手技療法の寺子屋

手技療法の体系化を夢みる、くつぬぎ手技治療院院長のブログ

怖がる患者さんとの思い出(関係づくりについて)その4

2012-05-26 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
≪前回からの続き≫


個人的距離には近づいたのですが、おばちゃんは顔を伏せたまま、私と目を合わせてくれません。



そこでまたお話をしました。





「リハビリをすることについて、今どのような気持ちですか?


これは、相手が自由に答えることができる「開かれた質問(open question)」ですね。


開かれた質問に対する回答には、さまざまな情報が入っている可能性があるので、会話の広がりや深まりを期待できます。


ところが、


「…」


おばちゃんは、首をかしげてだまってしまいました。





どう答えてよいかわからないようです。そこで、


「リハビリをするのは怖いですか?


先ほどベッドの反対側に隠れた様子から、怖がっているかどうか、YesかNoで答える「閉ざされた質問(closed question)」に切り替えました。


閉ざされた質問は、質問者の聞きたい情報を聞き出せ、回答者の負担が少ないという利点があります。


その反面、質問者の都合のよいように誘導尋問をしてしまう可能性があるという問題も併せ持っています。


この質問に対し、おばちゃんはコクリとうなずかれました。





「どうして、怖いと感じられるのですか?」


再び、開かれた質問です。


ここまで来たらおばちゃんの気持ちは、少し整理され始めたようでした。


「痛いことされるから


そう言って、ここでようやく私の方をみてくださいました。





ここで私のほうを見たという意味は、ベッドの裏に隠れてにらんだときと大きな違いがあります。


にらんでいる時は私に対して、対立するような意識が強く表れていました。


ベッドに腰掛けて目を伏せているときは、対立までいかなくても、まだ拒絶している状態です。


しかし、「痛いことされるから」と自分の気持ちを表しながら私のほうをみたこと、それは、おばちゃんのほうから大きく歩み寄ってくれたことを意味します。


コミュニケーションの歯車が少しずつ回り始めました。





「痛いことをされるから、怖いと思って嫌がられたんですね」


もういちど気持ちをなぞるようにして反復し、確認しました。


こちらが、気持ちを理解して受け止めたというメッセージを伝えるわけです。






『そう


私のほうを見たまま、ふたたびおばちゃんは、コクリとうなずきました。


その後、身体の状態や発症の経緯についていくつかことばを交わし、自動運動でどこまで動かせるか確認しました。


この場合、話の内容はもちろん意味がありますが、ことばのキャッチボールを数多く交わすというコミュニケーションの量も大切です。


それによって、とにかく私という人間に慣れていただくわけです。



はじめのうち、おばちゃんからの言葉のボールはぎこちないものでしたが、数を重ねるうちに慣れてきたのかだんだんスムーズになってきました。


その頃を見計らって、また私はたずねました。


≪次回に続く≫

怖がる患者さんとの思い出(関係づくりについて)その3

2012-05-19 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
≪前回からの続き≫


「リハビリを受けたいというお気持ちはありますか?


