんぶにだっこではなく、自分なりに考えて行動しておかなければならない訳です。





今回のような出来事を経験したら、もうひとつ行っておかなければならないことがあります。


≪次回に続く≫

こまめにしたい手指の手入れ その5

2012-07-07 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
≪前回の続き≫


続いて前腕の伸筋のセルフケアです。


前腕伸筋の機能異常によって、伸筋の腱鞘炎・テニス肘(上腕骨外上顆炎)を起こします。


これらの筋は細くて長いため、制限が存在する部位へ効果的にストレッチを加えることがなかなかたいへんなことがあります。





そのような時は、肘を曲げて机のふちに前腕伸筋を当てます。


反対の手で手首をつかみ、前腕伸筋を机に押しつけながら、ゆっくりと上下に動かすと上手く刺激できます。







ポイントは、机に当てた前腕の小指側を、自分の顔のほうへ向くようにしておくということです。




こうすることで、前腕伸筋群に上手く刺激を加えることができます。


反対に親指側を向けると、尺骨が当たりますのでご注意ください。


シンプルですが、意外と手ごたえを感じると思います。


もし、机の角ではあたりが強いようなら、ハンカチなどを間に入れておくとよいでしょう。





なお、手指は前腕の前面にある筋肉とのバランスで活動しており、屈筋のトラブルが伸筋に影響を与えていることもあります。


念のため、両面ともケアしておきましょう。





ついでにお話ししますと、腱鞘炎や手根管症候群になっている方の多くは、胸郭の筋肉も緊張して硬くなっています。


本来なら、細かい作業をするときでも胸郭の筋肉は働きます。


ところが、胸郭の筋が緊張してスムーズに働かなくなると、胸郭の仕事量を手先で補わなくてはならず、手の筋肉に大きな負担が掛かるようになります。


その結果、腱鞘炎や手根管症候群を起こすこともあると考えられます。





さらに胸郭から腹部の制限のために呼吸が浅くなると、酸素の供給が追いつかないために疲労や機能障害の回復が遅れることがあります。


今回テーマなら手の症状ですが、胸郭や腹部に制限がなくても、仕事中、たとえばデータ入力中に呼吸が浅くなる、あるいは止めているという習慣が、症状に悪影響を及ぼすこともあります。


このように展開していくと、一部分の症状にも全身が関与していることになりますね。





でもはじめから無理をして、全身を考えなくてもかまわないと私は思っています。


まずは、自分の手をケアしながら進めていけばよいでしょう。


身の丈に応じて、わかるところから始め、次第に隣接する部位へと広げていけば、やがて全身を視野に入れてみることができるようになります。





では、始めてみてください。


手の筋の緊張は、どのように分布しているでしょうか?


触診して感じとりましょう。


そのような緊張の分布をとるのは、どのような使い方をしているからでしょうか?


日ごろの仕事や生活を振り返りましょう。





何か自覚症状を持っている方は、症状の出ている部位と緊張の分布との関係を考えましょう。


自分の前腕から手にかけて存在する緊張によって、運動時にどのようなストレスがかかるのでしょうか。


腱にトラブルを起こしていなくても、前腕にできたトリガーポイントの関連痛によって、手や指に痛みやしびれ、違和感をもたらすことがあります。





続いて、上腕から胸郭にかけてストレッチをしながら抵抗感の強い部分を調べ、その緊張の分布が前腕に及ぼす影響を考えましょう。


試みとして腰部・腹部、または骨盤を前後左右に傾斜させて胸郭に及ぼす影響を感じ取り、そのメカニズムを考えましょう。


もしくは頚椎の傾斜させ、同様の変化を考えるのもよいでしょう。





わからなかったら、解剖図譜のテキストを見ながら考えるとイメージしやすいですよ。


このように学習すると、自分の感覚・経験と知識・概念が結びついて、頭でっかちにならずにすみます。


私はこうして、少しずつ勉強しました。


よかったら試してみてください。





さて、今回の「こまめにしたい手指の手入れ」5回シリーズは、一年を又にかけ飛び飛びでお伝えしましたが、手はいうまでもなく私たちにとって商売道具です。


しかも、替えが効かない道具です。


くれぐれも大事にしてくださいね。