手技療法の寺子屋

手技療法の体系化を夢みる、くつぬぎ手技治療院院長のブログ

ASTRで治療した最高齢の患者さん-その2

2008-11-29 20:14:01 | ASTRについて
(前回のつづきから)


寝返りをうてるようになった患者さんですが、次の願いは「自宅のトイレを使って、自分で用を足せるようになりたいというご希望でした。


自分で用を足せるということは、とても大切です。


排泄に介助が必要になることで、無気力から抑うつ状態になる方もいらっしゃるからです。


排泄は日常生活動作のなかでも、人間の尊厳とより強くかかわっているといっても決してオーバーではないと思います。






その患者さんは当時、ベッド脇においたポータブルトイレで、介助を受けながら用を足していらっしゃいました。


そこから自立して自宅トイレを使うとなると、なかなかたいへんな道のりです。


それでも患者さんはめげませんでした。


起き上がりの訓練や座位保持、立ち上がり、立位バランス、四つ這い歩行、介助歩行など一生懸命にリハビリされました。


その過程でおこる筋肉疲労の回復や、可動域の改善には手技療法を用いました。


運動機能の向上にともなって、自室からトイレまで安全に移動できるように、ご本人とご家族、担当のケアマネさんと相談して手すりの設置など住宅改修を行いました。


私の訪問日時に工事を合わせて手すりの高さを決めたのですが、気負われていたためでしょうか、その時の患者さんの緊張された面持ちがよく記憶に残っています。


こうして訪問をはじめてから5ヶ月目、ついに手すりにつかまり歩行をしながら自立してトイレが使えるようになられたのでした






ここまで回復しただけでもすばらしいことですが、患者さんの希望はさらに膨らみます。







「家の外を歩きたい」

「外を歩いて風に吹かれたり、急に降った雨にあたって『ひどい雨だったね』っていってみたい」









お歳が90代なかばとはいえ、これまでの経過から考えて、雨風はともかく杖をついて歩くことは可能だろうと私は思いました。


ところが、なんと患者さんのご希望は「杖なしで」


とにかく、屋外での杖なし歩行をめざしてトレーニングをつづけました。


外を歩くとなると、デコボコして不規則な地面に対応できるようにならないといけず、より高いバランス感覚が求められます。


そこで片足立ちになったり、さらに眼をつぶったりというトレーニングも重ね、杖歩行も練習しました。






こうして訪問開始から10ヶ月がたったころ、ご自宅の庭で杖がなくても数メートルほど歩けるようになりました。


私の担当は1年で終了したのですが、最後には10メートルおきにつかまって休みながら、80メートルほど歩けるようになっていらっしゃいました。


再び歩けるようになったとき、患者さんはおっしゃいました。






「歩ける人生はすばらしいですね」






『ことば』はどのような経験を重ねてきて何を感じてきたかによって、そこに込めた意味が変わってくると思います。


患者さんのおっしゃったことばの意味を、私はすべて汲み取れてはいないでしょう。


それでも、このことばは私の心のなかに深くひびいて忘れられないものになりました。





今回ご紹介したのは、ASTRで治療した最高齢の患者さんのエピソードでしたが、このお話しは治療、とくに在宅での機能回復を行っていくうえで、ASTRを含めた手技療法のポジションというものをよく示しているといえます。




またまたつづきは次回に


ASTRで治療した最高齢の患者さん

2008-11-21 23:09:00 | ASTRについて
前回の記事にしたように、ASTRは痛い治療法だというイメージを持っていると、ご高齢者の方に用いるのはためらってしまうかもしれません。


そこで今回は、私がASTRで治療した最高齢の患者さんとのエピソードを紹介したいと思います。






以前、医療保険で行われている訪問マッサージを手伝っていたことがあったのですが、私が担当した患者さんのひとりに90代半ばの女性の方がいらっしゃいました。


その患者さんは廃用によって寝たきりになり、『要介護度5』で寝返りもうてなくなってしまった状態でした。


まずは寝返りをうてるようにという目標を立てて治療を開始したのですが、動こうとすると左の内股に痛みが走ります。


調べてみると、萎縮している左の内転筋群の中にトリガーポイントがあり、左下肢を動かす時にそれが刺激されて痛みを起こしているようでした。






ここでひとつ大切なポイントは、トリガーポイントというと筋肉が緊張してるところ、いわゆるコッているところにあると考えがちです。


それは間違いではないのですが、萎縮した筋の中にも発生します。


この場合、やせて張りのなくなった筋線維の中に小さくスジ張った硬結のようなものを触れ、刺激すると痛みを起こします。






この左内転筋群の障害も含まれますが、寝返りがうてなくなっている大きな理由のひとつが股関節の屈曲拘縮でした。


とくに、大腿筋膜張筋と内転筋群の短縮が両下肢とも存在していました。


私は股関節の伸展性を回復させるため、それらの筋肉をASTRで治療することから開始しました。


まずは仰向けで両膝を立て、母指球や小指球でフックして左内転筋へのASTRを行いました。


患者さんは寝たきりになる直前に、原因不明の下肢の浮腫を治療するため、大量のステロイドを使われていました。


長期的なステロイドの使用は組織をもろくさせ、ASTRによる内出血のリスクが高くなるので慎重さが必要です。


この患者さんは比較的短期間の使用でしたが、年齢も考えて初回は軽く組織をストレッチする程度の刺激からスタートしました。






2回目のとき、内出血を起こさなかったかどうか確認したうえで様子をおたずねすると、「治療の翌日、左の太ももにいくらか圧迫感を感じたけれど、すぐに引いていった」ということでした。