という私からの問いかけに対し、おばちゃんはしばらく考えていらっしゃるようでした。


やがて、しぼり出すような声で、


『やっ、やります


と自分から声に出しておっしゃいました。





自分で意思表示することで、拒絶の壁が除かれはじめます。


さらに「やります」と言ったことは、アファメーションをしたということにもなります。


アファメーションとは、自分に対して肯定的な宣言をすることです。


これによって、前向きな行動を起こしやすくなります。


少しずつプラスの要素を増やしていくわけですね。





もし、十分に説明をしたうえでも『やりません』という返事だったら、受け入れる準備ができていないということなので基本的に無理強いはできません。


外来のリハビリで対象になっている体性機能障害は、今すぐ何とかしなければ命に危険が及ぶという緊急性の高いものではありません。


機が熟すのを待つということも、時に必要です。


その日は、最低限の日常生活上の注意点などを伝えて、お帰りいただくということになります。





この際に大切なのは、「リハビリをしようという気持ちになったら、いつでもいらして下さいね」と、こちら側の扉は開けておくことです。


患者さんによっては、いちど断ったのだから、やっぱりお願いしますというのは言いにくいという気持ちになる方もいらっしゃるはずです。


そのような方のために、配慮することも大切です。





さて話を戻して、おばちゃんの「やります」という意思を確認したところで、仕切りなおしました。


「では、ベッドに戻ってお座りください」


ご自身でやると言った以上、こうなると戻らない訳にはいきません。


おばちゃんはソロソロと、はじめの位置に戻って座りました。







こうして、社会的距離から個人的距離に近づくことができました。


まずは一歩前進です。


≪次回に続く≫


怖がる患者さんとの思い出(関係づくりについて)その2

2012-05-12 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
≪前回からの続き≫



ベッドの反対側に隠れてしまい、私(オレンジの■)を近づけようとしないおばちゃん(青い●)に対して、私がまず行ったことは患者さんの希望を受け止め、それを言葉として相手に伝えるというものでした。


私「わかりました。近づかないようにしますね」


こうすることで、それ以上の興奮を防ぐようにしました。





このようなことは、大したことないように思われがちですが、とても大切です。


何をされるかわからないというのは、とても不安なものです。


相手が緊張していたらなおさらです。


自分が何をしようとしているのか、それを相手に伝えておくことで、より安心していただけます。





テクニックを使う時も同じです。


私たちは患者さんに、「力を抜いてくださいね」というフレーズをよく使うのではないかと思います。


でもこれでは、ただ指示をしているだけです。


時と場合によっては患者さんも安心できず、力を抜きたくても抜けないということもあるでしょう。


「肩の動きをよくするために、筋肉を伸ばしていきますから、力を抜いておいてくださいね」


このように伝えると、何をされるか理解できるので、より力を抜きやすくなります。


不意打ちにならないよう、セラピストの動きを患者さんが予測できるようにしておきましょう。


「骨折を防ぐために」もご参照ください。≫


細かなことにちょっとした配慮をすることで、信頼関係も作りやすくなります。





さて、おばちゃんには近づかないことをお伝えしたうえで、病院にいらっしゃった理由を確認しました。


当然、肩の痛みを何とか良くしたかったからです。


肩の痛みを良くするためにはリハビリが必要になるなど、目的や意味をお話しした上で、リハビリをする意思を確認しました。





私「リハビリをしようというお気持ちはありますか?


おばちゃん『・・・


「もし、気が進まないようでしたら、今日はこのままお帰りになりますか?」


『・・・』


「どちらでも自由に選んでいただいて結構ですよ」





緊張して混乱している患者さんには、まず選択肢を提案することで情報を整理させるようにします。


緊張はともかく混乱なんて大げさな、なんて思われた方もいるかもしれませんが、私たちにとってリハビリ室などの職場は日常ですが、はじめての患者さんにとってはそうではありません。


まして、これまで傷めたことがあまりないような部位に異常を起こし、その方にとってあまり関わりのなかったところに行くとなると強いストレスがかかり、性格によっては心理的に混乱してしまう方もいらっしゃると思います。


混乱すると、ふだんなら普通に判断できるようなことでも、訳がわからなくなってしまうこともあります。


そのようなとき、こちらで情報を整理し、二者択一くらいにして示すようにすると、混乱した方でも判断がより容易になり、これをきっかけに冷静になる方もいらっしゃいます。





さらに自由意志で選んでよいというメッセージを伝えることで、無理やり何かをされるのではないという安心感を与えるようにします。

自分を守ろうとする気持ちが強くなっているので、守ろうとしなくてもいいんだと思っていただくようにするわけですね。





もうひとつ大切なのは、相手が落ち着くようにゆっくりと話しをするということです。


「こっちに近づかないでっ!!」と言ったときにおばちゃんは興奮状態で、早口でしゃべっていました。


これに対しこちらも早口で答えると、話の内容うんぬんではなく、そのスピートに反応してさらに興奮させてしまうことがあります。


だから、あえてゆっくりとお話しするわけです。





さて、私からの問いかけに対し、おばちゃんは何と答えられたのでしょうか。


≪次回に続く≫


怖がる患者さんとの思い出(関係づくりについて)その1

2012-05-05 20:00:00 | 学生さん・研修中の方のために
先日勉強会をしていたときに、治療を怖がって拒否した患者さんのことを思い出しました。


今回は、この患者さんとのエピソードを紹介しながら、手技療法の寺子屋ブログではあまり取り上げて来なかった、患者さんとの関係づくりについて考えたいと思います。


50代くらいの女性患者さんだったのですが、たいへんユニークな個性をお持ちで、その後、信頼関係もでき楽しくおしゃべりするようになりました。


とても懐かしく、思い出したら顔がほころんでしまいます。


ここではその患者さんのことを、親しみを込めて「おばちゃん」と呼びたいと思います。どうぞご勘弁のほどを。





私が整形外科クリニックのリハビリ室で、仕事をしていた頃の話です。


おばちゃんは右肩の痛み、主に外転時痛と可動域制限の相談で受診されました。


痛みがとても強かったようで、リハビリ室に入りベッドに腰を掛けて待っているときも、右肩を押さえて険しい表情をされていたのをよく覚えています


後から聞いて知ったのですが、診察は受けたもののまさかリハビリをするとは思わず、かなり緊張していたそうです。


そもそもリハビリで、どのようなことをするのかも知らなかったというのですから無理もありません。





私(オレンジの■)がおばちゃん(青い●)の担当をすることになり、名前を呼んであいさつをしながら、下の図のようにベッドに近づいて行ったその時です。







いきなり「痛い、痛い。痛いから近づかないでっ!!」と、大きな声で叫ぶようにしながらベッドの反対側に隠れてしまいました。



ここまで大きなリアクションをされたのは、後にも先にも経験がなかったので、私も一瞬呆気にとられてしまいました。





おばちゃんはベッドの反対側に隠れ、私をにらむようにしながら叫びます。


「近づくだけで痛いから、そばに寄らないで!!


近よるだけで痛がるなんて気のせいではないの?と以前は思っていたのですが、どうやら脳の痛みを感じる感覚野は、物理的な刺激が加わらなくても活動することがあるようです。


だからこのとき、おばちゃんは本当に痛みを感じていたのだと思います。


そうはいっても、これでは仕事ができません。





私たちは日ごろから無意識のうちに、他人と心地よく接することができる適切な距離をとっています。


これを対人距離(Hall.1966)、もしくはパーソナル・スペース呼んでいます。


動物でいう「なわばり」に近いものですが、特定の場所ではなく自分を中心とした一定範囲のことです。


いくつかの段階があり、親密さの程度によって異なります。





1.2~3.6メートルの社会的距離から自分のなわばりになります。


この社会的距離では、範囲内にいる特定の人と仕事上のコミュニケーションをとるのにふさわしい距離です。


職場での同僚との間隔や、お店での接客などですね。


45センチ~1.2メートルは個人的距離といい、よりプライベートな内容についてコミュニケーションをとる距離です。


井戸端会議などがそうですね(最近は使わないことばかな?)。





45センチ以内の親密距離は、とても親しい間柄で身体的接触も容易に行える距離です。


この親密距離に親密ではない人が入ってくると、とてもストレスに感じます。


みなさんにも経験があると思います。


満員電車なんて、そうとうなストレスになっているはずですよね。


考えてみると手技療法は、相手の親密距離に一定時間とどまりながら治療をしていることになるわけで、これはなかなかたいへんなことだと思ってしまいます。





さて、おばちゃんは私が個人的距離に入ろうとしたとき、拒絶して社会的距離まで離れてしまいました。


はてさてどうしたものか?


みなさんならどう対応しますか?考えてみてください。


≪次回に続く≫