それ以降、じょじょに刺激を強め、母指でのフックに切り替えて、線維化が強い部位にポイントをしぼって治療を進めました。


とはいうものの、患者さんの表情が変わらない強さです。「痛みますか」とたずねると「ええまぁ、多少は感じますが伸びているかなという程度ですよ」という具合です。


股関節伸展性の回復と共に、平行して殿筋や体幹の筋力を高めることも行いました。


この場合は、筋線維を太くするよりも筋トーンを高めることが目標でした。






こうして週2回の訪問で2~3週間ほど経過したとき、拘縮の解除は完全ではなかったのですが、患者さんは自立して寝返りがうてるようになってきました。


重い病気やその後遺症がなく、軟部組織の機能的な短縮や筋力低下による影響が大きかったので、比較的短期間での改善でした。


ご本人はもちろんですが、同居していらっしゃったご家族も夜中の寝返り介助から解放されて喜んでいらっしゃいました


夜中に何度も起きることは家族の体力も消耗しますので、自力で寝返りがうてるようになったことは大きな意味があったのでした。





いかがでしたか?このエピソードから、それほどハードな治療をしている印象は持たなかったのではないかと思います


だからといってソフトなことばかりしているのではなく、ハードな方法をとる患者さんも、もちろんいらっしゃいます。


私の治療院にはスポーツやお仕事がら、マッチョな方もお見えになりますが、その方たちには「失神するかと思った」というくらいの刺激を入れることもあります。


鍛えるだけ鍛えてケアをおろそかにしている方もいるので、とんでもない状態になっていらっしゃることに加えて、できるだけ少ない回数で線維化を解除しようとするからです。


また、基本的なところでは元気といえる方々だからというのも理由に挙げられます。


ほんとうにケースバイケースですね






ところで寝たきりだった患者さんのエピソードですが、ここからがもっと大切なお話しになります。


つづきは次回に。

ASTRは痛いもの?

2008-11-15 19:17:23 | ASTRについて
最近、「ASTRって痛い治療法ですよね」なんてことを時々聞かれます。


そんな時、私は「マッサージやストレッチは痛いものだと思いますか?」とたずねています。


「ウ~ン、痛くする人もいますけど痛くないようにもできるし、やり方しだいですよね


「ASTRも同じでやり方しだいなんですよ


「そうかぁ、考えてみたらそのとおりですね






ASTRにせよ、マッサージにせよ、ストレッチにせよ、道具であり手段の一つです


道具は使い方によって毒にも薬にもなるわけですね。

なぜ、このようなイメージを与えてしまっているのか考えてみました






ASTRの特徴のひとつは、ピントのしぼった細かいストレッチが出来るということです。


それによって、従来の方法ならリリースの難しかった局所的な線維化や瘢痕へのアプローチも可能になりました


ところが、線維化を起こした部分への治療というのは多かれ少なかれ痛みを伴うものです


だからASTRは痛い手技だという誤解を生むことにもなったのだろうと思います。






それから、もうひとつの理由は私たちの責任でもあります。


セミナーでは、「まずしっかりASTRをかけてみてください」とお話ししているからです。


ASTRはピントのしぼった刺激を送ることができるため、局所に大きな力がかかりやすいです。


セミナーで練習する時は、しっかりASTRをかけるとその力がどのくらいのものかよく体験しておく必要があります(セミナーならお互い恨みっこなしですから)。


知らないで患者さんに、負担をかけるようなことをするわけにはいきませんので。






また、はじめのうちは大きなフォームで練習する必要があります。これはスポーツなどでも同じですね。はじめからコンパクトな動きの練習はしません。


大きなフォームでしっかり練習してコントロールが不十分だと、どうしても痛い刺激が入りやすくなります。


そのため、セミナー参加者の方にとってはASTRとの初めての出会いが「痛い」ところからスタートするので、そのような印象を持ちやすいのかもしれません。


大切なことはフックした部分がきちんとストレッチできていることなので、痛いかどうかなのではないですよ






ただ、どうしても通常のストレッチやマッサージではリリースしにくいガンコな制限にASTRは使いやすいので、痛みを伴うことが多いというのも事実なんですが…


そうなると、「コリャ痛い治療法だ」といわれても仕方ありません。


このあたりは私も複雑な気持ちになるところです

がんばれ!! 女性セラピスト

2008-11-08 18:59:45 | 治療についてのひとりごと
手技療法には、関節の運動を伴うテクニックがいくつもあります。


これらを学ぶときに、はじめのうちは体力的な差のためか、女性は男性よりも大変な思いをしがちです


とくにセラピストが小がらで患者さんは大がらになると、身体の操作するにはホネが折れます。


そのてん、男性の方が腕力はあるので小手先の力で何とかなるし、また何とかしがちです。テクニックの習得も早そうに見えます。


まわりがどんどん出来るようになっていくのに、自分はなかなか進まないと「私にはムリ」と早々とあきらめてしまう方もいらっしゃいます。


これはとてももったいないことだ、と私は思います






私は身体の使い方について、けっこうウルさく言う方です


そのほうが、楽に大きな力を出せるし、精度の高いテクニックが行えるし、治療家の身体も傷めずにすむからです。


実は私がそのような方法を学んだのは、先輩の女性セラピスト達からでした。  それも小がらな。


先輩達のテクニックに小僧だった私は目をみはりました


動きにムダがなく、とてもきれいなフォームだったからです。こういうのを「機能美」というのでしょうか。


それ以降、セミナー会場などで小がらでフォームのきれいな方がいると、その動きをよく観察し、自分でもマネをして覚えていきました。






小がらなセラピストが、大がらな患者さんの関節を操作するときには身体全体の力を使わないと、とてもじゃありませんが追いつきません。


ですから先輩方は、それぞれ工夫せざるをえなかったのでしょう。試行錯誤を繰り返されたのだろうと思います。


けれど、一度身につけると一生ものです。


反対に、腕力に頼った小手先の方法では一時的には通用しますが、故障するなどして途中で立ち行かなくなる可能性が高くなります。

ですから、はじめは大変でもどうか根気よく練習して、工夫を重ねてほしいと思います


もちろんこれは、女性に限らず男性でも同じことですよ。


私も応援しています





そうそう、とくに女性は手首の使い方に注意してください


手根でマッサージを行うとき、反らしすぎて使う方が多く、そのため手首を傷めてしまいやすいのです。
( くわしくは「手掌部(手根部)でのフック」を参照下さい。 )


私は男ですが腕はヒョロくて力がないので、この使い方をしていたらほんとにエラい目にあいました

立ち位置は脇と肩で決める

2008-11-01 20:04:09 | 治療についてのひとりごと
ASTRに限らず手技療法のテクニックを使っていると、何だかやりにくかったり、窮屈だったりすることがあります


理由はいろいろありますが、立ち位置の悪さが原因ということも意外と多いです。


立ち位置が悪いということは、ムリな姿勢で治療を行うことになるので、腰を傷めやすくなりますし、体の力を使えないので手先に負担がかかりやすくなります


ですから立ち位置はとっても大切です






ところが、最適な立ち位置ということになると、治療家と患者さんの体格差や状況によって決まってくるので 「必ずこうする」 というように、型にはめてしまうことはなかなかできません。






ではどのように決めればよいのでしょうか?






最終的には感覚的に楽にできているか、しっくりきているかどうかで判断するので、適当に動かして試行錯誤を重ねるというのもよいのですが、ひとつの目安として脇や肩を基準に考えるというのも良いかもしれません。


脇があいている、あるいは締めすぎているというのは、格闘技をはじめとした多くのスポーツで好ましいこととされていません


動きのパフォーマンスが著しく低下してしまうことを、経験的に知っているからでしょう。


私は子どもの頃に剣道を習っていたのですが、先生から「脇の下にタマゴをはさんで割れないように、落とさないようにするつもりで構えなさい」と教わりました。


当時は、仲間と一緒に脇をあけたり締めたりしては「タマゴ割れてもたっ」とか「あっ、落ちてもた」とふざけていたのですが、今思い返すとよい指導法だったと思います。







同じ理由で、肩が上がっている状態もよしとされていません。


たいてい、「肩は落とすように」と指導されています。






脇や肩についての注意は、手技療法を行う上でも当てはまるでしょう。



テクニックを使いはじめる位置に立ったとき、自分の体と相談して何か違和感があるようだったら、肩がきちんと下がっているかどうか、タマゴはともかくとしても脇のあきすぎや締めすぎがないか確認してみてください。



ASTRならプレポジションをとってこれからフックしようとしたとき、マッサージや指圧ならコンタクトして力を加えようとしたとき、関節モビライゼーションならセットアップが完了したときがよいでしょう。


このときに、肩が上がっていたり、脇のあきすぎや締めすぎがあるようなら立ち位置を変えてみましょう。






どう動いてわからないときは、以下の3つの方向で工夫してみてください。

 患者さんに対して
  ・近づくか離れるか
  ・正面を向くか体を回転させて半身になるか
  ・頭方に移動するか足方に移動するか

                              




慣れてくると無意識に調節できるようになります…


ところが、ムリな姿勢でもくり返すうちそれに慣れてしまうこともあります


その結果、部分的にムリがかかるところが出てきて治療家の体を傷めてしまう

じつは私も、いまだにハッとして反省することがよくあるのです



まだまだ精進ですね